第4部

第1話:新入生勧誘期間


 ルナがレオナード教国を拳で消し飛ばした日から一夜明け――時刻は午前八時三十分。


「……」


 聖女学院の制服を着た彼女は、砂糖とミルクたっぷりの『お子様紅茶』を飲みながら、今朝の新聞に目を通す。


■伝説の聖女パーティ『大剣士』ゼル様の生存確認!


■突如現れたゼル様が、聖王国の樹立を宣言! 背後には聖女様とシルバーの影も!?


■タムール砂漠に出現した謎の超巨大クレーター! レオナード教国の魔法実験が失敗か!?


 ヘッドラインには、昨日の一件がデカデカと載っていた。


(……どうしよう、思ったよりも凄い騒ぎになってる……っ)


 ルナが青い顔をしていると、朝支度を済ませたローがやってくる。


「ルナ様、そろそろ登校する時間です。お忘れ物はないですか?」


「うん、大丈夫」


「では、参りましょう」


 学生寮から本校舎までの短い道中、


(はぁ……なんか大変なことになっちゃったなぁ……)


 ルナはため息をつきながら、昨日の一件を思い返す。


 ゼルが聖王国樹立の宣言をした後、スペディオ領ではめや歌えやの大宴会が開かれた。

 四大国の搾取さくしゅから解放される喜び、独立という自由への興奮、聖女・シルバー・ゼルのお墨付きという高揚感――それら全てが混ざり合った結果、領民たちは狂喜乱舞したのだ。


 そんな中、オウル・レイオス・カースの三人は、宿屋をキャンセルし、王都への帰路に就こうとしていた。


【それじゃシルバー、予定よりもちょっと早いけど、ボクたちはもう行くよ】


【スペディオ領の独立、聖女様を頂点とした聖王国の樹立……大至急ニルヴァさんに報告する必要があるのでな】


【嫌やぁ! ボクもう疲れて動かれへん! 今日は大人しく一泊して、明日ゆっくり帰りましょうや!】


 泣きわめくカースを無視して、オウルとレイオスはスタスタと街道を進んで行った。


 おそらく今頃は宰相さいしょうニルヴァ・シュタインドルフに報告を済ませ、王国上層部が本件の対応策を協議している頃だろう。


(……聖王国、か……)


 あくまで現時点において――ルナはあまり乗り気じゃなかった。

 わざわざ国を造る意味を、その必要性を感じていないのだ。


(ゼル、本気なのかな? ……あの感じはきっと本気だよね……)


 聖王国の建国宣言が為された後のやり取りを思い返す。


【ゼル、さっきのアレはどういうつもり!? 私、国を造るなんて聞いてないよ!?】


【聖女様、この不肖ふしょうゼルにお任せください。今度こそ必ず、あなたが幸せに暮らせる世界を作って見せます……!】


 彼はその場でひざまずき、強い意思の秘めた紅い瞳で、真っ直ぐルナを見つめ――押しに弱い聖女様は【えっと、じゃあ……任せる】と一任したのだった。


(本人はがんとして認めないけど、ゼルはちょっと抜けたところがあるからなぁ……心配だ)


