第2部
第1話:転校生
魔族ワイズとギャロの襲撃から一夜明け、ルナはローと一緒に聖女学院に登校していた。
今日の天気や授業の話など、
ガラガラッと扉を開けると同時――ルナの姿を目にしたサルコが、凄まじい速度で飛び掛かってきた。
「ルナ……!」
「わぶ……っ!?」
「あぁ、無事でよかった……っ。突然、飛び出していくものですから、とっても心配したんですわよ!?」
「す、すみません……」
昨日ルナ・ロー・サルコの三人が、聖騎士の後に続いて避難していたとき――ルナは急に「ごめん、ちょっとトイレ!」と言って、どこかへ走り去っていったのだ。
ルナ=シルバーという繋がりを隠すため、やむを得ない行動だったのだが……友達に大きな心配を掛けたことは事実。
この点については、昨晩ローにもコンコンとお説教を受けたので、きちんと反省していた。
「まぁとにかく、あなたが無事で何よりですわ」
ホッと安堵の息をついたサルコは、ピンと人差し指を立てる。
「ところで、今朝の新聞はご覧になりまして?」
「あ、あぁー……」
サルコの問いを受け、ルナはなんとも言えない表情で頷く。
「確か、聖女様が転生なされたとか……?」
「そう! あの大きなプレートアーマー――
「い、いやぁ、おめでたい話ですねぇ……っ」
あまり聖女関連の話題に触れたくないルナが、明後日の方を向きながら適当な返事をすると――ローが会話に参加してきた。
「でもさ、代行者が動いているところから見ても、聖女様はまだ本調子じゃなそうだよねー」
「えぇ、おそらくそれは間違いないかと。実際に『聖女学会』が発表した最新の声明によれば……『大魔法によって転生を果たした聖女様は、力や記憶が著しく劣化しており、自分が聖女であるという認識を持っていない可能性が高い』とのことですわ」
「へぇー、そうなんだ」
「
心の底から『自分こそが聖女だ』と信じ切っているサルコは、両手で体を抱きかかえながら
「あ、あはは……っ」
「サルコは相変わらず自信家だねー」
ルナとローが苦笑いを浮かべていると――教室の扉がガラガラッと開かれ、一年C組の担当教員ジュラール・サーペントが入ってきた。
「ふむ……遅刻・欠席ともになし、か……素晴らしい。それではこれより、ホームルームを始める」
教壇に立った彼は、コホンと咳払いをし、
「生徒諸君、まずは朗報だ。キミたちに新たな仲間が加わることになった」
教室の外――廊下の方へ目を向けた。
「――入りなさい」
その声を受け、扉が静かにスーッと開かれる。
そこから入って来たのは、花も恥じらうような絶世の美少女。
彼女はジュラールの隣に並び立ち、ただでさえ真っ直ぐな背筋をスッと伸ばした。
「本日より、諸君らの学友となる生徒、ウェンディ・トライアードだ。さぁ自己紹介を」
「――帝国聖女学院より転入してきました、ウェンディ・トライアードです。趣味は読書で得意なことは料理、みなさんよろしくお願いいたします」
ウェンディ・トライアード、十五歳。
身長164センチ、シャープな体付き。
ハーフアップにされた、背まで伸びるパステルピンクの髪。
大きな瞳・健康的な美肌・ローズクォーツの瞳、非常によく整った顔立ちをしており、聖女学院聖女科の制服に身を包んでいる。
ウェンディの自己紹介を受け、クラスメイトはパチパチパチと拍手を打った。
「ウェンディ・トライアードは、本日付けで帝国聖女学院聖女科より、当学院の聖女科へ転入した。非常に優秀な生徒であり、帝国の聖女学を叩き込まれたエリートだ。諸君らにとっても、また彼女自身にとっても、お互いによい刺激となるだろう。仲良くするように」
ジュラールはそう言うと、教室をザッと見渡す。
「キミの席は……ふむ、ちょうどルナ・スペディオの隣が空いているな。ひとまず、あそこに着くといい」
「はい」
先日実施された聖女適性試験によって、一年C組にも何人かの不合格者――退学者が出たため、教室には空席がまばらにあり、ルナの隣がちょうどそれだった。
「うわぁ、帝国聖女学院の聖女科だって……!」
「確かあそこは、倍率が凄いところじゃありませんでした?」
「今年は確か、100倍を超えていたような……? とにかく
クラスメイトがにわかに騒がしくなる中、
「……っ」
ルナは顔を青く染めていた。
(……て、転校生……? 入学式から一か月が経った、この変なタイミングで……? しかも趣味は読書で、料理が得意……!?)
