面倒事
「よし! 外に出るよ! 裏を確認しよう!」
「はい!」
オスカーを襲った者達は倒れ伏したがここはまだ敵地の中である。そのため彼はテオ達と共になんとか外に出ようとしたが、権能擬きを使用したことで体には強い疲労があった。
しかし頭は常に高速で回転しているし、大戦時に疲労を理由に足を止めたなら死んでいただろう。
(さて。僕の店の武器が目的だったのか、昔の怨恨でなにかあったか。彼らも誘い込まれた感じかな? 例えばどうにかして操って戦闘力が欲しかったと仮定したら、大きな話になるなあ)
オスカーは大戦前の戦争で人間やドワーフからの恨みを買っている自覚がある。だがそれに加え、テオ達も誘い込まれたとなると、もっと大きな陰謀であることが考えられた。
(勿論、その大きな話が子供の考えた思い付きみたいな可能性はあるけどね)
オスカーは表情に出さなかったが皮肉を心の中で宿す。
巨大で途轍もない陰謀。もしくは繊細で深淵のような謀略というものもあるにはある。だが、それより遥かに幼稚で杜撰な計画の方が多いことを知っている彼は、自分達を襲ってきた者達が必ずしも賢い訳ではないと判断していた。
そんなオスカーの思考の一部が高速で考えている間にも、表の扉の魔法的封鎖を解くのは無理だと判断した彼は裏へ走ろうとした。
しかしである。
「お邪魔するぞ。んんんん? なんだこりゃ?」
ぎちゃりと耳障りな音が響き渡り、魔法陣が浮かび上がっていた扉が木っ端微塵に砕け散った。
突然のことでぎょっとする一同の視線の先には、動物を模した鎧を着こんだ人間が、扉を蹴飛ばした姿勢から足を地面に下ろした光景があった。
「ちょっと話を聞いてください! 街で店主をしてるオスカーですが、突然司祭に襲われました!」
(この声と力の圧! 間違いなく勇者パーティーの! 鎧は大戦当時と違うのか! ってそりゃそうか!)
オスカーの判断は素晴らしかった。
神殿で司祭が倒れ伏しているのだから、普通は悪事を働いたのがオスカー達だと判断されるだろう。だから抵抗の意志がないことを示して手を上げ、端的に自分達に何が起こったのかを説明した。
それもこれも、つい先日後輩であるフェアド、サザキと共に店を訪れた人間の一人と同じ声の持ち主であると判断したからだ。
(マズいマズいマズい!)
一方でテオ達は通常の状態とは程遠い。
鎧を着こんでいる者は戦闘態勢に近いため、死線を潜り抜けたテオ達は迷宮の最深部でも感じたことがない危機を察し、全身から汗が流れていた。
「あーー……」
一方、その危険信号を発生させている原因のマックスは、現状にかなり困惑していた。
神殿が魔法的な封鎖を施されているのだから、明らかに緊急の厄介ごとが起こっていると判断して踏み込んでみれば、そこには見覚えのある高位冒険者と、戦友の先輩であるオスカー。更には倒れ伏している司祭達という状況なのだから困惑するのも無理はない。
「がはっ!」
更に面倒なことが起こる。
意識はないものの血を流していたマティアス達が息を吹き返し、傷口がみるみる塞がっていくではないか。
(超回復……というより蘇生に近いか……もしそうなら神の権能に足を突っ込んでやがるぞ)
その光景を見たマックスは、単なる司祭がこんな力を持っているだなんてありえない。絶対なにか面倒なことが絡んでるぞと思う。
だからこそ……。
「……すぐ専門の関係者が来るから」
(ゲイルに連絡。そんでララとエルリカも呼んで任せよう。そうしよう)
自分の分野ではないと割り切ってその道の専門家達にぶん投げることを決断した。実に彼らしく、そして正しい判断だろう。
◆
一方、穢れや汚れなど一つも存在しない神の領域。
その庭園を頂点である女神ブランシュが歩きながら、傍で控えている腹心のシリルに顔を向ける。
「レイモンはどうしています?」
「また一人でどこかに」
「相変わらず落ち着きがないというか……」
ブランシュの興味は庭園にいない老神レイモンへ向いているようで、シリルの答えに苦笑してしまう。
「こう言ってはあれですが、レイモンの外見は間違っていると思うときがあります。もっと若々しいなら、行動と姿が一致するのですが」
「ふふふふふ」
シリルは生真面目な表情のまま、年寄りの外見のくせに腰が軽いレイモンを評し、ブランシュは臣下の姿を深く突っ込むのは悪いと思ったのか笑い声だけを漏らした。
どうやら神でも年老いた外見の者は落ち着いているというイメージを抱いているようで、それに反して活発的なレイモンは少々の齟齬を生み出していた。
「ブ、ブランシュ様。準備はほぼ終わりました」
「がはははは! いよいよですなあ!」
そこへ気弱なアダラールと、正反対なコランタンが笑いながらやってくる。
「分かりました」
ブランシュがふんわりと微笑むと、長い金の髪が風に揺れて輝く。
「この世に悪が蔓延るなど、あってはならないのです」
ブランシュが力強く決意を宣言すると、従う者達も大きく頷く。
偉大なる光の神々と大いなる魔の激突が迫っていた。
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