エピローグ
ルナの鉄拳を食らったレオナードは、側近たちの回復魔法を受け、死の淵より復活を果たした。
「はぁはぁ、よくもやってくれたな、シルバー……っ。もはや楽には死ねんぞ? 貴様には、この世に生まれたことを後悔するほどの、地獄の苦しみを味わわせてやるッ!」
憎悪の炎を燃やしながら、側近たちへ命令を下す。
「お前たち、やれ……!」
十人の魔法士たちは、一斉に土魔法を発動する。
「「「――<
突如として大地が激しく揺れ動き、壁面に
さらに天井を覆う地層は、規則的に左右へ分かれていき、地上まで続く大穴がぽっかりと口を開ける。
「さぁ、舞台は整った! これより始めよう、『転生の儀式』を……!」
レオナードの号令に応じ、十人の高位魔法士たちは、両手を大地に付け――ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
それと同時、巨大な魔法陣が妖しい光を放ち、晴れ渡る青空が
濃密な瘴気が噴き出す中、『最悪の禁呪』が紡がれる。
「「「――<
次の瞬間、
大魔族の魂を宿した土人形は、独りでにギギギッと動き出し、その
総勢100体にもなる大魔族の軍勢が、三百年の時を越えて蘇ってしまった。
しかし、
「「「……」」」
彼らの瞳は
それもそのはず……大魔族の反逆を恐れたレオナードは、<死霊転生>の効果を慎重に調整し、彼らの自我を極限まで削っているのだ。
見栄えこそ悪いものの、その内に宿る魔力は、文字通りの『規格外』。彼らが全盛を誇ったときの力を忠実に再現している。
「ふははははっ! やった、やったぞ! 成功だッ! 儂は手に入れた、最強の軍勢を……! これで世界は、死に包まれる! 人間・魔族の
モノ言わぬ
その一方、
「魔将バルガス、
「そんな馬鹿な……っ。どいつもこいつも、歴史書に出てくるような『神話の化物』ばかりだぞ……ッ」
「あ、あかん……もう終わりや……」
オウル・レイオス・カースの三人は、顔を真っ青に染める。
「シルバー、ここは撤退だ……! レオナード教国の力は、我々の予想を遥かに超えていた……っ」
「これはもはや世界規模の案件だ! 個人でどうこうできるレベルじゃない!」
「も、もう限界や! はよぅ、逃げましょ……!」
必死に説得を試みるオウルたちに対し、
「――無駄だ」
ゼルは静かに
「あの御方は、昔から人の話を聞かない。一度こうだと決めれば、
彼はどこか呆れたように、どこか懐かしむように微笑んだ。
そして――既に勝利を確信したレオナードは、言葉を
「さぁお前たち、これが記念すべき初仕事だ! あの憎きプレートアーマーを討ち滅ぼせッ!」
その瞬間、大魔族の目に邪悪な光が宿り、
「「「ウォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛……!」」」
彼らは地鳴りのような咆哮をあげ、その巨体に見合わぬ速度で、ルナのもとへ殺到する。
「――<
「――<
「――<
凄まじい大魔法の嵐が、プレートアーマーを正確に捉え――おびただしい量の土煙が巻き上がった。
「し、シルバー……ッ」
「くそ、なんということだ……っ」
「あんなん食らったら、いくらあの人でも……ッ」
オウル・レイオス・カースが絶望に沈む中、
「ふはははは……! どうだ、シルバー!? これが大魔族の――我が教国の力だッ!」
レオナードは会心の笑みを浮かべ、高らかに勝利宣言を行った。
しかし数秒後、土煙が晴れるとそこには――ただの
魔将バルガス・死剣士アルドラープ・破岩王ダダルヲーグ、三百年前の化物たちが、モノ言わぬ
「「「「……はっ……?」」」」
酷く間の抜けた声が響く中、
「次」
三体の大魔族を瞬殺して見せたルナは、未だ無傷のプレートアーマーは、淡々と「次」を求めた。
「ぐっ……調子に乗りおってぇッ!」
レオナードは
「この愚図どもが、何をボーッと突っ立っておるのだ! さっさと働け! 全員の総攻撃を以って、あの鎧を血祭りにあげるのだッ!」
「「「グルァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛……ッ!」」」
命令を受けた大魔族たちは、迅速に行動を開始し――僅か三秒後、レオナードは呆然と膝を突く。
「……なんだ、
目の前の光景が、ただただ信じられなかった。
三百年と追い求めた一族の悲願が、<死霊転生>によって生み出した最強の軍勢が――まるで通用しない。
こうしている今も、ルナは葉や草を千切るかのような気軽さで、大魔族を次々に
「……こんなものは戦いと呼ばない、呼んでいいわけがない……っ。……は、ははっ、ははははは……ッ! そうだ、これは夢だ、悪い夢を見ているんだ……!」
混乱の極致に達したレオナードは、過酷な現実から目を
現代を生きる彼にとって、この結果は信じ難いものだったのだが……見る者が見れば、当然と言うべき結末だった。
何せ、彼が冥府より呼び戻した大魔族の魂は――三百年前、不幸にも聖女と遭遇してしまい、
「ふむ……もう終わりか?」
戦闘開始から一分が経過する頃には、全ての大魔族が土に
結局ルナは魔法の一発さえも使わず、その身に宿る理外の
「ひ、ひぃいいいいいいいい……っ。くっ、来るな! 儂に近寄るんなァッ!」
あまりの恐怖に腰を抜かしたレオナードは、尻餅を付いたまま、なんとか必死に後ずさる。
もはやそこに教祖としての威厳はなく、ただただ無様な醜態を晒すだけだった。
一方、<
「そう言えば……確かこの真下に『
「な、何故それを……!?」
「隠し部屋を見つけてな、そこの資料を読ませてもらった」
ルナはそう答えると、僅かに重心を落とし、右の拳をギュッと固める。
「貴様、何をするつもりだ……!?」
「何って……そんなこと決まっているだろう?」
耳をつんざく高音が鳴り響く中、その馬鹿げた出力によって、鎧に付した<魔力探知不可>が崩壊し――オウルの
「こ、これが……シルバーの魔力……っ」
オウルは驚愕に目を見開き、
「こんなもの、個人が保有していい量ではないぞ……ッ」
レイオスは小さく頭を横へ振り、
「あ、あかんあかんあかんあかんあかん……っ。なんやこの出力、あの人、絶対おかしいて……っ」
人一倍魔力に敏感なカースは、ガタガタガタと体を震わせ、
「こ、これはいかん……ッ」
聖女の無茶苦茶さを誰よりもよく知るゼルは、オウル・レイオス・カースの
それと同時、ルナが長く深く息を吐く。
「ふぅー……」
教国を完全確実に滅ぼすため、
完全性と確実性を求めるからこそ、敢えて拳を握るのだ。
「必殺――」
三百年前、破滅の大魔王を葬り去った『究極の一撃』が――今再び世界を
「――聖女パンチ」
次の瞬間、全てが
天地を
地下深くに保管された
そして――。
「ぬ、ぬわぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……!?」
レオナードをはじめとした教国の残党たちは、文字通り『地の獄』へ落ちていく。
ただのパンチ一発で、地図を塗り替えてしまう『理不尽の権化』。
それこそが、かつて世界中の魔族を恐怖のどん底へ叩き込んだ、聖女の力だった。
見る影もなく崩壊した教国の遥か上空――。
「は、はは……なんだ、
「……人間じゃない、馬鹿げている……ッ」
「シルバーさん、もう全部あんた一人でええんとちゃいます……?」
オウル・レイオス・カースが呆然とする中、
(先のことなど何も考えていない、いっそ清々しいまでの暴れっぷり……何も変わっていない、本当にあのときのままだ……っ)
三百年前の記憶を思い出したゼルは、目尻にじんわりと涙を浮かべた。
そして圧倒的な物理火力によって、全てを破壊し尽くした我らが聖女様は――。
「今日の仕事終わり!」
すっきりとした晴れやかな表情を浮かべ、安全地帯に避難したゼルたちと合流する。