他の生徒たちは、まるで気付いていない様子だが……。
鋭いルナだけは、ピンと来ていた。
(これはもう間違いない……っ。
可愛らしさと美しさの同居した
しかもそれでいて、どこか芯の強さを感じさせる
超正統派の美少女、あれぞまさしく、『ザ・メインヒロイン』。
(ま、マズい……っ)
『悪役令嬢』と『メインヒロイン』は、
両者は
悪役令嬢はメインヒロインの天敵であり、メインヒロインは悪役令嬢の天敵。
悪役令嬢がメインヒロインを駆逐するか、メインヒロインが悪役令嬢を破滅させるか、食うか食われるかの戦いだ。
(まさかこんな早い段階で、生涯の宿敵と出くわすなんて……っ。マズイ、これは本当にマズい。下手を打てば、こっちが破滅させられちゃう……ッ)
突如出現したメインヒロインに、ルナは内心穏やかではなかった。
そんな中、
「ふーん、帝国の聖女学院ねぇ……」
「何あの目立つピンクの髪……もしかして自分のこと、可愛いと思っているじゃないの?」
「ねぇー、後でちょっとシメちゃおうか?」
早速、クラスの一部女子から、ウェンディをなじる声があがる。
それを目にしたルナは、胸がギュッと締め付けられた。
(あぁ、駄目、やめて……っ。その人に悪口を言わないで……ッ)
もはや目に見えている、意地悪なクラスメイトを見返す展開。
(ウェンディ、なんて恐ろしい子……っ。もう仕込んでいる……『メインヒロインムーブの種』を……ッ)
彼女はメインヒロインとして、非常に高いレベルで仕上がっていた。
(何か、何か……今すぐにできる悪役令嬢っぽいことは……!?)
焦燥感に駆られたルナは、キョロキョロと周囲を見回す。
しかし当然ながら、この場で実現可能なものが、そうそう都合よく見つかるわけもない。
(くっ……やりたい。悪役令嬢ムーブがやりたい……っ)
ルナはこのところ、とても苦しんでいた。
その理由は一つ、彼女が思っていたよりも遥かにずっと、聖女学院での悪役令嬢ムーブが難しかったのだ。
そもそも悪役令嬢ムーブとは、自身の優越的な立場を利用して、下位の者を虐げることを指す。
しかし――ここに通う学生はみな、ルナよりも
一応、子爵家や男爵家の生徒も、ちらほらと交ざっているのだが……それは主人の
(側仕えや侍女に威張り散らすのは……違う)
それは悪役令嬢ムーブではなく、ただの三下ムーブである。
(とにかく大急ぎで『悪役令嬢のレベル』を上げなきゃ、あの
ルナがかつてない危機感に震えていると、右隣から鈴を鳴らしたような美声が響く。
「――お隣、失礼しますね?」
勢いよくバッと振り返るとそこには、柔らかく微笑むメインヒロインの姿があった。
「ど、どうぞお座りくださいませ……っ」
ルナのめちゃくちゃな敬語に対し、ウェンディはちょっぴり目を丸くして――クスリと微笑む。
「な、なんですか……?」
「すみません、楽しそうな人だな、と思いまして。これからよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします(くぅ~……っ。この人今、私を見て笑った! 敵だ、やっぱり敵だ! 悪役令嬢とメインヒロインは、
ルナは
(私は立派な悪役令嬢になって、このメインヒロインに勝つ! そのためにはまず、スペディオ家の家格を上げて、下準備を――『悪役令嬢ムーブの舞台』を整えなきゃ……っ。よし、決めた! 今度の休みは実家に帰って、いろいろと作戦を考えよう!)
