究極の暴力にして化身。大いなる魔の神にして王。なにより勇者パーティーに打ち砕かれた敗北者。

 ああ、砕けた。砕けた。砕けた。


 壊れた。壊れた。壊れた。


 万物尽くが粉砕された。


 大魔神王の手によって引き起こされた天界の虐殺では、至高なる神々も聖域も区別なく破壊された。


 それ故にこそ。


 破壊を成し遂げた大魔神王が、劣化と弱体化を重ねていたなど誰も思わなかった。それはそうだろう。弱っている状態で天界を陥落させたなど誰もが想定していなかったことであり、人々や神がその弱体化を知ったのは勇者パーティーとの決着後の話になる。


 かつて命あった者達の怨念、怒り、嘆き、悲しみという不純物は、史上最強の怪物を立ち上がらせたが、同時に途轍もない弱体化を強いた枷でもあった。


 そして、特に第三形態はシュタインやサザキですら、これは自分達が死ぬなと覚悟したほどである……が……。


 問題だったのは更に上があったことだ。


「くたばれや!」


 憤怒と共に真の姿であり、不純物も枷もない大魔神王が走る。


 迎え撃つは至高なる神々だが、こちらも聖域とは比較にならない程に純粋な力の場のお陰で、勇者パーティーに敗れた時より二倍も三倍も強力になっていた。


「正義は全てを無効化する!」


 神としての力を上げたコランタンは、自らの権能が遠距離攻撃の誘因と無効化ではなく、攻撃に対する完全無効化というけた外れの能力に変化したことを知り、その力で大魔神王を止めようとした。


 素晴らしい力だろう。あらゆる攻撃を無効化して君臨するのは間違いなく神と呼ぶに相応しい。


 だが全知全能を自称した至高神が死んだように、こういった類の話には常に付き纏うものがある。


 本当にそうか? というものが。


「ガキの言葉遊びがああああ!」


 青筋を浮かべた大魔神王が拳を握る。腕を振りかぶる。コランタンに胴体に着弾。


 消し飛んだ。


 胴体に穴が開いた訳でも、四肢を残して消滅した訳でもない。攻撃無効化の権能を行使したはずの豪快な戦神は、跡形もなく消滅した。


「てめえそれでフェアドの前に立つつもりだったのか!? 笑わせるんじゃねえぞ! 一発殴られて消し飛ぶ時点で話になんねえんだよ! 俺も覚えてねえくらいぶん殴ったのに立ち続けた馬鹿を、どうやって殺すつもりだったんだ!? ああおい!」


 大魔神王は最早この世のどこにも存在しないコランタンに悪態を吐き、次なる怨敵に狙いを定める。


「バラバラになるがいい!」


「消え去れえええええええええええ!」


 戦神シリルは自身の転移だけではなく、相手の体を細かく分離して四方八方に転移させる解体となっていた。


 破壊神アダラールは単純に出力が上がり、万物尽くを破壊する力に変化しており、それを用いて大魔神王を殺そうとした。


 が。


 その程度で真なる姿となった大魔神王を殺せるなら、七十年前のフェアド達は半死半生にならなかった。


「あくびが出るんだよ!」


 神の権能が発動するよりも早く、大魔神王は果ての果ての地を思いっきりぶん殴った。


 世界が爆ぜた。


「おおおおおおおおおお!?」


 原初混沌の欠片にして不変である最果ての大地は崩壊することがないものの、炸裂した無色透明な破壊のエネルギーは一瞬で神々に到達し、彼らは自身の力を全て防御に回すしかなかった。


 それはつまり、シリルが短距離の転移でどこに逃げても意味がない状況であり……。


「死ねや!」


 破壊のエネルギーを全く気にせず、爆心地にいながら平然としている大魔神王の拳に対応できないことを意味していた。


「ひとつひとつ! なにもかもが遅すぎんるんだよ! どうして俺が話してる最中に攻撃がこねえ! この大魔神王も認めざるを得なかった馬鹿理論を教えてやるよ! あの酔っ払いのサザキめ! 誰よりも早かったならそりゃ最強の一つだろうよ! 何かする前に絶対斬りやがって!」


