ある意味世代の差
アニエスによってリビングに案内されたフランツは、寛ぐ間もなく唐突に口を開いた。
「コニーのひいひい爺ちゃんと婆ちゃんの友達、何人来てるんだ?」
「えーっと、四人だからさっき会った人達で全員だね」
「ふーん。合わせて六人か。一人足りないな」
「どういうこと?」
「七人だったら勇者パーティー全員集合! ってなるじゃん。それにさっき座ってた人はモンクの修行してたんだろ? なら一人役職が合ってるじゃん」
「あははは。なるほどね」
(前から思ってるけど鋭すぎる……正解を導き出す特殊能力とか持ってないよね……)
コニーはフランツの鋭すぎる指摘に笑うだけだが内心では慄く。
七星、七極、七つの希望。そういった表現もされる勇者パーティーなのだから、メンバーが七人だと言うことも知られている。
だが今現在この屋敷にお邪魔している老人は六人であり、フランツの想像は突拍子もない想像。の筈だった。
確かに一人いないだけで勇者パーティーがまさにこの屋敷にいるのだから、若者の想像は事実なのだ。
「その理論で言ったら、コニーのひいひいお爺様とお婆様も勇者パーティーってことになるじゃないの」
「分からねえぞ。実は隠された秘密があったりしないか?」
呆れたようなエメリーヌがフランツの意見を否定したが、彼はまあ可能性くらいはあるだろうと口にする。
「いやあ」
「コニーが困ってるぞ」
それに対しコニーはなんとも言えない顔になり、ハーゲンが助け舟を出す。ハーゲンにしてみれば妙な想像に巻き込まれたコニーが苦笑しているだけにしか見えず、高祖父母が勇者パーティなどとは夢にも思っていない。
「想像力豊かって言われない?」
「仲間内でしか言わねえよ。変な奴だと思われるじゃん」
「あら、自覚してるのかと」
「普通そこは、そんなことないわ。っていうところだと思うぞ」
「ふっ」
「鼻で笑いやがった」
ただフランツ自身も本当のことだと思っておらず、いつも通りにエメリーヌとじゃれ合い始めた。
「はい、お待たせしました」
「あ、すいません」
「いいえいいえ。魔法を使わなかったら中々重いですからね」
そんなフランツ達も、アニエスが再びリビングにやってくると酷く恐縮して立ち上がる。
「それじゃあゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
アニエスは初歩的な魔法で浮かしていた巨大な盤を机に置くと微笑みながら去っていった。普段は穏やかな老婆なのだ。ただ、内面の口調が下町のチンピラと同じなだけである。
「話には聞いてたけど、この人形盤デカいな」
「ええ本当」
「大会で使用されているものと遜色ない」
フランツ達が眺めている人形盤と呼ばれる物は、盤の上に魔法によって生み出された小さな川、山、森や平原などが配置された超極小の世界を模した盤だ。
特にこの邸宅にあるものは持ち主が魔法評議会の一員であるアニエスだけあり、そこらの机より大きく精巧である。
ではこんなものでどんなゲームをするかというと……。
「川を挟んで布陣するか?」
「山の高低差を利用するのもありね」
「新しい要塞の形を試してみたかった」
フランツ達はゲーム盤に備え付けられている粘土のようなものを手に取ると、僅かな魔力を流して形を整える。
するとフランツの手から生み出された一応人間の形をしている小さな小さな粘土の兵が川に布陣し、エメリーヌの兵は山に布陣。ハーゲンの手の中ではぐねぐねと粘土が蠢き、城壁や城門がある砦が生み出されて設置された。
「じゃあ僕は偵察してみるね」
一方でコニーの手の中で生まれた兵士達は森に潜むように駆ける。
「ああ、いた。二つに分かれてるね。ちょうど片方はフランツとエメリーヌ。もう片方はハーゲンの砦に向かってる」
「よっしゃ。誤射すんなよエメリーヌ」
「誰に言ってるのよ」
「さて、この作りはどうなるか」
するとコニーの兵士は、隠れていた四足のこれまた小さな怪物達の群れを見つけ出して、フランツ達も応戦するように兵を動かした。
程なくして粘土の兵と砦に怪物が襲い掛かり戦闘が始まった。
とは言っても戦闘自体は大したことがない。小さな人型の粘土が川の向こうからやってきた怪物に、目を細めないと分からないような小さな矢を放ち、接近すればちょこんと剣を振るう。
山に布陣したエメリーヌの兵も豆粒のような魔法を模した光を放ち、ハーゲンの砦に対して怪物達はツンツンと押しているような動作しかしない。
