第9話:不合格


 オーガの変異種に敗れたサルコが目を覚ますとそこは――真っ赤な夕焼け空が広がっていた。


「……う、ぅん……はっ、魔獣は!?」


 文字通りね起きた彼女は、素早くレイピアを抜き放ち、周囲を警戒する。


 しかし、魔獣の姿はどこにもない。


「ここは……いったい……?」


 理解が追い付かないサルコの耳に、お日様のような優しい声が響く。


「ここは瘴気の森を抜けた先にあるゴール地点。魔獣はもういませんよ、サルコさん」


 振り返るとそこには、草原にぺたりと座るルナがいた。


「る、ルナ……!」


「ちょっ、く、苦しいです……ッ」


「よかった、無事だったんですわね……っ」


 ギュッとルナを抱き締めたサルコの目尻には、じんわりと涙が浮かんでいる。


 初めて直面した死の恐怖・バディを守れなかった自責の念・無事に二人で生還できた安堵の心、あらゆる感情がごちゃ混ぜになり、コントロールがつかなかったのだ。


 それから少しして、サルコはふぅと息をつく。


「申し訳ございません、私としたことが取り乱してしまいましたわ」


「いえいえ、お気になさらず」


 ルナがそう言って、軽く手を左右に振ると――突然「はっ!?」と何かを思い出したサルコが、自分の体をペタペタと触り出した。


「どうかしましたか?」


「何故でしょう……魔獣にやられた傷が、どこにもありませんわ」


「あぁ、それなら私が治しておきましたよ」


「治したというのは……例のポーションで、ですか?」


 ジッと見つめられたルナは、


「は、はい。私のポーションは、傷口に振り掛けても効果抜群なんですよ!」


 ぎこちない笑みを浮かべ、ちょっとした嘘をつく。


 実はあのとき――魔獣にやられたサルコの傷は、思いのほかに深かった。


 胸骨と肋骨の粉砕骨折および重要臓器の複数破裂、一分一秒を争うような状態だったのだ。


 ルナがそれに気付いたのは、襲い掛かって来る魔獣たちを三秒でほふった後のこと。


 サルコが「お腹を殴られて気を失っているだけ」と思っていたルナは慌てふためき、エリクサーを作る時間も惜しんで、すぐに高位の回復魔法を使用したのだ。


 しかし、さすがにこれをそのまま伝えるわけにはいかず、ポーションで治療した、と嘘をついたのである。


 一方のサルコは、どこか納得がいっていない様子だ。


(……あれほどの重傷を下位ポーションで……?)


 魔獣の一撃を食らった本人だからこそ、自分の状態をよく理解していた。

 絶対に傷つけてはいけない臓器を壊された嫌な感覚、体の奥底から『命』のようなものがスーッと抜けていく絶望感……あれは間違いなく、致命傷だった。


 足の捻挫ねんざぐらいならばともかく、重要器官の損傷さえ完全回復させるポーション。

 それはもはや、下位ポーションの域を超えている。


 そこまで考えたとき、サルコの脳内に電撃が走った。


(……間違いない、やっぱりルナは……っ)


