第6話:レオナードの四騎士


 翌朝――午前六時に宿を出たルナたちは、タムール砂漠の中央部を歩いていた。


 昨日購入した日除ひよけのローブをまとい、照り付ける熱波に耐えながら、渇いた砂を踏み進む。


「ふぅ……さすがに暑いな」


 オウルはひたいの汗をぬぐい、


「そろそろ『ポイント』のはずだが……」


 レイオスは地図を片手に目を尖らせ、


「み、水ぅ……っ」


 カースは既に干からびそうになっている。


 そんな中――先頭を行くオウルが、肩越しにルナの方を見た。


「シルバーは大丈夫か? その鎧にこの日照り、かなりキツイだろう?」


「お気遣いありがとうございます。ただ、魔法で冷却しているので、鎧の中は快適なものですよ」


「へぇ、それは羨ましいな」


「魔力切れは……いや、愚問か」


「うーわ、ズルぅ……」


 オウル・レイオス・カースが、三者三様の反応を示す中――ルナはずっと気になっていた、とある質問を口にする。


「そう言えばオウルさん、レオナード教国は砂漠の地下深くにあるんですよね? そんなところへ、どうやって潜入するんでしょう?」


「あぁ、実は教国には『秘密の入り口』があって――っと、噂をすればなんとやら、ちょうどついたみたいだ」


 砂丘の頂上に立ったオウルは、眼下に目を向ける。


 するとそこには――半径15メートルにもなる巨大な蟻地獄が、見渡す限り一面に広がっていた。

 ザッと数えるだけでも、軽く30個はあるだろう。


「こ、これは……中々凄い光景ですね……っ」


 黄金の砂地に描かれた大量の渦巻きは、思わずハッと息を呑むような凄みがあった。


「ここはタムール砂漠の危険地帯、通称『蟻々ありあり地獄』。あの渦の中心にはクロバカゲロウという魔獣がいて、流砂に足を取られた獲物を丸呑みにするんだ。普段は誰も寄り付かない自然災害なんだけど……。実はこの中に一つ、人工的に作られた蟻地獄が――『当たり』が交ざっている。それこそが、教国に続く『秘密の入り口』ってわけだ」


「なるほど、面白い仕掛けですね」


 ルナは感心した様子で頷く。


「さて――カース、そろそろ見つかったかい?」


「えぇ、向かって右から四番目、一番奥の蟻地獄――あれが偽もんですわ。あの下にだけ、不自然な空間が広がっとります」


 彼は両目に魔力を集中させながら、とある蟻地獄を指さした。


「へぇ、カースさんは探知タイプの魔法士なんですか」


 ルナの呟きに対し、オウルとレイオスは同時に頷く。


「カースは戦闘力こそ皆無だが、探知魔法にけていてね。斥候せっこうとしての実力は『超一流』なんだ」


「こいつは驚くほどに弱いが、その弱さゆえに感覚が異常に鋭い。探知・索敵はお手の物だ」


「お二人さんってば、ほんま素直やないなぁ! もっと褒めてくれたってええんやでぇ?」


 滅多に称賛されることのないカースは、とても嬉しそうだった。


「それじゃみんな、準備はいいかい?」


「えぇ、問題ありません」


「パパッと終わらせて、早いとこ帰りましょ」


 三人は顔を見合わせると、躊躇ちゅうちょなく蟻地獄へ飛び込んだ。


(う、わぁ……。この中に入っていくのかぁ……っ)


 ルナは砂まみれになることへ若干の抵抗を覚えつつも、仕方なく蟻地獄へ足を踏み入れる。


(お、おぉ……砂に吸い込まれていくというか、ジャリジャリがせり上がってくるというか、なんか変な感じだ……っ)


 そのまま抵抗することなく、流砂に呑み込まれていくことしばし――突然、奇妙な浮遊感が訪れ、視界がパッと開けた。


「っと」


 固い地面に着地。

 周囲をグルリと見回すとそこには、広大な地下空間が広がっている。


(凄い、本当にあれが秘密の入口だったんだ……!)