 この主人にして、この忠臣あり。

 ルナとゼルはお互いのことを「抜けたところがある」と認識していた。


「――ルナ様、大丈夫ですか?」


「えっ……あっうん、どうしたの、ロー?」


「先ほどから『心ここに在らず』という感じでしたので、お声掛けさせていただきました」


「あー、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」


 ルナが誤魔化し笑いを浮かべてそう言うと、ローは驚いたように目をパチクリと開く。


「ルナ様が考え事……珍しいこともあるものですね」


「……ローって、たまに失礼なことを言うよね」


「申し訳ございません、つい本音が出てしまいました」


「それ、絶対に謝ってないよね!?」


 そんな話をしているうちに一年C組の教室に到着。

 やはりというかなんというか、クラスでの話題は『例の事件』のことばかりだった。


「ねぇねぇ、聖王国のニュース見た?」


「えぇ、まさかゼル様が生きておられたなんて……!」


「しかし……凄いことになったねぇ。スペディオ領の独立、こりゃ四大国が黙っちゃいないよ」


 ざわつくクラスメイトを横目に見ながら、自分の席へ移動すると――サルコとウェンディがやってきた。


「ルナ、ロー、おはようございます」


「ルナさん、ローさん、おはよう」


「みんな、おはよう」


「おはよー」


 朝の挨拶を交わしたところで、サルコが心配そうに口を開く。


「ねぇルナ……スペディオ領って確か、あなたの御家族が治める土地でしたわよね? 今朝の新聞で見たのですが、その……大丈夫なのですか?」


「んー、今のところは平気、かな?」


 まさか『私がまつり上げられています』というわけにもいかないので、心配を掛けないように誤魔化しておいた。


 ちなみに……ローは主人ルナとの関係を隠しているため、スペディオ領出身であることを明かしていない。


「ほら、言ったでしょう、サルコさん? そんなに心配しなくても大丈夫だって(スペディオ領はルナさんの故郷、そこで建国宣言が為されたということは……ゼル様は聖女様を守ろうとしている。あぁ……よかったぁ……っ)」


 聖女の正体を知っているウェンディは、ルナに頼もしい味方ができたことを心の底から喜んだ。


 そうこうしているうちに教室の扉が開き、一年C組の担当教師ジュラール・サーペントが入って来た。


 教壇に立った彼は、コホンと咳払いをして、生徒の注目を集める。


「――おはよう諸君。早速だが、これより朝のホームルームを始める。本日は連絡事項が三つ、どれも非常に大切なものなので、しっかりと聞くように」


 ジュラールはそう言って、二つ折りのバインダーを開いた。


「一つ、大剣士ゼル様が宣言された『聖王国』の件についてだ。スペディオ領は古くから我が国固有の領土であり、独立など決して認められるものではない。……だが、この宣言を為したのは、伝説の聖女パーティ『大剣士』ゼル様。彼の言うところによれば、聖女様とシルバーが、これに賛同しているとのこと。本件は既に王国議会でも取り上げられており、高度に政治的な判断が下されるだろう。どうしても周囲の雑音が気に掛かるだろうが、キミたちは聖女様の卵としての『本業』を――生前の力と記憶を取り戻すよう努めて欲しい」


(王国議会、政治的な判断……うわぁ、どうしよう。やっぱり凄い大事おおごとになってる……っ)


 聖女様が心の中であわあわしている間にも、ジュラールは次の話へ移る。


「一つ。本日の昼休憩より、新入生勧誘期間――通称『新勧しんかん』が始まる。諸君らが昼食を採っているとき、おそらく上級生がこの教室に訪れ、簡単な部活紹介やレクリエーションを行うだろう。当学院では、部活動への参加を推奨している。生徒諸君らにおいては、どこか興味の惹かれるところへ、積極的に加入してみてほしい」


(新勧、部活かぁ……。うん、ちょっと楽しみかも……!)


 三百年前、灰色の春を送ってきたルナは、この手の『学生っぽいイベント』に目がない。


「そして最後に、来週の中頃に予定していた『夏合宿』についてだ。本来は王国東部の天厳山てんげんざんで、過酷な『聖女修業』を行うはずだったのだが……。つい先日グランディーゼ神国しんこくから、合同夏合宿の申し入れがあり――バダム学院長がこれを承諾した。そのため今回は、神国聖女学院へ出向くことになる。詳細はまた別途、日を改めて告知しよう」


 この発表を受けて、教室がにわかに騒がしくなった。


「し、神国聖女学院……!?」


「あの閉鎖的な神国が、合同夏合宿の申し入れって……」


「いったいどんな風の吹き回しでしょうか?」


 周囲がざわつきを見せる中、ルナはグッと拳を握る。


(神国には聖女わたし予言書くろれきしがある……っ。これは千載一遇の『回収チャンス』だ!)


 先日、アルバス帝国の大転生祭で、マーダ・ババラという獣人に占ってもらった結果、聖女の予言書は神国にあると判明した。


(神国は良くも悪くも変わらない国。私の推測が正しければ、予言書はきっとあそこ・・・に保管されているはず……!)


