神々と巨悪の激突
目をくりぬかれた子供がぽっかりとした眼孔で見つめている。
腹を割かれた女が生まれることもできなかった子を抱いて訴える。
四肢が潰れた男が這い寄っている。
地面に叩きつけられた赤子達の鳴き声が止まらない。
吊るされた村人達が顔を向けている。
炭化して歳も性別すらも分からない街の人々が犇めく。
まだいる。
拷問された女が。玉遊びの玉となった子供の頭が。焼け爛れた実験体の誰かが。
まだいる。まだいる。
豚の餌にされた少年が。頭を押さえられて溺死した少女が。生きながら土に埋められた者が。
まだいる。まだいる。まだいる
積もりに積もって溢れかけている怨念が。死が。
祈りと願いが結びつくのは当然だった。
そして……。
それに匹敵する笑い声。
結びついたものが形になるのに十分すぎた。
◆
「あら、どうしました?」
清らかな庭園に戻ったレイモンが眉間を押さえて歩くと、微笑んでいるブランシュが迎えた。
「なんと申しますか……心底呆れ果てたら頭が痛くなるのだなと思いまして」
「まあ、それは知りませんでした」
「はい。儂も知りたくありませんでした」
(どうでもよかったとは言えああも使えないとは……)
レイモンが苦笑を浮かべると、ブランシュが目を丸くして驚いた。
レイモンはどうでもいいプランが破綻したことは気にしてない。だが思った以上に下等な生物が使えなかったことで、上手くいけばいいのだがと考えていたプランも無理かなと思い始めていた。
「貴方が戻ってきたことですし、早速始めましょうか」
「そうですなあ」
(少々早いが……)
急かすようなブランシュにレイモンは頷いた。
正義感の強い彼女は世界に悪が蔓延していることが許せず、一刻も早い正義の執行を考えていた。しかしそれをレイモンが、効率的な方法があると言って宥めていたものの限界だった。
いや、限界なのは女神だけではない。
「さあやるとしよう!」
「兄者、落ち着け」
「い、いつでも大丈夫です」
腕を回しているコランタン、兄に呆れているシリル、おどおどしているように見えるアダラールもまた同じだ。
彼らにすれば悪を滅ぼすために戦うのは当然であり、我慢ができるものではなかった。
「む?」
「今度はどうしました?」
その時、首を傾げたレイモンがどこか遠くを見ると、疑問を感じたブランシュが尋ねる。
「……そう、ですな……悪神と連れがこちらに来ているようです」
「はい? ここにですか? 始末しなさい」
「ではそのように。警備の者が攻撃を開始しました」
聖域の警備など細かなことも担当しているレイモンは、悪なる神が侵入してきたことを伝えようとしたが、その言葉を遮ったブランシュの顔がみるみるうちに険しくなり抹殺を命じた。
「それとすぐに始めなさい。悪を一刻も早く滅ぼすのです」
更にブランシュはレイモンがどうしてもと懇願した計画を始めるように急かす。
「分かりました。こ、これはいったいなにが!?」
「レイモン! この神聖な地で!」
それに応じたレイモンが焦ったような声を出すと、青筋を浮かべたシリルが怒鳴る。
急速に形として現れる人型の黒い靄。黒い闇。漆黒。
七十年前に世界を破壊しかけた暗黒。恐怖の化身。赤き空の原因。
名を大魔神王。
その深淵の波動が伝播すると同時に、侵入していた者達の動きが加速する。恐らく復活した大魔神王を迎えに来たのだろう。
大魔神王の行動も素早かった。
ブランシュが行動する前に……。
彼女の前で跪いて動きを止めた。
大魔神王すら跪く存在がブランシュなのだろう。
大魔神王ですら及ばぬのがブランシュなのだろう。
大魔神王ですら負けを認めて跪くのがブランシュなのだろう。
まさしく彼女こそが神王と呼ぶに相応しい存在なのだろう。
だからこそこれは七十年前の再現だったのかもしれない。
不遜なる者達が侵入する。まるで大魔神王が天界を陥落させた時のように。
「オオオオオオオオオオオ!」
「レイモン! 面会を申し込んだのにいきなり攻撃してきたことも、見覚えのない神についてもこの際いい! だがその暗黒で何をしようとしているかは吐いてもらうぞ!」
吠える青き悪龍とハンマーを構えて怒鳴る悪神もそうだが、なによりも鬱陶しい悪が現れる。
悪も悪。
大いなる神の前に。
「ああ、あれだな。あれするつもりだった感じか。あれ」
巨悪の剣士が現れた。
「これだから神の計画ってのは」
巨悪の魔女が現れた。
「確かに強力だが、外見を似せたところでああも筋肉が違っては……」
巨悪のモンクが現れた。
「まーた面倒事だよ!」
巨悪の騎士が現れた。
「知らない神ばかり……長く封印されていた?」
巨悪の神官が現れた。
全てが悪だ。
なにせ神にとってのは悪は単純明快。正義も単純明快。
自分に従わない全てが悪であり、君臨して支配するのが正義なのだ。
「悪よ死ぬがいい!」
シリル、コランタン、アダラールが悪を滅ぼすため一歩前に出る。
それに対して悪の親玉はどこまでも傲慢。
「死の気配……単なる勘で大昔のことを尋ねて悪いんだが、大魔神王に……眠っていた闇に死者の怨念を送ったか?」
大巨悪の愚か者が現れた。
「貴様がそうか、我ら神への信仰を奪った愚か者! 悪は全て滅ぼしてくれる!」
神王は自分だという自負を持ち、大魔神王に対しては不遜な名を名乗っていたという以外の認識を持ち合わせていない女神が……暗黒が立ち上がった元凶の一端、
悪を滅ぼし正義を成すために。
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