 ルナはちょっぴり感動した。


「みんな無事だな? それじゃカース、早速で悪いが広域探知を頼む」


「はいはい、ちょぃとお待ちくださいねっと――<天盤ヘブンズ・ボード>」


 次の瞬間、彼を中心にして、半径100メートルの大きな探知円が展開された。


<天盤>は広域に透明な円を広げ、範囲内の情報を解析していく、探知系の中位魔法だ。


「んぁー……これアレですね。うちとこの諜報員がバレたさかい、明らかに警戒態勢が敷かれとりますわ。罠や魔獣が盛りだくさ……ん?」


「どうした?」


「うげぇ、なんやこの気持ちの悪い魔力……。こっからさらに下、かなり深いところに邪悪な気配が四つ。多分これが噂の『レオナードの四騎士』、こいつら相当強いですよ……っ」


 カースは険しい顔付きで、そんな報告を口にした。


「……レオナードの四騎士?」


 ルナが小首を傾げると、隣のレイオスが説明を始める。


「レオナード教国を守護する、四体の悪しき魔族のことだ。教祖レオナードと契約を結んでいるらしく、奴の指示に従って、様々な悪事を働いている。諜報員からの報告によれば、こいつらが王国の民をさらった実行犯らしい」


「なるほど……」


 二人がそんな話をしていると――カースの顔が青白く染まった。


「……これ・・、あかんわ……っ」


「なんだ、何があった?」


「最下層に一人、『化物』がおります……ッ」


「化物、ね。ボクの魔力量と比べて、どっちの方が上かな?」


「……すんません。単純な魔力量やと、向こうが上です」


「へぇ……それは楽しみだ」


 オウルはそう言って、好戦的な笑みを浮かべた。


「――カース、広域探知はもう十分だ。後は周辺の索敵だけしていてくれ」


「ふぃー、了解っす」


 魔法を解いた彼は、「疲れたぁ」と言って、グーッと体を伸ばす。

 よくよく見ればその額には、大粒の汗が浮かんでいた。

天盤ヘブンズ・ボード>という魔法は、緻密で繊細な魔力制御が求められるため、精神の消耗が非常に大きいのだ。


 オウルはコホンと咳払いをして、全員の注目を集める。


「とりあえず――最下層を目指しつつ、教国の調査を進めていこうか。『最優先目標』はこの地下のどこかにあるという、『秘密の研究所』を押さえること。奴等の研究が邪悪なものだった場合、その場ですぐに始末をつけるつもりだ。……まぁおそらく荒事になるだろうから、心の準備をしておいてくれ」


 素早く行動方針を定めたオウルは、次に隊列を決めていく。


「先頭はボク、二番手はレイオス、その後ろにカース、最も危険な殿しんがりは……シルバー、キミに任せていいかい?」


「えぇ、問題ありません」


「ありがとう。――よし、ここはもう敵の腹の中だ。一切の油断なく、慎重に行こう」


 そうしてルナたちは、レオナード教国の地下通路を進み始めた。


 行動開始から三分が経過した頃、


「――前方10メートル先、ゴブリンが五匹ほど潜んどりますわ」


 カースが事前に報告したおかげで、


「よっと」


「ハッ!」


 オウルとレイオスは、まったく苦戦することなく、ゴブリンの群れを素早く排除できた。


 その後、三叉路さんさろを右へ曲がったとき、


「――ストップ」


「どうした、レイオス?」


「そこ、岩のぎ目が不自然です。誰かが手を加えていますね」


「これは……仕込み毒矢か。ご丁寧に<探知阻害>の魔法で隠してあるな」


 レイオスはその知識を以って罠を看破した。


 そして地下深くへ伸びる石階段を下りていると、


「――オオオオンッ!」


 探知魔法に引っ掛からない、不可視の魔獣レイスが奇襲を仕掛けてきた。


 しかし、


「――残念、ボクに初撃しょげきは当たらないよ?」


 天恵ギフト【初撃回避】の力によって、いとも容易くレイスの斬撃を避けたオウルは――返す刀で斬り払う。


 オウルは万能・レイオスは知識・カースは斥候、それぞれが自分の役割をきちんと果たしている。

 しかも、彼らの連携は非常にスムーズであり、パーティとしてしっかりと機能していた。


 そうしてルナたちは、順調に下へ下へ――教国の地下深くへ潜っていく。


「まったく、まるで迷路だな……。よくもまぁこんなものを、砂漠の下に作ったものだ」


 オウルは呆れたように呟き、


「しかし、本当にどうやったんでしょうね? 大仰な魔法を使えば、王国の探知網に引っ掛かるはず……。地道に道具を使って掘り進んだ? ……いや、まさかな」


 レイオスが真剣な表情で考え込み、


「……あれ、シルバーさん?」


 感覚の鋭いカースが、最初に気付いた。


 自分達の後ろに、ルナがいないことを。


「し、シルバー……どこへ行った!?」


「くそ、いつからだ!? 転移の罠か!?」


「……あかん。あの人、<天盤ヘブンズ・ボード>に引っ掛からん……っ。多分、鎧に<魔力探知不可>がついとるんや……ッ」


 最大戦力の喪失。

 本来ならば、この時点で撤退を選択すべきだが……。


(シルバーは世界中でただ一人、聖女様とコンタクトを取れる人間……。彼を見捨てて帰れば、王国との不和に繋がりかねない……っ)


(シルバーとの不和は、すなわち聖女様との不和――そんなこと、断じてあっていいはずがない!)


