第4話:オアシスの街


 ニルヴァから豪華極まりないパーティメンバーを紹介されたルナは、『驚愕』を通り越して『呆然』としていた。


(えっ待って、なんでその人選なの? ……嫌がらせ?)


 彼女の脳裏に浮かぶのは、三人と出会ったときの記憶。


(第三聖騎士小隊隊長レイオス・ラインハルト……)


 初めてレイオスと会ったあの日――聖女学院と聖騎士学院の摸擬戦が組まれた場で、彼が言い放ったあの言葉・・・・を、ルナは今でも鮮明に覚えている。


【この際だからはっきり言っておこう。この中に聖女様の転生体はいない。俺の目はそこらの凡百と違って、節穴ではないのだ。『本物』を見れば一発でわかる、この方こそが聖女だ、とな】


 聖女ほんものを目の前にしながら、自信満々にそう述べたレイオスは、どこに出しても恥ずかしくない立派な『節穴』だ。


(副隊長のカース・メレフって、レイオスさんと一緒にいた、あの茶髪の軽い人だよね……?)


 カースとの出会いも、記憶によく残っている。


【これ、ボクの住んでる寮の部屋番号のメモ、また気ぃ向いたら遊びに来たってな!】


 出会い頭にいきなり部屋番号のメモを渡してきた、途轍とてつもなく軽薄な男だ。


(そしてオウル・ラスティアこと、『壁ギンチャク』……)


 彼とのエピソードは、殊更ことさらに鮮烈なものだった。


 ルナが冒険者登録をしに行った際、何故か急に試験監督役を買って出たかと思えば、軽く放ったパンチ一発で撃沈――壁に生えたイソギンチャクとなり果てた男、ゆえに壁ギンチャク。


(よりにもよって、どうしてこの三人なの……?)


 ルナが純粋な疑問を覚えていると、ニルヴァが不安気な表情を浮かべた。


「し、シルバー殿……今の『チェンジ』とは、いったいどういう意味でしょうか? もしや私の選出したメンバーが、お気に召しませんでしたか?」


「ぁ、あ゛ー……」


 ルナは返答にきゅうした。

 あまりにも強烈なトリオを紹介されたので、つい反射的に拒絶してしまったのだ。


(……うーん、困ったな……)


 ニルヴァが自信を持って『かなりの腕利き』と紹介していただけに、『実力不足』を理由に断れば、彼の顔を潰すことになってしまう。

 無用な波を立てないためにも、ここは何か別の理由を探す必要があった。


「確かその三人は、最近それなりに大きな怪我をしていたはず。復帰して間もない彼らには、少々ハードな仕事なのでは……?」


 レイオスとカースはワイズとの戦闘で重傷を負い、オウルはルナの軽いパンチを受けて生死の境を彷徨さまよったばかり――。「コンディションに問題のある三人を連れて、危険な教国へ行くのはどうだろうか?」というのが、ルナの考え出した突破口だ。 


「心配御無用。我が国の優秀な回復魔法士によって、三人とも完全復帰を遂げております!」


「そう、ですか……」


 ここまではっきりと言い切られては、健康面から切り崩すのは難しい。


「ちなみに……その三人は、斥候せっこうとして十分な能力があるのでしょうか?」


「もちろんでございます! レイオスは非常に博識な男で、この手の遠征任務には欠かせません! カースは人格面にこそ問題ありですが、王国でも随一の斥候! そしてオウルは言わずもがな。その身に宿す数多の天恵ギフトを駆使して、戦闘・索敵・隠密、あらゆる状況に対応できる『万能型の天才』です!」


「……なるほど……」


 戦力的には不安が残るけれど、斥候としての能力は高いらしい。


(まぁいざ戦いになったときは、私が前線に出ればいいだけだし……大丈夫、だよね?)


