やらかし
『エアハードは……いんや、エアハード
『そうだね』
サザキの弟子であるグスタフとティバルト兄弟。ララの弟子であるキーガンは、もう何十年も前に聞いた師の声を思い出し、三人で視線を交わし合った。
【あの】サザキに癖が強いと言わせる男なのだから、色々と途轍もないのは予想が付く。だがそんなエアハードは金縛りにあったように固まっているではないか。
「……大魔神王は復活していない?」
「はい。少なくとも四日前の空は青かったです」
「……勇者パーティーは全員生きている?」
「はい。このキーガンはララ様の弟子ですが、ララ様から他の勇者パーティーの方々が全員揃って旅をされているという連絡がありました」
「……」
エルフのモンク、ラオウルがエアハードと再び同じやり取りを行う。
すると厳つい大鎧は天井を見上げるような動作をした。その様子を言語化するなら……。
(やっちまったって感じがする……)
白い海原の心の声が一致した。
どう見てもその姿は、特大のやらかしを自覚して困り果てたと言わんばかりで、途方に暮れているかのようだ。
(……計算が合わない。それにあいつらが生きているのなら……やったかもしれん)
実際その通り。
四日前に青空が健在だったなら、エアハードが起き上がることになった感覚と大きなずれがある。そして仲間達が健在なら、易々と大魔神王の復活を許すとは思えなかった。
(……だが全員集まっている。特にフェアドが動き回っているなら、騒動があちこちで起こっているに違いない。少し話をする必要があるな)
凄まじい信頼だ。
エアハードはフェアドが旅をしているなら、絶対、間違いなく、確実に騒動が起こると確信していた。
なにせ大戦でフェアドが見せたハチャメチャはエアハードの頭にもこびり付いており、平穏無事な旅など想像もできないのだ。
「……一応地上に出る。ララと連絡ができるなら協力してほしい」
「わ、分かりました」
エアハードの言葉に頷くのはララの弟子であるキーガンだ。
ここでも信頼が伺える。
つまり、フェアドやサザキ、マックスあたりに話を聞いても抽象的なことしか分からない可能性が高いので、手っ取り早くララに会おうとしていた。
「俺が先を行く。その方が早い」
「はい」
エアハードの宣言に白い海原の面々は緊張する。
師であるサザキ、ララ。兄弟子であるシュタイン。関係者であるエルリカと同じ格を有するエアハードの後ろを付いて行くなど、そうそう体験できるものではない。
とは言え、近くの階層は白い海原が通ったばかりで、モンスターも再び現れておらず、三層ほど上がってようやくちらほらと見かけるようになった。
その全てをエアハードは粉砕した。
(脆い)
青い炎が燃え盛る雪だるま、雷が迸る球体、水を纏う牛、鉄の巨像、氷を生み出す蟹。上位の冒険者でもきちんと対処しなければいけない様々な怪物を、単に大剣を振り回すことだけで解決する。
そこに特殊な技など必要なく、本当に大剣を振るだけで終わるのだ。
(もっと下なら魔軍に匹敵する奴もいるかもしれんが)
かつての大戦でエアハード達が相手取った上位層は、概念に干渉して摩訶不思議な現象を引き起こす連中ばかりだった。それを思えば人を簡単に消し炭にする程度の魔物などは物の数ではない。
「っ⁉」
そんなエアハードが慌てて立ち止まり、問題なく追従していた白い海原も足を止める。そして彼らが疑問を問いかける前に……。
かつりと音が響く。
上の階層からフードを被った六人の人間が降りてきた。
人類の上澄みである白い海原の全員がぴしりと固まり、まるで起こる筈がない奇跡を目撃したかのように緊張した。
「ああ……やっぱり」
先頭にいる男の声に含まれている感情を感じ取ったエアハードは、今すぐ踵を返して地下に戻りたくなった。
男の声に含まれているのはどう言えばいいのかという戸惑いで、エアハードの感情は羞恥だ。
「その……なんだ……言っていいか?」
「ああ……」
フードを下ろした者達をエアハードが見間違うはずがない。
勇者、聖女、剣聖、魔女、モンク、竜騎士。
かつての勇者パーティーであり、自分の兄弟子や師達を前にした白い海原は、完全に勢揃いした伝説の目撃者となった。
尤もニヤニヤとしているサザキだけは威厳がなく、グスタフとティバルト兄弟は、あの師匠は死ぬまで変わらないと意見を一致させる。
そして不可能を成し遂げた、偉大なる仲間と共に戦ったことをエアハードは誇らしく思っている。だが今現在は少し勘弁してほしかった。
「関連する騒動があったから、詳しくは落ち着いた場所で話すけどよ……あの馬鹿は復活はしてないな……」
「……そうか」
思わず七十年前の口調になっている勇者フェアドに、エアハードは絞り出すように返事をするのが精一杯だった。
「……関わりがあると聞いた。旧交を温めるといい」
最終的にエアハードは白い海原の面々に話を振り、暗にそっとしてくれと仲間達に伝えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます