かつての大戦争

 いつか……いつか世界が滅びる。必ず滅びる。


 そんな遠い先のことは、今日生きるのが精一杯だった農民にしてみればどうでもいいことだった。


 そんな遠い先のことは、商人にとってなんの金にもならないことだった。


 そんな遠い先のことは、明日の名誉のために生きる騎士にしてみれば考慮に値しないものだった。


 そんな遠い先のことは、国家百年の計を考える王でも思考の外だった。


 そう、当時は全ては“だった”。


 かつての大戦が勃発すると、滅びは命ある全ての者の前に現れたのだ。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


『ガアアアアアアアアアアアアア!』


 天の頂きで超越者にして最強種であるドラゴンが激突し、戦場全体に轟音と権能による余波をまき散らす。


『どこを向いても目障りな猿しかおらん!』


『まさかそれだけの理由で闇に与した訳ではあるまいな!?』


『何が悪い! 我らドラゴンの後に世界に広がったのはあんな劣等種族なのだぞ!』


『いい加減、後の種に道くらい譲れ愚か者が!』


『愚か者は貴様らだ! あのまま寝ていればいいものを!』


『誰のせいで!』


 お互い血走った眼で殺し合う漆黒のドラゴンと深紅のドラゴン。


 同種で一応知り合いでもあるがまったく立場と思考が違う。


 大魔神王に与したドラゴン達の思惑は様々だが、この黒きドラゴンは瞬く間に増えた人という種が気に食わなくて堪らず命ある者達の陣営と敵対した。


 一方の赤きドラゴンは最早我らの種の時代ではないと眠りについていた個体で、馬鹿騒ぎを起こした同種と大魔神王を止めるために目覚めた存在だ。


 ドラゴンという種族は血族や家族ではなく個を優先することが多いため、突き詰めれば全員が親戚関係でも敵対すれば普通に殺し合う。そのお陰で大戦初期において命ある者達の陣営は、味方をしてくれたドラゴンのおかげでなんとか踏みとどまることができた。


 だが言葉通り大地を埋め尽くす魔の軍勢は無尽蔵に近く、しかも大魔神王の手によって強化された怪物達と大魔神王に与するドラゴンが増え始めると、命ある者達に味方するドラゴンの手だけでは足りなくなり始める。


『GIIIIIIIIIIIIIII!』


「弓が足りないぞ!」


「踏ん張れ大地の兄弟達!」


「援軍はまだか!?」


 現に昆虫、爬虫類、毛皮の動物を混ぜ合わせた上で更に醜く捻じった四つ足の怪物達が進撃し、人間、エルフ、ドワーフの連合軍を押していた。


 ただし大魔神王と暗黒のドラゴン達、更には命ある者達に味方したドラゴンにとっても予想外なことが起こった時期である。


 すぐに決着すると思い本腰を入れるのが遅かった大魔神王最大の思い違いと、命ある陣営のドラゴンや残された僅かな神々の奮闘により時間が出来上がった。


 その時間で成長し、完成したのだ。


 勇者パーティーの力が。


「背中借りるぞ! なんか知ってることはないか!?」


 様々な動物を象った装備を身に纏ったマックスが、ララの魔法により射出されて赤きドラゴンの背に乗ると敵の弱点について尋ねた。


『竜騎士か! 奴は不死竜とまで言われている! 鱗のどれか一つが不死性を支えていることと、それだけを正確に攻撃しなければ意味がないと言っていたが、あくまで酒で酔っていた時に話していたものだ! それが本当だとしてもどれなのか皆目見当がつかん!』