 そう考えたルナは、決断を下す。


「――わかりました。此度このたびの依頼、つつしんでお受けいたします」


「おぉ、ありがとうございます!」


 慇懃いんぎんに頭を下げたニルヴァは、「あっ」と声をあげる。


「申し訳ございません。私としたことが、本件の金銭的な報酬を伝え忘れておりました。まず着手金として――」


「――いえ、お金はけっこうです」


 ルナはそう言って、スッと右手を突き出した。


「教国の情報提供と聖遺物の譲渡――この二つでもう十分、これ以上の報酬をいただいては、こちらがもらい過ぎになってしまう」


 彼女はあくまで『対等な取引』を望んでいた。


 現在はエルギア王国を拠点に活動しているものの……それは転生先が王国領のスペディオ家だったこと、成り行きで聖女学院に通うことになったこと――すなわち偶然によるところが大きく、今後はどうなるかわからない。


(この『シルバー』という器は、冒険者であり聖女の代行者。どの勢力にも縛られない、『フリーな存在』として大切にしたい……)


 シルバーの独立性を維持するためにも、王国との仕事は対等な条件の下で受けたかったのだ。


 そんなルナの意図を素早くみ取ったニルヴァは、多くを語らずに「承知しました」と応じる。


「さてシルバー殿、今後の予定なのですが……。まずは一度メンバー全員で集まり、顔合わせをするというのはどうでしょうか?」


「えぇ、自分もそう思っていたところです」


「ちなみにこの後の御予定は……?」


「今日は終日ぽっかりと空いていますね」


「それは僥倖ぎょうこうだ! では、オウル・レイオス・カースの三人には、私が声を掛けておきましょう。えーっと……そうですね、『一時間後に冒険者ギルドへ集合』というのはいかかでしょう?」


「ぜひそれでお願いします」


 とんとん拍子に予定は決まり、仕事の話は無事に纏まった。


「――シルバー殿、此度このたびは貴重なお時間をいただき、またこちらの依頼をこころよく受けていただき、本当にありがとうございます」


「いえいえこちらこそ。お忙しい中、わざわざ足を運んでいき、ありがとうございます。おかげで大変みのりのある話ができました」


 ルナとニルヴァはそう言って、友好の握手を交わす。


「自分はこのあたりで、一度失礼しようと思うのですが、ニルヴァさんは……?」


「私はもう少しここで仕事をしていきます。オウルたちへの連絡は、<交信コール>があれば十分ですしね」


「なるほど、それではお先に失礼します」


 そうしてルナは特別来賓室を後にするのだった。



 ルナが特別来賓室から退出し、ほどなくした頃――ニルヴァはパンパンと手を打ち鳴らす。


「――キミたち・・・・、もう出て来てもいいぞ」


 その言葉を受けて、厚手のカーテンの奥から、クローゼットの中から、隠し扉の裏から――三人の聖騎士が現れた。


 極めて探知能力の低いルナは、まったく気付かなかったのだが……。

 実はこの部屋には、オウル・レイオス・カースが潜んでいたのだ。


「結局のところ、シルバー殿はついぞ、キミたちの隠形おんぎょうを見破れなかったな。私の睨んだ通り、彼の探知能力はかなり低いらしい。絶対的強者に特有の『にぶさ』というやつか」