 およそ三百年前、ルナはグランディーゼ神国で生まれ、少なくない時間をそこで過ごした。

 そのため、神国のお国柄や地理などは、ある程度把握しているのだ。


「さて、少々長くなってしまったが、ホームルームは以上だ。一限開始まで後五分か、急がねばならんな。――聖女科の生徒は校庭へ、支援科の生徒は第一講義室へ、速やかに移動しなさい」


 その後、一限二限三限と授業をこなし、お昼休みのチャイムが鳴る。


「ふぅー……終わったぁ……っ」


 聖女ブレインをフル回転させたルナは、もうお腹がペコペコだ。

 グーッと大きく伸びをして、鞄からお弁当箱を取り出すと――ロー・サルコ・ウェンディが、各自の昼食を持ち寄って、机の周りに集まってきた。

 ルナの座席は全員のちょうど真ん中にあるので、昼休みはいつもこの形になるのだ。


「「「「――いただきます」」」」


 両手を合わせて食前の挨拶。


 ルナは一番右端にあった玉子焼きを口へ運ぶ。


「んーっ、おいしい! ローのお弁当は世界一だね!」


「はいはい、それはよかったよ」


「そう言えばお二人は、同じ部屋に住むルームメイトでしたわね」


「えっ、そうなんですか? いいなぁ……羨ましいです」


 四人がそんな話をしていると、教室の扉がガラガラッと開き――体操服を着た五人組の上級生が入って来た。


 先ほどジュラールが言っていた、新勧が始まるのだ。


「新入生のみなさん、お邪魔しまーす! バドミントンの魅力を伝えるために面白い企画を用意してきたよー!」


 バドミントン部は、魔法を使った実技を行い――それが終わると、入れ替わるようにして、別の集団が入って来た。


「一年C組のみなさん、ごきげんよう。魔道具研究会に入って、新しい知見を広げませんか? うちに入部すれば、こんな魔道具を自分で作れるようになりますわ」


 魔道具研究会は、自作の魔道具を披露し――また別の団体と交代する。


「こんにちは、我々は聖女教・王国支部の者です! 突然ですが、みなさんは今『幸せ』ですか? 多分ほとんどの人が、『ノー』と答えるでしょう。では、どうすれば幸せになれるのか? それはとても簡単、聖女教に入信し、聖女様に祈りを捧げればいいのです! さぁ、私の後に続いて一緒に祈りを捧げましょう! せーのっ――」


 これまでとは明らかに毛色の違う、『ヤバいレクリエーション』が始まろうとしたそのとき――教室の前と後ろの扉がガラガラッと開き、聖女学院の体育教師たちが踏み込んできた。


「聖女教め、やはり今年も紛れ込んでいたかッ!」


「毎度毎度、ゴキブリのように湧いて出おってからに……今日こそは、とっ捕まえてやる!」


「他にもまだいるはずだ! 布教ふきょうされる前に捜し出せ!」


 教師陣が確保に動き出すものの……聖女教の面々は窓を蹴破って外へ飛び、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……嵐のような人達でしたね」