 あっけなく消滅したシリルにまたも大魔神王は悪態を吐くが、次の瞬間に極光が彼を飲み込んだ。


「やった!」


 それは万物を消滅させるアダラールの光線であり、耐えられる筈がなかった。


「これならあの魔女にも!」


 更にアダラールは、力が上がった今ならララにだって勝てると豪語した。怒りに燃料をぶちまける発言だったが。


「これなら! あの魔女にも! 次は! 何を! 言うつもりだ! ああ!? まさかとは思うがこんなお遊びでララに勝てるとか言うんじゃないだろうな!? もしそうなら褒めてやるよ! 流石に俺も笑い死ぬことを想定してないからなあ!」


 光に飲まれたはずの大魔神王が怒鳴る。


 あらゆるものを破壊する力を受けてなんの痛痒も感じていない大魔神王は、どすどすと音が鳴りそうな歩みでアダラールに近づく。


「ああああああああああああああ!?」


 それは怯えたアダラールが渾身の力を込めて極光を放とうが、大魔神王は歩みを止めることがない。


「ひっ!?」


「そら来てやったぞ! なにを怯える必要がある! 殴ってみろや! シュタインは殴ってきたぞ! 俺の両手両足が届く距離でなんの怯えもなく殴り続けてきたぞ! ビビッて後ずさりしたことなんざ一度もねえ! まさか神が人の覚悟に劣るなんてことはねえよなあ!?」


 アダラールは光を掻き分けて目の前に到着した大魔神王に怯えて逃げようとしたが、それよりも早く腕を掴まれてしまう。


「潰れろやあああ!」


 最早、技なんて上品なものではなかった。


 大魔神王がアダラールの腕を掴んだまま彼を大地に叩きつけると、神は地面にめり込んだ瞬間に消滅してしまう。


 破壊神は単なる暴力と耐久力に歯が立たなかったのだ。


 首を鳴らすような仕草をした怪物が再び歩き始める。


「この愚か者がああああ!」


「エルリカにぶっ殺されたのに元気だな! あいつの引き出しはとんでもないんだぞ! 俺と神を想定して禁忌の技を幾つも習得してた上に、躊躇いがないからヤバいのなんの! だから自分はエルリカに殺されましたってのは恥にならねえから安心しろや!」


 最早我慢できないと怒る女神ブランシュに、大魔神王は的外れな返答をして近寄る。


 そしてブランシュは聖域で発動しなかった死の権能を叩きつけることに成功する。


「例えば不死不滅の存在に死の概念をぶち込むとか意味わかんねえよなあ!? 昔っからその手の話が苦手でもっとシンプルにしろ!」


「あ?」


 確かに叩きつけたはずの概念は、相手が既に死した存在だろうが完璧な死へ誘うはずだった。


 だが大魔神王は平然と立ちブランシュを見下ろす。


「つまりだ」


 大魔神王が拳を握る。握る。握る。


 千年も前に仕事を放棄して、囚われた魂が嘆き悲しんだ原因の一柱の顔を…。


「ガキの言ったもん勝ちと同レベルの話をするんじゃねえ!」


「ひっ!?」


 思いっきりぶん殴った。


 結果、偉大なる女神の残滓も、醜い願望も全てが消滅して無となる。


「予定がご破算になったなあ。俺の偽物はあれだ。フェアド達を呼び込む餌だっただろ? 流石に俺が復活したって話になったら勇者パーティーの全員がやってくるからな」


 最後に残ったレイモンに顔を向けた大魔神王が嗤う。


「確か何百年も前に街の住人、いや、国一つだったか? まあそこにいる人間の魂を利用して神になろうとした奴がいたな。お前さんがそれに関わってるのかは知らんが、同じようなことを考えただろ」