「千とか余裕で越えてる鱗の一つを探して刺せってかよ! 裏技は!?」


『恐らくない! 千年前の古き神ですら殺しきれなんだ! それとだが悔しいことに奴は我より強い!』


「ドラゴンの権能ってのはマジでなんでもありだな! すまんが足場になってくれ! 俺が仕留める!」


『応!』


『猿如きがああああああああああああああ!』


 強大すぎる赤と黒のドラゴンが激突する中で竜滅騎士が舞う……大きな岩が落下し始めた空で。


 ぐしゃりと四つ足の怪物達が潰れる。


 強固な外皮も、熱や氷、魔法そのものに対する耐性も意味をなさない。ただただ圧倒的な質量で粉砕される。


 雷鳴も轟き怪物達を黒焦げにする。


 天から降り続ける雷と巨石の天変地異。


「ふむ。あそこが本陣らしいね」


 それをたった一人で引き起こした消却の魔女ララは、何らかの手段で岩と雷を防いでいる敵陣の一部を冷静に観察して、大将の位置を大まかに把握する。


「そうとも。一番硬いのが本陣だよな」


 大地を埋め尽くしておきながら、紙より薄くなった軍勢の生き残りに赤い光が煌めいた。


 切る、斬る、断つ、絶つ。


 全てを切り伏せる。


 赤き光の軌跡は敵軍の中にあってなお一直線に伸び続け、剣聖サザキの太刀は一切合切の抵抗を許さない。


「おっと、お客さんだぞシュタイン」


「ああ」


『オアアアアアアアアアアアアア!』


 赤き閃光を止めようとするのもまた赤。


 どろどろと煮えたぎった溶岩の赤。


 紛い物ではない。モンクの総本山である煮え立つ山を陥落寸前まで追い詰めた怪物達。


 魔法、物理攻撃に対する高い耐性など副産物。


 全ての流派のモンクの業を修めておきながら高度な学習能力を持ち、更に対モンク、対人間に対して発展した武の化身。


 煮え立つ山の死闘からなんとか逃げおおせ、更に経験を積んだ上で大魔神王に再強化された真なるモンク殺しが十体もシュタインに襲い掛かる。


「ここは引き受けた」


「はいよ」


 煮え立つ山の決戦参加者にトラウマを埋め込んだ赤き武の化身に対し、命と死の間を歩く武そのものが相対した。


「到着!」


 そして真なるモンク殺しをすり抜けたサザキは敵本陣に乗り込んだ。


『仕留めろ!』


『くそがあああああああ!』


「真なる闇に呑まれろ」


「光よ」


 この怪物達を倒すために本陣を守っていた精鋭達は、暗黒と起源が異なる闇とエルリカの光消滅魔法によって跡形もなく消え去った。もしどこかの街に現れれば、一体だけでも全てを滅ぼせる精鋭がである。


『勇者共があああああああああああ!』


 一軍を預かる魔の軍勢の大将が怨嗟の感情を込めて吠える。


 勝っていた筈なのだ。


 群や軍を超えた個、どころではない。全てを超越した究極が盤面そのものをひっくり返さなければ。


『演算開始!』


 全身が鏡で構成された馬のような怪物は、自身の鏡に映る数多の世界の仮定から最適解を選出。


『現実改変! 消え去れ!』


 その最適解を更に改変して自らが勝利した仮定を無理矢理作り出し、それを現実世界に押し付けようとした。


 だが……。


「知るか馬鹿!」


 ゼロを覆しつつある極限の光が全てを圧殺した。


 全ては過去の話だ。


 今となっては……。


「おいこれどうやって突っ込んだらいいんだよ。サザキって名前の駒出せ」


「やはりモンクの出来栄えが悪い。ララ、これはいったいどこが作った盤だ?」


「盤の製作が盛んなのはここからそう遠くない国だよ。文句はそっちにいいな。まあ随分閉鎖的だから入れるかは分からんけれどね」


「モンクが文句。ぷぷ。つうか敵のドラゴン出て来たんだけど、どうしたらいいんだこれ? 単なる弓じゃ倒せねえよ」


「敵が硬すぎるのでなんとか光消滅魔法を実装してほしいですね」


「これ無理じゃろ……」


 ゲームで騒いでいる老人に過ぎなかった。

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