攻略最序盤(最序盤ではない)

 夜の大迷宮は人が極端に少なくなる。


 誰だって眠りたくなる時間帯だし、大迷宮に潜っても集中力が維持できないため危険なのだ。それ故に、騒がしくなることを好まない一団などが時たま夜に大迷宮へ挑むことはあっても、基本的に周囲は静かだった。


 基本的には。


 七つの影が、浅い階層では地下洞窟のような大迷宮を駆ける。その速度は驚くべきもので、常人以上の存在でも目で捉えることができないだろう。


「懐かしいじゃねえか」


 先頭を走るサザキが、酒のことを一旦忘れる程の懐かしさを覚えてニヤリと笑う。


 最後の一人であるエアハードが揃い、欠けていた部分がきちんと嵌まったように感じたのはサザキだけではなく全員が共通していた。


 だがそんな気持ちも怪物達には関係ない。岩の隙間から真っ黒な影達が湧き出て、四肢が長い人のような形になろうとした。


 表現通り隙間の影と呼ばれる怪物は物理的な耐性が強く、長い手足で敵に絡みついて首を絞めることが得意だ。


 そのため普通の冒険者の場合、魔法を使える者がいなければ撤退を選択し、ベテラン冒険者なら魔道具や魔法を駆使して粉砕することが多い。


 しかし、それは相手が一体か二体の話だ。勇者パーティーの前に現れた隙間の影は十数体を超えており、高位の冒険者集団でもなければ顔を青褪めただろう。


 隙間の影が生きていればの話である。


 高い物理耐性など完全でないなら無意味だ。赤い煌めきと共に、隙間の影達は断末魔を発する暇なく消失した。


「お見事」


 それを後ろで見ていたエアハードは、彼ですらほぼ認識できない剣聖の腕前を短く称賛する。


 七十年前も勇者パーティーの矛先を務めたサザキだが、防げた者はそれほど存在せず赤き刃が通じない場合は強敵であることを意味していた。


「この調子で行けたら楽なんだがな」


 サザキは湧き出る怪物達を、他の仲間が出る必要がないと言わんばかりに蹴散らしながら、このままの流れで全部解決できればいいなと思う。


 それは階段を降りても同じで、赤い刃が輝く度に怪物達は切り裂かれ、勇者パーティーの歩みが止まることなど一瞬たりともない。


 白い海原が到達してエアハードと遭遇した八十階層を過ぎても全く同じだ。


 そもそもサザキと同格のエアハードが単独で二百階層まで到達しているのだから、問題になるような敵は存在しない。


「ここが言ってた百層か?」


「ああ」


 人々が理解できない速度で百階層に到達したサザキは、装飾のない巨大な真っ白い門を見上げてエアハードに確認する。


「やろうじゃないかお婆さん」


「そうだねお爺さん」


 中にいる怪物がどのようなものかをエアハードから聞いていたサザキは、ララに声をかけて門の隙間に入り込んだ。


 そこにいたのは二十を超える奇妙な鎧達だ。


 通路のような場所の左右に、胴体と頭部が四角で構成されたような鎧、球体で構成されたような鎧が控え、それぞれ鋭利な刃と盾を掲げている。


 一見すると石像の様にも見える色合いと気配の無さだが、勇者パーティーが足を踏み入れた途端に、鎧の隙間から赤黒いオーラのような物が漂い動き始めた。


 彼らを呼称するとしたなら相容れない騎士か。


 球体から手足が生えた騎士は物理攻撃完全無効化能力。四角から手足が生えた騎士は魔法攻撃完全無効化能力を所持しており、もしどちらかに特化した冒険者パーティーなら歯が立たず撤退するしかない、百階層を守る守護者達だ。


 尤も権能と言っていい能力の代わりに戦闘力はそれ程でもなく、高位の冒険者なら攻撃は通じなくても時間稼ぎくらいは余裕である。


 つまり勇者パーティーには歯が立たない。


 ララの指から初歩的な魔法である、単純な魔力を矢の形にする攻撃が放たれると、人数分の矢は球体騎士に命中した途端跡形もなく消滅させる。


 それよりも早く赤い斬撃は四角騎士の全てを両断し、騎士は石像らしくどしんという音を響かせながら崩れ落ちた。


「この程度は楽なもんだ」


「言えてるね」


 大戦中の存在でも、所持している者は限られている権能だったが、サザキとララに言わせれば戦闘力が伴っていなければ片付けるのは作業に等しい。


 七十年前に勇者パーティーが面倒を感じたのは、こういった権能だけではなく異常な能力や戦闘力、更に隠された切り札を併せ持った者が数多くいたからだ。そのため余程特化していなければ、単なる権能一つで勇者パーティーの相手をするのは不可能だった。


「うん?」


 フェアドが首を傾げた途端、僅かな光が集まって槍が現れた。


「これが迷宮産の武器ということかの」


「ああ。そうだ」


 話には聞いていた迷宮産の武器はこうやって現れるのかと感心するフェアドに、エアハードが頷いて肯定した。


 しかし……。


「いらねえな」


 世間が素晴らしいと評するような性能を持っていようが、サザキにすれば全く硬さを感じない不必要なものだ。しかも長いため持ち運びに不便であり完全に邪魔だった。


 その声が槍に聞こえたのか、もしくは大迷宮が聞き届けたのか……哀れな槍は輝きの消滅と共にこの場から消え去ってしまった。


「……なんか可哀想な気がしちゃったんだけど」


 もし擬音を付けるなら、ぐすん。とでも言い残したであろう槍にマックスはつい同情したが、事実としてこれから更に下に行くなら邪魔である。


「それじゃあ先に行くとするか」


 特に気にしていないサザキが再び先導し、勇者パーティーは百階層をあっという間に通り過ぎた。


 最盛期とは言い難い。しかしながら当時より弱いと表現もできない。


 全員が集結した勇者パーティーと渡り合うなど、ほんの僅かな例外を除いて不可能だ。更にその筆頭が既に敗れて負けを認めている以上、大迷宮陥落は時間の問題かもしれなかった。

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