第2部

第1話:転校生


 魔族ワイズとギャロの襲撃から一夜明け、ルナはローと一緒に聖女学院に登校していた。

 今日の天気や授業の話など、他愛たわいもない雑談を交わしていると、あっという間に一年C組の教室前に到着。

 ガラガラッと扉を開けると同時――ルナの姿を目にしたサルコが、凄まじい速度で飛び掛かってきた。


「ルナ……!」


「わぶ……っ!?」


「あぁ、無事でよかった……っ。突然、飛び出していくものですから、とっても心配したんですわよ!?」


「す、すみません……」


 昨日ルナ・ロー・サルコの三人が、聖騎士の後に続いて避難していたとき――ルナは急に「ごめん、ちょっとトイレ!」と言って、どこかへ走り去っていったのだ。


 ルナ=シルバーという繋がりを隠すため、やむを得ない行動だったのだが……友達に大きな心配を掛けたことは事実。

 この点については、昨晩ローにもコンコンとお説教を受けたので、きちんと反省していた。


「まぁとにかく、あなたが無事で何よりですわ」


 ホッと安堵の息をついたサルコは、ピンと人差し指を立てる。


「ところで、今朝の新聞はご覧になりまして?」


「あ、あぁー……」


 サルコの問いを受け、ルナはなんとも言えない表情で頷く。


「確か、聖女様が転生なされたとか……?」


「そう! あの大きなプレートアーマー――聖女の代行者シルバーの言うところによれば、聖女様は三百年という時を越えて、ついにお目覚めになったみたいですわ!」


「い、いやぁ、おめでたい話ですねぇ……っ」


 あまり聖女関連の話題に触れたくないルナが、明後日の方を向きながら適当な返事をすると――ローが会話に参加してきた。


「でもさ、代行者が動いているところから見ても、聖女様はまだ本調子じゃなそうだよねー」


「えぇ、おそらくそれは間違いないかと。実際に『聖女学会』が発表した最新の声明によれば……『大魔法によって転生を果たした聖女様は、力や記憶が著しく劣化しており、自分が聖女であるという認識を持っていない可能性が高い』とのことですわ」


「へぇー、そうなんだ」


嗚呼あぁ、世界がこんなにも聖女わたくしの完全復活を待ち望んでいるというのに……。前世の力と記憶がまだ戻らないなんて、本当にもどかしい限りですわ……ッ」


 心の底から『自分こそが聖女だ』と信じ切っているサルコは、両手で体を抱きかかえながら悶々もんもんとした表情を浮かべる。


「あ、あはは……っ」


「サルコは相変わらず自信家だねー」


 ルナとローが苦笑いを浮かべていると――教室の扉がガラガラッと開かれ、一年C組の担当教員ジュラール・サーペントが入ってきた。


「ふむ……遅刻・欠席ともになし、か……素晴らしい。それではこれより、ホームルームを始める」


 教壇に立った彼は、コホンと咳払いをし、


「生徒諸君、まずは朗報だ。キミたちに新たな仲間が加わることになった」


 教室の外――廊下の方へ目を向けた。


「――入りなさい」


 その声を受け、扉が静かにスーッと開かれる。


 そこから入って来たのは、花も恥じらうような絶世の美少女。


 彼女はジュラールの隣に並び立ち、ただでさえ真っ直ぐな背筋をスッと伸ばした。


「本日より、諸君らの学友となる生徒、ウェンディ・トライアードだ。さぁ自己紹介を」


「――帝国聖女学院より転入してきました、ウェンディ・トライアードです。趣味は読書で得意なことは料理、みなさんよろしくお願いいたします」


 ウェンディ・トライアード、十五歳。

 身長164センチ、シャープな体付き。

 ハーフアップにされた、背まで伸びるパステルピンクの髪。

 大きな瞳・健康的な美肌・ローズクォーツの瞳、非常によく整った顔立ちをしており、聖女学院聖女科の制服に身を包んでいる。


 ウェンディの自己紹介を受け、クラスメイトはパチパチパチと拍手を打った。


「ウェンディ・トライアードは、本日付けで帝国聖女学院聖女科より、当学院の聖女科へ転入した。非常に優秀な生徒であり、帝国の聖女学を叩き込まれたエリートだ。諸君らにとっても、また彼女自身にとっても、お互いによい刺激となるだろう。仲良くするように」


