光と闇の因縁
エルリカもおかしいと思えよな。普通に考えてみろ。自分が一番偉いと思ってる主流派の神が、こんな奴がいるから気を付けろと下々の連中に言うと思うか?
なんで教会勢力は碌に活動してない奴のことを知ってたんだ? そいつが攻めてくるとなぜ考えた?
聖女を作り出す計画に何年必要だ? 素体を探す月日は? 技術を仕込む時間は? どんなに軽く見積もっても十年じゃ完遂できない大仕事なのに、間に合うと判断した根拠は?
答えは簡単。いきなりの話じゃなくて二百年の制限時間を突きつけられる程度には関わりがあったから。だけどリン王国の隅で冷や飯食ってた弱小神やら、山に籠ってる半裸達に加護を与えた変な戦神連中より扱いが悪い異端だった。
ここで笑い話。宗教勢力は約束のことだけ無視して伝わってないくせに、異端の弱小存在が攻めてくると言っていた期限だけは口伝されてた。ちなみにエルフにドワーフの王家やらは、引きこもれば自分達だけは助かると思ってた。ああ、ドラゴンが頂点のリン王国とか変わり者な半裸神みたいなとこは関わってなかった。当時の世界ってのは主流派の神を称えてたとこだ。
俺の主観じゃエルリカを作り出した奴はちょっと頭がおかしいな。被害妄想の塊みたいに感じる。口伝だけのよく分からねえ奴が攻めてくるから備えようって発想になるか? それに聖職者ならもっと神を信じろよ。どうしていがみ合ってるドワーフとエルフの手を握らせようって思うんだ。
世間的には聖女計画を完遂して大同盟を作り出し、勇者パーティーの礎になった偉人。俺に言わせりゃ自分で心配事を作り出して周りから孤立状態なのに、石橋を爆破した後でやっぱり脆かったとか言い出しそうなヤバい奴だ。
神の子孫にして完全無欠なる大英雄、偉大なる勇者フェアド様。なんてのも同じだ。あの馬鹿本人が言ってたけど、普通にエルフ王家の奴を蹴飛ばしてるのに、そんなことするはずないって思われてるだろ。
記憶ってのは事実じゃない。納得ってのは主観だ。歴史と真実は似て非なるものだ。
それでも主観で事実と真実に到達できると断言しよう。つまり主流派の神はマジのガチで頭が悪い。
っていうかいい加減に寝ろよ。俺は保護者じゃねえぞ。
◆
戦場となった清らかな聖域。
「あれは違うんだな!?」
(妙なことになった!)
ラウの絶叫が迸る。
レイモンがなにかしらの陰謀に携わっていることが間違いない。交流はあるかと勇者パーティーに問われた戦神ラウと青き龍は仲介を引き受けたはいいものの、そのレイモンの神域に予想外も予想外な存在達がいた。
まずは見覚えのない神だ。
(争って封印されていた主流派か!?)
大昔はリン王国で細々と存在していたラウのような神は、主流派だった神々の聖域には立ち入れず何をしていたかを知らなかったし、顔だって知らない者の方が圧倒的に多かった。
だが主流派の神が度々身内で争っては集団が分裂や追放、もしくは封印されていたことは知っていた。
そして黒い靄の人型。
ラウの記憶と違わないその様相は、神である彼にすらトラウマを刻み込んだ大魔神王の姿に他ならず、思わず勇者パーティーに確認してしまった。
「硬いは硬いが比べたらあんなに柔らかくねえな」
「中身がない別ものさ」
サザキもララも。
「あのような筋肉ではありません」
「俺が絶対死ぬって思わねえから別!」
シュタインとマックスも。
「感情がありません」
エルリカもまた同時に否定する。
「違うな」
一瞬だけラウの意識が混乱する。
そこにいたのは年老いた老人の筈なのに、ラウの認識は気に入らないものを全て蹴飛ばした七十年前の若き姿で捉えたのだ。
(八百長の相手を準備してたんだろうな」
サザキもそれを認識してか、もしくは怒りを溢れさせている神々を馬鹿にしているからか、ニヤリと笑いその企みを推測する。
それは武芸者大会の演武とは比べ物にならない下劣さ。
最初から決まっていた勝負。
悪が正義に敗れるお約束。
ではなぜそのようなことを企んだのか……多くの者が頭痛を感じるだろうしララもそうだ。
(勇者パーティーが、勇者がこの世で
できないことの方が多い故の弊害だろう。神は目的を定めたら上手くいくと妄信する悪い癖があり、今回もまさにその例に漏れない。
各地から武芸者や著名人が集まったタイミングで、大魔神王復活を目的にする集団が活動して、実際にそれが成し遂げられたら大騒ぎになる。
だが復活した大魔神王は正義の化身である偉大なる神々が打ち破り、世界は老いぼれた遺物ではなく永遠なる神を称えるだろう。めでたしめでたし。という考えだ。
「あいつの姿を真似たものは騒ぎになるから止めて欲しいんだけどよ」
「私が滅びろと言ったなら自害するのが礼儀だろうが!」
「こんだけ話が通じなかったんならそりゃキレるな……」
「死ね!」
口調が変わっているフェアドだがブランシュは取り合わず、明確な返答は愚かな神々から発せられた光弾による攻撃だ。
それが到着するよりも先に赤い煌めきがブランシュに迫る。
だが流石は愚かでも神は神というべきか。もしくは流石は神器とでも言うべきか。
「人如きが!」
飛翔した斬撃は豪快な笑いを引っ込めて怒りを露わにしている巨漢、戦神コランタンが身に纏う岩から削り出したかのような鎧に目標を変えて衝突しただけに終わる。
「死ね死ね死ねええええええええええ!」
「言ってな」
同胞に対する気の弱さをかなぐり捨てた破壊神アダラールが、唾を飛ばしながら自身の周囲を舞う八つの宝玉から力を受け取る。そして無色透明な波動となった破壊の概念を放出すると、ララの魔法とぶつかり合って聖域を揺らした。
「神の名の下に死ね!」
駆け出したシリルは怒鳴りながらシュタインに輝く宝剣で斬りかかるが、その姿は一瞬で掻き消えてシュタインの背後を取る。
だが後ろを取られただけでシュタインが動揺する筈もなく、僅かな動作で躱した次の瞬間に拳を叩き込もうとして……また背後にシリルが現れた。
(くたばっとけ!? くそったれこれだから権能とか神器ってのは嫌いなんだ!)
それどころかシュタインの背後に現れたはずのシリルは、心の中で悪態を吐きながら横槍を入れたマックスの矛先から消え、彼の背後に出現するではないか。
「フェアド」
「ああ」
走るエルリカとフェアドを迎え撃つのはやはりと言うべきか、跪いていた暗黒の紛い物だ。
だが七十年前から忘れられない絶叫が聞こえる。つい最近、演算世界で同じ声を聞いたためにいつもよりずっと鮮明に。
フェアドの宿した光と憎んだ光の区別すらできなくなって暴れ回った男の声が。
『やめろと言っただろうが間抜け共! 恨みを抱いた魂を俺に捨てるなと! 吐き出せずに囚われ、延々と嘆き悲しむ怨念が生まれるだけだからやめろと! 約束だってしたはずだ! うんと頷いた筈だ! 二回も!』
神を憎悪し。
『てめえら信徒もだ! 捕らえた奴を豚の餌にするのが好きな戦神共! 美しい者を殺せと大真面目に言う地母神共! そんな神の名の下に嬲るな! 犯すな! 辱めるな! いきなり言っても無理だから二百年は我慢する! そう言ったぞ! なんかおかしいことを言ったか!? 難しいことを言ったか!? ああそうだろうよ! 楽しくてやめられなかったんだよなあ! 異端な弱小神如きの戯言だと思って聞き流してたんだよなあ!』
神に従うものに怒り。
『随分と必死だがなぜ笑わない!? 笑えばいいだろうが命よ! そら笑えよ! 千年もずっと笑ってたのになんで今は笑ってない! 寝てたが確かに聞こえたぞ! ガキの頭で玉蹴りの遊びを楽しんだ時のように! その弟を豚の餌にした時のように! 小娘を川に投げて頭を抑えた時のように! 村人全員を木に吊るして一仕事終えた時のように! 街の女を全員犯して奪って嬲って燃やした時のように! 戦争に勝った時のように! 汚らしいと断じた奴らを生き埋めにした時のように笑えばいいじゃねえかよおおおお!』
ずっとずっと、ずーっと争い続けた全ての命に絶望して、憎んだ全てと同じ手段を選んだ男の声。
そして命ある者が生み出した、数えることもできない無限に思える祈り。願い。
『それでもなお世に光があると言うのならば俺を倒して証明しろやフェアドおおおおおおおおおおおおおお!』
フェアドは同族によって踏み躙られた命が、形態を変えた大魔神王から噴出した光景を今でも覚えている。
ただそこにあった現象に過ぎない闇へ。暗黒に望んで祈って願っていた者達。
神が! ブランシュを含めた当時の主流派の一部が汚らしいと! 世に不必要だと断じた怨念を闇に捨てるなどと思いつかなければ!
……尤も人が争いをなによりも好きだった以上、結局はいつか目覚めただろうが。
「光よ!」
だからこそフェアドは七十年前から。千年前から続く闇と光の因縁をいい加減に終わらせるため、かつてと同じように叫んだ。
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