第7話:聖騎士学院


 二限の授業が終わった後の十分休み、ルナはローと一緒に三限の授業場所である演習場に向かいながら、先ほどの『ポーション事件』の話をしていた。


「――ということがあって、大変だったんだよ」


「そんなことが……。ちなみにルナ様をめようとした生徒の名前は、おわかりになりますか?」


「うぅん、わかんないけど……どうして?」


「いえ、私が成敗しておこうと思いまして」


「成敗って何をするつもりなの……?」


「それはもちろん――ほふります」


 ローは涼しい顔をしながら、親指で首をき切るジェスチャーを見せた。


 本人にまったく自覚はないが、彼女はどこか『天然』が入っているため、もしかしたら本当にやってしまうかもしれない――そう思ったルナは、「ダメダメ!」と言って、無茶な行動を牽制けんせいする。


「それよりもほら、せっかく聖女学院に入れたんだし、楽しいお話をしようよ!」


「まぁ……ルナ様がそう仰られるのなら」


 ローは不承不承という風にほこを収める。


「そう言えば、三限の授業ってさ――」


 ルナが次の話を振りつつ、曲がり角を曲がろうとしたそのとき――まったく同じタイミングで、真向まむかいから曲がって来た男とぶつかった。


「す、すみません……っ」


「ちっ……気を付けろ」


 黒髪の男はルナをギロリと睨み付け、不快感を隠そうともせず、足早に廊下を歩いて行く。


 その直後、明るい茶髪の男が小走りでやってきた。


「ご、ごめんなぁ……! レイオスのやつ、最近なんかえらいピリピリしとるんよ。根は悪い奴やないさかい、堪忍したってくれぇ……っ」


「は、はぁ……わかりました」


「すまんなぁ、助かるわ。――あ、後これ、ボクの住んでる寮の部屋番号のメモ、また気ぃ向いたら遊びに来たってな!」


「えっ?」


「そんじゃ、今度どっかでお茶でもしよなぁ!」


 茶髪の男はそう言って、レイオスの後を追っていった。


「……なんで部屋番号を教えられたんだろう?」


「軽薄な男ですね。ルナ様は、ああいうのに引っ掛かってはいけませんよ?」


「うん、わかった」


 ルナはそう言って、素直にコクリと頷いた。


「でもさ、聖女学院の生徒って女子だけだよね? さっきの男子、二人とも制服っぽいの着ていたけど……どういうことなの?」


 ルナの質問に対し、ローはいつもの調子で淡々と答える。


「あの二人は聖騎士学院の生徒ですね。おそらくは次の合同授業に参加するため、聖女学院に移動してきたのでしょう」


「せいきしがくいん……?」


「はい。……もしかして、例の『記憶障害』ですか?」


「うん、そうみたい。いつも悪いんだけど、説明お願いできる?」


「かしこまりました」


 ローはコホンと咳払いをして、つらつらと語り始める。


「聖騎士は聖女様を守護する騎士で、いつか転生されるという聖女様のため、己が剣を研ぎ澄ませています。そんな聖騎士を養成する学校が、聖女学院うちの真隣にある聖騎士学院。人類救済のために戦う聖女と聖女様の盾となる聖騎士、両者は密接な関係にあるのです」


「へぇ、そうなんだ(『聖女様の盾となる聖騎士』、か……。三百年前、私は基本いつも最前線で一人だったけどなぁ……っ)」


 ルナはなんとも言えない苦笑いを浮かべた。


「聞くところによると、今年度の聖騎士学院の生徒たちは、中々に粒揃いだそうです。先ほどルナ様にぶつかったあの不躾ぶしつけな男も、かなりの有名どころですね」


「そうなの?」


「はい。彼の名前はレイオス=ラインハルト、代々剣聖を輩出する名家ラインハルト家の嫡男ちゃくなんです。レイオスは幼少の頃より才覚に恵まれ、十歳という若さで聖騎士入り、十三歳で小隊長就任。将来の剣聖就任を嘱望しょくぼうされる、聖騎士学院の有望株の一人です」


「ふーん、そうなんだ(剣聖と言えば……オウルさん、もう退院できたかなぁ?)」


 そんな話をしているうちに本校舎の裏手にある演習場へ到着、そこには既に、多くの聖女学院と聖騎士学院の生徒が集まっていた。


「うわぁ……聖騎士学院の人達、みんな体が大きいね。同い年に見えないや」


「聖騎士学院に合格するには、過酷な入学試験を通らなくてはなりませんからね。私も女なのであまり詳しくありませんが……鍛え抜かれた肉体を持ち、剣術と魔法に秀で、厳格な自律の精神を備えた者のみが、聖騎士学院への入学を許可されるそうです」