 ジュラールはそう言うと、教室をザッと見渡す。


「キミの席は……ふむ、ちょうどルナ・スペディオの隣が空いているな。ひとまず、あそこに着くといい」


「はい」


 先日実施された聖女適性試験によって、一年C組にも何人かの不合格者――退学者が出たため、教室には空席がまばらにあり、ルナの隣がちょうどそれだった。


「うわぁ、帝国聖女学院の聖女科だって……!」


「確かあそこは、倍率が凄いところじゃありませんでした?」


「今年は確か、100倍を超えていたような……? とにかく途轍とてつもない才女ですわね」


 クラスメイトがにわかに騒がしくなる中、


「……っ」


 ルナは顔を青く染めていた。


(……て、転校生……? 入学式から一か月が経った、この変なタイミングで……? しかも趣味は読書で、料理が得意……!?)


 他の生徒たちは、まるで気付いていない様子だが……。

 鋭いルナだけは、ピンと来ていた。


(これはもう間違いない……っ。主人公メインヒロインが来た……ッ)


 可愛らしさと美しさの同居した庇護欲ひごよくをそそる顔。

 しかもそれでいて、どこか芯の強さを感じさせるりんとした瞳。

 超正統派の美少女、あれぞまさしく、『ザ・メインヒロイン』。


(ま、マズい……っ)


『悪役令嬢』と『メインヒロイン』は、相克そうこく関係にある。

 両者はわば、コインの裏と表であり闇と光。

 悪役令嬢はメインヒロインの天敵であり、メインヒロインは悪役令嬢の天敵。

 悪役令嬢がメインヒロインを駆逐するか、メインヒロインが悪役令嬢を破滅させるか、食うか食われるかの戦いだ。


(まさかこんな早い段階で、生涯の宿敵と出くわすなんて……っ。マズイ、これは本当にマズい。下手を打てば、こっちが破滅させられちゃう……ッ)


 突如出現したメインヒロインに、ルナは内心穏やかではなかった。


 そんな中、


「ふーん、帝国の聖女学院ねぇ……」


「何あの目立つピンクの髪……もしかして自分のこと、可愛いと思っているじゃないの?」


「ねぇー、後でちょっとシメちゃおうか?」


 早速、クラスの一部女子から、ウェンディをなじる声があがる。


 それを目にしたルナは、胸がギュッと締め付けられた。


(あぁ、駄目、やめて……っ。その人に悪口を言わないで……ッ)


 もはや目に見えている、意地悪なクラスメイトを見返す展開。


(ウェンディ、なんて恐ろしい子……っ。もう仕込んでいる……『メインヒロインムーブの種』を……ッ)


 彼女はメインヒロインとして、非常に高いレベルで仕上がっていた。


(何か、何か……今すぐにできる悪役令嬢っぽいことは……!?)


 焦燥感に駆られたルナは、キョロキョロと周囲を見回す。

 しかし当然ながら、この場で実現可能なものが、そうそう都合よく見つかるわけもない。


(くっ……やりたい。悪役令嬢ムーブがやりたい……っ)


