座ってるだけ。歩いて立ち止まっただけ。
屋敷の主であるアニエスに案内されるフランツ達は緊張と共に妙なことに気が付く。
「なあコニー、あの人は?」
ついフランツがコニーに尋ねながらその奇妙な人物に視線を送る。
窓ガラスの向こうで見える広々とした訓練場のような中庭に、コニーの友人が来ると言うことで珍しく服を着たままのシュタインが、瞼を閉じ足を組んで地面に座っているのだ。
「どうして地面に?」
「なにかされているのかしら?」
その目的が分からない行動にフランツだけではなく、ハーゲンとエメリーヌも困惑している。
ただ見る人が見ればわかる。
(す、すごい……)
友人に問いかけられたコニーにとってそれどころではないほど、そして単純な表現しかできない完成した座り方。
(やっぱヤベエわ……本当に人間なのかよ)
それはアニエスも同じで、猫を被っていない内心はシュタインの状況を端的に表した。
「おっと、言ってた友達か。コニーのひいひい爺さんと婆さんのダチでマックスって言うんだ。よろしくな」
「は、初めましてフランツです」
そんな足が止まった一行の前にマックスがやってきた。
(なんっつうか……)
(これは……)
(お歳と格好が……)
だが伝説の竜滅騎士がやってきてもフランツ達に感銘はなく、歳に合っていない装飾や服、口調に意識が向いてしまう。
このマックス、大戦中ですら時として別の名前を使っていた上に、秘密が露見すると面倒だからとあまり人前に出ず装備も全身鎧だったため、勇者パーティーで一、二を争う正体不明な人物として扱われている。
それ故に当事者世代でないフランツ達がマックスの正体に気付ける訳もなく、若作りしているつもりの年寄りと認識してしまう。
「ああ、あいつが気になるか。なんて言ったっけな……そう、木の座りとか呼ばれてるモンクの基本的な修行の一つだな。生波のモンクは大自然の力を宿し、時に一体化しようとするってのは習ってるか?」
「は、はい」
「なら話が早いな。あれはその手段の一つで、モンクに入門したら初日から教わる基礎も基礎の状態だ。モンクの総本山、煮え立つ山に行ったら至る所で見れると思うぞ。ただ極めたら自然の中で意識が混じって戻れなくなるから、モンクの道に進むならやめとけ」
マックスがモンクの目的の一つについて尋ねると、優等生であるエメリーヌが頷く。そしてマックスはサザキに対して面倒見がいいよなと言いながら、彼自身も若き者達に親切に教える。
(基礎でも極めるとああなるんだなあ)
そんな中、コニーはずっとシュタインを観察していた。
確かに基礎的な修練だが、それを行っているのがモンクの開祖アルベールですら不世出の天才だと評したシュタインであれば話は変わる。
まさにマックスの説明通り、自然の力を宿し近づくどころかシュタインの個としての境界が曖昧どころか消失しており、本来生物が持っている筈の力場が消失していた。
そんなことは通常ありえない。
高度な知性がある者は子供でも何かしらの力場、例えば魂から発せられる波や魔力、気配というものがあり、単純な命の集合体でしかない自然の中で個を確立するはずだ。
だが現在のシュタインは自然と完全に混ざっており、個というものが消失している。こんなことをしようものなら自我は砕け散って溶けてしまうのは間違いなく、自然と共に生きるエルフ族や生物として圧倒的な格を有するドラゴンですら引き返せない境地だと恐怖するだろう。
それをシュタインは僅か十代の中頃には成し遂げながらなんの自我の損失もなく、生波の極みに達しかけていたのだ。今に至ってはただ座っているような修行でも、史上最も高いモンクの頂にいるのがこの男なのである。
モンクのくせに神を信奉せず、更には死波に手を出した上で全く別の道を歩もうとした彼をアルベールが懇願……殆ど哀願して引き留めようとして、しかも未だに彼の籍と席を残しているのも無理はない。
「それじゃあまたな」
「あ、ありがとうございます」
説明を終えたマックスは手をひらひらと振って一行と分かれる。彼の行き先は中庭であり、コニーだけではなくフランツ達もついつい目で追ってしまう。
「ふむ」
中庭に足を踏み入れたマックスは、シュタインとの昔の習慣を再現してやるかという軽い気持ちになり、修練場のようになっている庭に立てかけられている槍を模した棒を手に取りくるりと回した。
(うわ……)
本当に何気ない動作だったが、天才と称するに相応しいコニーはマックスの手にある棒が、まるで神経がある肉体の一部のように完全に制御されていることに気が付き心の中で呻く。
そして棒を両手でしっかりと握ったマックスは、立ったままじっとシュタインを見る。
一見するとそれだけだ。
(間合いの質がひいひいお爺ちゃんと一緒だし、シュタインさんも気が付いていないはずないのに……)
ただコニーの異常な“目”は、マックスを起点にしてシュタインに一直線に伸びる最短最速で殺すための間合いを認識し、それを認識している筈なのに僅かな身動きもしないシュタインの状態にも慄く。
そしてマックスは構えることもなく、単に棒を両手で持っているだけの姿のままツカツカとシュタインに近寄る。
(うわあ……うわあ……)
コニーが逆立ちしてもどうしようもない絶対死の間合いは展開されたまま、直接的な槍の間合いに入ってもなおシュタインは不動で微塵も揺るがない。
それは天然気味なコニーですら寒気を催す光景で、ついに向けられた棒の先がシュタインの顔の先に近づいたことでピークに達する。
だがそれでも……幾ら棒とは言え大魔神王に与した邪悪で強大なるドラゴンの殆どを堕とした竜滅騎士にとっての必殺の距離にいながら、それでもシュタインは揺るがない。
そして……。
僅かにマックスが棒に力を込めた瞬間。
更には遠くからサザキが斬ると認識した瞬間。
シュタインは瞬時に自我を取り戻して己の拳による間合いを展開した。
「おっとっと。降参」
マックスは後の先を取られた上に必殺の間合いが重なったことで、茶化したように棒を振り降参だと意思表示した。
「懐かしいな」
「はっはっ。そうだろ」
一方で邪魔をされたはずのシュタインは僅かに微笑み、マックスも笑いながら昔を懐かしむ。
かつての大戦中、シュタインは修行の一環だと言って自然と一体化している自分の邪魔をしてほしいと仲間に頼んでおり、マックスとまだ屋敷の敷地に入ったばかりのサザキが主に相手をしていた。
(やっぱり凄いなあ……)
つまり、コニーが慄いたこれは昔はよくあった光景の一つでしかない。
一見すると座っていただけのシュタイン、棒を持って歩き立ち止まっただけのマックス、更にはこの場にすらいないのに意識だけの斬撃を飛ばしてきたサザキ。
一挙一動が理解不能な領域にいる怪物集団のいる場に、フランツ達は訪れてしまったのだった。
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