 ルナがポツリと呟くと、


「噂通りの無茶苦茶っぷりだねー」


 ローが呆れた様子で同意し、


「ほんと……どこにでも湧いて出ますわ」


 サルコはやれやれと首を振り、


「最近は本当に活発ですよね。帝国でも社会問題になっています」


 ウェンディは苦笑いを浮かべるのだった。


 そうして迎えた放課後。


 ルナ・ロー・サルコ・ウェンディの四人が、みんなで楽しくお喋りをしながら、いろいろな部活を見て回っていると――。


「あら、そこの二人……なんだか動けそうな感じね! どう、軽くやっていかない?」


 テニスラケットを持った上級生が、活発そうな見た目のローとサルコに声を掛けてきた。


「あー、すみません。私、ちょっとパスで」


 汗をきたくなかったローは断り、


「1ゲームでよければ、お付き合いさせていただきますわ」


 サルコは意外にも、その誘いに乗った。


「おっ、いいね! やろうやろう! あっちのコートが空いてるから、行きましょう!」


「ふふっ、お手柔らかにお願いしますわ。――みなさん、申し訳ないのですが、五分ほどお待ちくださいませ」


 サルコは自信ありげに微笑み、テニスコートの方へ移動する。


 そうして始まった1ゲームマッチは――酷く一方的な試合展開だった。


「おーっほっほっほっ! まだまだ行きますわよォ!」


「くっ、やるなぁ~……っ」


 正確無比なショット・フォア、バック、ボレー、サーブといった基礎スキルの高さ・変幻自在の風魔法――サルコは試合の主導権を握り続け、そのままの勢いで押し切った。


「さ、サルコさん、凄い……!」


「サルコ、上手いじゃん」


「サルコさん、かっこいいです!」


 ルナ・ロー・ウェンディが絶賛すると、


「ふふっ、そんなこと……あるかもしれませんわぁ!」


 上機嫌なサルコは、嬉しそうに笑った。


「う、うそ……。この私が、一年生にボコされるなんて……っ」


「いや、めちゃくちゃいい試合だったよ。ちょっと相手が上手過ぎた、もしかしてあの子『プロ』かも……?」


「ちょっと待って……っ。金髪縦ロール、超攻撃的なテニススタイル、優雅な風魔法……もしかしてあなた、サール・コ・レイトンさん!?」


 たくさんのテニス部員の視線が注がれる中、サルコは不敵な笑みを浮かべる。


「バレてしまっては、仕方がありませんわね。昨年の王国杯おうこくはいUアンダー16ジュニア部門チャンピオン――『王都の雀蜂スズメバチ』サール・コ・レイトンとは、私のことですわぁ!」


 彼女が正体を明かした次の瞬間、


「サールさん、ようこそ硬式テニス部へ!」


「あなたがいれば、帝国のテニス部にも勝てる! なんなら四大杯よんだいはいでも、優勝を狙えるわ!」


「ねねっ、これからちょっと時間取れる? よかったら近くの喫茶店でお茶しない? もちろんお金は、うちの部が持つからさ!」


 テニス部の面々は凄まじい勢いで『勧誘』を――否、『囲い込み』を始めた。


「お誘い、ありがとうございます。硬式テニス部への加入、前向きに検討させていただきますわ。ただ……今は大切なお友達と部活巡りの最中ですので、お茶会はまた別の機会にお願いします」


 サルコはそう言って、ルナたちのもとへ戻った。


 それから吹奏楽部・ダンス部・陸上部を見学し、「次はどこを見に行こうか?」と話しながら、学院内を適当に歩いていると――『ボスッ』という鈍い音が響き、ちょっとした歓声があがる。


 ルナがそちらへ目を向ければ、ぽっかりと空いた広場に十人ほどの人だかりができていた。


「あれ、なんだろう……?」


「んー、多分ボクシング部じゃない」


「あんなところで、何をやっているのでしょう?」


「部活の紹介? レクリエーション? ここからでは、ちょっとわかりませんね」


 興味を惹かれたルナたちが足を向けるとそこでは――グローブをめた一年生が、上級生の指導を受けながら、サンドバッグにパンチを当てていた。

 どうやらここを通り掛かった新入生に声を掛け、ボクシング部の勧誘に繋げているようだ。


「――おっ、そこの黒髪のあなた、ストレス発散に一発どう?」


「えっ、私……?」


 いきなり指名されたローは、困り顔で自分のことを指さした。


「そう、あなた! わかる、わかるわよ。見たところ、凄くストレスが溜まっているわね? どう、ここで一発スッキリしていかない? サンドバッグをバシーンって叩けば、それはもう気分爽快だよ!」


「『ストレス』というよりは、『気苦労』なんですけど……まぁいいでしょう」


 ローは小さな声でポツリと呟き、サンドバッグの前に向かう。


「ささっ、日ごろの鬱憤うっぷんをぶちまけちゃって! それでスッキリしたら、ぜひボクシング部に入ろう!」


 ローは「あはは、検討しときます」と生返事をしながら、渡されたグローブを右手にめる。


 そして――。


「ハッ!」


 彼女の繰り出した右フックは、サンドバッグに深々と突き刺さり、『ドゴシャッ』という凄まじい破裂音が響いた。

 あまりの衝撃にチェーンは引き千切れ、本校舎三階まで跳ね上がったサンドバッグは――そのまま重力に引かれ、ドスンと地面に落下する。


「「「す、すっご……ッ」」」


 ボクシング部の面々が呆然とする中、


「ふぅ、スッキリ……!」


 晴れやかな笑みを浮かべたローは、グローブを返却し、ルナたちのもとへ戻った。


「ロー、あなたとてもいい『右』を持っていますわね! きっと全国を狙えますわよ!」


 サルコは興奮気味に褒め、


「す、凄いパンチ……っ。ローさんって、お強いんですね!」


 ウェンディは驚きながらも感心し、


(……ローのストレスって、私が原因……じゃないよね?)