「さっき会った茶髪の人は、どれにも当てはまってなさそうだけど……?」


「どんな世界にも例外はいるものです」


 ルナとローが雑談に華を咲かせていると、チャイムの音が鳴り、一年C組の担任ジュラール・サーペントが現れた。


 基本的に聖女科と支援科が共に参加する授業は、そのクラスの担任が受け持つことになっているのだ。


「それではこれより、聖女学院と聖騎士学院による合同授業――摸擬戦を執り行う。聡明な諸君らのこと、この授業が持つ大きな意味を当然理解しているとは思うが、念のためきちんと説明しておこう」


 ジュラールはコホンと咳払いをして、生徒たちの注目を集める。


「エルギア王国の法律により、聖女・聖騎士両学院は、入学初日に一戦まじえることが定められている。この戦いは偉大な聖女様に捧げる崇高なものであり、生徒たちは卑怯な手を使うことなく、正々堂々と全力でのぞまなくてはならない」


 そうして授業の説明を終えた彼は、次の指示を出す。


「ではまず、両学院の生徒は、摸擬戦を行うペアを作りなさい」


 一分後、


「……あれ?」


 聖女学院の生徒でただ一人、ルナは余ってしまった。


 彼女がチラリと横を見れば、ローは先ほどの茶髪の男とペアを組んでいる。


「いやぁ、嬉しいなぁ! こんな黒髪美少女と戦えるなんて、ボクはほんまに幸せ者やわぁ!」


「あはは、あなた、本当によく喋るねー」


 ペア探しが始まってすぐ茶髪の男に声を掛けられたローは、「弱そうだし、ちょうどいいか」と思い、その誘いを承諾したのだった。


 ちなみにローは聖女学院にいる間、ルナと一対一で話すとき以外、敬語をなくして明るく話すようにしている。


 そして――全人類に待望されておきながら、余り物になってしまった聖女様は、キョロキョロと周囲を見回していた。


(わ、私の他に余っている生徒は……!?)


 ほどなくして聖騎士学院の余り物を発見。

 その人物は――先ほど曲がり角でぶつかった男レイオス・ラインハルトだった。


 レイオス・ラインハルト、十五歳。

 身長170センチ。外見上は細く見えるが、体には鍛え抜かれた筋肉が搭載されている。

 漆黒のミドルヘア。相手を睨みつけるような紫紺しこんの鋭い眼・非常によく整った端正な顔立ち、白を基調とした聖騎士学院の制服に身を包む。


 彼は自分から女性を誘うタイプではなく、常日頃から不機嫌そうな顔をしているため、誰にも声を掛けず、誰からも声を掛けられなかった結果――ポツンと一人、取り残されたのだ。


 聖女学院の余り物と聖騎士学院の余り物、両者は必然的にペアを組むことになる。


「あ、あの……よろしくお願いします」


「……」


 ルナが気を使って挨拶をするものの……返事はない。

 いっそ気持ちがいいほどの無視、「貴様など眼中にない」と言わんばかりの対応だ。


「ふむ、ルナ・スペディオとレイオス・ラインハルトがペアか……」


 ジュラールは難しい表情で、しばし考え込む。


 片や聖女の見込みなしと判断された支援科の生徒、片や聖騎士学院の中でも屈指の実力を誇る生徒――さすがにこの組み合わせは、あまりにも『差』が大き過ぎた。


「諸君らの中に、ルナ・スペディオかレイオス・ラインハルトと組んでもよいという者はいないか……?」


 ジュラールはそう言って、ペアの組み直しを提案したが……生徒たちの反応はかんばしくない。


 それもまぁ無理のない話だ。

 既にペアができている生徒たちが、わざわざそれを蹴ってまで、悪目立ちしているルナや不機嫌なレイオスと組みたいとは思わない。


「ふむ……仕方あるまい」


 ジュラールは小さくため息をつき、レイオスに忠告を発する。


「レイオス・ラインハルト、制服を見ればわかると思うが、ルナ・スペディオは支援科の生徒だ。当然、過度な攻撃や過剰な魔法の使用は好ましくない。この戦いは聖女様に捧げる崇高なものであり、平等と公正を愛する彼女が、一方的な私刑リンチを望むわけもない……わかるな?」