「……シルバー、お前はとんでもない男だな。神話の大魔族さえ寄せ付けない武力……さすがというほかない」
オウルは感心しきった様子で頷き、
「相当な実力者であることは、理解していたつもりだが……。まさか、ここまでとはな。……正直、驚いた」
レイオスは素直に胸の内を明かし、
「もはや最後の方とか、大魔族さんサイドを応援してまいましたわ」
カースは冗談半分・本気半分の感想を述べ、
「
ゼルは、
どんな事情があるのかはわからないが……
それゆえ『あなた』という二人称を使い、お茶を濁すことにしたのだ。
その心遣いを察知したルナは、スススッとゼルの真横へ移動し、小さな声で耳打ちをする。
「ゼル、詳しい事情はまた後で話すから、ここはいい感じに合わせてくれる? ……あっそうそう、私のことはシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハートって呼んでね」
「シルバー・ぐろり……? と、とりあえず今日のところは、シルバーと呼ばせていただきます(その絶望的なネーミングセンスは、未だ健在なのですね……)」
主君がいい意味でも悪い意味でも、まったく変わっていないことに対し、ゼルはほんの少しだけ悲しくなった。
「さて……これからどうしましょうか?」
ルナの問い掛けに対し、オウル達たちはそれぞれの反応を返す。
「今日はさすがに疲れた、どこか適当なところで宿を取りたいな」
「自分も、体力と魔力の回復を測りたいですね」
「なぁなぁシルバーさん、あの便利な<
「ふむ、そうですね……」
ルナは頭を回転させ、<
(エルギア王国は……私とゼルが歩いていたら、凄いパニックになりそうだから却下。オアシスの街ログレスは……まともな宿がないから駄目。帝国とトット村は……あまり馴染みがないからパス。うーん……やっぱりスペディオ領が一番無難かなぁ)
本当のことを言えば、シルバーの姿で特定の場所を――特にスペディオ領周辺をうろつきたくないのだが……。
現状、あそこ以外にいい転移先が見つからなかった。
(今回はもう仕方がないとして……とりあえず、急いで他の活動拠点を作らなきゃ)
ルナはそんなことを考えつつ、<
■
<
「おぉ、シルバー様! 今日はまた斬新な登場で……っと、お連れの方もいらっしゃったの、です、……かァッ!?」
カルロは喉に餅でも詰めたかのように大口を開け、
「し、シルバー様、もしかしてそちらの御方は……『大剣士』ゼル様ではございませんか……?」
トレバスは恐る恐ると言った風に問い掛けた。
「えぇ、こちらは私の古い友人で、聖女パーティの一員ゼルです」
「ゼル・ゼゼドだ、よろしく頼む」
「こ、これはご丁寧にどうも……っ。私はカルロ・スペディオ、このスペディオ領を治める伯爵でございます」
「と、トレバス・スペディオです……っ」
簡単な自己紹介が済んだところで、ルナはコホンと咳払いをする。
「ときにカルロさん、この辺りにどこかいい宿はありませんか?(確か今日はシルバー専用の宿舎が、できあがる予定だったはず……!)」
「おぉ、なんと素晴らしいタイミングでしょう! 実はつい先ほど、シルバー様専用の宿舎が、完成したところなんですよ! もしよろしければ、そちらにお泊りいただくのはどうでしょうか?」
カルロは自信満々に提案したのだが……横に立つトレバスが「待った」を掛けた。
「あなた、あの宿舎に五人も泊まるのは無理よ」
「そ、そうだったか……?」
「えぇ、頑張っても三人が限界、それ以上は圧迫感を覚えてしまうわ」
「むぅ、それはいかんな……っ」
トレバスの指摘を受け、カルロは頭を下げる。
「申し訳ございません……。当家の用意した宿舎は、多くても三人が限界だそうでして……っ」
「あーいえ、どうかお気になさらず。そのお気持ちだけで十分です(あちゃぁ、どうしようかな……)」
ルナが頭を悩ませたそのとき、オウルがサラッと解決策を述べた。
「シルバーとゼル様は、その宿舎に泊まるといい。ボクたちは、どこか適当なところで宿を取るよ」
レイオスとカースも賛同の意を示す。
「二人は久方ぶりの再会、積もる話もあるだろう」
「ボクらがおったら、水を差してしまいますからね」
聖騎士三人組が気を利かせると、トレバスがちょっとした提案を口にする。
「あの、ここから南へ下ったところにいい宿屋がございます。もしよろしければ、そちらをご利用なさってはいかがでしょうか?」
「これはどうも、御親切にありがとうございます。――レイオス・カース、せっかくだから足を運んでみよう」
「えぇ」
「そっすねー」
オウルたちはそう言って、スペディオ領南部の宿屋へ向かった。
その一方――シルバー専用の宿舎に泊まるルナとゼルには、『腕利きの使用人』が手配されることになった。
「シルバー様、ゼル様、はじめまして。私はロー・ステインクロウ、御二人がスペディオ領に滞在する間、身の回りのお世話をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「ど、どうも……っ」
予期せぬ展開にルナは動揺し、
「よろしく頼む」
ゼルは丁寧にお辞儀をした。
「それでは宿舎へ御案内いたします。どうぞこちらへ」
ローはそう言って、すぐに
宿舎へ向かうまでのほんの短い道中、あちらこちらから羨望の眼差しが向けられる。
「おい見ろよ! 聖女様の代行者シルバー様だ!」
「まぁ、なんて
「あ、あぁ、間違いない……伝説の聖女パーティ『大剣士』ゼル様だ!」
スペディオの領民たちは、小さくないざわめきを見せた。
(ふぅーよかった。人口の少ないスペディオ領だから、こんな騒ぎで済んでいるけど……。もしも王国に飛んでいたら、大パニックになるところだった)
ルナがホッと安堵の息をつくと、先頭を進むローがピタリと足を止める。
「――着きました、こちらがお二人の宿舎になります」
そこは木造二階建ての大きな家だった。
「おぉ、なんと立派な……!」
「これほど大きな宿を用意してもらえるとは、ありがたい」
「恐縮です。――さぁ、どうぞお入りください」
扉の鍵を開けて宿舎の中に入ったローは、手早く燭台に火を付けて回り、部屋の案内を始めた。
「こちらがリビング、キッチンはあちらです。フリッジの中にある食材は、今朝用意したものですので、ご自由にお使いください。また二階は寝室となっており、お手洗いは突き当りを――」
一通りの説明が終わったところで、宿舎の鍵がルナへ手渡される。
「この鍵は返却不要ですので、シルバー様がお持ちください」
「ありがとうございます。ところで、その……大変申しあげにくいのですが、ゼルと二人きりで話したいことがありますので、席を外していただいてもよろしいでしょうか……?」
「承知いたしました。私はスペディオ家の屋敷で待機しておりますので、何かございましたら、いつでもお声掛けくださいませ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「いえ、それでは失礼いたします」
完全に仕事人モードのローは、深々と頭を下げ、そのまま部屋を退出した。
その後、ルナは扉・窓・勝手口を魔力でがっちりとコーティング。
さらに<不可知領域>を展開し、内部から外部への情報を完全に遮断。
慣れた手つきで鉄壁の防御を敷いた彼女は、
「ふぅ……疲れたぁ」
巨大なプレートアーマーを脱ぎ、リビングの中央に置かれたソファにポスリと腰を下ろす。
このとき三百年ぶりにルナの素顔を目にしたゼルは――。
「……聖女、様……っ」
胸の奥から込み上げてくる、
「えっ、ちょ……ゼル? どうして泣いているの……?」
「……申し訳ございません。歳のせいか、涙もろくなってしまったようです」
「そう言えば……ちょっと老けたね。昔の刺々しい感じが抜けて、落ち着いたかっこよさになったかも」