 いくつか心当たりのあるルナは、一抹の不安を覚えるのだった。


 そうしていろいろな部活を見て回り、そろそろ解散になろうかという頃――ウェンディが控えめに右手をあげる。


「あの……実は私、文芸部がちょっと気になっているんですけど……。もしよかったら、一緒に見に来ていただけませんか?」


「はい、もちろんです」


「文芸部ってどこだっけ?」


「確か特別棟の四階、多目的室ですわね」


 多目的室への道中――ルナは以前からずっと話したかった、とある話題を口にする。


「そう言えばウェンディさん、自己紹介のときに『趣味は読書』って言ってましたよね?」


「凄い。あんな一瞬の自己紹介、よく覚えていましたね」


「ふふっ。私もけっこう本を読む方なので、『あっ一緒だ!』って思っていたんです。それで、どんなジャンルがお好きなんですか?」


「え゛っ。あー、いや、その……」


 ウェンディは珍しく口籠くちごもり、気恥ずかしそうに頬をく。


「実は私……悪役令嬢の小説に目がなくてですね……っ」


「う、うそ!?」


「あ、あはは……っ。ちょっとマニアック、ですよね……」


「いえ、私も大好きなんです! 悪役令嬢!」


「えっ、本当ですか!?」


 驚くウェンディに対し、ルナはコクコクと頷く。


「ほんとほんと! 最近のだと、『転生した聖女様は、ポンコツ悪役令嬢!?』とか面白かったなぁ!」


「あっそれ、私も読みました! 最後のシーンが、特によかったんですよねぇ。圧倒的な腕力で、悪い公爵と野党の集団をやっつけるところ! かっこよくて、痺れちゃいました!」