 ニルヴァの発言に対し、否定の声があがる。


「いや、彼はボクたちの存在に気付いていましたよ」


 オウルはそう断言し、


「何度か目も合いましたし、間違いないでしょうね」


 レイオスはそれに同意し、


「えっ、ほんまに……!?」


 カースはギョッと驚いた。


「ま、まさか……っ。私はずっとシルバー殿と対面していたが、それらしい言動や素振りは、毛ほども見られなかったぞ……?」


 疑問をていするニルヴァへ、オウルとレイオスは「やれやれ」と言った風に息を吐く。


「シルバーは三百年もの間、世界の目をあざむき続けた男ですよ? 演技や腹芸はらげいは、十八番おはこでしょう」


「シルバーの外面だけを見ていてはいけません。もっと本質を――その深奥を覗かなければ、彼を捉えることは難しいかと」


「ど、どういうことだね!? もっとわかりやすく教えてくれ! そもそも彼は本当に、キミたちの完璧な隠形おんぎょうを見破っていたのか!? にわかには信じられんぞ!」


 ニルヴァは身を乗り出し、オウルとレイオスに詳しい説明を求めた。


「この部屋に入ってすぐ、シルバーはわざとらしく周囲を見回し――すぐに身を固めた」


「入室と同時に、我々の存在に気付いたのでしょうね。さすがに鋭い」


「そ、そうかね……? 私の目には、豪華な調度品に委縮して、身を固めたようにしか見えなかったが……」


 ニルヴァのこの意見は、見事に的中していたのだが……オウルとレイオスが、その正解こたえを切り伏せる。


「ははっ。シルバーほどの男が、この程度の調度品にビビるわけないでしょう」


「シルバーは聖女様の代行者。彼にとっては、この程度の調度品など、市販の規格品と変わらないはずです」


「……た、確かに……っ」


 超庶民派の聖女様は、『この程度の調度品』にびくびくしていたのだが……そんなことは知るよしもない。


「他にも細かい点をあげればキリがないけど……。一番わかりやすいのは――あのチェンジという発言ちょうはつかな」


「あれは明確なメッセージ。『そこにいるのはわかっているぞ』という、シルバーからの揺さぶりのメッセージでした」


「なるほど……。シルバー殿にしては、珍しく挑戦的な発言だと思ったが、そういうことか……。あれはキミたちへ向けての言葉だったのだな……」


 ニルヴァは大きく息を吐き、両の頬をパシンと叩いた。


「ふぅー……っ。どうやら私は、シルバー殿のことをまだ侮っていたらしい。――認識を改めよう。今後、彼の智謀は皇帝アドリヌス・オド・アルバスに匹敵するものと考える」


 ニルヴァはシルバーの評価をさらにグーンと引き上げ、


「それが適切でしょうね」


「至極当然の判断かと」


 オウルとレイオスはそれに同意した。


「さて――今回キミたちには、シルバー殿のことをよく観察してもらったのだが……。彼という男は、どのように見えた? ぜひ率直な感想を聞かせてほしい」


 ニルヴァはそう言って、三人に目を向ける。


「――未知数。ボクの天恵ギフト【魔力感知】を全開にしても、彼の力はまるで見えない。おそらくあの鎧には、強力な探知阻害の効果があるんだろうね」


 オウルは肩を竦め、


「食えない男、ですかね。あれだけの偉人でありながら、あそこまで凡俗のフリを装えるとは……。さすがは聖女様の代行者、三百年もの間、誰もその存在を捕捉できなかったわけだ」


 レイオスは淡々と私見を述べ、


「あっボク、男には興味ないんで」


 カースは正直にそう答えた。


 三者三様の返答を受け、ニルヴァは「ふむ……」と頷く。


「オウルくん、レイオスくん――キミたちを此度のパーティメンバーに選出した理由はわかっているね?」


「えぇ、もちろんです」


「本件に関する、自分とオウルさんの共通点は一つ。シルバーと接触したことのある聖騎士……ですよね?」


「その通り。聖女様の代行者とて人間だ。初めて関わる相手よりも、既に縁を結んだキミたちの方が、きっと幾分か心を許してくれるだろう」


 その会話に、カースが恐る恐る手をあげる。


「あの……ボク、シルバーさんとなんの関わりもないんですけど……?」


「カースは、単純に能力面での採用だ。キミの人格は終わっているが、斥候せっこうとしては超一流だからね」


「人格のくだり、いりました?」


 カースのツッコミをスルーしたニルヴァは、いつになく真剣な表情を浮かべる。


えて言うまでもないことだが、これはシルバー殿との友誼ゆうぎを深めるまたとない機会であり、彼の人となりを知れる希少なチャンスだ。任務中はその一挙一動に目を配り、シルバー殿に関するあらゆる情報を持ち帰ってほしい。もちろん――決して悟られてはいかんぞ? 彼は恐ろしくキレる男だ。こちらが探りを入れているとわかれば、意図的に情報を伏せるだろうからな」