(うわぁ……なんか二人とも、めちゃくちゃ捜しに行きそうな顔しとる……っ。いやいやもう帰ろうや。あの人、化物みたいに強いから、放っておいても大丈夫やて)


 それぞれの思いが交錯し、


「――シルバーを捜そう。ここで彼を失うわけにはいけない」


「はい、自分もそう思います」


「くぅ、やっぱりこうなるんか……っ」


 三人は深層に潜っていくのだった。



 一方その頃、我らが聖女様は――。


「くっ、この私が『落とし穴』に引っ掛かるなんて……っ」


 古典的なトラップによって、遥か深層に落っこちていた。


 時をさかのぼること一分ほど前――ルナが隊列の殿しんがりを務めていると、視界の端に宝箱が映った。


(あっ、お宝だ!)


 聖女様はこう見えて、ダンジョン内の宝箱に目がない。

 彼女は基本的に物欲が弱く、別に何かが欲しいというわけではないのだが……。

 宝箱を開けるときの『ドキドキ感』、アレがたまらなく好きだった。


(オウルさんたちは、凄く集中しているし……邪魔しちゃ悪いよね)


 そう判断したルナは、小走りで宝箱に駆け寄り、素早く回収することにした。


(ふふっ、何が出るかなぁ……?)


 宝箱に触れた次の瞬間、足元がぱっかりと開く。


「……えっ……?」


 何が起きたのかもわからないまま、真っ逆さまに落下していき――底に敷き詰められた大量の竹槍を、その強靭な背中でへし折った。


「うぅ、やられた……っ」


 ルナはゆっくりと起き上がり、深い穴の底から這いあがり、安全な平地に移動する。


「まったく……。落とし穴なんて原始的なトラップ、今時もう誰も引っ掛からないよ?」


 まるで野生動物よろしく、しっかりばっちり引っ掛かった聖女様による、非常にありがたい御言葉だ。


「それにしても、けっこう高いところから落ちたなぁ……」


 遥か遠くの天井を見つめながら、ルナはため息を零す。


「なんかここ、ちょっと迷路過ぎる……。いっそのこと、更地さらちにした方が早いんじゃ――」


 その瞬間、脳裏をよぎったのは、三百年前の『とある出来事』。


 聖女パーティ全員で、邪悪な魔族のむ地底迷宮に臨み――予定調和の如く道に迷ったルナが、困り果てた末にダンジョンを丸ごと吹き飛ばしたときのことだ。


【……聖女様、地下での大胆な行動はつつしんでください。我々の身が持ちません】


【ちょっとあんた、私達を生き埋めにする気……!?】


【ルナさん、『知性』って言葉、ご存じですか?】


【ご、ごめんなさい……っ】


 パーティメンバーに叱られた、ほろ苦い記憶が蘇る。


(……なんか今日は、やけにみんなのことを思い出しちゃうな……)


『パーティを組んで教国に潜入する』という行為が、どうしても過去の経験と重なり――在りし日の楽しい記憶を思い出してしまった。


「さて……これからどうしようかな」


 現状、敵地でポツンと一人ぼっち。

 何かしらの対策を打つ必要がある。


「ふぅ、仕方がない……。久しぶりにアレ・・をやろう」


 彼女は意識を集中し、とある魔法を発動。


「――<天盤ヘブンズ・ボード>」


 次の瞬間、半径300kmを優に超える、超巨大な探知円が広がった。


「ふむふむ……ほほぉ、なるほどね……」


 ルナは額に人差し指を当てながら、自慢の聖女ブレインをフル回転させ、周囲の情報を解析していく。


 三分後、


「……駄目だ、全然わかんない……っ」


 彼女は地面に両膝を突き、無力感に打ちひしがれていた。


 オウルたちの魔力を探知しようと、必死に頑張ったのだけれど……まったく上手くいかなかった。


 それもそのはず、ルナは自分の保有する魔力がデタラメに多過ぎて、他人の魔力をまったく識別できない。

 彼女にとって『剣聖オウル・ラスティアの魔力』と『一般生息ダンゴムシの魔力』に差はなく、完全にイコールの関係で結ばれる。

 そのため<天盤>を使って魔力を探知しても、それがオウルのものなのか、はたまたダンゴムシのものなのか、その判別がつかないのだ。


(うぅ、困ったな……)