「そんなこと、わざわざ言われなくてもわかっていますよ」


 レイオスは短く言葉を切り、口を閉ざす。


 一方その頃、ルナはローのもとにススッと近寄り、情報収集を行っていた。


「ねぇロー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「はい、なんでしょう」


「レイオスさんって、どれくらい強いの?」


 これはルナにとって、非常に大きな問題だった。


「どれくらい強いか……難しい質問ですね。客観的事実から推察すると、あの男は聖騎士の小隊長を務めているので、低く見積もっても『一般聖騎士の十倍以上』の実力はあるでしょう」


「う、うーん……?」


 現代に転生してまだ日が浅く、一般聖騎士の実力を知らないルナには、少しばかりわかりにくい表現だった。


「ごめん、ちょっとよくわかんないんだけど……。剣聖と比べたらどうなの?」


「それはもう、圧倒的に剣聖の方が格上です。たとえレイオス十人が束になったとしても、剣聖にはまず勝てないでしょう。剣聖は聖騎士の中の聖騎士、別格の存在ですから」


「う、うそ……!?」


 その瞬間、ルナに強烈な衝撃が走った。


(レイオスさんって、オウルさんあれの十分の一……!?)


 冒険者登録のテストで『強キャラムーブ』を決めておきながら、ルナの放った軽いパンチ一発で、壁にめり込んだ変な男――オウル・ラスティア。

 これから自分が戦おうとしている聖騎士は、そんな『壁イソギンチャクオウル』よりも遥かに弱い存在だったのだ。


(ま、マズいマズいマズい……っ)


 ルナの中でレイオスの存在が、『意地悪な男子生徒』から、『最上級保護対象』に切り替わる。


(あのオウルさんより弱いってことは……パンチはおろか指で軽くつつくだけで、爆発して死んじゃうかも……っ)


 彼女が恐ろしい想像に身を固めていると、ジュラールがコホンと咳払いをした。


「時間も迫っているので、そろそろ第一戦を開始しよう。――ルナ・スペディオとレイオス・ラインハルトのペアは、前に出なさい」


 いきなり名前を呼ばれたルナは、もちろん無視するわけにもいかず、指示に従っておずおずと前に出る。


 すると――レイオスは露骨に嫌そうな表情を浮かべ、大きなため息をついた。


「はぁ……。どうしてこの俺が、こんな『聖女モドキ』と戦わねばならんのだ……」


「……聖女モドキ?」


「お前たちみたく聖女でもなんでもないくせに、聖女学院に通っている愚物ぐぶつのことだ。この際だからはっきり言っておこう。この中に聖女様の転生体はいない。俺の目はそこらの凡百と違って、節穴ではないのだ。『本物』を見れば一発でわかる、この方こそが聖女だ、とな」


「な、なるほど……」


 ルナは「聖女様、目の前にいますよー、あなた節穴ですよー!」と言いたくなったが、なんとかゴクリと呑み込んだ。


「それにしても……レイオスさんは、随分と聖女様のことをしたっているんですね」


「当然だ。聖女様は唯一絶対にして完全無欠の存在。彼女が笑えば花が咲き、彼女が悲しめば天が泣き、彼女が怒れば大地がいきり立つ。長きにわたる人類史に置いて、聖女様ほど崇高で可憐な女性はいない」


「え、えへへ……そうですか?」


 思いもよらぬところでべた褒めされたルナは、気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻き、


「……何故お前が嬉しそうにしている……? まったく気持ちの悪い女だ」


 それを見たレイオスは、割と真剣に引いていた。


(っと、いけないいけない……。今は照れている場合じゃなかった)


 もう間もなく、レイオスとの摸擬戦が始まってしまう。

 それまでの極々限られた短い時間で、なんらかの策を講じなければならない。


(私は力加減が下手だから、このまま戦ったら、レイオスさんはきっと物理的に死ぬ。もし奇跡的に生き延びたとしても、支援科の生徒に負けたということで、社会的に死ぬ。まぁ最悪別にそれはいいとしても……彼に勝ってしまった時点で、私が聖女バレする確率は飛躍的に高まる……っ)


 レイオスを殺さず、聖女バレを防ぐ――今求められているのは、そんな最高の名案だ。


(何かないか、何かないか、何かないか……っ)


 ルナが必死に聖女ブレインを回したそのとき、


(……はっ!?)


 素晴らしいアイデアがポンッと浮かび上がった。


(こ、これならイケる! 私とレイオスさんが二人ともちゃんと助かる! もしかしたら私、天才なのかも……!)