「えぇ、任せてください」


「承知しました」


「了解っす」


 こうしてルナのあずかり知らぬところで、シルバーに関する情報収集が始まるのだった。



 一時間後。

 ルナが冒険者ギルドに向かうとそこには、見知った顔が集まっていた。


「――やぁ、久しぶりだね、シルバー」


「壁ギンチャ……ゴホン――オウルさん、お久しぶりです」


 壁に生えたイソギンチャク、略して『壁ギンチャク』。

 うっかり心の中の仇名あだなで呼びそうになったルナだが、ギリギリのところで踏み留まった。


「それにしても、まさかキミが聖女様の代行者だったとはね。正直、ちょっと驚いたよ(『壁ギンチャ』ってなんだ……?)」


 オウルはそう言いながら、右隣の男に目を向ける。


「こっちの仏頂面は、レイオス・ラインハルト。第三聖騎士小隊隊長を務める、今後が楽しみなひよっこ聖騎士だ」


「レイオス・ラインハルトだ。――シルバー、先日の礼がまだだったな。お前のおかげで命拾いした。感謝する」


「いえ、気にしないでください」


 シルバーとレイオスの短い挨拶が済んだところで、オウルは左隣の男に目を向ける。


「そしてこっちがカース・メレフ。仇名あだなはカス――以上だ」


「ちょっ!? ボクの紹介だけ、えらい適当とちゃいます!?」


 カースは「ほんまもう、いつもこんな役回りや……」とボヤきながら、ルナにペコリと頭を下げる。


「はじめましてシルバーさん、ボクはカース・メレフ言います。もしよかったらこれ、聖女様にお渡しください」


 カースはそう言って、メモ帳の切れ端を手渡してきた。


 なんとなくの既視感を――嫌な予感を覚えながらも、ルナは一応受け取る。


「これは……?」


「ボクの住んでる学生寮と部屋番号のメモです。聖女様に『人恋しくなったときとか、いつでも来たってください』って、伝えてくれると助かります」


「……なるほど、カスだな……」


 ルナの中で、カースの評価が地の底まで落ちた。

 彼がどうしようもない女好きであることは知っていたが、まさか顔も知らない相手にまで手を出そうとするとは……さすがのルナもこれには引いた。


「悪いな、シルバー。うちのカスが失礼した」


「聖女様はけがれなき乙女! 貴様のようなカスが、お近付きになっていいわけないだろう!」


 オウルとレイオスが厳しい制裁を加えるものの、


「ぼ、ボクはわるぅない……っ。みんなよりもちょっとだけ、自分の欲望に正直なだけなんや……ッ」


 カースの意思は固く、反省の色はまるで見られなかった。


 その後、ルナ・オウル・レイオス・カースの四人は、ギルド最奥のテーブル席に着き――オウルがパチンと指を鳴らす。


「――<不可侵領域>」


 空間魔法が起動し、オウルを中心に半径2メートルほどの透明な球体が展開された。

 これによって球の『外』と『内』は遮断され、情報漏洩の危険が限りなくゼロになる。


「さて、まずはボクたちの持つレオナード教国の情報を開示しよう。ニルヴァさんの話と重複するところがあるかもしれないけど、前提知識に齟齬そごがあっちゃいけないし、教国の概要からなぞって行くよ」


 オウルはそう言って、話を切り出した。


「三百年前、初代教祖レオナードは、自らの名を冠したレオナード教を立ち上げた。奴等は言葉巧みに人心を操り、途轍とてつもない速度で信者を量産――やがてレオナード教国を成すに至る。しかし二百五十年前、聖女教との激しい宗教戦争に敗北、現在は壊滅状態に陥っている」


「ふむ……(ここはニルヴァさんの話していた内容とほとんど一緒だ)」


「その後、レオナードは何度か復権を果たそうとしたんだけど……聖女教がとにかくしつこくてね。教国の残党を見つけようものならば、すぐに百人以上の軍勢で囲い込み、聖女教への改宗かいしゅういたんだ」


「……なんとなく、想像がつきますね……」


 聖女教の異常性については、ルナもよく知っているところだ。


「そうして表の世界に居場所を失った教国は、文字通り『地下に潜った』。奴等はエルギア王国とユーン共和国の間に広がるタムール砂漠、その地下深くに巨大なアリの巣状の国を作り、今なお活動を続けている――これが教国の沿革だね」


