フェアドとエアハード

「わははははは!」


「おいおい足がふらついてるぞ!」


「がははははは!」


 宿の一室。開いた窓から聞こえてくる冒険者達の喧騒を聞きながら、エアハードは頑丈な椅子に座って夜空を眺めていた。


(大いなる魔の神にして王……か)


 思い出すのは夜の闇よりも真っ黒な暗黒の化身だ。


(最も神らしい神と言ってもいいだろう)


 死した者達の絶望と憎悪を聞き届けて正気を失い、立ち上がってしまった闇の権化。


 それは信徒の願いと祈りを無視して好き勝手していた古き神と比べて、余程に神らしい行為と言い換えてもいい。


(神として真面目過ぎだ。一人一人の死因と憎悪の原因を死者に聞いて、何が起こっていたかも調べるなど……別に死の神でもなんでもないくせに)


 思わずエアハードは首を横に振る。


 大魔神王を真面目過ぎると評する人間などそうそういないが、エアハードはその内の一人だ。


 言動から分かる通り普段の大魔神王は非常に大雑把で、命ある者達を絶やそうとした計画も雑だった。しかし妙なところで律儀かつ筋を通したがるため、自分の領域に捨てられた人間達の嘆きを一々調べていたのだ。


「エアハード、邪魔をするぞ」


「ああ」


 部屋の扉から聞こえてきたフェアドの声に、エアハードは反応をしたが振り向くことなく夜空を見続ける。


「どうした?」


「いや、ゆっくり話でもと思ったんじゃが、お主の方こそどうした?」


「単なる夜空でも懐かしいと思って眺めていたら、大魔神王のことを思い出した」


「ああ……」


 特に用件らしい用件はなかったフェアドだが、夜空を見上げていたエアハードの言葉を聞いて僅かに頷いた。


 大戦後にすぐ大迷宮に潜ったエアハードは、夜だろうが真っ赤だった空の方がなじみ深く、綺麗な星空は非常に新鮮だったのだ。


「そうしていると大魔神王は、神として真面目過ぎると思った」


「まあ……そうじゃろうな。儂もそう思う」


 エアハードはつい先ほどまで考えていたことを話すと、フェアドもどこか疲れた表情で頷いた。


「一人で大真面目に考え、一人で結論を下して突っ走り、そして戦った」


「うむ」


 エアハードが更に評すると再びフェアドは頷く。


 尤もこの評価、そのままこの場にいる人間に当て嵌まる。


「息子はどうだった?」


「儂の若い頃よりやんちゃ坊主だったわい。エルリカに叱られた時など、儂を盾にしおった」


「ははは。勇者の盾ならぬ勇者が盾か。通用したか?」


「いんや。紙よりも頼りねえと言われた」


「はははははははは」


 空気を変えるように、エアハードはフェアドの息子について尋ねたが、図太いエピソードを聞いて大きな笑い声を発してしまう。


 フェアドの息子は命ある者達を救った勇者を盾にする発想まではよかったが、生憎と母であるエルリカに通用せず、晴れてフェアドは紙より頼りないという評価を頂いていた。


「それで今は隣の大陸か。武器はどうした? なにかの遺物か?」


「俺なら殴った方が早いとさ」


「なるほどな」


 勇者を頼りない紙と評した息子なら、さぞかし有名な伝説の武器を所持しているのではないかと思ったエアハードだが、答えは非常に簡潔なものだ。


 そして事実、勇者と聖女の息子が光を宿して殴れば大抵は死ぬ。


「会うのが楽しみだ」


「そう言ってくれると嬉しい」


 フェアドとエルリカの息子もやはり面白い人間だと思ったエアハードは、話を聞いて益々会ってみたくなった。


「しかし隣の大陸か……長時間船に乗ったことはないぞ」


「儂もじゃ」


「酔うと聞いたことがある。ララに薬を頼んだ方がいい」


「船酔いという奴じゃな。一応聞いておこうかの」


「それと毛布だな。潮風は冷えるとも聞いたから用心した方がいい」


「錆びるとも聞いたの」


「……なに? ララは鎧の錆を防止できると思うか?」


「……冗談のつもりだったんじゃけど、お前さんの鎧って錆びるの?」


「……どうなんだ?」


「儂に聞かれても……」


「……七十年も大丈夫なんだ。多分大丈夫だろう。多分」


「まあ、お前さんがそう言うならそうなんじゃろう」


 隣の大陸に行く手段を考えたエアハードだが話がどんどんと逸れていき、フェアドと漫才を繰り広げて、最終的には自分の鎧を確認し始める事態になった。


「……次の行き先はどこだ?」


「煮え立つ山じゃ。シュタインが覚悟を決めた」


「……マックスの方は?」


「つい先日終わって満足しておる」


「ああ……それはよかった。死ぬ間際まで悔いは残さない方がいい」


 気を取り直し、大迷宮を完全攻略する前提で次の行き先を聞いたエアハードは、シュタインの事情を知っていたので感慨深げな声を漏らす。そして、それならマックスの事情の方はと聞いて喜んだ。


 この仲間の事情が解消されそうなことを喜ぶあたりで、エアハードが非常に素直な感性を持っていることが分かる。


「ならばシュタインのためにも手早く終わらせるとしよう」


「うむ。その通りじゃな」


 更にエアハードは、友人の事情を解決するため大迷宮攻略を成し遂げる決意を固め、フェアドも大きく頷いた。


 そして次の日。


「行こうかのう」


 勇者の言葉と共に、勇者パーティーが大迷宮に突入した。

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