 虎の子の探知魔法も不発となり、もはや打つ手なしとなった聖女様は――。


「まぁでも、道なりに歩いてたら、そのうち合流できるよね?」


 方向音痴に特有の謎の自信を持ったまま、軽やかな足取りで歩き始めた。


 彼女に斥候せっこうとしての能力はないため、毒矢・落石・吊天井つりてんじょうなどなど……。

 教国の仕掛けた危険な罠が、次から次へと牙をく。


 しかし、単純に『硬くて強い』という理不尽が、即死級の罠をゲーム感覚で踏み潰していった。


(ふふっ、なんかアトラクションみたいで、ちょっと楽しいかも……!)


 そうして自由気ままに進んだ先――黒塗りのいかめしい扉が目に入った。


「……『第三禁呪研究室』……? えっ確かこれって、『最優先目標』の――」


 ルナがドアノブを握ったその瞬間、カチッという音と共に罠が起動、途轍とてつもない大爆発が巻き起こる。


 まばゆ白光びゃっこうが視界を染め上げ、灼熱の炎が世界を蹂躙じゅうりんする中、


「び、ビックリしたぁ……っ」


 彼女は目をパチパチと見開いた後、何事もなかったかのように、部屋の中へ踏み入っていく。


 第三禁呪研究室は非常に広く、大量の本と書類があちらこちらに散乱していた。

 そんな雑然とした部屋の最奥――闇にうごめく四体の魔族が、邪悪な笑みを零す。


「ふふっ、驚いたぞ。まさかこんな深層まで辿り着くとはな」


「ヒヒッ、今度の侵入者は、どうやって遊ぼうかなぁ?」


「くくくっ、歓迎するぞ、鎧の男よ?」


「ふははっ、地獄へようこそ!」


 漆黒のローブに身を纏った魔族たちは、何故かみんな笑っていた。


「えっと、あなたたちは……?」


「我らは誇り高き『レオナードの四騎士』! 貴様に恨みはないが……この研究室を見られたからには、生かしておくことはできん――ここで死んでもらうとしよう!」


「レオナードの四騎士……(確かレイオスさんが言っていた、悪い魔族だよね? こんな大事そうな場所を守っているってことは、きっといろいろな情報を握っているはず。できれば捕獲して、話を聞きたいな)」


 ルナがそんなことを考えていると、赤い髪の魔族が途轍とてつもない速度で駆け出した。


「我が名は烈火のキエン! 不知火しらぬいの炎を以って、貴様を燃やし尽くし――ばがッ!?」


 ルナがなんのけなしに右手を振るった結果――烈火のキエンは天井に激しく激突し、上半身をめり込ませたまま、ピクリとも動かなくなった。


「ほぅ、キエンがやられたか……。しかし、奴は四騎士の中でも最弱……。次はこの俺、死風しふうのフーガが――ぶごっ!?」


 頭を鷲掴みにされた死風のフーガは、そのまま床に全身を埋め込まれて絶命する。


「ほぅ、キエンとフーガを倒すとは、中々やるではないか。ならばこの儂、天水てんすいのスイリュウが……へばっ!?」


 軽いパンチを受けた天水のスイリュウは、文字通り花火のように弾け飛んだ。


「……えっ……?」


 レオナードの四騎士は、それぞれの口上を述べる間もなく、瞬殺されてしまい……残すところは後一人、『迅雷のライザフ』のみとなった。


「さて、お前が最後だな(ま、マズいマズい……っ。せめてこの魔族だけでも、生きたまま捕獲しなきゃ……ッ)」


 貴重な情報源を三つも駄目にしてしまった聖女様は、内心ダラダラと冷や汗を流しているのだが……。


 そんなことを知るよしもないライザフは、その場で両膝を突き、深々と頭を垂れた。


「さ、先ほどは偉そうなことを言ってしまい、大変申し訳ございませんでした……っ。なんでもお話しますので、どうか命だけはお助けください……ッ」


「ふむ……いいだろう」


「あ、ありがとうございます……!」


 無事に情報源を確保できたルナは、ホッと安堵の息を零しつつ……一抹の不安を抱える。


(大人しく捕まってくれたのは、とても嬉しいんだけど……。私、尋問って苦手なんだよなぁ)


 彼女は優し過ぎるがゆえ、誰かを苛烈に追い込むことが、途轍もなく苦手だった。そのうえ生来の純粋な性格のせいで、相手の言うことをすぐに信じ込んでしまう。

 尋問官としての適性は、文字通りの『ゼロ』だ。


(ここで弱音を吐いていても仕方ないし、精一杯、頑張ってみよう……!)