 確信を抱いたサルコは、ルナの肩をがっしりと掴む。


「ルナ!」


「は、はい、なんでしょうか?」


「やっぱりあなたは――」


「……っ」


 さすがのルナも、このときばかりは背筋が凍った。


 しかし、


「やっぱりあなたは、とんでもないポーション作りの才能を持っていますわ!」


「……えっ?」


 我らが聖女様に負けず劣らず、サルコもまたポンコツだった。


「それほどの腕があれば、すぐにでもお店を持てるでしょう。あなたのその才能は、みんなを幸せにする、素晴らしいものですわ!」


「あ、ありがとうございます」


 本気で聖女バレを覚悟したルナは、ホッと胸を撫で下ろす。


 とにもかくにも――サルコが無事に落ち着きを取り戻したところで、二人の話は核心に迫っていく。


「ねぇルナ、『あの後』のことを教えていただけませんか? 私がここにいるということは、きっとあなたが運んでくれたのですよね?」


「はい」


「でも、あの恐ろしく強い魔獣――オーガの変異種を前にして、どうやってそんなことを……?」


 これは当然の疑問だった。


 倒したのか、逃げたのか。

 どちらにせよ、ルナがあの魔獣に上手く対処したという事実は揺らぎない。


 サルコの問いに対して、あらかじめ用意していた答えを返す。


「それはもちろん――走ってきました」


「走って撒いた!?」


「はい。あの魔獣は体力がなかったようで、必死に走っていたら逃げ切れました」


「この私を背負ったまま……?」


「ほ、ほら最初に言いましたよね? 私、体力には自信があるって!」


 ルナはそう言って、ドンと胸を叩いて見せた。


「そう、ですか……。では、私を背負ったまま、どうやってあの断崖絶壁を登ったんですの? 何か特殊な魔法を――」


「――いえ、素手でいきました」


「え゛っ?」


 予想外の回答にサルコの脳はフリーズした。


「素手って……あの、クライマーのように、ですか……?」


「はい、気合いと根性で頑張りました」


「ほ、本当に凄い体力ですのね……っ。私、あなたのことちょっと見くびっていましたわ」


 根が純粋なサルコは、ルナの小さな嘘を信じ込み――感謝の言葉を述べる。


「ルナのおかげで命拾いしました、本当にありがとうございます」


「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。あのときサルコさんが助けてくれなかったら、今頃私は死の谷の底で赤いシミになっていますしね」


 冗談交じりにそう言ったルナは――居住まいを正し、ペコリと頭を下げる。


「それで、その……ごめんなさい、サルコさん。私のせいで、あなたまで退学に……」


 そう、ルナは間に合わなかったのだ。

 サルコを背負ったまま、崖を登り切ったところでまではよかったのだが……そこから道に迷ってしまった。

 細かな感覚にうといルナは、サルコのように気流を読むということもできず、迷路のような瘴気の森をグルグルグルグルと歩き回った。

 そうしてなんとか出口に辿り着いた頃にはもう、タイムオーバーだったのだ。


 ルナから真摯な謝罪を受けたサルコは、目を丸くしてクスリと微笑む。


「ふふっ、そんな些細なこと気にしておりませんわ。聖女とは心の在り方。たとえ聖女学院を退学させられようと、この私サール・コ・レイトンが聖女であるという事実は、全く以ってこれっぽっちも変わりませんもの!」


 彼女はそう言って、「おーほっほっほっ!」と高らかに笑った後――柔らかく微笑んだ。


「それに何より……良き友も見つかりましたしね」


「え?」


 キョトンと首を傾げるルナに対し、顔を赤らめたサルコはコホンと咳払いをする。


「な、なんというか、その……。こういうことを面と向かって言うのは、とても恥ずかしいのですが……。ルナ、もしよかったら私とお友達になってくださりませんか?」


「はい、もちろんです!」


 気持ちのいい即答を受け、サルコの顔が和らぐ。


「ありがとうございます。……実は私、あまりお友達がいませんので、とても嬉しいですわ」


「えっ。サルコさんって、たくさんお友達がいませんでしたっけ?」


 ルナの言う通り、サルコの周囲にはいつも、取り巻きのような生徒が複数いた。


「あの方たちは……本当のお友達ではありません。彼女たちはみな、それぞれの家の方針に従って、私の周りにくっついているだけですわ」


「家の方針……?」


 ルナにはその言葉の意味がよくわからなかった。


「我がレイトン家は、侯爵の地位をいただく上流貴族。これだけならまぁ、そこまで珍しくもないのですが……。私の父は有名な実業家で、途轍とてつもない商才を持っています。彼はその優れた先見性と稀有けう天恵ギフトを活用し、莫大な財を成しました。あまり詳しくはありませんが、政府の要人とも太いパイプで繋がっているらしく、当家は侯爵でありながら侯爵以上の特別な力を持っていますの」


「へぇ、凄いお父さんなんですね」


 ルナの感想はとても軽かった。

 この様子だと、サルコの父がどれだけの力を持っているのか、あまり理解していない。

 本人の言葉通り、「凄いお父さんなんだぁ」ぐらいにしか思っていないだろう。


「私の取り巻きはみんな、レイトン家のおこぼれにあずかろうとする者たちばかり。だからあそこに『本当の友達』なんか一人もいませんの……」


「サルコさん……」


「でも――ルナは違った。うちの家のことなんか何も見ていない。あなたは真っ直ぐに私を見てくれた。それがとても嬉しかったのですわ」


 現代に転生して日が浅いルナは、レイトン家のことをこれっぽっちも知らない。

 だから彼女は、なんの色眼鏡も掛けず、ただただありのままのサール・コ・レイトンを見ていた。


 それがサルコには、とても嬉しかったのだ。


「ルナは本当に不思議な人ですわ。何も着飾らないのに、何故だか目が離せない、不思議な魅力を持っていますのね」


「そういうサルコさんこそ、『自分!』って感じがして、とても魅力的ですよ」


「あら、それはもしかして嫌味ですか?」


「ふふっ、どうでしょう?」


「まぁ、中々言いますわね!」


 ルナとサルコが仲睦なかむつまじく笑い合っていると、学院長のバダム・ローゼンハイムがのっそのっそと現れた。


 たった今、聖女適性試験の合否判定と学生名簿の関連付けが完了したのだ。


「――生徒諸君、まずはキミたちの頑張りに称賛の言葉を送りたい。誰一人として欠けることなく、よくぞ瘴気の森を踏破してくれた。素晴らしい、見事な働きぶりじゃ」


 バダムが二度手を打つと、教師陣からたくさんの拍手が送られた。


「それではこれより、試験の総評を述べさせてもらおう。先生たちに今年度の結果を纏めていただいたところ――100組中82組が合格であった。過年度の平均合格率が約50%であることを考えると、これは素晴らしい数字じゃ、飛び抜けて優秀と言えよう。さすがは聖女様が転生なされるという三百年目の世代、天晴というほかあるまい」


 嬉しそうに微笑んだバダムだが……次の瞬間、悲痛な面持ちでかぶりを振った。


「しかし、それだけに残念だ。誠に残念極まりない」


 深いため息をこぼした彼は、重々しい口調で宣言する。


「これより――『ペナルティ』を発表する」


「ぺ、ペナルティ……?」


「えっ、どういうこと……?」


 待機中の学生たちがにわかに騒がしくなる中、


「――カレン・アスコート、エレイン・ノスタリオ、立ちなさい」


「「は、はい」」


 バダムの指示を受けた両名は、その場でゆっくりと立ち上がる。


 なんとか平静を装ってはいるものの、内心では鼓動がドクッドクッと爆音で鳴り響いていた。


「この二人は、サール・コ・レイトンとルナ・スペディオのペアを故意に死の谷へ突き落とした、よって不合格――退学処分とする」


 その瞬間、生徒たちに衝撃が走る。


「死の谷に、突き落とした……!?」


「う、うそ……そんなの殺人じゃない……っ」


「最低……信じられないわ」


 大きな動揺が伝播でんぱしていく中、温厚で優しい顔をしたバダムが鬼の形相を浮かべる。


「貴様等は聖女失格――否、人間失格じゃ! 恥を知れぃ!」


「「……ッ」」


 厳しい叱責を受けたカレンとエレインは――食って掛かるようにして、異議申し立てを行った。


「わ、私達、サールさんとルナさんとはお友達です! そんなことするわけないじゃないですか……!」


「学院長、それだけのことを仰られるのですから、当然『確たる証拠』はお持ちなんですよね!?」


 この期に及んで言い逃れしようとする二人に対し、バダムは怒りを通り越してあわれみを覚えた。


「はぁ……。ジュラール先生、お願いします」


「承知しました」


 バダムより依頼を受けたジュラールは、空中に文字を描き、とある魔法を発動する。


「――<動物支配ゾオン・ルール>」


<動物支配>は自身より魔力量の少ない生物を使役する魔法。

 彼はこれを使って瘴気の森に生息する小動物を操り、その目や耳を通じて、生徒たちの行動をチェック――もしも危険があれば、すぐに聖騎士を手配できるように待機していたのだ。


