変わった集団

(いい時代かどうかは分からないが、少なくとも悪くはないのだろう)


 微妙に感性が常人と違うエアハードは、大迷宮に挑む明らかに常人でない厳つい者達が溢れている拠点で平和を感じていた。


 人相が悪かろうが、妙な闘気を纏っていようが、まともではない傷があちこちにあろうが些細な問題だ。


 怨念と恐怖が形になるほど積みあがって渦巻いていない。ただそれだけでも、悪い時代ではないと断言できる。


『お願いです……どうか……どうか妹の仇を……』


 エアハードの耳にこびりついている少女の声。腕の中で息絶えた妹を抱き、涙を流している光景が忘れられない。


 当時はありふれた光景の一つだとしても。


(よくよく考えたら、フェアドとエルリカのひ孫の武器を見つけるのはいいが、どう接したらいいか分からん)


 まだ色々と諦めていないエアハードの人生は戦乱と死の時代で止まっている。それは子供と接する機会の喪失を意味しており、エアハードはまともに会話した覚えすらなかった。


(サザキとマックスに任せるか)


 最終的にエアハードはフェアドとエルリカのひ孫に対し、なんだかんだと面倒見がよく口が回る仲間達に任せることにした。


「気にするな」


「いや、儂まだなにも言っておらんのじゃが……」


「気にするな」


 こいつ、ひょっとしてまだひ孫の件で諦めてないのではと疑いを持ったフェアドだが、それを察したエアハードがごり押しして始まってもない話を打ち切った。


「まあいいか……この宿でお世話になっておる」


「事情は?」


「リン王国の人間じゃ。知っておる」


「ふむ」

(大迷宮のすぐ近くの宿ともなればいるのは当然の話だな)


 フェアドが指さしたなんの変哲もない宿に、エアハードは若干の興味を持つ。


 大迷宮は非常に特別な場所であるため、リン王国の王都に存在したような暗部組織が運営する宿が存在する。


 今回もまた勇者パーティー一行は、ゲイルの紹介で宿には困らなかったが、王都と同じくここの人員にとっても軽い話では済まなかった。


 と言うか、更に色々と酷かった。


「お帰りなさいませ」

(七人……勇者パーティーが全員集合してるー!)


(父ちゃん母ちゃん! 俺、勇者パーティー全員に会っちゃったよー!)


 ひょっとしたらエアハードが大迷宮にいる可能性があるから会ってくる、という目的を知っていた宿の人員は、戻って来た勇者パーティーが七人となっていたことで、冗談でもなく膝から崩れ落ちそうな感動を味わっていた。


「……妙な懐かしさを感じた」


「大戦後期だろ」


「ああ」


 エアハードがサザキに小声で話しかける。


 目がキラキラしている者達を見たエアハードは、大戦の後期に人々が自分達を見ていた時の瞳を思い出した。


 大戦の後期だろうが、どこもかしこも死戦場だったことは変わりなかった。しかし、命ある者達は勇者パーティーが叩き出した実績に希望を見出し、あらゆる戦場で熱烈な歓迎をしたものだ。


(なんと言うか……当時もそうだがどうしたらいいかさっぱわり分からん……)


 しかし人との接し方が少々独特なエアハードは、憧れの眼差しを向けられてもどうしたらいいか分からない。その点では、戦場の方がはっきりやるべきことを認識できただろう。


(まあそれに時間もなかった)


 またしてもエアハードが昔を思い出す。


 戦場で敵を粉砕することを繰り返していた勇者パーティーにとって、称賛を浴びるような時間があれば次の戦場に向かわなければならず、祝勝の場なんてものは無縁だった。


「仲間は見つけましたが、念のため大迷宮の底を確認しようと思いましてな。準備が終わり次第、すぐ行こうと思います。お伝えくだされ」


「そ、底ですか……」


「まあ、巨悪がいると言った感じではないので、あくまで念のためですじゃ」


「分かりました」


 フェアドが従業員にゲイルへの伝言を頼むと、勇者パーティーは荷物から金銭を回収して市場に向かう。


「作戦は?」


「いつも通り。一気に行って一気に終了じゃ」


「うむ。実に筋肉的名案だ」


 シュタインが周囲の人間の筋肉を観察しながら、フェアドに大迷宮攻略の作戦を尋ねると、エアハードを含め全員が賛同する素晴らしい作戦が提案された。


「やっぱフェアドも脳筋だよな」


「なにを言うか。七十年前からの由緒正しい戦術じゃ。のう婆さんや」


「そうですねえお爺さん」


 賛同しながらも呆れたようなマックスに、フェアドは抗議しながらエルリカの同意を得た。


(もう塩と砂糖を間違うことはない筈だ)


 そんなエルリカと、市場で売り買いされている調味料を同時に視界に収めたエアハードは、話にだけ聞いていた騒動を思い出す。


「気にするな」


「まだ何も言っていませんよ」


「気にするな」


 流石はフェアドの妻か。


 エアハードがなにを考えたかを察したエルリカは、にっこりと微笑み牽制する。


「なあララ。サザキの奴、全身に酒瓶を括りつけるとか言わないよな?」


「奇遇だね。私もそれを考えてた」


 なおその後ろでは、顎を擦っているサザキの発想を見事に的中させたマックスとララが、注意深く酒飲みの行動を観察していた。


「体を鍛えていつでも酒を飲める一石二鳥の作戦か。見事だと言いたいところだが、重さがかなり足りないな」


「ああそうだろうさ」


 それを聞いていたシュタインが自分の理論を披露すると、ララは軽くあしらった。


「もう酒樽を背負えよ」


「お!」


「いいこと言った! みたいに手を叩かれても……まさか本気じゃないですよね?」


 迷宮での酒をどうするか悩んでいたサザキは、マックスの冗談にこれ以上ない名案だと手を叩き、エルリカが酒樽を背負った老人を想像してしまった。


「大迷宮で酒樽が動いている怪談話が作られる寸前かもしれんのう……」


「なるほど……牛を背負えばいつでも新鮮な牛乳を飲めるのではないか?」


「エアハード、任せたわい」


「シュタイン。落ち着いた環境にいる牛の牛乳の方が栄養になるのではないか?」


「……盲点だった。流石だな」


「婆さんや。儂って正気じゃよな?」


「ええ。耳も悪くないと思いますよ」


 フェアドは突拍子もないシュタインの対処を、よりにもよってエアハードに任せてしまい、大真面目な馬鹿話が繰り広げられてしまう。


「懐かしいだろ」


「ああそうだね」


「同感」


 ニヤニヤと笑うサザキが、常識人を自称するララとマックスに話を振ると、二人は心の底から同意して肩を竦めるのであった。

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