 ルナは小さく咳払いをし、軽い脅しを掛けてみることにした。


「えー、おほん……。私は今、お前に恐ろしい魔法を掛けた」


「お、恐ろしい魔法……?」


「そう、とても恐ろしい魔法だ。私の質問に嘘をついたら――」


「嘘を、ついたら……っ」


「なんか……いろんなところが爆発して死ぬ」


「い、いろんなところが……!?」


 ライザは恐怖に打ち震えた。


(な、なんという恐ろしい人間だ……っ)


 一瞬の痛みで終わる爆殺ではなく、いろいろなところを爆発した末に――殺す。

 これは明確なメッセージ、嘘をついたが最後、『決して楽には殺さないぞ?』という残酷なメッセージ。


(間違いない、この鎧は『猟奇的な殺人中毒者』だ。嗜虐性と残虐性が、人の皮を被ったような邪悪だ……ッ。魔族なんぞよりも、よっぽど恐ろしい……ッ)


 ライザフは小動物のようにカタカタと震えながら、ルナの質問を静かに待った。


「さて、質問に移ろう。まず教祖レオナードはどこに――」


「――最深部『合一ごういつの間』です!」


 恐怖に駆られたライザフは、食い気味に答えた。


「そ、そうか……っ。では次の質問だ。レオナード教国には、聖遺物があると聞いたが……これは事実か?」


「はい。レオナードが肌身離さず持ち歩いている、と風の噂で聞いたことがあります」


「なるほど、聖遺物はその一つだけか?」


「おそらくそのはずです」


「ちなみにその聖遺物は、どんな形をしていた? 例えばそう……ノートのようなものじゃなかったか?」


「も、申し訳ございません……。そこまではわかりかねます……っ」


 彼は全ての質問に対し、嘘偽りなく、正直に答え続けた。


「――なるほど、参考になった」


「そ、それでは……!」


「あぁ、約束通り命だけは・・・・助けてやろう」


 ルナはそう言って、スッと右手を前に伸ばす。


「え、いや、ちょ待っ――びぎゃッ!?」


 優しいデコピンを受けたライザフは、遥か後方へ吹き飛び――研究室の壁面に全身を打ち付け、そのまま意識を手放した。


 命は取らないと約束したが、誰も逃がしてやるとは言っていない。

 こんな好戦的な魔族を野に放てば、いつかどこかで誰かが被害に遭い、悲しい思いをしてしまう。


 だからルナは、ライザフの身柄を確保し、オウルたち聖騎士へ引き渡すことにしたのだ。


「とりあえず、<次元収納ストレージ>に入れてっと……ん?」

気絶したライザフをヒョイと摘まみ上げ、異空間にポイッと放り込んだそのとき――とある『異変』に気付く。


「こ、これは……!?」


 先の戦闘で研究室の壁面が一部崩れ落ち、なんとその奥から、地下へ伸びる階段が現れた。


(間違いない……『隠し階段』だ! ふふっ、小粋こいきな造りをしているじゃないですか!)


 ルナの愛読する悪役令嬢の小説にも、こういう仕掛けはよく登場する。


 物語世界における『お約束』では、この階段を下った先に秘密の小部屋があり、そこには王侯貴族の隠したい『闇』が――絶対に表の世界へ出してはいけない『極秘情報』が眠っている。


(もぅ、ワクワクさせてくれますね……!)


 見るからに上機嫌なルナが、螺旋らせんの石階段を下りていくと――予想した通り、小さな隠し部屋が見つかった。


「お邪魔しますっと」


 そこは机・椅子・棚、必要最低限の備品のみが並ぶ、殺風景な仕事部屋だった。


「ふむふむ……怪しいのは、やっぱりこれ・・、かな?」


 棚に並べられた大量のファイルの中から、二・三個ほど適当に抜き取り、その中身にザッと目を通していく。


「……『エルギア王国転覆計画』、『死霊魔法と土人形ゴーレムによる魂の転生実験』、『聖女パーティの一人、大剣士ゼルとの契約』……?」


 そうしてルナは、レオナード教国の『最暗部』へ踏み込んでいくのだった。

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