 嗤い続ける。


「人が人の魂で上位存在になれるなら、神が神の魂を利用した場合は、更なる存在に昇華できるんじゃないか。ならどこかに強力な神とそれをぶっ殺してくれる存在はいないかなあってよ。だから態々フェアド達が乗り込んできたときに、あの偽物を呼んで僕達は悪者ですよって自己申告したな? 起こした神を殺してもらうためによお」


 嗤う。嗤う。神の愚かな算段を嗤う。


「あはははははははははははは! 元の計画からして大雑把極まりないのに、その上あいつらを利用してそんな上手くいくかよ! 神の死を利用する前に自分が死んでちゃ世話ねえな! 権能だってお調子者で臆病者のくせして一番腹くくってたマックスに、そんなもん使ったところで効果がある訳ねえだろが!」


 神と付き合い続けた神が嗤う。


「おおおお!」


 馬鹿げた計画を暴露されたレイモンが、強化された権能を発動して大魔神王を仕留めようとした。


 大魔神王にとって怒りどころの話ではない結果を招いたが。


 表情が抜け落ちた大魔神王の視線の先。


 年若い青年と表情に乏しい聖職者。皮肉気な剣士と魔女。肌の張りがあるモンク。青い鎧を着こんだ男と、真っ黒な大鎧の男。


 七十年前、大魔神王に勝利した決戦の日の。


 あの日の勇者パーティーが現れた。


 紛い物だが。


「ダチのために戦ってねえサザキのどこを恐れろと?」


 大魔神王は赤き斬撃を気にせず歩く。


「サザキのことを気にしてねえララのどこを恐れろと?」


 消却の魔法を気にせず歩く。


「同門連中のために戦わねえシュタインのどこを恐れろと?」


 無の拳を気にせず歩く。


「国と家族への思いがねえマックスのどこを恐れろと?」


 飛来する武具を気にせず歩く。


「人を存続させようとしねえエアハードのどこを恐れろと?」


 振りかぶられた大剣を気にせず歩く。


「フェアドと歩く決心をしてねえエルリカのどこを恐れろと?」


 光消滅魔法を気にせず歩く。


「青空と命のために戦う意思がねえフェアドのどこを恐れろと?」


 叩きつけられた剣を気にせず歩く。


「てめえ……俺の前でこんな紛い物を出すなんざ、覚悟があってのことなんだろうな?」


「ひっ!? ひっ!?」


 大魔神王の言葉に強さはなく無表情なままなのに、尻尾を踏んづけてしまったことを理解したレイモンは、腰を抜かしてへたり込んでしまう。


 そして、大魔神王の拳ではなく全身の密度が異様なほど高まり、耐えきれなくなった周囲の大地に亀裂が発生する。


 それだけだ。


 レイモンは拳を受けたわけでもなく、ただ大魔神王が全身に力を込めた余波で断末魔の言葉も漏らせず消滅した。


「ふん。さて、どこで寝るか」


 死の化身は鼻を鳴らしながら、再び寝るための場所を確保するため歩く。


 無尽蔵の体力。絶対に受けてはならない膂力。全てが通用しないのではと思わせるような耐久力。シンプルな全てが極まっている暴力の化身。


 奇跡の結晶。命と祈りが形作られた者達。超越を超えた光。様々な呼び名がある勇者パーティーをあと一歩、半死半生まで追い詰め、彼らが全存在の光を宿し理を超越した状態と化してなお、単なる握りこぶしで粉砕する直前だった異常存在。


 絶望と死の象徴にして権化。


 大いなる魔の神にして王。


 それこそが。


 大魔神王。


「あ……やっべ……エアハードの奴が起きたかも……しーらね……」


 最後に大問題を呟きながら、大魔神王はゴロンと横になって眠りに落ちた。

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