「ふむ……よくぞ集まってくれた」


 ジュラールの前に、小鳥・リス・梟・モグラ・蛇などなど、多くの小動物がズラリと整列する。


 彼はその顔を一つ一つじっくりと見つめ――とある記憶を保持した個体を探していく。


「……そう、キミだ」


 ジュラールに見つめられた縞模様のリスは、彼の肩へサササッと登っていった。


「すまないが、キミの記憶を生徒たちへ共有させてもらうぞ――<記憶共有メモリー・シェア>」


<記憶共有>によって、リスの見聞きした記憶が、この場にいる全員へ共有される。


【――あら、ごめんなさい。あまりにも不細工なシルエットだったから、てっきり魔獣かと思って、間違えて攻撃しちゃったわ】


【『間違えた』だなんて、また見え透いた嘘を……。私達が気に入らないのなら、はっきりそう言ったらどうかしら?】


【私ね、あなたみたいな『勘違い女』が――大嫌いなんだ】


【死んじゃえ】


【ばいばーい】


【ルナ……ッ!】


 リスの記憶には、カレンとエレインが起こした事件の一部始終が、これ以上ないほど克明こくめいに残されていた。


「し、信じられませんわ……っ」


「聖女様を志す者が、こんな非人道的な行いを……ッ」


「……最低……心の底より軽蔑けいべついたしますわ」


 嫌悪に満ちた鋭い視線が、カレンとエレインに殺到する。


 そして――有無を言わせぬ『確たる証拠』を見せ付けられた二人は、それでもなお食い下がった。


「お、お待ちください学院長……!」


「これには、これには深い事情があるのです……!」


 とにかく頭をフルに回転させ、この窮地を逃れる言い訳を模索するが――保身めいた屁理屈が通じるほど、バダムは甘くない。


「もはや貴様等とは、一語いちごだにわす価値もない。――聖騎士の皆様、お願いします」


「「はっ」」


 万が一に備えて待機していた聖騎士たちが、カレンとエレインを捕縛せんとする。


「くそっ、放しなさい! 私をアスコート家の人間と知っての行動か!?」


「もう、触らないで……っ。お父様に言いつけますよ!?」


 二人は必死に身をよじって抵抗したが……。


「ぐだぐだ、うるせぇ奴等だなぁ」


「心配せずとも、御両親にはこちらから連絡させてもらう」


「う゛っ」


っ」


 聖騎士たちによって、強引に組み伏せられ、後ろ手にじょうめられた。


 カレンとエレインの捕縛が済んだところで、学院長がゴホンと咳払いをして注目を集める。


「さて――それでは最後に『特別合格者』の発表を行う」 


「「「特別合格者……?」」」


 生徒たちが不思議そうに小首を傾げる中、バダムはどこか誇らしげな表情で口を開く。


「まずは、サール・コ・レイトン。自らの犠牲をかえりみず、友をたすくため、死の谷へ飛び込んだその行動は――まさしく聖女様の行いと言えよう、見事な勇気であった」


 彼が二度手を打てば、


「バディのためとはいえ、死の谷へ飛び込むなんて……凄い勇気ですわね!」


「きっと咄嗟とっさに体が動いたのでしょうね。もしも私が同じ立場なら、そのような行動が取れたかどうか……」


「ちょっと悔しいですけれど、これは天晴あっぱれと言わざるを得ません」


 生徒たちから、称賛の言葉と羨望の眼差しが向けられた。


「そして、ルナ・スペディオ。負傷した友を見捨てることなく、死の谷を素手で登り切ったその胆力――これもまた聖女様の気概と言えよう、素晴らしい根性であった」


 バダムが再び手を打てば、


「素手で……登り切った……?」


「えっ、待って……あの断崖絶壁を魔法も使わず、素手で登ったの!?」


「いやいや、根性あり過ぎでしょ!?」


 生徒たちから驚愕と畏怖いふの眼差しが向けられた。


「さて、若干二名ほど不純物が紛れ込んでおったが……今年は実に豊作、まっこと見事な結果であった。諸君らの中に聖女様の転生体がおられることを祈っている。それでは――これにて今年度の聖女適性試験を終了する」


 バダムが言葉を結ぶと同時、教師陣から生徒へ向けて、温かい拍手が送られた。


 その一方、


「おいこら、無駄な抵抗はやめて、さっさと歩きやがれ」


「こちらとしても手荒な真似はしたくありません。指示には従ってください」


 聖騎士の詰め所に連行中のカレンとエレインは、


「あいつらのせいだ……ッ。これも全部、あの二人のせいだ……ッ」


「こんなの絶対おかしいよ。どうして私達がこんな目に……っ。本当は全部、あの二人が悪いのに……ッ」


 憎悪に満ちた視線をルナとサルコに向けるのだが……。


(そ、そんなに睨まれても、さすがに『因果応報』としか言えませんって……っ)


 ルナは呆れかえった様子で、苦笑いを浮かべるのだった。



 ルナとサルコが聖女適性試験に合格した時から、さかのぼること三時間弱――。

 ジュラールより緊急出動要請を受けた二人の聖騎士が、瘴気の森を駆けていた。


「ったく……死の谷へ落っこちちまうなんてよ。今年の生徒にゃ、どうしようもねーポンコツがいるみてぇだな」


「ジュラール殿の連絡によれば、片方の生徒はあの・・レイトンこう御息女ごそくじょだそうだ。彼女に何かあれば……俺たちの首が飛ぶな」


「お、おいおい、俺たちゃなんも関係ねーだろ?」


「レイトン侯が娘を溺愛しているというのは有名な話だ。もしも我らが救出に失敗すれば……どんな火の粉が来るやもわからん。もしかすると、本当の意味で『首が飛ぶ』かもしれんぞ」


「ひぃー、考えたくもねぇ……っ」


 そんなことを話している間にも、森の中央部へ到着。


「……ここだ。情報によれば、学生二人はこの辺りで落下したらしい」


「かーっ、相変わらずふけぇなぁ……底がまるで見えねぇ。これ、マジで行くの? こんなところから落ちたんなら、もう確実に死んでるって」


「もしそうであったとしても、遺体を家族のもとへ届けてやらねばならん。つべこべ言わず、さっさと行くぞ――<浮遊フロート>」


「ったく、しょうがねぇな――<浮遊>」


 ふわりと空中に浮かび上がった二人は、適切な速度で降下を始める。


 それからほどなくして、死の谷へ降り立った彼らは――言葉を失った。


「お、おいおい……なんだよこれ・・は……!?」


「どんな風に戦ったら、こう・・なるんだ……!?」


 そこに残っていたのは、見るも無残な魔獣の遺骸いがい

 頭部を欠損した者、胸部に風穴を開けた者、もはや原形がわからない者――そこはまるで地獄のような世界だった。


「こ、こいつはとんでもねぇスプラッタ現場だぜ……っ」


「いったいここで、何があったというんだ……」


 二人はそう言って、現場の調査を始める。


「おい見ろよ、三体ともあの・・『変異種』様だぜ? こんなもん、剣聖でも勝てるかどうか……」


「ふむ……遺体に魔力の残滓ざんしはない。どうやらここにいる魔獣は全員、物理的に殺されたようだな」


「……あ? なんだそれ、こいつらは全員、『ぶん殴られて死んだ』とでもいうつもりか?」


「そう噛み付いてくるな。私はただ、目の前にある事実を述べているだけだ」


 二人の間になんとも言えない沈黙が流れる。


「落っこちた学生たちが、これをやったってのは……さすがにねぇよな?」


「あり得ないな。さっきも言った通り、遺体には魔力の残滓がない。もしも学生がやったとするならば、その生徒は素手でこれを成し遂げたことになる。そんなふざけた芸当は、腕力自慢のコング種――その王たるグレイター・キング・コングでも不可能だ」


「もしかしたら天下の聖女学院様は、とんでもねぇゴリラ女を飼っているかもしれねぇぜ?」


「笑えない冗談だな」


 あまりにも不可解な現場を前に、聖騎士二人が難しい顔をしていると――遥か上空から鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。


 彼らがほとんど同時に顔を上げると、大空から一本の巻物スクロールが落ちてきた。


「っと、これは……聖女学院からだな」


「なんと書いてある?」


「えーっ、何々……」


 聖騎士の皆様へ


 急な出動要請にご対応いただき、まことにありがとうございます。

 ただつい先ほど、死の谷へ落ちた二人の生徒が、無事に崖から生還したことを確認しました。

 つきましては一度、試験本部までお戻りいただきたく存じます。


 ジュラール・サーペント


「ちっ、なんだよ、無駄足じゃねーか」


「そう言うな、出動手当は出る。それに何より、生徒が無事でよかったじゃないか」


 緊急任務から解放された二人は、残された『最大の謎』と向き合う。


「そんで、このおかしな現場は、上にどう報告するんだ?」


「……そう、だな……」


 結局、死の谷で発見された欠損の激しい遺骸は、『魔獣同士の共食い』という形で処理されたのだった。


第三章:聖女適性試験編――完。

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