「なるほど……」


「奴等の教義は、今も昔も『人魔合一じんまごういつ』――罪深き人間と哀れな魔族は、『死』という救済によって合一を果たし、俗世ぞくせから解脱げだつした究極の理想郷へ至る。早い話が『みんな一緒に死んで天国へ行きましょう』っていう、破滅願望マシマシのイカれた思想だ」


「相も変わらず、危険な団体ですね……」


 ルナはため息を零した。


「その危険な団体が今、おかしな動きをしていてね。ちょっとこの資料を見てもらえるかい?」


「これは……『行方不明者リスト』……?」


「そっ。そこに記されてある通り、100人以上の王国民が、タムール砂漠周辺で消息を絶っている。わずか一年ちょっとの間にね。ちなみにこの数は、例年の10倍以上になるみたいだ」


「何か異常イレギュラーが起こっているようですね」


 ルナの発言に、オウルは同意した。


「あぁ、間違いない。これを不審に思った王国は、聖騎士に調査依頼を出し――それから一週間後、行方不明者の遺体がタムール砂漠東部で発見された。慎重に検死を行った結果、彼らの体からは『闇魔法の残滓ざんし』が読み取れたそうだ」


「それはつまり……」


「うん、何者かの手によって殺されているね。事態を重く見た王国は、諜報員をレオナード教国へ送り込んだ。その結果、教国は王国に住む人達を誘拐し、魔法の実験に使っていることが判明した。どうやら奴等は新しい魔法を――『闇の転生魔法』を作ろうとしているらしい」


 オウルはいつになく真剣な表情で語る。


「王国の諜報員によれば……。教国はこの禁呪を使用し、『とある魂』を現世に呼び戻そうとしているそうだ」


「とある魂?」


「うん。誰の魂を転生させるつもりなのかは、まだ掴めていないみたいだけど……どうせろくでもない奴のだろうね」


 オウルは肩を竦めつつ、話を先へ進める。


「そして事態が大きく動いたのは三日前、諜報員からの定時連絡が途絶えた。……バレちゃったみたいだ」


「……そう、ですか」


 今も昔も、敵の手に落ちた諜報員の末路は悲惨なものだ。


 ルナは少し、暗い気持ちになった。


「うちのがどこまでゲロったのかはわかんないけど、教国も馬鹿じゃない。拠点を移動するか、防衛まもりを固めるか、既になんらしかの手は打っているだろう。……禁呪の完成具合によっては、今日明日にでも『闇の転生魔法』を発動させてくるかも?」


「それはまた、中々に差し迫った状況ですね」


「そう、まさにその通り。もはや一刻の猶予もないと判断した王国上層部は、シルバーに協力要請を打診することに決めたんだ。――さて、ボクたちの開示できる情報は、だいたいこんなところかな。教国の正確な位置とか秘密の侵入方法とか、そのあたりの細々したことは、また現地に着いたときに話そう。多分そっちの方がわかりやすいだろうしね」


「なるほど……ありがとうございました」


 ルナは貴重な情報に感謝しながら、その優れた聖女ブレインを回す。


(途中からちょっとわからなくなったけど……。とにかくレオナード教国が悪いことをしているっぽいから、その企みを潰せばいいって話だよね……?)


 聖女様は長い話が苦手、三行以上の文章を理解することは難しいのだ。


 そんなこととは露知つゆしらず、オウルは机に地図を広げた。


「それじゃ次は、この先のスケジュールについて話そう。今いるのがここ、王国の冒険者ギルド。これからボクたちは、早馬に乗って南西のトット村へ向かい、砂漠を渡るための装備を整える。翌朝にはタムール砂漠を徒歩で進み、『オアシスの街』ログレスへ移動。そこで魔道具やポーションを調達し、一晩じっくりと体を休めてから、レオナード教国へ乗り込む」


「あの……それって、何日ぐらいの予定を組んでいるんですか?」


 ルナは聖女学院に通う学生。

 今日明日とローがスペディオ領へ帰っているため、ある程度の時間の都合はつくのだが……。

 遅くとも明日の夜までに帰らなければ、学校を休むことになってしまうし、何よりもローに大きな心配を掛けてしまう。


「行きと帰りで六日ほど、そこからのプラスアルファは、展開次第ってところかな。教国の調査がスムーズに進めば追加で一日、長引いた場合は三日四日五日とズルズル行くだろうね」


「なる、ほど……」


 ルナは腕を組み、時短じたんとなる策を考える。


「……教国の調査は一日、いや半日で終わらせるとして……。少々移動に時間を割き過ぎですね。もっと短縮しましょう」


「短縮と言ってもな……。タムール砂漠は険しい、強行軍は危険だぞ?」


「いえ、一瞬で終わりますよ――<異界の扉ゲート>」


 ルナが右手をあげると同時、何もない空間を引き裂くようにして、大きな扉が出現した。


「「「なっ!?」」」


(これは、最上位の空間魔法<異界の扉>!? 特別な儀式も魔道具や詠唱による補助もなく、ノータイムで発動するとは……っ)


(さすがは聖女様の代行者、途轍とてつもない魔法技能だな……)


(うわぁ、またなんかごっつい扉が出てきたでぇ……っ)


 オウル・レイオス・カースの三人は、驚愕に目を見開いた。


「<異界の扉ゲート>の転移先は、オアシスの街ログレスとやらに設定してあります。せっかく起動したことですし、行きましょうか」


 ルナがそう言って扉をくぐると、オウル・レイオス・カースもその後に続く。


 巨大な扉の先には、乾燥した砂漠地帯が広がっており、目と鼻の先にオアシスの街ログレスがあった。


「ははっ、こりゃ凄い……ッ。片道三日の旅程が、一瞬で消し飛んじゃったよ」


 オウルは感嘆の息を吐き、


「噂に聞く<異界の扉ゲート>、本当に便利な魔法だな……」


 レイオスは感心したように頷き、


「うひゃぁ……いつも必死こいて移動してるんが、なんかアホらしなってくるなぁ……」


 カースはあんぐりと口を開けた。


「なんにせよ、シルバーのおかげで、大幅に予定を短縮できた。この分なら、明日にでも教国へ突入できそうだね」


 オウルはそう言いながら、東の空に浮かぶ太陽に目を向ける。


「ここみたいな砂漠地帯は、陽が落ちるのが早い。とりあえず今日のところは、宿の確保を最優先に動きつつ、道すがら魔道具やポーションの類を買い集めよう」


 そうして四人は、ログレスの正面入り口に向かって歩き出す。


(へぇ、ここがオアシスの街ログレスかぁ……)


 エルギア王国領ログレス、通称『オアシスの街』。

 ここは比較的歴史の浅い街で、ルナが生きた三百年前には、まだ存在すらしていなかった。

 その成り立ちは今から百年ほど前、タムール砂漠中央部の落ちくぼんだ砂丘に、突如として豊かな泉が湧きあがったことに始まる。

 生命の源である水のおかげで、泉の周辺部には青々とした緑がはぐくまれ――それを見つけた砂漠の遊牧民族たちが、一人また一人と定住していった結果、いつしかそこはオアシスの街となっていた。


 ちなみに……街の名を冠するログレスという名前は、このオアシスを初めて発見した、とある男性の名前から取ったと言われている。


(カラフルなターバンに白い貫頭衣かんとうい……独特な衣装の人が多いなぁ。やっぱり砂漠地方だからかな?)