 はやる気持ちを抑え、冷静にスッと右手をあげる。


「――ジュラール先生、摸擬戦を始める前に一ついいですか?」


「どうした、ルナ・スペディオ」


「私は戦う武器を持っていません。なので、あそこのレイピアを貸していただけませんか?」


 ルナは演習場に据え付けられた武器置き場、その一角に飾られたレイピアを指さす。


「ルナ・スペディオ……それは本気で言っているのか?」


 ジュラールはその怖い顔をさらに強張こわばらせた。


「レイオス・ラインハルトが持つ剣は、ラインハルト家に代々伝わりし退魔剣たいまけんローグレア。あんな規格品のレイピアで、太刀打ちできる代物ではないぞ?」


「問題ありません。ちゃんと『策』はあります」


 そう発言したルナの瞳には、強い意思の光が籠っていた。


 ――退魔剣ローグレアに対し、規格品のレイピアで戦う。

 通常ならば「馬鹿なことを言うな」と一喝して終わるところなのだが……。


(先のポーションからもわかる通り、ルナ・スペディオは普通の生徒とは一味違う……。いったいどんな策を講じているのかわからんが……実に興味深い)


 ジュラールのルナに対する評価はすこぶる高く、彼女が今度はいったい何を見せてくれるのか、その目で確かめてみたくなった。


「――いいだろう、レイピアの使用を許可する」


「ありがとうございます」


 ルナは感謝の言葉を述べ、武器庫からレイピアを拝借し、右手でギュッと握り締める。


 それを見たレイオスは、軽く鼻を鳴らした。


「なんだ、剣術の覚えでもあるのか?」


「まぁ人並み程度には」


 短い会話が終わり、張り詰めた空気が漂う。


「それでは――はじめなさい」


 ジュラールが開始の合図を告げると同時、二人は同時に剣を中段に構えた。


「……」


「……」


 五メートルの距離を挟んだ状態で、お互いに視線を交わす中――勝利を確信しているレイオスは、ルナの体が小刻みに震えていることに気付く。


「どうした、震えているぞ? この俺が怖いのか? まったく……無様なものだな。戦う覚悟すらない未熟者が、半端な気持ちで聖女学院に来るからそうなるのだ」


 あまりに見当違いな指摘を受けたルナは、


(逆にレイオスさんは、どうしてそんなに自信満々なんですか!? あなた、私のさじ加減一つで死んじゃうんですよ!?)


 荒ぶる気持ちをなんとか必死に抑えつける。


 彼女が震えていたのは事実だが……もちろんレイオスを恐れているからではない。手加減の苦手な自分が、この後の作戦で失敗しないか、それを不安に思ってのことだ。


「さて、そろそろ始めようか。いや、終わらせようか」


 不敵な笑みを浮かべたレイオスは、力強く大地を蹴り付けた。


 たったの一歩で間合いはゼロになり、退魔剣ローグレアの射程にルナを捉える。


「――これで終わりだ!」


 放たれたのは袈裟斬けさぎり。


 コマ送りのようにゆっっっくりと迫るレイオスの斬撃に対し、ルナはしっかりとタイミングを見極め――真っ正面からレイピアで迎え撃つ。


(よし、ここだ……!)


(こ、こいつ、俺の剣速に反応しただと!?)


 次の瞬間、両者は激しくぶつかり合い、赤い火花が宙を舞う。


 その結果――。


「あ、あ~れ~……っ」


 ルナはわざとらしい悲鳴をあげながら、大きく後ろへ吹き飛び――そのままばったりと倒れ伏した。


(ふっふっふっ、我ながら完璧な作戦! 最高級のやられ演技!)


 彼女は心の中で、グッと拳を握る。


 ルナの考案した策は極めてシンプル。

 自身の卓越した演技力を駆使して、他の誰にも「わざと負けた」と悟られないようにレイオスに敗れる、というものだ。


 この摸擬戦は聖女への崇高な捧げものであり、自ら敗北を選ぶなど言語道断なのだが……。

 本物の聖女であるルナにとって、そんなことはどうだってよかった。今の彼女にとって大切なのは、如何にしてこの難局を無事に乗り切るか、ただそれだけだ。


(よしよし、これなら誰も傷付かず、全て丸く収ま……ん?)


 そこでようやく、周囲の異様な空気に気が付いた。


 摸擬戦はレイオスの勝利で片が付いたはずなのに、終了の合図もなければ、歓声の一つもあがらない。

異様なほどにシンと静まり返っているのだ。


(……いったい何が……?)


