第4話:冒険者
聖女学院の入学試験が終わったその翌日、
「あ゛ー、う゛ー……」
ルナは自室のベッドの上でゴロゴロ――否、そわそわしていた。
「……なんか気持ちが落ち着かない」
別に「是が非でも聖女学院へ行きたい」、というわけではない。
ただ、自分の合否が宙ぶらりんとなっているこの状況が、もどかしくて仕方がなかった。
「こういうときは――気分転換!」
勢いよくバッと跳ね起きたルナは、父カルロの執務室へ向かう。
「あの、今いいですか?」
「どうしたルナ、何か用事か?」
「実はちょっと地下倉庫の鍵を借りたくて……」
「あぁ構わんよ。ほら、持って行きなさい」
カルロは机の引き出しから鍵を取り出し、それをルナに手渡した。
「ありがとうございます!」
「あそこには危ないものも置いてあるから、怪我をしないように気を付けるんだぞ?」
「はーい!」
ルナは小走りで、スペディオ家の地下倉庫へ移動。
「えーっと、確かこの辺りに……あった!」
彼女の視線の先には、身の丈2メートルほどの全身
先日、倉庫の掃除を手伝ったときに目を付けていたブツだ。
事前に「ここにあるものは好きに使っていい」と許可をもらっていたため、遠慮なく自室へ運び込み、部屋の中央にそっと寝かせる。
「うん……私の
ルナはこの二度目の人生を、自由に楽しく生きたかった。
悪役令嬢ムーブを決めたり、冒険者となって外の世界を気ままに旅したり、ストレス発散に大魔法をぶっぱなしたり――一度目の人生でできなかったことを、我慢していたことを、諦めていたことを、思う存分にやりたかった。
しかし、ここで障壁となってくるのが、『聖女バレ』という特大のリスクだ。
(私が聖女だとバレたら、もう静かには暮らすことはできない。人里離れた山奥にひっそりと住むか、聖女としての人生を受け入れるか――どちらにせよ、理想の悪役令嬢ライフは遠い
現状、ルナ・スペディオという器だけでは、彼女の行動に大きな制限が掛かってしまう。
それを解決するのが、このプレートアーマーだ。
ひとたびこれを着れば、頭の天辺から爪の先まで、皮膚の露出は一切ない。
この鎧を
悪役令嬢ルートはルナ・スペディオとして、外の自由な世界ルートは冒険者として、この二刀流で開拓していこうというのがルナの考えだ。
「まずは埃を取らなきゃね、<
鎧の外面を整えたルナが、その胸部を軽く叩いてみると――カンカンという、なんとも頼りない音が返ってきた。
「このままじゃちょっと耐久性が不安かも……」
鎧に使われている
「とりあえず、最低限の補強をしておこっと。<炎耐性><水耐性><雷耐性><衝撃耐性><斬撃耐性><空間断絶耐性><時間停止耐性><腐食耐性><即死耐性><魔力探知耐性><
パッと思いつく限りの魔法で強化。
「これでちょっとはマシになったかな?」
鎧の補強を終えたルナは、いよいよ実際に着ていくのだが……身長158センチの彼女に、2メートルのプレートアーマーは
そのためここで、一つ工夫を挟むことにした。
「――<
ルナ本体は<浮遊>で鎧の内部に浮かび、<感覚共有>で自分と鎧の動きを同期する。
「よっ、ほっ、はっ!」
姿見の前でいろいろなポーズを取ってみると、自分の動きに合わせて鎧も同じように動いた。
同期は完璧、これならば鎧を纏ったまま、自由に動き回れるだろう。
「残る問題は……やっぱり『声』かな」
2メートルを超すプレートアーマーの中から、女性の高い声がするのは違和感が大きい。
「冒険者だし、男性設定でいくのが自然だよね」
そう結論付けたルナは、喉のあたりに力を入れて、低い声の練習をする。
「私は……ゴホン、私は……」
それからチューニングすることしばし、
「私は冒険者……うん、これなら大丈夫そう!」
低い声+ルナがイメージする『男性っぽい落ち着いた口調』が完成。
こうして外で自由に動き回れる器を手に入れたルナは、
「『冒険者ギルド』へ……レッツゴー!」
善は急げとばかりに冒険者ギルドへ向かうのだった。
■
王都の町に繰り出したルナは、書庫から持ってきた地図を片手に、賑やかな大通りを練り歩く。
「お、おい、
「ん……? うぉ、なんだあれ!?」
「でけぇな……2メートルはあるぞ。有名な冒険者か?」
2メートルを超すプレートアーマーが、ガッシャガッシャと歩く姿はまさに異様の一言で、道行く人たちの視線をこれでもかというほどに集めているのだが……。
(うわぁ、視点が高い! 背の高い男の人は、こんな感じなんだ……!)
未知の経験に胸を高鳴らせているルナは、完全に自分の世界に入っていた。
そのまま街中を歩き続けることしばし――冒険者ギルドに到着した彼女は、扉を開けて中に入る。
「なんか懐かしいなぁ……」
ルナが冒険者ギルドに入るのは、何もこれが初めてではない。
三百年前、大魔王を討つために聖女パーティで活動していた頃、何度か足を運んだことがあるのだ。
(エルギア王国のギルドに来るのは初めてだけど……うん、どこもだいたい一緒だ)
(えーっと、まずは冒険者登録をしなきゃだから……っと、あったあった)
ギルド内をグルリと見回すと、『冒険者登録窓口』という立て札を発見。
しかし、そこでは何故か……。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
黒いサングラスを掛けたスキンヘッドの大男が、額に汗を浮かべながら短刀を
(うーん、殺し屋さんかな?)
たとえ聖女といえども、どれほどの死線を
はっきりと言うならば、あの人に声を掛けるのはちょっと怖かった。
(他の受付は……あっ、優しそうな女の人だ)
ルナは駄目元で、一般の受付窓口へ足を運んでみることにした。
「あのすみません、冒険者登録をお願いしたいんですけれど……」
「はい、冒険者登録でしたら、あちらへどうぞ」
指し示されたのは、殺し屋の待つ窓口。
「で、ですよねー……」
無慈悲な案内を受けたルナは、がっくりと肩を落とす。
(……行くしかない、よね)
大きく深呼吸をして覚悟を決めた彼女は、意を決してスキンヘッドのもとへ向かった。
「あ、あの、冒険者登録をお願いしたいんですけれど……」
「……あ゛?」
スキンヘッドの大男がヌッと立ち上がり、血走った眼でルナのことを睨みつける。
「……(こ、怖ぁ……っ)」
情けない声を出しそうになったが、ギリギリのところで耐えた。
「……ほぅ、俺の圧にビビらねぇか。そこそこの
彼は手に持った短刀をしまい、ゴホンと咳払いをする。
「俺はギルド長のバーグってもんだ。お前さん、冒険者登録を希望してんだな?」
「は、はい」
ルナがコクリと頷くと、バーグは小棚の引出しから一枚の
「そんじゃまずは、ここに必要事項を記入してくれ」
「わかりました」
ルナは備え付けの羽根ペンを取り、自分の情報をサラサラと書いていく。
氏名・年齢・性別欄などを
「すみません、住所なんですが……」
名前や性別などは偽りのものでも問題ないが、住所だけは別だ。
何か郵送物などがあった際、困ったことになってしまう。
「あぁ、別に空白でいいぞ。形式上、住所欄があるだけだからな。なんなら名前も本名じゃなくていい。冒険者の中には、素性を隠したいやつもいるからな」
「なるほど……」
それからほどなくして、必要事項を書き終えたルナは、バーグに羊皮紙を提出する。
「――できました」
「おぅ、見せてみろ。名前は……シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハートぉ?」
「はい!」
ルナは自信満々に胸を張って答えた。
何を隠そうこの名前は、彼女が考えに考え抜いた『最高の一品』なのだ。
「長ぇな、シルバーでいいだろ」
バーグはそう言うと、斜線二本で『グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート』を消してしまった。
「え゛!?」
わなわなと震えるルナをよそに、バーグは次のステップへ進む。
「よし、そんじゃ後は『テスト』だな」
「……テスト?」
「冒険者は常に死と隣り合わせの過酷な仕事だ。ちゃんとやっていけるかどうか、登録の際にテストをすることになっている。こっちとしても、新人にポンポン死なれちゃ、寝覚めが悪ぃからな」
「なるほど」
バーグの説明にルナは納得を見せる。
「テストの内容は、各冒険者の『職業』によって異なるんだが……。シルバー、お前はなんなんだ? まさかその格好で魔法使いってことはねぇだろうが、他に得物も見当たらねぇ。どうやって戦うんだ?」
「えっ、あ、あー……」
ルナは返答に
どんな武器を使って戦うのか、冒険者シルバーの『設定』を固め切れていなかったのだ。
「えーっと……そう、ですね……。今日のところは、
「拳ぃ? なんだお前、そのナリで
「ま、まぁそんなところです」
「ふーん、変な野郎だな……。そんじゃまっ、ちょっくら拳士用のテストを準備してく――」
バーグが準備を始めようとしたそのとき、冒険者ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
「――みんな、ただいまーっ!」
元気よく入って来たのは、肩に大きな革袋を掛けた、白髪の若い剣士。
「ったく、また騒がしいのが帰って来やがったな……」
「誰ですか?」
「なんだお前、アイツを知らねぇのか?