 ルナはこのところ、とても苦しんでいた。

 その理由は一つ、彼女が思っていたよりも遥かにずっと、聖女学院での悪役令嬢ムーブが難しかったのだ。


 そもそも悪役令嬢ムーブとは、自身の優越的な立場を利用して、下位の者を虐げることを指す。

 しかし――ここに通う学生はみな、ルナよりも家格かかくが上のお嬢様ばかりであり、悪役令嬢ムーブの対象に成り得ない。


 一応、子爵家や男爵家の生徒も、ちらほらと交ざっているのだが……それは主人の側仕そばづかえであったり、侍女じじょであったり、ローと同じような感じだ。


(側仕えや侍女に威張り散らすのは……違う)


 それは悪役令嬢ムーブではなく、ただの三下ムーブである。


(とにかく大急ぎで『悪役令嬢のレベル』を上げなきゃ、あの転校生メインヒロインに破滅させられてしまう……っ)


 ルナがかつてない危機感に震えていると、右隣から鈴を鳴らしたような美声が響く。


「――お隣、失礼しますね?」


 勢いよくバッと振り返るとそこには、柔らかく微笑むメインヒロインの姿があった。


「ど、どうぞお座りくださいませ……っ」


 ルナのめちゃくちゃな敬語に対し、ウェンディはちょっぴり目を丸くして――クスリと微笑む。


「な、なんですか……?」


「すみません、楽しそうな人だな、と思いまして。これからよろしくお願いしますね」


「よ、よろしくお願いします(くぅ~……っ。この人今、私を見て笑った! 敵だ、やっぱり敵だ! 悪役令嬢とメインヒロインは、相容あいいれない存在なんだ!)」


 ルナは恥辱ちじょくを噛み締めながら、メラメラと対抗心を燃やす。


(私は立派な悪役令嬢になって、このメインヒロインに勝つ! そのためにはまず、スペディオ家の家格を上げて、下準備を――『悪役令嬢ムーブの舞台』を整えなきゃ……っ。よし、決めた! 今度の休みは実家に帰って、いろいろと作戦を考えよう!)


 彼女が今後の方針を打ち立てたところで、ジュラールはコホンと咳払いをして生徒の注目を集めた。


「さて、そろそろ一限の授業を始めたいところなのだが……。今日はその前に、先の社会科見学における、魔族の襲撃について少し触れておこう」


 彼はそう言って、話を始める。


「まずは――エルギア王立博物館を襲った二体の魔族、現在その両名の死亡が確認されている。ワイズ・バーダーホルンは、シルバーの大魔法によって完全消滅。赤の書を奪い去った者の遺骸いがいは、酷く欠損した状態ではあるが、南方の街道沿いで発見。おそらくこれも、シルバーが始末したのだろう」


 ジュラールの連絡を聞き、生徒たちがにわかに騒ぎ出す。


「シルバー様、本当にお強いんですわね……!」


「あの凶悪な魔族をいとも容易くほうむるだなんて……さすがは聖女様の代行者!」


「しかし、いったいどんな御方なのでしょう……?」


「それはやはり、三百年前から聖女様に仕えていた従者なのでは?」


「謎に包まれたプレートアーマー……あぁ、きっと魅力的な殿方に違いありませんわ!」


 彼女たちの中で、シルバーに対する想像が膨れ上がっていく。 


 一方、それを小耳に挟んだ聖女様は――。


(ふっふっふぅ、実はそれ私なんですよぉ……っ)


『聖女の代行者ムーブ』が見事に成功していたため、とても嬉しそうにニヤニヤと微笑んでいた。


 そうこうしている間にも、ジュラールの話は進む。


「本件の問題は大きく分けて二つ。一つ目、国境警備がいとも容易く破られたこと。これについては現在、聖騎士主導のもと、防衛網の再構築が進められている。二つ目、王国の最重要機密――赤の書の保管場所が筒抜けであったこと。現状、魔王サイドに王国の情報が洩れていることは間違いない。なんらかの魔法的手段で盗んでいるのか、裏切り者のネズミが紛れ込んでいるのか、あるいはそれ以外のナニカか……なんにせよ、いい答えはないだろう」


(情報戦・スパイ・想定外のナニカ……ふふっ、いいですね! そういう展開、けっこう好きですよ!)


 まるで小説のような話を聞き、ルナは胸を高鳴らせた。


「ここのところ魔族の動きは、非常に活発化している。これは私見だが……奴等は焦っているのだろう。何せ今年は赤の書に記された三百年目――聖女様が転生なされるという節目の年。魔王サイドからすれば、なんとしてもこれを、『聖女転生』を避けたいと思っているはずだ。今後は聖女学院を狙った攻撃も、視野に入れておかねばなるまい」


 ジュラールは一拍置き、続きを語る。


「諸君らは『聖女様の卵』であり、未だ『覚醒』に至っていない。我々教師陣は外敵からキミたちを守りつつ、あらゆるアプローチを以って、その内に眠る真の力を目覚めさせるつもりだ。しかし――さすがにこれは、今日明日でどうにかなるものではない。そこで今回は特別授業を、魔族と魔獣についての座学を行う」


 ジュラールがパチンと指を鳴らし、<次元収納ストレージ>を発動――何もない空間から大量の本が飛び出し、それらは学生たちの机にトスリと落ちる。


(魔族・魔獣の生態学【入門】……?)


 それは彼が個人的に編纂へんさんした教科書だった。


「古くより、『知は身をたすく』という言葉がある。諸君らには本講義を通じて、敵の能力・生態・脅威度を学び――魔族や魔獣と遭遇した際、戦うべきか逃げるべきか、迅速かつ的確な判断を下せるようになってもらう。戦場においてはコンマ一秒の刹那せつなが生死を分かつ。知という見えない武装を以って、自衛の一助とするように」


 ジュラールはそう言って、授業を開始する。


「大前提として、魔族との戦闘は厳禁だ。奴等は人間の域を超えた膂力りょりょく・魔力・再生力を誇る。魔族は魔獣を使役しており、『月下の大狼』などの一部名札付きの個体を除けば、両者は完全な上下関係にある。とてもじゃないが、諸君ら新入生の勝てる相手ではない」


 魔族とは戦うな。

 端的にそう述べた彼は、次に魔獣の説明を始める。


「次に魔獣だが……。これは非常に種類が多く、全てを網羅することは現実的ではない。そのため今回は、有名どころに絞って解説していく。例えばゴブリン・スケルトン・サイクロプス、この辺りならば諸君らでも、余裕を以って討伐できるだろう。まずはゴブリンの生態についてだが――」


 彼はそう言って、魔獣たちの特徴や弱点を述べていき――。


(ふむふむ……ゴブリンは知能が低くて非力。スケルトンは素早いが脆い。サイクロプスは体が大きいけど遅い)


 基本的に根が真面目なルナは、授業の内容をきちんとノートに書き留めていく。


「そして次にオーガ・ゴーレム・ガーゴイル。これらの魔獣は非常に強く、遭遇した場合は、即座に逃げなければならない」


(オーガは腕力自慢で凶暴。ゴーレムは頑丈過ぎて倒せない。ガーゴイルは鋭い爪と毒が厄介……っと。ふふっ、この授業ちょっと楽しいかも)


 三百年前にこのような体系的な学習の機会はなく、ルナは魔族・魔獣の勉強を楽しんでいた。


「また、これはえて言うまでもないことだが……上位種・変異種との戦闘行為は論外だ。この二種の討伐難度は、通常種とは比較にならない。万が一にも遭遇した場合は、生き延びることだけを考えて行動するように」


(へぇ……。上位種に変異種、この時代にはそんな危険な魔獣もいるんだ。ちゃんと覚えとこっと)


 ちなみに……上位種・変異種の存在は、三百年前から確認されており、聖女ルナは既に何度も拳を交えているのだが……。

 彼女は強さの尺度が非常に大雑把であり、【通常種・上位種・変異種】の区別なく全員一撃でほふっているため、今後一生この知識を活用することはないだろう。

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