彼女が今後の方針を打ち立てたところで、ジュラールはコホンと咳払いをして生徒の注目を集めた。
「さて、そろそろ一限の授業を始めたいところなのだが……。今日はその前に、先の社会科見学における、魔族の襲撃について少し触れておこう」
彼はそう言って、話を始める。
「まずは――エルギア王立博物館を襲った二体の魔族、現在その両名の死亡が確認されている。ワイズ・バーダーホルンは、シルバーの大魔法によって完全消滅。赤の書を奪い去った者の
ジュラールの連絡を聞き、生徒たちがにわかに騒ぎ出す。
「シルバー様、本当にお強いんですわね……!」
「あの凶悪な魔族をいとも容易く
「しかし、いったいどんな御方なのでしょう……?」
「それはやはり、三百年前から聖女様に仕えていた従者なのでは?」
「謎に包まれたプレートアーマー……あぁ、きっと魅力的な殿方に違いありませんわ!」
彼女たちの中で、シルバーに対する想像が膨れ上がっていく。
一方、それを小耳に挟んだ聖女様は――。
(ふっふっふぅ、実はそれ私なんですよぉ……っ)
『聖女の代行者ムーブ』が見事に成功していたため、とても嬉しそうにニヤニヤと微笑んでいた。
そうこうしている間にも、ジュラールの話は進む。
「本件の問題は大きく分けて二つ。一つ目、国境警備がいとも容易く破られたこと。これについては現在、聖騎士主導のもと、防衛網の再構築が進められている。二つ目、王国の最重要機密――赤の書の保管場所が筒抜けであったこと。現状、魔王サイドに王国の情報が洩れていることは間違いない。なんらかの魔法的手段で盗んでいるのか、裏切り者のネズミが紛れ込んでいるのか、あるいはそれ以外のナニカか……なんにせよ、いい答えはないだろう」
(情報戦・スパイ・想定外のナニカ……ふふっ、いいですね! そういう展開、けっこう好きですよ!)
まるで小説のような話を聞き、ルナは胸を高鳴らせた。
「ここのところ魔族の動きは、非常に活発化している。これは私見だが……奴等は焦っているのだろう。何せ今年は赤の書に記された三百年目――聖女様が転生なされるという節目の年。魔王サイドからすれば、なんとしてもこれを、『聖女転生』を避けたいと思っているはずだ。今後は聖女学院を狙った攻撃も、視野に入れておかねばなるまい」
ジュラールは一拍置き、続きを語る。
「諸君らは『聖女様の卵』であり、未だ『覚醒』に至っていない。我々教師陣は外敵からキミたちを守りつつ、あらゆるアプローチを以って、その内に眠る真の力を目覚めさせるつもりだ。しかし――さすがにこれは、今日明日でどうにかなるものではない。そこで今回は特別授業を、魔族と魔獣についての座学を行う」
ジュラールがパチンと指を鳴らし、<
(魔族・魔獣の生態学【入門】……?)
それは彼が個人的に
「古くより、『知は身を
ジュラールはそう言って、授業を開始する。
「大前提として、魔族との戦闘は厳禁だ。奴等は人間の域を超えた
魔族とは戦うな。
端的にそう述べた彼は、次に魔獣の説明を始める。
「次に魔獣だが……。これは非常に種類が多く、全てを網羅することは現実的ではない。そのため今回は、有名どころに絞って解説していく。例えばゴブリン・スケルトン・サイクロプス、この辺りならば諸君らでも、余裕を以って討伐できるだろう。まずはゴブリンの生態についてだが――」
彼はそう言って、魔獣たちの特徴や弱点を述べていき――。
(ふむふむ……ゴブリンは知能が低くて非力。スケルトンは素早いが脆い。サイクロプスは体が大きいけど遅い)
基本的に根が真面目なルナは、授業の内容をきちんとノートに書き留めていく。
「そして次にオーガ・ゴーレム・ガーゴイル。これらの魔獣は非常に強く、遭遇した場合は、即座に逃げなければならない」
(オーガは腕力自慢で凶暴。ゴーレムは頑丈過ぎて倒せない。ガーゴイルは鋭い爪と毒が厄介……っと。ふふっ、この授業ちょっと楽しいかも)
三百年前にこのような体系的な学習の機会はなく、ルナは魔族・魔獣の勉強を楽しんでいた。
「また、これは
(へぇ……。上位種に変異種、この時代にはそんな危険な魔獣もいるんだ。ちゃんと覚えとこっと)
ちなみに……上位種・変異種の存在は、三百年前から確認されており、
彼女は強さの尺度が非常に大雑把であり、【通常種・上位種・変異種】の区別なく全員一撃で
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