勘違い

 大迷宮。


 通常の迷宮を子供の遊び場に貶めるほどに広大で深く、そして強力なモンスターが徘徊する世界有数の危険地帯だが、産出される魔道具は強力無比であり、人は大迷宮の名に恐怖と夢を抱く。


 そんな大迷宮の一つがリン王国の山奥に存在しているが、夢と欲に突き動かされた者達は場所など気にしない。少し離れた場所では最高位の冒険者達が集まって生活をしており、街ほどではないが野営地や単なる村とは呼べない規模の建築物が立ち並び、周囲を管理している役人達もいた。


 勿論、最高位の冒険者や関係者、彼らに慣れた役人達ばかりがいるので拠点の雰囲気は独特だ。


 怪鳥オスカー並みに着飾っている者、強者である雰囲気を隠そうともしない者、光を発している武器を身に着けている者。そういった者達が命がけで大迷宮に潜っては拠点に戻る上に、武術の心得がない市民が殆どいないことが合わさって、煮詰まった修羅場のような雰囲気が醸し出されていた。


 そして、一握りの強者しかいない場所であろうと、更に選び抜かれた頂点が存在する。現れたなら誰もが注目し、我が強い冒険者すら道を譲るような強者が。


「……」


 一応ながら大迷宮の下層と表現される地獄で、五人が異様な力場を形成していた。


 赤毛の髭面でどっしりとした体格を持つ寡黙な戦士、グスタフ。


 グスタフの弟ながら正反対な陽気さを持つ戦士、ティバルト。


 エルフでは珍しいことに頭をそり上げ、浮世離れしたような微笑を湛えているモンクのラオウル。


 ローブに身を包み、どこか疲れたような、もしくはやつれている細身の魔法使い、キーガン。


 唯一の女性で眠たそうに瞼で青い瞳を隠している神官、アンネマリー。


 この五人で構成する冒険者パーティー、【白い海原】はかなり特殊なパーティーだ。


 グスタフ、ティバルト兄弟、キーガンは七十歳前半。ラオウルとアンネマリーに至っては八十代半ばの超高齢パーティーなのだ。


 そのためエルフであるラオウル以外の全員が皺だらけで、どこぞの超高齢パーティーに勝るとも劣らないジジババ具合だった。


 そして彼らがいる場所も異常だ。


 大迷宮で下層と称される五十階層から下は、高位の冒険者パーティーにとってすら死地なのに、彼らがいる階層は八十階層。


 これは確認されている限り最高到達点であり、現れるモンスターは地上なら軍が投入されてもおかしくない強力さを誇る。


 それなのに白い海原は問題なく怪物達を屠れる実力を持っていたが……彼らも人間だ。


「また物資が足を引っ張るな……」


「いつものことだろ兄貴」


 ぼやくグスタフに、弟のティバルトが肩を竦めた。


「普通の迷宮ならある転移装置がないなんて、大迷宮を作り出した者に文句を言いたいですね。モンクだけに」


「……アンネマリーさん。今の笑えばよかったと思います?」


「……面白いと思いますよ」


 微笑みを浮かべたままのラオウルの冗談に、キーガンは親切にも反応を示してアンネマリーに尋ねたが、彼女は今にも寝そうだった。


 そしてラオウルの言葉が、彼らにとっての問題を端的に表していた。


 通常の迷宮なら、一度行ったところに転移が行える装置がある。しかし、この大迷宮にはそんなものが存在しないため、下に行けば行くほど食料が減ってしまい、体力に余裕があっても途中で引き返す羽目になるのだ。


 それは圧倒的な強者である白い海原も同じだ。しかし彼らは、まあ行けるところまで行ってみるかという、世の冒険者が軽いと断じるような目的で結成されたパーティーであるため、無理なら諦めようというある意味潔さもあった。


「次の階層がラストか」


 髭面のグスタフが、残りの物資的に次の階層を攻略したら戻る必要があると判断し仲間達が頷く。


 そして彼らは奥にあった石の階段を降りて、不釣り合いな木製のドアを開ける。


 漆黒の暴力が出迎えた。


「え?」


 ポカンとした声は誰のものだったか。


 その呟きをかき消すような爆発音と共にモンスター達が天井のシミになった。


 比喩ではない。


 三階建ての建物を作れそうなほどに余裕のある空間だったが、その天井にモンスター達の肉片がこびり付いていた。


 一匹でも地上に現れたら軍隊が投入されるようなモンスター達の大軍がだ。


 ガシャリと鎧から音が響く。装飾はない漆黒の全身鎧が、これまた武骨な真っ黒な大剣を肩で担いだ。


「大魔神王が歪んで復活したか? 空の色は青か? 赤か? フェアド、エルリカ、サザキ、ララ、シュタイン、マックスの勇者パーティーで生きている者は誰だ?」


 鎧から氷のように冷たい男の声が響き、矢継ぎ早に抑揚のない質問が発せられる。


 余談を挟む。


 この冒険者パーティー白い海原だがある共通点があった。


(ひょっとして……)


 師や先輩、関係者が勇者パーティーの一員であるという共通点だ。そんな彼らの脳裏に一つの予想が浮かぶ。


 なんならラオウルとアンネマリーは直接見たことがある。


「エ、エアハード様ですか? シュタインの弟弟子ラオウルと申します。ですが……勇者パーティーは健在ですし、四日前に我々が地下に潜る前の空は青でしたが……」


 鎧騎士の名をエアハード。


 勇者パーティーの一員であり仲間達全員が……サザキやシュタインすらも非常識の塊であると断言した異常存在だ。


 そんな彼は……。


「……なに?」


 宿敵が歪められて復活したと誤認し、完全な勘違いで地上を目指していた男は、厳つい鎧には似合わぬポカンとした声を漏らすのであった。

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