 ルナがそんな感想を抱きながら、大通りを歩いていると――オウルがとある露店の前で足を止めた。


「おっ、ログレス名物『砂漠の実』だね。せっかくだし、一ついただこうかな」


「――あいよ、まいどありぃ!」


 砂漠の実はログレス周辺の特別な樹に成る、楕円形だえんけいの大きな果実。

 分厚い表皮の中に水分と果糖をこれでもかというほどに蓄えており、上部のヘタをナイフで繰り抜き、果実全体を傾けるようにして中身を飲めば、まさに『絶品』の一言だ。


「うん、うまい! そうだ、シルバーも一つどうだい? 口当たりがよくて、スッキリするよ?」


「……いえ、私はけっこうです(うぅ、とっても美味しそうだけど、ヘルムを取るわけにはいかないし……っ)」


「そうか(素顔を見られればと思ったんだが……まぁそう簡単にはいかないよね)」


 オウルがあっさりと引いたところで、次はレイオスが問いを投げる。


「そう言えば、シルバーは普段どんなものを食べているんだ?」


「みなさんと同じですよ。お米にお野菜にお肉、基本はなんでも食べます」


「好き嫌いがないのは、とてもいいことだな(会話の節々からにじみ出る品位と知性……上流貴族の生まれと見て、間違いないだろう)」


 オウルとレイオスが、『裏の任務』であるシルバーの情報収集に努めていると――特に何も考えていないカースが、とんでもない質問を投げ掛けた。


「なぁシルバーさん、聖女様ってどんな御方なんです?」


(馬鹿な、直球勝負だと!? ……いや、これはナイスだ! 女好きのカスならば、極々自然に聖女様の情報を聞き出すことができる!)


(うまいぞ、カス! お前の女好きが、まさかこんな形で役に立つとはな……!)


 オウルとレイオスは意識を集中させ、二人の会話に耳をそばだてる。


「聖女様がどんな御方、か……。そうだな、強いて言うならば――」


「し、強いて言うならば……!」


「知性と教養に満ちた、クールビューティな女性だ」


 ルナはこれでもかというほどに見栄みえを張った。


「おぉー! ええやんええやん、ええですやん! 眼鏡っ子か? クーデレか? クラスの委員長タイプか? あぁ、夢が広がるわぁ~!」


 カースのテンションが気持ち悪いほどに上がる中、


(知性と教養に満ちた……)


(クールビューティな女性……)


((しっかりと記憶しておかねば……!))


 オウルとレイオスは、シルバーとの会話で得た貴重な情報を、頭のメモ帳にしっかりと書き留めるのだった。

 しかしまぁ……どれも的外れなものばかりなので、これが役に立つことは今後一生ないだろう。


 その後は通りに面した店を見て回り、日除ひよけの外套がいとう・ポーション・魔道具などなど、明日の備えを買い揃えていく。


 そんな中、ルナはとあるお店に目をかれた。


(あっ、本屋さんだ。この感じは……多分、古本屋さんかな?)


 古びた哲学書・埃のかぶった歴史書・表紙の破れた魔法書など、見るからに難しそうな本がズラリと棚に並ぶ中、


(……あ、アレ・・は……!?)


 とんでもない一冊が、彼女の目に飛び込んできた。


(『悪役令嬢アルシェ公式設定資料集』……!?)


 燦然さんぜんと輝くそれは、ルナが大好きな小説の公式設定資料集だ。


(し、知らなかった。あんなものがあったなんて……っ)


 ローが買ってきてくれた『シリーズ全巻セット』の中に、あの一冊は入っていない。


(……欲しい……ッ)


 ルナは思わず足を止め、ゴクリと生唾を飲み込む。


「どうした、シルバー?」


「何か気になる店でもあったのか?」


「もしかして、おトイレですか?」


 オウル・レイオス・カースは立ち止まり、不思議そうに声を掛けてくる。 


「あ、あ゛ー、いや……っ」


 ルナは口籠くちごもってしまう。

 まさか「悪役令嬢アルシェの公式設定資料集が欲しいんだッ!」などと言えるわけもなく……返答にきゅうしているのだ。


(……欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい……っ。なんとしても、アレだけは絶対に欲しい……ッ)


 三百年前から続く『悪役令嬢アルシェの大ファン』として、公式の設定資料集は喉から手が出るほどに欲しかった。


(くっ……リスクはあるけど、ここはアレ・・をやるしかない!)


