過去から未来へ。そして今。

 百年以上前に起こったエルフと人間、エルフとドワーフの戦争において、特に忌み嫌われたエルフがいた。


 それも当然だろう。


 誰だって目を狙われるのは嫌だし、それが非常に高精度で行われるとあっては、あちこちで忌避されるのも仕方ない。


 それが森に潜んで戦うことを得意とし、最前線で戦い続けた長命種としての経験を持つエルフなら猶更だ。


 だからこそ長く生きているドワーフなどは未だに語りたがらないし、エルフの側からは森を守った偉大な戦士として称賛されていた。


 だがそれでも……。


 それでもだ。


 七十年前に起こった大戦において、“緑隠れ”オスカーはあくまで戦術的な存在であり、多くの命ある者の一人でしかなかった。


 空を舞う暗黒のドラゴン。地を揺らして進軍する真なる巨人。経験を積み重ね頂に至ってしまったモンク殺し。地より溢れ出た古きナニカ。天を割いた機械神。神に匹敵した大魔神王直属の臣下達。


 こんな化け物達が暴れていた戦場では、オスカーも単なる兵卒と変わらなかった。


 だが見方を変えると、彼は。彼らは。年老いた全てが暗黒の時代を生き抜いたからこそ、今ここにいるのだ。


「全員殺せえええええ!」


 そのオスカーに両目を貫かれたマティアスが絶叫を上げるが、判断を誤ったとしか言いようがない。


 全員とはつまりテオ達を含めた言葉であり、何が起きているか分かっていない彼らがオスカーに味方する十分な理由を与えてしまった。


 しかし、少なくともこの時点ではテオ達の助力は必要なかった。


 舐められたものである。


「……」


 無言のオスカーは鳥の羽を纏ったかのような衣装に隠していた枝を手に取ると、ほんの僅かな風の魔力を注ぎ込んで六人の男達に十二本の枝を投擲する。


「ぎゃああああああ!?」


「ああああああああああああ!?」


 結果、出来上がったのはマティアスを含め七人の目に枝が突き刺さった人間だ。


 人間やドワーフとの戦争を経験したオスカーは、対人への技量に振り切っていると言っていい。そのため彼は、武器と認識されない枝を身に着け日常に溶け込み、必要ならばその力を解き放つのだ。


「っ!」


 それと同時に、扉に施された魔法的な封鎖が簡単に解けないと見抜いたテオ達が、マティアスを含めた敵を完全に無力化するため動く。


 オスカーの攻撃が一瞬の出来事であるならば、それに追従して即行動を起こしたテオ達も見事なものだ。


(やっぱ高位冒険者は一味違うね!)


 実際、オスカーもテオ達の動きを称賛し、もしこれ以上の不測の事態が起こっても対処できると判断した。


 だからこれは、三百年を生きるエルフでも予想外の事態だった。


「お? おお? おおおおおおおおお!?」


 突然、目を潰されたマティアス達が困惑の声を漏らすと、それは雄叫びに変じていく。


(マズい!)


 本能的に盾を構えたテオと、鎧を着こんでいるフレヤの二人が前に出て仲間達を庇った途端、マティアス達から謎のエネルギーが放出された。


「ぐっ!?」


 その力は迷宮ドラゴンのブレスを耐えたテオとフレヤをよろめかせた、オスカーの枝、ミアの光弾、エリーズの短剣、アマルダの弓矢を防ぐ。


「この力……! この力! これで神の座にいいいいいいI!」


(神になろうとしてるのか!? 神に幻想を抱き過ぎだ! 下手すれば僕達以上の馬鹿なのに!)


 叫ぶマティアスの目的を掴んだオスカーは内心で罵倒する。


 マティアスを含め多くの者は神を素晴らしい存在だと認識しているが、実際に神と関わりがあるオスカーに言わせれば全くの間違いだ。


 神は不老不死であるため危機感とは無縁だし、行き当たりばったりでもなんとかなるため緻密な計画も必要ではない。


 そして無意識に自分たち以上の存在はいないと信じているため、思い付きで行動する子供と変わりないことが多かった。


「神に従え! 従え! 従えええええええええええええ!」


(こ、この力!?)


