書籍第二巻発売記念 師と弟子

前書き

第二巻が発売いたしました!皆様本当にありがとうございます!


◆ 


 大戦が終結して数年たったある日、ララとサザキの家に来客があった。


「お邪魔しますよ」


「お久しぶりです姐さん!」


「思ったより早かったね」


 家の前でニコニコと微笑む老人と、背筋を伸ばした青年をララは肩を竦めながら出迎えた。


「まだまだ足腰はしっかりしてますから」


「どうもそうらしいね」


 細身で目も細めている老人の名をレノー。


 大戦前は最高位の魔法使いとして名を馳せ、後世においては消却の魔女ララの師として歴史に名を刻んだ男だ。


「師匠が飛び跳ねてるところなんて初めて見たっす!」


 日に焼けて逞しい青年の名はデリー。


 後年、グリア学術都市のトップとなる偉大なる魔法使いである。


「それよりもおめでとうございます」


「おめでとうございます姐さん!」


「ああ、ありがとう」


 レノーが満面の笑みを浮かべ、デリーが声を張っているのには大きな理由がある。


「だけど出産はまだ先の話さ」


 ララの言う出産は自分のことであり、妊娠したとの連絡を受けたレノーはこれ以上なく喜ぶと軽やかな足取りでやって来たのだ。


 非常に物騒な二つ名を持つレノーだが、こうしていると単なる好々爺にしか見えなかった。


「まあ入りな」


「それでは遠慮なく」


「お邪魔します!」


 いつまでも立ち話をする訳にもいかず、ララは師と弟弟子を家の中に招く。


「サザキ君はどちらに?」


 レノーはララの夫でありほぼ義理の息子の様なサザキの居場所を尋ねた。世界広しと言えど、人間でサザキに君を付けて呼ぶものはレノーだけだ。


 しかし、ララの返答は人生経験が足りない青年時代のデリーにとってかなり困惑するものだった。


「買い物だけど、ついでに産婆を連れ帰らないことを祈ってるよ」


「え? どういうことっすか? ずっと先の話ですよね?」


「これ以上なく浮かれてるのさ」


「サ、サザキの兄貴がですか?」


「割と感情豊かな方だからね」


「はあ……」


 デリーはまだお腹も目立っていないのに、サザキが産婆を連れ帰ってくるというのはどういう意味か分からなかったが、サザキが浮かれていると聞いて余計に混乱してしまう。


 彼の知っているサザキは、どこであろうと飄々としていて余裕があり、揺らぐことなど想像もできない男だ。そのためこれ以上なく浮かれていると言われても、デリーにはピンとこなかった。


(貴女もそうですけどね)


 なおレノーは心の中で、ララも似たようなものだと思う。


 ララは普段通りのぶっきらぼうな様子に見えるが、師であるレノーは彼女が上機嫌なことを見抜いていた。実際、ララは口ではサザキだけが浮かれているように言っているが、この慶事を喜んでいた。


「名前は決めましたか?」


「まだだね」


「ははあ」


「なんだい?」


「いえいえ」

(これは盛り上がってますね)


 ついでにレノーは子供の名前についてララに尋ねると、夫婦がかなり色々な候補を考えているのだと察した。


 この辺りは、流石ララの師匠にして偉大なる大魔法使いと言ったところだろう。


「それにしても時間が経つのはあっという間……言っておきますが貴方達も二、三十年したら同じことを言いますからね」


「師からの教えをありがたく頂戴するとしよう」


「教えなんすかね」


 しみじみとした口調のレノーは、年寄りくさいことを言い出したと言わんばかりの弟子達に気が付くと、師からの教えを授ける。


 幼少期からララを育てていたレノーは、彼女が魔法を発動した日のことをよく覚えている。それが今や妊娠しているとなれば、月日は驚くほど瞬く間に流れ過ぎていた。


 尤も多くの者達にとって大戦がつい昨日の出来事であり、世間の時間の流れも普段通りとは言い難かった。


「断言しましょう。いつの日か、年寄りの私と同じことを言い始めたことに気が付き愕然としますよ」


 さらに続く師からの教えに、ララとデリーはまあそういう日は来るだろうと気楽に思っていたが、数十年後、実際に経験するとこの言葉を思い出す羽目になった。


「帰ったぞー。レノーの親父とデリーが来てるな」


 その時、玄関からサザキの声が聞こえてきたが、レノーとデリーはなぜ断言するような口調なのかが分からず少し首を傾げた。


「久しぶりだな」


「お邪魔してますよサザキ君。おめでとうございます」


「お久しぶりですサザキの兄貴! おめでとうございます!」

(いつも通りに見えるんだけどなあ)


 そして挨拶を交わす男達だが、デリーはサザキが浮ついているようには見えず、普段と同じなのではないかと思った。


(ははあ、なるほど)


 だが様々な変わり者の魔法使いと交流があり、人生経験が豊富なレノーは違う感想を持ったようで、ララの言う通りだなと納得した。


「雨が降りそうだな」


「なら降る前にいろいろ片付けておこうかね」


(見ることができてよかった)


 本当に何気ない日常の会話をするサザキとララを見て、レノーの脳裏に戦場での光景が映し出される。


 世を覆った暗黒。理解できないナニカの群れ。大地を揺らす巨神。空を覆う暗黒のドラゴン。それら全てが世界を粉砕していれば、レノーは今のこの光景を見ることができなかっただろう。


 だがララとサザキが参加した勇者パーティーは、それらすらも粉砕して世界を存続させた。


(役目を終えた老人なのだ。ゆっくりしてもいいだろう)


 大戦前から知らぬ者はいない大魔法使いは、単なる老人として穏やかに微笑むのであった。

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