 覚悟を決めたルナは、コホンと咳払いをする。


「すみません、ちょっとこちらの古書店こしょてんに寄ってもいいですか?」


「あぁ、もちろん構わないよ(ふーん、シルバーは本が好きなのかな?)」


「何か気になるものでもあったのか?(聖女様の代行者が、日頃いったいどんな書物を読むのか……実に興味深い)」


「シルバーさん、本とか読まはるんですね(ほへぇ、なんや意外やなぁ)」


「読書というのは、自分の見聞を広めるためにとても有益ですからね」


 ルナが読書によって広げるのは、悪役令嬢に関する見聞のみだが……そんなことはもちろん口にしない。


 そうして古書店に足を踏み入れた四人は、その充実した品揃えに舌を巻く。


「へぇ……珍しいタイトルが多いね。少なくとも、王都ではお目に掛かれないものばかりだ」


「確かにこれは、自分の見聞を広げるいい機会かもしれんな。どれ、俺も何か一冊買ってみるとしよう」


「んー……なんか小難しいもんばっかりやなぁ。どっかに美人さんの写真集とか、置いてないもんやろか」


 オウル・レイオス・カース、それぞれが別行動を取ると同時――ルナが密かに暗躍を始める。


(とにかくまずは、目標ターゲットの確保……!)


 正面の棚に悪役令嬢アルシェの公式設定資料を捕捉したまま、まるで熟練の狩人が如く、静かに機をうかがうこと一分弱――。


 オウル・レイオス・カースの視線が、自分から外れたその瞬間、


(今だッ!)


 彼女は現代に転生して初めて、全身全霊ほんきを放ち――目標を完璧に捉えた。


 それは刹那せつなにも満たない一瞬の出来事。

 オウルたちはおろか、当事者である本さえも、棚から抜き取られたことに気付いていない。


 文字通り『神速』の動きで、目標の確保に成功した彼女は、すぐさま次の行動に移る。


(はぁああああ……哲学書! 魔法書! 風土記ふどき! 古文書!)


 見るからに難しそうなタイトルの本を上・下・上・下と交互に重ねていき――目的のブツを挟み込んだ。


(聖女流奥義・サンドイッチ……!)


 これで上から見ても下から見ても、『悪役令嬢アルシェ』の文字は見えない。

 そしてさらに唯一の弱点である背表紙は、自分の体で覆い隠すことによって完全防御。


 この状態でお会計にのぞめば、誰にも悟られることなく、目的のブツを買うことができるのだ。


(よし、今のうちに……!)


 ルナが音もなくスススッとお会計に向かうと……壁ギンチャクA・節穴B・カスCが、行く手に立ち塞がった。


「へぇ、随分と買い込むんだな」


「えぇ、珍しいものがありましてね」


「しかし、その量……持ち運びに困らないか?」


「<次元収納ストレージ>に入れておくので、問題ありませんよ」


「はぁー、えらい難しいの読むんですねぇ」


「聖女の代行者たる者、日々の勉強は欠かせません」


 流れるような一問一答で、見事に厄介者三人衆を突破したルナは、


(ふっ、私の勝ちぃ……!)


 会心の笑みを浮かべて、初老の店主の前に立つ。


「すみません、こちらの本をください」


「はいよぉ、ちょっとお待ちくだせぇな」


 白髪白眉はくび老爺ろうやは、腰を押さえながら「よっこらせっと」立ち上がり、商品の値段を計算していく。


(ふ、ふふっ、ふふふふふ……っ。まさかこんなところで、アルシェの設定資料が手に入るだなんて……今日の私、最っ高についてる!)


 かつてないほどにご機嫌な聖女様が、ヘルムの下でニマニマと嬉しそうに微笑んでいたそのとき――悲劇が起こる。


「んー? 鎧のあんちゃん、なんか変な本が紛れてんぞ。え゛ー何々、悪役令嬢アルシェの――」


「――わっ、ぁ、あ゛ぁー! こ、これはうっかりしていたぞー! ついついまったく関係のない本を選んでしまったー! 店主さん、ありがとう! 本当に助かりましたッ!(く、くぅ~……違う違う違うッ! これはカモフラージュ! どうしてわからないの!? その変な気遣いはいらないよもぅ……!)」


 結局ルナは『本命の一冊』を手に入れることができなかった挙句、今後一生読まないであろう難読書を大量に買い込んでしまい――がっくりと肩を落とすのだった。

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