ただ戦闘は派手さはなくても、この機能は凄まじいものだ。
大戦前には存在したこのゲーム盤は、再び魔の軍勢が復活した場合に備えての模擬実験として世に普及したが、弓兵や騎兵のみならず魔法使いの能力を再現して、砦まで作ることができる優れものだ。
そして魔法使いは前線ではなく後方から戦場を俯瞰する立場になることが多く、更には魔法を活かして築城や砦の建設に関わることも多い。コニー達のような魔法学園の生徒にとってこれは単純なお遊びではなく、修めておかなければならない知識だった。
「なんか聞いた話、どっかの国じゃあ国全体で推奨してるくらい盛んらしいな。確かゲーム盤の原型を作った国……どこだっけ」
「それを言ったらリン王国も盛んだろう。それより集中しろ。お前のところは押されてるぞ」
「ああ、川程度じゃ足が鈍らねえな」
ゲーム盤を見ながらフランツはふと思い出したことを口にするが、ハーゲンが無理矢理集中させる。
ただフランツの言葉は正しく、国防の意識を保っている国はこのゲームが盛んで、再び魔の軍勢が襲来したときの想定を念入りにしていた。
「前線崩れたら私のところも崩壊するからしっかりして」
「後ろからちょっかいかけるね」
「お願いコニー」
川で少々押されていることに焦ったエメリーヌだが、コニーの軍が怪物達を後ろから襲撃して戦局は混沌とし始めた。
「マズいかもしれん。城壁を垂直に登ってき始めた」
「こっちもやっぱ耐えられねえかも」
「きゃあ!? 地面から出てきたんだけど!」
「流石に地面の中は偵察できないなあ……」
だがやはり徐々に怪物達は押し始め、川や山、城壁、更には兵など気にせず全てを踏み潰していく。
そして最終的には怪物達……大魔神王の軍勢がなにもかもを飲み込んだ。
「うへえ。まだマシな難易度なんだよな?」
「うん。両軍のドラゴンが入り混じった戦場、移動要塞、大魔神王の幹部を模したのが出てくる難易度もあるみたい」
「七十年前は本当に勝ったのかよ」
顔を顰めたフランツの質問にコニーは頷く。
単なる物量による攻撃はかつての大戦では当たり前も当たり前であり、マシもマシだった。
リン王国を守護する青きドラゴンを筆頭に、命ある者達の陣営に属するドラゴンと大魔神王側のドラゴンが空で死闘を繰り広げる中での戦場。巨大な移動要塞が進撃してくる戦場。果ては人類では対処できないのではと思わされる大魔神王の臣下達が襲い掛かってくるシチュエーションもあるのだ。
それに比べたら単なる物量による攻撃は初歩だった。
「よし、もう一戦だ。ちょっと兵科を弄ってみる」
「振動の感知とかできるのかしら……」
「作りが悪かったな。別の形を試すか」
「もう少し連携を頑張ってみるね」
直接大魔神王に関わっていない世代でも、その軍勢を多少なりとも認識して備えるための学びをする。
大戦が残した爪痕は決して癒えることはないのだろう。
一方、当事者世代。
「なあララ、刀を持ってる兵は作れないのか?」
「諦めな。東方諸国の兵までは網羅されてないよ」
「見直すべきだ。煮え立つ山が例外的なのは分かっているが、それでもこのモンクは弱すぎる」
「そういえば神官は後方支援でした……」
「これどうなっとんじゃ? 確かに大戦中にちらっと聞いたことがあるけど、今はこんなことになっとるんか」
ララに頼み込んでなんとか刀を持った兵を作り出そうとするサザキ。
モンクの弱さに眉を顰めるシュタイン。
ついうっかり自分が例外だったことを忘れて、後方支援職を前に出そうとしてしまったエルリカ。
なにがなにやらさっぱり分からんと盤面を見るフェアド。
アニエス邸にもう一つあったゲーム盤を使って騒ぐジジババ達がそこにいた。
「する機会はなかったけど意外と面白いなこれ」
唯一の例外は非常に高度な教育を受け、しかも王族の生まれ故か巧みに部隊を操作して怪物達を翻弄しているマックスだ。
ただし……。
「でも俺らが突撃。勝利。ってのはできないか」
マックスの言う通りかつての大戦時、勇者パーティーは一直線に突き進んで粉砕するという戦法だった。
地を埋め尽くす怪物達の軍勢も。
魔に君臨するドラゴンも。
地響きと共に進軍する移動要塞も。
大魔神王の臣下も。
そして大魔神王そのものを。
「こんな凄いものが世にあるとはのう」
今現在の魔法技術に感心するフェアドだが、誰よりも凄いことを成し遂げた集団の中心こそがこの男だった。
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