オウル・ラスティア、十五歳。
身長は165センチ、剣士としては比較的小柄な体型だ。
白髪のミドルヘア・大きな琥珀の瞳・人懐っこい顔をしており、冒険者装束に身を包む。
「天賦の剣聖、最強の剣士……」
その称号は、ルナの
(二つ名、か。……うん、ちょっとかっこいいかも。私も何かいい感じのほしいなぁ)
彼女がそんなことを考えていると、オウルが軽やかな足取りでバーグのもとへやって来た。
「バーグさん、頼まれていたS級クエスト、ちゃんとクリアしてきたよ。これが討伐証明部位、ボルドクススの
オウルはそう言って、肩に掛けた革袋から、淡い光を放つ玉を取り出した。
「おぅ、さすがだな」
「後それから……はいこれ、ライアスの地酒! 確か好きだったでしょ?」
「おぉ!? どうしたどうした、今日は偉く気が利くじゃねぇか!」
「いつもお世話になっているから、たまにはねー」
酒瓶に頬ずりするバーグをよそに、オウルはルナの方へ目を向ける。
「しかし大きいねぇ、お兄さん! 何を食べたらそんな風になるの!?」
「えっ、あっまぁ……はい、普通の食事です」
本体は158センチしかありません――などと言えるわけもなく、ぎこちない返事を返すルナ。
すると、
「うーん……?」
オウルはルナの顔をジッと見つめたまま、不思議そうに小首を傾げた。
「あの……私の顔に何かついていますか?」
「あれ、おかしいなぁ……。お兄さん、ボクの
「ちょ、調子が悪いんじゃないですかねぇ……?」
ルナはそう言って、明後日の方角を見た。
本当はプレートアーマーに掛けた魔法<魔力探知耐性>が機能しているからなのだが……。それを言うとまた面倒なことになりそうだったので、適当に誤魔化すことにしたのだ。
「ふーん、調子が悪い、ねぇ……」
オウルは
「バーグさんが対応しているってことは、この人、冒険者登録をしに来たんでしょ?」
「あぁ。こいつはシルバー、ちょうど今からテストを受けるところだ」
「そっかそっか。それじゃ――ここで会ったのも何かの縁だし、ボクがシルバーをテストしてあげるよ!」
オウルは人懐っこく笑いながら、とんでもない提案をしてきた。
「おい、何を馬鹿なこと言ってんだ。こんな冒険のイロハも知らねぇド新人が、お前のテストに受かるわけねぇだろ」
「大丈夫大丈夫、そんなに厳しくしないってば! それにこのギルドの信条は、『冒険者を死なせない』でしょ? ボクがこの眼で見て「いける」と判断したなら、その人は絶対に大丈夫……違う?」
「まぁ、そりゃそうだが……」
「それに……弱い冒険者は、もうこれ以上いらないよ。
そう冷たく言い放ったオウルの瞳は、
「っというわけで、今回のテストは、ボクが担当させてもらうよ!」
「は、はぁ……」
「テストの内容はとってもシンプル! ボクに一発でも攻撃を当てられたら、その時点で即合格!」
「えっ、そんな簡単でいいんですか?」
「
ともすれば挑発にも聞こえるルナの発言を受け、オウルの内なる闘争心が
「制限時間は三分間。場所は……そうだなぁ、ギルドの地下にある修練場を使わせてもらおうかな。――いいよね、バーグさん?」
「ったく、好きにしろ」
そうしてギルド長の許可を取り付けたオウルは、
「それじゃ、レッツゴー!」
明るく陽気に歩き出し、ルナとバーグはその後に続いた。
教練場への移動中、オウルは横目にルナの様子を窺う。
(この感じ……ハズレ、かな)
彼は心の中でため息を零した。
(
地下への階段を下っていき、薄暗い廊下を抜けた先――ぽっかりと開けた空間に出た。
「おぉ、ギルドの地下にこんな空間が……」
ルナが目を丸くしていると、バーグが横合いから説明を加える。
「この修練場は、先代のギルド長が掘った場所でな。冒険者の技量向上のために一般開放されてんだ。……つーかお前ら、なんで付いてきた?」
彼が後ろを振り返るとそこには、酒瓶を持った冒険者がズラリ。
「へへっ、別にいーじゃないっすか。俺たちのことは、空気かなんかと思ってくださいよ」
