考察される勇者と聖女
「この教室にしようかのう」
「そうですねえお爺さん」
「おーう」
サザキ達と違い明確な目的を持っていないフェアド、エルリカ、マックスは深く考えず目についた教室を選んで見学することにした。
ただ、どのような授業をしているかくらいは知っておくべきだったかもしれない。
「今日は勇者フェアドと聖女エルリカについての授業だ」
(……げえっ!?)
(あら……)
(あーあー)
一拍遅れて教師の言葉を認識したフェアドは鶏の断末魔のような声を心の中で発し、エルリカは目を泳がせ、マックスはご愁傷様と言わんばかりの視線を戦友に送る。
神の悪戯かよりにもよってこの教室の授業は歴史に関するもの、もっと言えば今日は勇者と聖女についてだったのだ。
「まず聖女エルリカだがかなり謎が多い。大神官の娘や神の子などと言われているが、出生について詳しいことは分かっていないのが現状だ」
(多分孤児です……多分。恐らく)
教師の言葉にエルリカが心の中で捕捉を入れるが、実は彼女自身も真実を知らない。
来たる脅威に対抗するための聖女製造計画だったが、当時の教会勢力は最大仮想敵の大魔神王を倒すのになりふり構っていられなかった。そのため素質のある人間を合法、非合法問わず集めていた。
その中の一人がエルリカなのだが、製造過程が問題ありすぎるため資料は全て抹消されており、彼女は自分の出生を知らない。それ故に、下手をすれば禁術で生み出された人造人間の可能性だってあるほどだ。
「能力についても確定した情報はない。恐らく光の加護を使って勇者パーティーを守っていた筈だというのが主流だが、それらも憶測の域を出ない」
(ひ、光消滅魔法と禁術を少々、それと色々……)
またしてもエルリカが心の中で捕捉を入れるが実際に言えるはずがない。
抵抗力のない存在を問答無用で消滅させる魔法もそうだが、人が習得してはいけない類の術まで修めているエルリカは、教会勢力にしてみれば歴史の表に出せない存在である。
そして勇者パーティーは常に敵陣の最奥まで突撃するので、エルリカの力を他の人間が見る機会はほぼない。
結果としてエルリカに関わった当時の指導者層は全員が死去していることも合わさり、真実は闇の中に葬り去られた。
「逆に勇者フェアドは農村生まれの三男ということが分かっており、出生ははっきりしている」
(まあ隠したこともないからの)
一方、フェアドは教師の言葉に対して平静だ。
特に隠すものではないので、フェアドは大戦中に出生を尋ねられても本当のことを返答しており、正しく記録されていた。
だが正しく記録されていも、後世の人間がどう受け止めるかは別の問題だ。
「質問があります」
「言ってみなさい」
「はい。勇者フェアドが農村の子供であることは間違いないようですが、それですと世界を救ったほどの力を持っていた理由が分かりません。王族か……もしくは神の血が流れる人物だったのではないでしょうか?」
「ふむ。その可能性は全くない訳ではないだろう」
(いえ、可能性はないです)
生徒と教師のやり取りをフェアドが心の中できっぱりと否定した。
フェアドの実家には仮説の証拠になるようなものは何もなかったし、神が血縁をほのめかすこともなかったためあり得ない。
少なくとも農村の三男坊であるフェアドの視点では。である。
「勇者フェアドが知らなかっただけで、親や長子が知っていたかもしれん」
(いっ!?)
教師の仮定にフェアドは目を見開く。
困ったことにこの考察、長子が継承している秘密だと言われたら末っ子のフェアドは反論する術を持たないし、更にはそのような秘密を長子が継承していることは実際ある。
(そ、そういえば……)
フェアドは思わず隣にいるマックスに視線を向ける。
マックスは長子でないためリン王国の秘密を継承している訳ではないが、彼自身が大国の王だった人物の双子の弟という特大の秘密を抱えており、どこになにが隠されているか分かったものではないのだ。
(いやいや考え過ぎだって。兄貴達も親父も普通の人だった)
混乱していたフェアドは肉親を思い浮かべて落ち着きを取り戻す。
実際、フェアドは神々とは何の関わりも持たず、暗黒の世で突如輝いた突然変異に過ぎないが、特別な背景を持たないのに世界を救うほどの戦闘力を持っているとなると説得力に欠ける。
そのため後世の人間は納得できる理由を探し、フェアドの方も完全に否定できる材料がないので妙なことになってしまっていた。
尤も伝説とはそういったものだろう。
「さて、聖女エルリカが勇者パーティーに加わったのは一番最後と思われる。これは勇者が聖女を託すに相応しいかを教会勢力が見定めていたことが原因のようだ」
(まあ……)
(色々とありましたからねえ……)
教師の説明に当の勇者と聖女はなんとも言えない顔になる。
実はこの勇者、人の世が存続するために戦っていたのであって、神のためには戦っていなかった。そのため神の意志は二の次、三の次であり神の意志を最優先とするいくつかの宗教勢力とは、殺し合うほど仲が悪いとまでは言わないが友好とも言い難い微妙な関係だった。
そんな背景があり、大戦当時にエルリカを勇者パーティーに派遣するかどうかで少々揉めていた。
(見学する授業はきちんと選ぶべきだった……)
今更七十年前の自分についてあれこれ考察される羽目になったフェアドは、ぐったりしながら反省するのであった。
(この後で面白かったて言うのはやめておいてやるか)
なお吊り上がった頬を手で隠しているマックスだけはこの授業を楽しんでいた。
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