 不審に思ったルナは、器用にパチリと片目を開け、周囲の様子を窺う。


 するとそこには――、


「ば、馬鹿な……ッ!?」


 まるで小鹿のようにカタカタと小刻みに震える、レイオス・ラインハルトの姿があった。


 彼の視線の先には、真っ二つに切断された退魔剣ローグレア。


(……なんで折れてるの……?)


 それはルナの心の底から出た疑問だった。


 彼女は単純に知らなかった。

 たとえ規格品のレイピアであろうと、ボロボロの木刀であろうと、使い込まれたほうきであろうと、ひとたび聖女が握ったならば、それはもはや『聖剣』。


 ラインハルト家に引き継がれし退魔剣は、ルナが無意識に生み出した聖剣レイピアに触れた瞬間、まるで豆腐のように斬り落とされたのだ。


 これに大きな衝撃を受けたのが、レイオス・ライオンハルトの実力をよく知る、聖騎士学院の生徒たちだ。


「なぁおい見ろよあれ、レイオスの退魔剣が真っ二つだぞ……!?」


「それに比べて、ルナさんの剣は刃毀はこぼれ一つない……。彼女、とんでもない剣術の腕をしているね」


「んー、でもなんかおかしくないか? レイオスの剣はぶっ壊れていて、ルナさんの剣は無傷なんだよな? それならどうして彼女は、あんなに遠くへ吹き飛ばされたんだ……?」


 不審に思った彼らの視線が、ルナの全身にグサグサと突き刺さる。


「れ、レイオスさんの斬撃、とんでもない威力だったなぁ……。思わず吹き飛ばされちゃったよぉ……」


 酷い棒読み+嘘くさい説明口調で、なんとか火消しを図るルナだが……衆人環視の中で退魔剣を叩き斬った手前、あまり効果は望めないだろう。


「ふむ……いろいろと気に掛かるところはあるが、ひとまず――勝者レイオス・ラインハルト」


 ジュラールは勝敗を宣告した後、簡単な総評を述べる。


「おそらくこのペアは、実力差の最も大きい組み合わせだろう。それにもかかわらず、ルナ・スペディオは素晴らしい輝きを放って見せた。あのレイオス・ラインハルトの剣に対応しただけでなく、卓越したレイピアさばきを以って、退魔剣を砕いたその技量……称賛に値する。敗れこそしたものの、見事な戦いだったぞ」


 彼はそう言って、惜しみない賛辞を送った。


 今回の摸擬戦、勝負の果てに立っていたのはレイオス、倒れ伏していたのはルナ。

 すなわち勝者はレイオスで、敗者はルナなのだが……周りの目にはそう映らなかったらしく、聖騎士学院の生徒がルナのもとへ押し寄せる。


「ほんま凄かったでぇ、ルナちゃん! なんなんキミ、支援科やのにめちゃくちゃ強いやん!」


「まさかあのレイオスの剣速に反応するなんてな、マジで驚いたぜ!」


「ねぇねぇ、どうやってあの退魔剣を斬ったの? 後それから、剣術は誰に習ったの? あっ、もしかして我流? 参考までに教えてくれないかな!?」


 彼らの口からは、まるで五月雨のように怒濤どとうの質問が放たれた。


「え、えーっと、私は全然強くなくて、さっきのは本当に偶然で、そもそも剣は習っていなくてですね……っ」


 みんなの『誤解』を解くため、ルナが必死に答えていると、


「くっ……この屈辱、決して忘れんぞ。……覚えておけよ、ルナ・スペディオ……ッ」


 プライドをズタズタにされたレイオスは、ルナに憎悪の眼差しを向けた後――まだ授業中にもかかわらず、演習場から立ち去ってしまった。


 そしてさらに……。


「『聖女科』に入れなかった、落ちこぼれの『支援科』の分際で、聖騎士学院の殿方にチヤホヤされるだなんて……許せないですわ……ッ」


「退魔剣ローグレアが折れたのは、レイオス様が武器の整備をおこたっていただけでしょうに……!」


「見てよあの顔、すっかりいい気になっちゃってさ……ほんとムカつくわね……っ」


 聖女学院の――主に聖女科のクラスメイトから、強い嫉妬の眼差しを向けられた。


(うぅ……私は何も悪くないのに、どうしていつもこんな目にうの……っ)


 このところ立て続けに起こっている災難に対し、ルナはがっくりと肩を落とすのだった。

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