「わかるわかる! そのときの台詞もよかったよね! 『――弱いですね、相手になりません』ってやつ!」


「あははっ、ちょっと似てるかも!」


 同好どうこうを見つけたルナとウェンディは、悪役令嬢トークに花を咲かせ、それは時たま敬語を忘れるほどに盛り上がった。


「なんか楽しそ……」


「悪役令嬢……。今はそういう小説が、流行はやりなのでしょうか……?」


 まったく話に入れないローとサルコは、「今度読んでみようかな」と真剣に考えた。


 そうこうしているうちに、特別棟の四階『多目的室』に到着。


「ここが文芸部の部室ですか」


「んー、なんか静かじゃない?」


「まぁ文芸部ですからね。活動内容的にも、あまり騒ぐようなことはないのかと」


「明かりはいますが、勝手に入っても大丈夫なのでしょうか……?」


 四人が多目的室の前で頭を悩ませていると、


「――むむっ!? 入部希望者、はっけーんッ!」


 赤茶あかちゃけた髪の上級生が、廊下の奥から凄まじい速度で走ってきた。


「特に銀髪のあなた! 私たちと同じ、に当たっていない『インドア派のにおい』がするわ! ぜひ文芸部に入らない? 入る? 入りたい? おぉそうか、よし行こう!」


「えっ、ちょ、わっ!?」


 超が付くほどの『巻き込まれ体質』なルナは、小動物のようにガシッと小脇に抱えられ、そのまま多目的室へ連行されていく。


「ちょっ、ちょっと……!」


「お待ちなさい! どこへ行くのですか!」


「追い掛けましょう!」


 ロー・サルコ・ウェンディは、慌てて二人の後を追った。


 多目的室は外見そとみよりも大きく、大量の本・脱ぎ捨てられたジャージ・季節に合わないコタツなどなど、生活感に溢れる雑然ざつぜんとした空間が広がっていた。

 そんな部屋の最奥――来客用のソファにルナはちょこんと置かれ、机一つ挟んだ対面に誘拐犯Aと落ち着いた雰囲気の女性が座っている。


「喜べ、ミレーユ! 入部希望者っぽいのがいたから、さらってきてやったぞ!」


「リズ……攫ってきちゃ駄目でしょう? はぁ……ごめんなさいね。ビックリしたでしょう?」


「えっと、はい……」


 急に話を振られたルナは、小さくコクリと頷く。


「それで……あなたたちは、この子のお連れ様?」


 ミレーユが視線をあげると、


「えぇ、そんなところです」


 全員を代表して、ローが返事をした。


「おぉっ、いつの間にかこんなに入部希望者が!? ――っと、そういや自己紹介がまだだったな! あたしは二年A組リズ・ドット、よろしく頼む!」


 リズ・ドット、十六歳。

 身長165センチ、すらっとした体型、赤茶けたミドルヘア。

 赤い眼鏡を掛けた、快活な美少女だ。


「私は二年A組ミレーユ・スロウプ、ここで会ったのも何かの縁ですし、みんな仲良くしてちょうだいね」


 ミレーユ・スロウプ、十六歳。

 身長167センチ、ほっそりとした体型。

 長い黒髪が特徴的な、落ち着いた雰囲気の美少女だ。


「ルナ・スペディオです」


「ロー・ステインクロウ」


「サール・コ・レイトンですわ」


「ウェンディ・トライアードと申します」


 お互いに自己紹介を済ませたところ、ミレーユが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ルナさん、うちのリズがごめんなさいね。これ、お詫びの品というわけじゃないんだけれど……もしよかったら、みんなで食べてちょうだい」


「あっ、ありがとうございます」


 甘いお菓子が大好きなルナは、赤いパッケージのクッキーを手に取り――そこで『違和感』を覚えた。


(……ん……?)


 指先に濡れたような湿ったような、なんとも言えない妙な感触が走ったのだ。


「……赤い、インク……?」


 何故かしゅに染まった自分の親指。


 彼女が疑問に思った次の瞬間、


「――チェストォッ!」


 リズが勢いよく手刀を振り下ろし、ルナの右手を机に叩き付けんとした。


 しかし――聖女の超人的な反射神経により、それはむなしくも空を切る。


「ちょっ、いきなり何をするんですか!?」


 抗議の声をあげるルナに対し、


「くっ、今のを避けるとは……っ」


「このパターンでやれないなんて、あなた中々やるわね……ッ」


 リズとミレーユは、驚愕に目を見開いた。


 よくよく見れば、ルナの右手の真下には『文芸部の入部届』が敷かれており――もしもあの手刀を食らっていれば、押印欄に親指の指紋が刻まれていただろう。


(こ、この先輩たち……関わっちゃいけないタイプのヤバイ人だ……っ)


 ルナは椅子から立ち上がり、そ回れ右をして帰ろうとする。


 そんな彼女へ、リズとミレーユがすがりついた。


「る、ルナさん……! あたしたちが悪かったから、もうズルしたりしないから、せめて文芸部の活動を紹介させてくれぇ……っ」


「私からもこの通り、お願いするわ……! このままじゃ文芸部うち、定員割れで廃部になっちゃうのよぉ……っ」


 昨年度末に三年生が卒業した結果、文芸部の部員はリズとミレーユのみ。

 聖女学院の学則では、活動団体として認められる最少人数は三人。

 文芸部は現在これを割っており、今年度の新勧中に新たな部員を獲得できければ、廃部となってしまうのだ。


「……えっ、廃部……?」


「あぁ。後一人……後一人いれば、定員割れを回避できる! もうほんと形だけの幽霊部員とかでもいいから、うちに入ってもらえないか!?」


「私達、こんなんだから友達がいなくて、同級生に声を掛けても相手にしてもらえないの……。だからもう、一年生を確保するしかなくて……っ。うちは部費も年会費もないから、ルナさんにデメリットは何もないわ! だからこの通り、お願しますぅ……!」


 リズとミレーユは、必死に頼み込んだ。


(私が入らなかったら、文芸部がなくなっちゃう……。それに先輩達、友達がいないって……)


