友人

 勇者パーティーが学園を見学した数日後、コニーは友人であるフランツ、ハーゲン、エメリーヌを連れて家であるアニエスの邸宅に向かっていた。


 しかしエメリーヌの様子がおかしい。


「今更だけど緊張してきたわ。アニエス様にちゃんとご挨拶できるかしら……」


「エメリーヌが緊張するから俺まで緊張しそうなんだけど」


「だってアニエス様のお宅なのよ?」


 興奮と緊張で顔を赤くしているエメリーヌをフランツが揶揄う。


 エメリーヌ達はコニーの曾祖母が魔法評議会の一員であるアニエスだと知っているが、魔法使いの卵にとってその役職は雲の上に位置するものだ。


 ましてや生真面目なエメリーヌなら尚更で落ち着きがなくなっている。


 なお現在のアニエス邸には、そんな雲の上を突き抜けた人物が複数いた。


「お帰りコニー君。言うておったお友達かの? 初めましてフェアドですじゃ。コニー君の高祖父母とは友達でしての」


「お帰りなさい。初めましてエルリカです」


 そんな学生達を邸宅の前で出迎えたのは、朝早くから日向ぼっこをしていた皺だらけの爺と婆、フェアドとエルリカだ。


「初めましてフランツです」


「ハーゲンです」


「エメリーヌです」


 この老いぼれに対してフランツ達は普通の挨拶をする。


 以前にも述べたが元々フェアドとエルリカの名はありふれたものだし、大戦が終結すると勇者と聖女にあやかって子供にその名を名付ける者が続出したため、一時は街で石を投げたら高確率でフェアドさんかエルリカさんに当たるとまで言われていたほどだ。なんなら今の学園でもフェアドとエルリカは複数いる。


 そのため若いフランツの世代にしてみれば、フェアドとエルリカの名前が多いから、二人一緒にいてもそういうこともあるんだろうという認識しかない。


(やっぱり凄い光景だよねえ……)


 一方、真実を知っているコニーからすれば、半ば神話に足を突っ込んでいる存在が夫婦仲良く日向ぼっこをしている姿でも凄まじい光景に映る。


「まあまあよく来てくれました。コニーの曾祖母のアニエスです」


「は、初めまして!」


 話し声が聞こえたのか邸宅の主であるアニエスが姿を現すと、フェアドとエルリカに礼儀正しかったフランツ達は緊張も抱いて挨拶する。


「お二人はどうされますか?」


「もう少し日向ぼっこするとしようかのう」


「そうですねえお爺さん」


「分かりました」


 アニエスは外にいたフェアドとエルリカに尋ねたが、マイペースな二人はもう少し日光を浴びたいようだ。


「さあさあ中へどうぞ」


「お邪魔します」


 アニエスに促されたフランツ達は老夫婦にも頭を下げて屋敷に入っていった。


「今時の若い人達は皆お行儀がいいですねえ」


「そうだのう婆さんや」


 フランツ達だけではなく学園の生徒も思い出したエルリカが現代の若者について口にすると、フェアドも大きく頷いて同意する。


「儂の若い頃は、まあ。あれじゃ。うん」


「ほほほほほ」


 特にフェアドは自分の若い頃を思い出して遠い目になる。


 農家時代も勇者時代も正しい敬語や作法なんてものを習う時間がなかったため、結構な頻度で無礼を働いており、今思い返せば自分でもそりゃマズいだろうと思うような出来事も多々あるほどだ。


 一例を挙げるならとある教会勢力の教皇に、後ろで神に祈って手を合わせてる暇があるならメイスでも振れ! と言ってのけたこともある。


 この様々なやらかしに近い無礼はあまり歴史に記録されることはなかったが、その当人ははっきり覚えているため遠い目になるしかない。


「うん? サザキとララが帰ってきたか」


 そんなフェアドが昔のことを考えていると、旅の途中で飲む酒を買いに行っていたサザキとそれに付き合ったララが帰ってきた。


「なんか覚えのない間合いが三人いるけど、コニーが言ってたダチのことか?」


「うむ。ついさっき来た」


 サザキは相変わらず奇妙な判別方法でフランツ達の到着を察しているようだが、フェアドにはさっぱり分からない感覚だ。


「ダチってのはいいもんだ。なあ」


 玄孫が友達を連れてきたのを嬉しがっているようなサザキだが、吊り上がっている口の端が全てを台無しにしていた。


「その表情で言われなかったら素直に頷けたんだがな」


 そのサザキと彼の言葉を借りるならダチのフェアドは不承不承と言った表情で頷く。


 しかしフェアドはその友情を疑ったことなど一度もない。


 そもそも死に場所を求めていたという訳でもないのに、ダチが大魔神王を討伐するのなら手伝ってやるかという理由だけで、死地に平然と赴いたのがサザキという男なのだ。


 演劇などでも勇者と剣聖は無二の親友であると表現されるが何も間違っていない。ただ少しサザキの感性が独特なだけだ。


「ま、昔よりダチの意味は少し変わっちまったかもしれんがな」


 肩を竦めるサザキの世代は窮地ゆえに人間の本性がむき出しになった時代だ。


 そのため自分本位の人間もいたが、混沌とした時代によって磨き抜かれた者は友情についてサザキと似た考えを持つ者も少なからずいた。


 だが豊かな時代は虚飾を生み、友情という言葉は形だけのものになりつつあるのかもしれない。


「なに。あるところにはあるし、いるところにはいるとも」


 サザキの言葉をフェアドは否定する。


 若者達には単なる老人と思われようが、その姿はまさしく光と命のために戦った勇者のものであった。



 ◆


 おまけ


 -ダチがいたらそんなこと聞く筈もねえな-


 大魔神王が剣聖になぜ大義も正義もなくこの場にいるのか尋ね、本当にただそれだけなのかと慄いた答え。

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