 光り輝き眼球も再生したマティアス達が叫ぶと、テオ達は苦しそうに顔を歪める。


 マティアス達から放出されているのは大地を揺るがすような途方もない力ではないが、その声と力には定命の存在が抗えないものが含まれていた。


 それは厳格な親に叱られた子供が抱くような畏怖であり、とにかく従わなければならないという感情が湧き上がってくる。


「神にひれ伏せ! 神に従え! 神のために戦え! 神の命で死ね! 神の世の礎となれえええ!」


 更に叫ぶマティアス達だが、オスカーの神経をこれでもかと逆撫でした。


「馬鹿が! 俺らが戦ったのは過去神の栄光のためじゃねえ! 未来を繋げるために戦ったんだよ! だから神の力の切れ端で今を邪魔するな!」


 真っ赤な顔になったオスカーの脳裏に七十年前の光景が浮かぶ。


 なにもかもが終わりかけた暗黒の時代。


 ほぼ諦めながら戦った者もいる。勝てないと分かっていながら戦った者だっている。


 老いも若きも男も女も関係なく死んでいった。


 だがそれでも!


 真っ赤な真っ赤な血のような空の下で!


 砕かれかけた大地で!


 命が尽きつつあった世界で!


 彼らは命のために! 明日のために! 次代のために! 未来のために戦ったのだ!


 断じて過去の栄光に縋っている者のためではない!


 そして、言葉を発して聞かせ、僅かな時間を稼いだオスカーの老獪で冷徹な部分が嗤う。それはそれとして、生きるためには人だろうが神だろうが、ペテン師である祖先の力だろうが何でも使うと。


(行け!)


 感情は激しく燃え盛りながら、戦士としてどこまでも冷静なオスカーは、体を覆っている羽に渾身の力を込めて解き放つ。


 飛翔した色とりどりの羽に殺傷力はないが、宿った力を表現するなら、解釈違い。とでも言うべきか。


「なんだ!?」


 羽はマティアス達から放出されている力を誤魔化して、ほんの一瞬だけ中和することに成功し……オスカー達が繋げた今を生きる者が呼応する。


「光よおおおおお!」


 一秒未満の生み出された隙に、テオは仲間達と生き抜くために己の光を後先考えず全開で放出し、神殿を輝きで満たす。


「か、神の邪魔をするか!」


「その繋がったとしてこれ以上情けない姿は見せられないんだよ!」


 奇しくも勇者の卵に先人としての意地を見せたオスカーの光すら取り込んだテオに、マティアス達は怯えたように震える。


 いや、テオだけではない。


 杖を掲げたミアも、大剣を握り直すフレヤも、短剣を構えたエリーズも、弓矢を向けるアマルダも、全員が大戦後に繋がった命として立ち上がる。


「し、死ねえええええ!」


「っ!」


 マティアス達から放たれた不可思議な力をテオの盾とミアの魔力が防ぐ。


 今度は小動もしない。


「ひっ!?」


 それどころかアマルダの弓矢がマティアス達を襲うと、枝で目を潰されたことがトラウマになっている彼らは大きく驚いてしまう。


「はああああっ!」


 そんな大きな隙を逃すはずがない。


 ミアが無言で光弾を射出すると同時にテオ、フレヤ、エリーズも床を蹴り、マティアス達に肉薄する。


 当然ながら、高位の冒険者に接近されて無事な者など限られる。


 光弾と弓矢が直撃する者、大剣で纏めて薙ぎ払われる者、短剣で一突きにされる者。


 そして。


「はああああああああああ!」


「神が! 神に! 神いいいいイイイイイイイイイ!」


 正気を失ったように叫ぶマティアスに、テオの光り輝く剣が振り下ろされた。


(過去からの未来は……今は確かに繋がってるよ皆)


 ほぼ余力がない状態でその光景を見届けたオスカーは、今へ繋げるために戦った者達に心の中で言葉を送る。


 だが、別の存在もこの光景を神殿の上から見ていた。


『……』


 思った以上にマティアス達が使えなかったせいで、ソレは少々呆然としていたほどだが、所詮はその程度かと納得した。


 そして今度はオスカーやテオ達を利用しようとしたが……。


 イメージとしての表現だが縦に裂けた瞳がソレを覗き込む。


 逞しすぎる四肢。古代の魔法すら通さぬ鱗。城壁を軽々と噛み砕く牙。天を舞う絶対強者。


 即ち青き龍が自分に勘付いたと判断したソレは、想定以上に青き龍が強力かもしれないと顔を顰め地上の観察を打ち切った。


「ちっ。面倒なことになりそうだ」


 だが実際にいたのは、神殿の騒ぎを察知して駆けていた年寄りだった。

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