 心優しい聖女様は、泣き落としに弱く……早くも同情の念を抱いていた。


 しかしそこへ、冷静な三人組が忠告を発する。


「ルナ、ちょっと共感性が高過ぎかも。将来、変な男に引っ掛からないためにも、スパッと断ることを覚えた方がいいよ」


 ローは侍女として親身なアドバイスを送り、


「人を想う優しい心は、あなたの美徳ですが……。相手は選んだ方がよろしいかと」


 サルコは友達として優しく忠告し、


「ルナさん、この人達はどう見ても『駄目な先輩』ですよ? 足を引っ張られないようにしましょうね」

ウェンディは聖女のサポート役として、秘密諜報員らしい冷徹な判断を下す。


「ま、待て待て待て……! 我が文芸部には『ここが凄い!』ってところが、『イチ推しポイント』が山ほどあるからさ!」


「そうそう! せめて部活紹介だけでもさせてくれないかしら? そんなに時間は取らせないから……ね?」


 リズとミレーユの説得を受けたルナは、とりあえず話だけは聞いてみることにした。


「それじゃ……文芸部って、具体的にどんな活動をするんですか?」


「うーん、そうだな。放課後とか部室に集まって、本を読んだり、お喋りしたり、お菓子を食べたり……?」


「後はみんなで協力して、『同人誌』を作ったりもするわね」


「ど、同人誌……っ」


 その言葉はルナの胸に深く突き刺さった。


「そそっ。あたしがシナリオ担当で、ミレーユが作画担当なんだ」


「『リズミレ』って名前で活動しているの。王都の即売会そくばいかいにも何度か参加してて、ちょっぴり有名だったりするのよ?」


「へ、へぇー……っ。でも、同人誌を書くのって、なんか恥ずかしくないですか? 例えば、数百年後の世界で、全人類に晒されたりだとか……。そんなことを考えたら、怖くなりませんか?」


 ルナの問いに対し、リズとミレーユは即答する。


「――恥ずかしくないし、怖くもないよ。自分の作品を世に出すことは、誇らしいことさ!」


「自分の作品を誰かに読んでもらえると、とても幸せな気持ちになるのよ」


 二人の創作活動に対する姿勢は、真摯しんしなものだった。


(変な先輩だけど、創作に対する情熱は……本物だ。もしかしたら、何か学べることがあるかも……)


 ルナはかつて私小説・同人誌・ポエム集など、幾多の黒歴史を生み出してきた過去を持つ。


 今でこそ後悔し、必死に回収しているが……その当時は楽しかった。

 血と死にまみれた戦乱の中で、自分の物語を作っている間だけは、嫌なことを全て忘れられた。一人の少女として、年相応の妄想を膨らませ、幸せな世界を生きられた。


 そして――彼女の心の奥底では今でも、熱い創作意欲がくすぶっている。


(まぁ……私が作品を書くかどうかは、一旦置いておくとして……。文芸部に入るのは……ありかも。多目的室を自由に使えるのは助かるし、部費も年会費もないし、幽霊部員でも大丈夫みたいだし……)


 文芸部に入るメリットはあるが、デメリットは特に見当たらない。

 いて言うならば、変な先輩と顔見知りになることぐらいだろう。


(ふむ……)


 三百年前とは違い、『無条件の救済』ではなく、『自分の利益』を考えたルナは――決断を下す。


「あの……私、文芸部に入りま――」


「――それにほら、聖女様なんか超恥ずかしい・・・・・・私小説・・・、『赤の書』を世界中に公開されているしね。アレ・・に比べたら、同人誌を出すことなんて、恥ずかしくもなんともないさ!」


「もう……リズったらほんとお馬鹿ね、あれは予言書なの。聖女様があんな・・・幼稚な・・・恋物語・・・をお書きになるわけないでしょ?」


 二人は無自覚のうちに、ルナの古傷をこれでもかというほどにえぐった。


(く、くぅ~~……っ)


 聖女様は羞恥しゅうちのあまり顔を真っ赤に染め、入部に傾いていたはずの天秤てんびんは、反対方向へ振れてしまう。


「……すみません、やっぱりけっこうです」


「えっ、ちょっ、なんで!? 今の絶対に入る流れだったじゃん!」


「ご、ごめんなさい。私達、何か気に障るようなこと言ったかしら……?」


「ふんっ、もう知りません」


 ルナは完全にヘソを曲げていた。


「ま、まぁまぁそう言わず……っ。ほら、ここにおいしい茶菓子があるぞ~?」


「文芸部に入れば、いろんなお茶菓子を好きなだけ食べられるわよ?」


 もはや打つ手なしとなった二人は、最終手段『餌付えづけ』を行った。


「そんなお茶菓子で釣られるほど、私は安くありませ……これ、おいしいですね。もう一ついただいても……?」


 聖女様は餌付けに弱かった……。


「はいはい、いくらでもありますよー!」


「さぁほら、遠慮せずに食べてちょうだい。チョコもクッキーも御饅頭おまんじゅうもあるわよ?」


 そうしてお菓子に釣られたルナは、文芸部に入ることを決め――。

 ローは侍女の任を果たすため、ウェンディは聖女様ルナをサポートするため、文芸部に加入。

 サルコは硬式テニス部に入部しつつ、一人だけ仲間外れになるのを嫌がり、文芸部にも籍を置くことにしたのだった。


 新勧編、完結!

 次回、神国編スタート!

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