補足資料:捜査資料 映像前半部分

 映像記録再生


<記録日時不明>


 真っ暗な部屋の中央にポツンと電灯が灯っており、その下に壮年の男の姿が映る。白髪交じりの髪、顔に刻まれた深い皺が相応の年齢であることを窺わせる。机を見れば数枚の紙製の資料にテープレコーダーが置いてある。男はおもむろにソレを掴み"この音声記録はイケダハナエ氏への聞き取り調査記録だ"と、そう説明するとスイッチを入れた。程なく音声が流れ始める。


イケダハナエ:えぇ。あの子、急に返って来たんですよ


 開口一番に聞こえたのは消え入りそうな口調で話す女性の声。男が声の主について説明する。どうやら今レコーダーから聞こえる声がG県警に勤めるイケダヤスト氏の母親、イケダハナエ氏(47)らしい。


イケダハナエ:最初は冗談だと思ったんです。だってあの子、ホラ。凄い体格がいいでしょう?子供の頃から運動とかが大好きだったんですけど、特に空手が好きで、ソレに正義感もあって将来は警察官になるんだって。だから……


 ハナエ氏の落胆の度合いはそれはもう聞いているコチラにも伝わる位だ。


「行方不明となった刑事が見つかった。いや、正確には見つかってないんだが、その痕跡は確かに見つかった。死んだ、ソレだけは分かる異様な状態で。G県に隣接するN県某市にある母方の実家を見て驚いたよ。お互いの過去なんて興味ないから話したことも無いし聞いたことも無かったんだが、結構な豪邸だったな」


 不意に男が語り始めた。どうやら行方不明となった刑事とはそれなりの付き合いがあったようだ。恐らく上司と部下か。


イケダハナエ:普段から仕事一辺倒で、大学入学からコッチ数年は帰ってこなかったのに、ほんの数日前にいきなり実家に顔を見せたんです。でも、その行動の全てが奇怪で、何の意味があるのかサッパリわからなかったんです。あの子、帰って来るなり無言で携帯のメモを私に突きつけるんです。驚いて、何があったの?って訪ねてもあの子は何一つとして語らず、ただ黙ってメモを見せるばかりで……

 

 ――何が書いてあったんです?


イケダハナエ:えぇ。この辺り一帯は我が家の所有地なんですけど、その1つ……ホラ、すぐ後ろに山が見えるでしょう?で、その中腹位に離れ、まぁ一軒家みたいなものがあるんですけど、そこを借せって。それから……


 レコーダーからハナエ氏の言葉が途絶えた。代わりに聞こえるのは嗚咽とすすり泣く声。


イケダハナエ:誰も近づけるなって。私達も、周辺の誰もって。それからは何も……ゆっくりでいいから一から説明してって言っても首を横に振るばかり


 ――そうですか


 以後、レコーダーから流れるのはハナエ氏の鳴き声。枯れ果てたと思われた涙が止めどなく零れ、床に染みを作っているであろう。余りの悲壮な声は、そんな情景をありありと想像させる。


「彼女がこうも悲しむ理由は1つ。アイツが死んだのがその離れだからだ。しかも異様な状態で。たっての願いでN県警と合同と言う形で調査を行ったそうだが、誰もが口々にこう漏らしたそうだ。訳が分からない、と。一軒家の内部はいわゆるワンルームの様な構造になっており、玄関を入れば右側にベッドやテレビが並び、左を向けばキッチン、更に右側手前にはトイレと風呂へと繋がる扉が見える。全体的な広さは詳しく見てはいないが、おおよそ20畳といったところ。その離れに踏み込んだ全員が中に入り驚いたと、そう記録にある」


 映像に映る男はレコーダを横にどけると、乱雑に置かれた資料の一枚を無造作に掴み、その内容を語った。


「記録にはこうある。中は荒れに荒れており、部屋の隅入口から見て右奥側に夥しい血痕が飛び散っていた。鑑識の結果、奴の血液で間違いないと結論され、ついでにこれほどの出血量なら生きてはいないという有り難くない情報も書かれていた。だが、だがだ……」


 男はソコで言葉を詰まらせると、別の資料を拾い上げた。


「肉片から骨の一欠片に至るアイツの身体、死体だけが何処にも無かった。夥しい血痕だけがヤツが確かにあの場に存在していて、その最期が壮絶だった事を物語っているんだが、一体何があったのか、どうやって殺されたのか、一番知りたい過程だけが完全に抜け落ちている。うちでも指折りに強い上に身長も190以上で体重も100は軽く超えている。それでいて柔道と空手の有段者を殺すなんて只者じゃない。だが、もし人間じゃなかったとしたら……」


 語り終えた男は資料を机に置くと、最後にこう絞り出した。


「この情報は、全部抹消される。あそこで起きた事も、アイツの最期も全部闇に消える。何故か、それも分からない」

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