遠い未来

「ふうう……」


 フェアドとエルリカが夫婦揃ってため息を吐きながら教室を出る。


 若者達の考察は二人に、かつての大戦で三日三晩戦い続けた時も感じたことのない疲労を与えていた。


「歳を食ったら新しいことに頭痛を覚えるもんだ」


「ああそうじゃの」


 隠しもせずニヤニヤと笑っているマックスが、年寄りは新しいことを学ぼうとすると頭が痛くなるものだと言いながら頷くと、フェアドは投げやりに返事をする。


(マックスめ、気軽に楽しんでくれたな。自分かゲイル王の功績を研究している場所があったら逃げるだろうに)


 だがフェアドの予想通りマックスもまた彼自身か兄であるゲイルの功績を称えている教室があれば、聞いてはいられないと一目散に逃げだしただろう。


「しかしまあ、勉強ってのはいいもんだ。お陰で俺は食うのに困らなかった」


「色々やっとったらしいの」


「おう。ま、文才ってやつは勉強だけじゃどうにもならなかったんだけど……」


「お前さん唯一の弱点か」


「そうそう」


 フェアドに肩を竦めたマックスがしみじみと呟く。


 彼は大戦終結後の復興に陰ながら尽力すると、その後は行商を筆頭に職を転々としながら生活していた。その助けになったのが王宮で受けていた教育であり、学習環境において最も恵まれていた一人だろう。


「主人公の名前をよく変えるのは勉強や文才以前の問題ですよ」


「はは……はは……だよな……」


 ニヤリと笑ったままのマックスだが、エルリカから突っ込まれると力なく笑う。


「おっほん。さて、他の奴らはど……こ……に……」


 気を取り直して仲間と集合しようとしたマックスだが、とある光景を目撃してしまい目が泳いだ。


「素晴らしいとしか言いようがありません。これからもぜひ頑張ってください」


「あ、ありがとうございます」


 徳の高い僧に見えるシュタインが数人の学生一人一人に、途轍もなく大きな感情を抱いて激励の言葉を送っていたのだ。


「シュタインの奴なにやっとんじゃ」


「さあ……ひょっとすると意気投合したのかもしれません……」


 フェアドはポカンとして呟き、エルリカは学生達の体格の良さから大体のことを察した。


「それでは自分はこれで失礼します。ん? おお、皆聞いてほしい。筋肉の未来は実に明るい。最近の若者はなどと言う者達もいるがそんなことは決してない」


「そ、そうかの」


「はあ……」


「お、おう」


 同好の士に出会えて足取りの軽いシュタインに、フェアド達はなんともいえない奇妙な顔で頷くことしかできなかった。


 どうやら脳筋の理論は勇者達すら理解できないものらしい。


「ああ、いたいた。斬れなさそうな場所を探したらいいだけだから楽だわ」


 そこへ一通りファルケとコニーの授業を見終えたサザキとララも合流するが、剣聖の人探しの方法もまた難解である。


「これからどうする?」


「ちょっと座って水を飲みたいのう」


「私もです……」


「じゃあそうするか」


 マックスが一旦どうするかフェアドに声を掛けると、フェアドだけではなくエルリカも休憩を望んでいた。


「なんかやけに疲れてるな。なんかあったのか?」


「後でじっくり話してやるよ」


 フェアドとエルリカが疲れていることに気が付いたサザキが問うと、マックスはニヤリと笑ないながら偉大なる勇者と聖女の考察を聞かせてやろうと決心した。


「ふう」


 学園の食堂に場所を移して水をちびちびと飲むフェアドとエルリカは、一息ついたと息を吐いた。


「だっはっはっはっ!」


 一方、マックスから詳細を聞いたサザキは、食堂にちらほらといる生徒が鬱陶しいと感じないように、小声で爆笑するという離れ業を披露していた。


「歴史なんてそんなもんさ」


 ララはそんなサザキを放っておいて、学術都市の外にある清廉な自分の像を思い出しながら、諦めたように首を横に振った。


「そのうち勇者パーティーは女しかいなかったとか、男だけだったとか言われそうだ」


「マックス、それは流石にあり得ないだろう」


「いんや、五百年か千年くらいして勇者パーティーが完全に伝説になった後、そう書いた本は商業的に売れるはずだ」


「ないな」


 顎を擦りながら後世の文化を考察するマックスに、シュタインは首を横に振って否定したが、どちらかが正しかったかは千年後に分かるだろう。


「やっぱり……」


 その時ふとフェアド達の耳に、かなり遅い昼食を終えて一息ついた生徒達の声が届いた。


「勇者パーティーで最強は勇者だよな!」


「ごふっ!?」


 哀れ九十歳の爺。フェアドは実に若者らしい最強議論で引き合いに出されてむせた。


 後々の未来でも行われる何気ない若者達の話だが、未来と違う点は当事者が生きている点だろう。


(まあ実際そうだろうなあ)


 同じく小耳に挟んでいたマックスは、最終決戦でフェアドが足を踏み入れた領域を知っており、心の中で若者達の意見を支持した。


「いや竜騎士もだろ。討伐したドラゴンの一覧見たことあるか? マジでヤバイ肩書のドラゴンしかいねえぞ」


「げほっ!?」


 思わぬところで名前を出されたマックスもむせた。


(確かにね)


 これに対しララもまた同意するが、その竜騎士に討伐されたドラゴンの一部を思い出してしかめっ面になる。


 迷宮産の紛い物ではない真に最強種であるドラゴンは、魔法攻撃の吸収や無効化といった権能を保持していた個体や、物理攻撃に対する完全耐性を持っていた個体まで様々なものがいた。


 そんな魔龍や悪龍、邪龍を殺し尽くした竜滅騎士こそがマックスなのだ。


「ララ様に決まってるだろ。魔法の火力こそ最強だ」


 名前を出されたララは肩を竦めるに留めた。


 確かに火力においては最強なのだが、問題なのは周りにいる者達は全員が素直に当たってくれないか、もしくは魔法を発動させてくれないことだ。更にフェアドに至っては直撃しても死なないだろう。


「おいおい。寂しいじゃねえか。なあ?」


「筋肉に貴賤はない」


「なるほどな。ま、俺もお前も確かに派手さはあんまりない」


 一方、名前が出てこなかったサザキはニヤリと笑い、シュタインは常人ではよく分からない言葉を漏らす。


 常人では認識できない速度で刀を振るうサザキは傍から見ていたら何が起こっているか分からないし、拳で殴りつけるシュタインは、光り輝くフェアド、天空を舞ってドラゴンを堕とすマックス、極大の魔法を放つララに比べて見た目のインパクトで劣る。


 だがその派手な三人が共に、サザキかシュタインと一対一で戦えと言われたら絶対に断るだろう。


「ほほほほほほ」


 同じく名前が挙がらず上品に笑うエルリカに至っては、そもそも勇者パーティーを聖なる力で守っていたと認識されているため、最強議論では真っ先に脱落してしまう。


 真実は殺戮兵器であり、なんでもありなら最も恐ろしい存在であったが。


「こういうのも続いていくんだろうなあ……」


 つい先ほどまで勇者と聖女の考察を楽しんでいたマックスだが、自分も永遠に話題やネタにされ続けるんだろうなと改めて認識し、どこか遠いところを見るような目になるのであった。

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