完全に別の空気を吸っている筋肉
(向こうの授業も見てみたかったが、更に見学者がいたら困るだろう)
シュタインは戦友達の息子であるファルケの授業にも興味はあったが、ただでさえ父母が来て困っているだろうに、ほぼ他人である自分までいては迷惑だろうと思い自重していた。
(それにサザキとララの邪魔もしたくないしな)
夫婦が子供の仕事ぶりを見る時間の邪魔もしたくないという考えもある。シュタインは筋肉が絡まなければ、ちゃんとした配慮ができる男なのである。
(それにしても……)
そんなシュタインは三十人ほどの生徒がいる教室の後ろで授業を見学して……。
(私は間違っていなかった……!)
感動していた。
「今年度も学園内の生徒を調査したところ、ライムの街を筆頭に畜産が盛んで肉や乳製品が流通している場所の出身者は、他の街に比べて住民の身長が高く体格も逞しい傾向にあります。ただ残念ながら、他国で詳しい計測をすることができませんので、国別による比較の数が少々不足しております。更には先輩方と同じく我々も後輩達に託して長期間の調査が必要となりますので、引き続き理解と協力を求めていく方針です。では詳細な数値ですが……」
肉体に関する授業を知ったシュタインが足早に教室に訪れたところ、内容はまさに彼が欲していたものだった。
シュタインがライムの街にいたのは、経験則で肉を食べられる環境にいる者の身長が高いのではと思っていたからだが、まだまだ学術的に証明されたものではなかった。
「また、大戦時と直後の世代の身長が低いのは、食べものに余裕がなかったからだと思われます」
(覚えがある。しかし、一度校舎は崩壊したと聞いているのに、その後すぐ数値を残したのか)
生徒の発表にシュタインは自分の同世代を思い出して頷きながら、学術都市が数値を残していることに感嘆する。
この栄養と肉体の関係は経験則で知っている者が多い知識だが、学術都市が長年蓄えている数値を基にしており、個人の感想しか持たないシュタインを遥かに超えていた。
「最後になりますが自分から感想を一つ。千年後には世界中の食卓で肉が当たり前のものとなり、筋肉をつけるために特化した食材が生まれ、極めた肉体を披露する大会が開催されるのではないかと思います」
(っ!?)
シュタインは発表に対して質問をするどころではなく、生徒の発想の大きさに圧倒されてしまった。
(な、なんという未来を見ているのだ! 流石はララが再建に協力した学園! まさに賢者達の学び舎!)
教室を出たシュタインは戦友が関わった学園の偉大さに敬服する。
(アルベール師。やはり貴方の言う通り世界は広く、実力に年齢は関係ないようです)
シュタインの師であるアルベールは、慢心するなという意味を込めてそう言ったのであり、学生の発表会で思い出されるとは夢にも思わないだろう
(むう。若いながら見事な筋肉。少し話を聞きたい)
ふとシュタインの視線が外で走る学生達に向けられる。その学生達は服の上からでも分かる逞しさであり、中には若い頃のシュタインに匹敵する筋骨隆々な者もいた。
「失礼します。お話を聞かせてもらって構いませんか?」
「はい? どうされました?」
「皆さんは魔法使いですよね? それなのに随分と鍛えていらっしゃると思いまして」
シュタインは戦友達に対するものではない礼儀正しい口調で、休憩のために足を止めた学生達に話しかけた。
「ああなるほど。肉体を鍛えれば頭も活性化して、学力が向上するということを証明したいんですよ。残念ながら机に向かう時間こそが必要であり、学園が推奨している運動は健康を維持するだけのものと思っている者もいますが、我々は脳と筋肉、運動には密接な働きがあると思っていて」
「す、素晴らしい……お若いのに世の真理を理解しておられる。流石は世界に誇るグリア学術都市の生徒」
「あ、ありがとうございます」
生徒から自分の理論をそのまま用いられたシュタインは、感極まって目を見開き生徒に若干引かれていた。
余談だが煮え立つ山で修行していた時期のシュタインは勉学も優秀で、これは間違いなく自分の後を任せられると師のアルベールから期待されていた。
残念ながら優秀だったせいで生でも死でもない道を見つけ出してしまい、アルベールの予想とは全く違う未来になってしまったが。
「えっと、まあ、学園にも飛行魔法を研究するより、まずは走れるようになれという言葉がありますし」
「なんと、なんと素晴らしい……!」
話を変えようとした学生の言葉にも、シュタインは今日何度目か分からない感動を覚える。
「世界の未来は明るい!」
世界を救った一人であるシュタインが力強く世界の未来の明るさを断言した。どうやら彼の頭の中では筋肉が世界の光と密接に繋がっているようだ。なおその理論を応用すると、世界で一番筋肉があるのはフェアドという話になってしまう。
「来てよかった……」
これ以上なく感情が籠っているシュタインこそが、ある意味で一番学園の見学を楽しんでいた。
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