「ふふっ、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだゼルは、コホンと咳払いをして、ルナの目を真っ直ぐに見つめる。
「正直、お聞きしたいことは、山のようにあるのですが……。まずはこの質問にお答えいただけますか?」
「うん、なに?」
「ルナ様はどのようにして、この現代に転生なされたのですか? レオナードも言っていた通り、魔法の基本は等価交換。『聖女の魂』を冥府より呼び戻すには、
「うーん、それなんだけど……私も詳しいことはよくわからないんだ。なんか『ハッ』と気付いたときには、もうこの世界にいたって感じ」
「なるほど、不思議なことがあるものですね」
「ねー」
かつての仲間と話しているせいか、ルナの口調は幾分か砕けたものになっていた。
「それからもう一つ、こちらの鎧には、いったいどのような意味が……?」
「あー、これね。こっちに転生してから、新しい目標とか心境の変化とか、いろいろとあってさ。それでまぁ結論を言うと、私……聖女をやめたんだ。あの鎧は、『聖女バレ』を防ぐためのもの」
「な、なんと……!?」
「……ごめん、がっかりしたよね」
「まさか! 魔王を討つ旅の途中に何度もお話しした通り、聖女様はもっと自由に生きるべきだと考えます! 欲深い王侯貴族や身勝手な列強諸国の意向など、全て無視してしまえばいい! ルナ様が聖女をおやめになられたこと、私はむしろ嬉しく思っております!」
「……ありがとう、やっぱりゼルは優しいね」
二人がそんな話をしていると、宿舎の扉がコンコンコンとノックされ、オウルの声が聞こえて来た。
「――シルバー、ちょっといいか?」
ルナはすぐにプレートアーマーを纏い、<不可知領域>を解き、魔力のコーティングを取り、ガチャリと扉を開ける。
するとそこには――オウル・レイオス・カースの三人が立っていた。
「おや、御三方揃い踏みで……どうされましたか?」
「実は本件のあらましを
「なるほど、そういうことでしたか。立ち話もなんですし、どうぞお入りください」
基本的に根が真面目なルナは、きちんと仕事を完遂するため、快く聴取に応じた。
そのとき――ゼルの瞳が鋭く光る。
「……すまない、私にはやらなくてはならないことがあるので、この辺りで失礼させてもらおう。――シルバー、また後でな」
「えっ、あっ、うん」
突然のことにびっくりしたルナは、勢いに押されてコクリと頷くと、ゼルは
「ゼル様、お忙しいのかな……?」
オウルはそんなことを呟きながら、シルバーの案内に従って、リビングへ移動する。
「どうぞ、お掛けください」
「あぁ、ありがとう」
ルナの対面のソファに座ったオウルは、コホンと咳払いをする。
「さて、と……それじゃ早速、シルバー様の大活躍を聞かせてもらおうかな」
「あはは、そんな大層なことはしていませんよ」
その後ルナは、レオナード教国で見聞きしたことを語った。
第三禁呪研究室・レオナードの四騎士・隠し部屋のファイル――オウルたちとはぐれた後のことを簡潔に説明する。
ただ……自分が
(『罠に引っ掛かって迷子になる』、これは冒険者シルバーの設定的にアウト……っ)
彼女は
ルナが脚色を加えた物語を語り、オウルはそれを
「これでよしっと……ありがとう、助かったよ」
「いえ、これも依頼の一環ですから」
今回の仕事が無事に完了したそのとき――コンコンコンと扉がノックされた。
「はい、どちら様ですか?」
ルナが扉を開けるとそこには、非常によく見慣れた、侍女の姿があった。
「先ほど案内役を務めました、ロー・ステインクロウです。ゼル様が、シルバー様をお呼びになっておられます。どうぞ、中央広場までいらしてください」
「ゼルが……? なんの用事ですか?」
「申し訳ございません、詳細についてはわかりかねます」
「そう、ですか……(ゼル、さっきもちょっと変だったし、どうしたんだろう?)」
それからルナは、ローに案内される形で進み、オウル・レイオス・カースもその後に続いた。
大通りを真っ直ぐ歩き、中央広場に到着するとそこには――。
「こ、これは……!?」
まさに『人』・『人』・『人』――スペディオ領に住む人々が、全員集合しているのではないか、そう思ってしまうほどの人だかりができていた。
巨大な人だかりの中心には、仮設舞台が設置されており、その上にゼル・カルロ・トレバスの三人が立っている。
ルナは人混みを
「ゼル、これはいったいなんの騒ぎだ?」
ルナの問いに対し、ゼルは意味深にコクリと頷き――民衆に向かって語り始める。
「――みな、急な呼び掛けにもかかわらず、よくぞ集まってくれた。まずはその行動に感謝の意を示したい。そして今一度、自己紹介をさせてもらおう。私の名はゼル・ゼゼド、かつて聖女パーティの一員として、大魔王討伐に参じた者だ」
スペディオ領の人達はみな、伝説の英雄の話を静かに聞き入っていた。
「今日ここに集まってもらったのは他でもない、スペディオの領民であるキミたちに『大切な話』があるんだ」
ゼルは一呼吸を置き、真剣な表情で語る。
「私は聖女様とシルバーと密に話し合い、『とある計画』を打ち立てた。そしてこれをカルロ殿・トレバス殿に持って行ったところ、二人は快く了承してくれた」
カルロとトレバスに目を向ければ、二人は希望に満ちた顔でコクコクと頷く。
もはや発表を待ち切れないといった様子であり、この場に
今が頃合いだと判断したゼルは、胸いっぱいに空気を吸い、天にも轟く力強い大声を張り上げる。
「――今日この日、今この瞬間より! スペディオ領は四大国からの独立を果たし、聖女様を初代『
「……えっ……?」
何も聞かされていない聖女様が、ポカンと口を開けた次の瞬間、
「「「う、うぉおおおおおおおお……!」」」
スペディオ領の人々が、歓喜の雄叫びをあげる。
これまで四大国に貪られ続けてきた悔しさ、耐え難きを耐え忍んできた苦悩、国家権力という理不尽に晒されてきた不満――それら全てが爆発し、喜びの感情となって
「もちろんこの決定に対し、四大国は激しく抗議してくるだろう! しかし、恐れることはない! 何せ我らには、聖女様が付いているのだからな! これは大義である! 正義は我らの
ゼルは燃え盛る火に
そして――。
「――聖女様ッ! 聖女様ッ! 聖女様ッ!」
こっそり領内に紛れ込んでいた聖女教徒が、もはや我慢ならぬといった様子で、例の
それは瞬く間に周囲へ
「「「聖女様……ッ! 聖女様……ッ! 聖女様……ッ!」」」
ルナの故郷が、熱狂の渦に包まれる。
「ちょ、ちょっとゼル……! あなた、いったい何を言っているの!?」
聖女様はゼルの風切り羽をぐいぐいっと引っ張り、小声で必死に抗議の意を示すが……こうなってしまってはもう『後の祭り』だ。
民衆を眺め下ろしながら、ゼルは『誓い』を打ち立てた。
(三百年前の過ちは、もう二度と犯さぬ……っ。王侯貴族も列強諸国も、もはや信用に足る存在ではない。純粋無垢な聖女様が食い物にされぬよう、私が屋台骨となって全力でお支えする。そして――ルナ様を中心とした『新たな秩序』を作るのだ……!)
『忠義の男』ゼル・ゼゼドは燃えていた。
この小さなスペディオ領から始まる世界統一、聖女を頂点に据えた新たな秩序の創造――彼は本気で、この夢物語を成そうと考えているのだ。
聖女が国を
なんの相談も受けていなかった聖女様は、いきなり聖王国の統治者に
(い、いやいやいや、そんな無茶苦茶な……っ)
一人グルグルと目を回し、両手で頭を抱えるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
第3部を最後まで読んでいただきありがとうございます!
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