「あの天賦の剣聖が、新人をテストするなんて……中々おもしれぇイベントじゃねぇか!」
「なー、酒の
一階の酒場で飲んだくれていた彼らは、物珍しいイベントに釣られてきたのだ。
「はぁ、ほんと仕方ねぇ奴等だな……」
バーグはボリボリと頭を掻き、チラリとルナに目をやる。
「おいシルバー、どうする? なんだったら、こいつら全員叩き出してもいいぞ?」
「いえ、別に構いませんよ」
「そうか? まぁお前がいいなら、俺は別に構わねぇんだがよ……」
二人がそんな話をしていると、オウルがパンと手を打った。
「さっ、それじゃテストを始めよう! 盛り上がっているオーディエンスが、冷めちゃわないうちにね!」
ルナとオウルは互いに向かい合ったまま、五メートルほどの十分な間合いを取った。
「あっ、
「えぇ、もちろんです」
「それから最後に一つ、これはアドバイスだ。……多分だけど、殺す気で来ないと無理だと思うよ?(まぁ殺す気で来たところで、無駄な努力に終わるんだけどね)」
「はい、わかりました」
頷くと同時、ルナはしばし考え込む。
(この人、『剣聖』っていうなんか凄い人っぽかったし……多分、かなり強いんだよね?)
彼女は相手の魔力や力量を把握するのが、極めて苦手だった。
ただ単純に鈍いと言えばいいのか、探知力が低いと言えばいいのか……とにかく、相手の実力を推し測るのが恐ろしく下手なのだ。
まぁ殴り合ってみればわかるでしょう。
そんな超脳筋スタイルこそが、聖女の
(ギルド長のバーグさんが『最強の剣士』って紹介するぐらいだから、きっと強いとは思うんだけど……。前に
転生して間もないルナは、この世界における『強さの基準』を掴みあぐねていた。
(万が一のことが起きたらアレだし……。うん、制限時間だって三分もあるし、最初は軽く、だんだん速くしていこう)
ルナが思考を
「作戦準備はできたかい?」
「えぇ、ばっちりです」
「それはよかった」
オウルは相手を小馬鹿にした笑みを浮かべ、スッと両手を水平に広げた。
「さぁ、いつでもおいでー」
適当に相手して、不合格にしてしまおう。
そんな彼の考えは、一瞬にして崩れ去る。
「では――行きます」
ルナが軽く一歩前に踏み出したその瞬間、オウルの
(……えっ?)
彼の脳裏に映るのは、コンマ数秒後の未来。
ルナの右ストレートを顔面に受け、見るも無残な姿で死に絶えた――自分の姿。
(天恵の誤作動、か? いやそんなことは、これまで一度もなかった。今の未来予知はいったい……?)
思考が
素人同然の構えから、右腕を後ろに軽く引きつつ、一歩前に踏み込む。
「……は?」
受ければ即死の破滅的な打撃。
(待て、間合い、いつ詰めた!? 右拳、速い、風圧凄っ、これマズ……死……ッ)
(これぐらいなら、きっと大丈夫だよね?)
ルナの軽く放ったパンチが迫る中、オウルは最高・最速の判断を下す。
(【敏捷性強化】・【
生まれながらにして100以上の天恵を有するオウルは、人の域を超えた力を誇り、史上最年少で剣聖の座に上り詰めた。
そんな規格外の天才が、ありったけの天恵を総動員した結果――。
「へぶっ!?」
ルナの右ストレートが、オウルの顔面に炸裂した。
まるで水風船を割ったかのような弾ける音が響き、地面と水平に吹き飛んだ彼は、ギルドの壁に深々とめり込む。
「「「……は?」」」
観戦していた冒険者たちはみな、我が目を疑った。
「うそ、だろ……?」
「あの天賦の剣聖が、たったの一撃で……っ」
「つ、つーかあれ、死んでねぇか……?」
オウルは壁面に刺さったまま、ピクリとも動かない。
(あ、あれ……もしかしてやっちゃった……?)
鎧の中のルナは、グルグルと目を回し、顔面蒼白になっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【※読者の皆様へ】
右上の目次を開いて【フォロー】ボタンを押し、本作品を応援していただけると嬉しいです……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます