授業参観

 見学の手続きを終えた勇者パーティーの一行は、それぞれ別行動をすることになった。


 まずサザキだが、彼は学園の授業に対する興味が薄く隅々まで見学するつもりもない。そのため当然、サザキとララが最初に訪れたのは七十歳の息子の授業だ。


(やりづれえ……)


 これにファルケは心底やりづらいと思った。


 授業参観は自分の子供がどんなふうにしているかの確認であるのは間違いないが、まさか今更されるとは思っていなかった。


(お偉いさんかな?)


(誰だろう?)


(見たことないけど遠方の大魔法使いとか?)


 屋外の訓練場で集合している生徒達は、自分達のかなり後ろで見学しているサザキとララに首を傾げたが、魔法を志すならどう見ても百歳近い老人を侮らない。


 衰えた剣士が剣を握れなくなっても、魔法使いはため込んだ知識のおかげで寧ろ強力な場合が多い。


 よぼよぼの爺を蹴飛ばそうとしたら大魔法使いで痛い目を見たという童話があるが、魔法使いの多いグリア学術都市ではそれが実際に起こる可能性が大いにあるのだ。


(ひいひいお爺ちゃんとお婆ちゃんだ)


 一方、血脈の末にいるコニーはマイペースにサザキとララを見ていた。


「さて、授業を始めよう」


 気を取り直したファルケは年若い生徒達に向かい、授業の開始を宣言した。


「私はファルケ。役割は魔法使いと剣の関わりについて君達に教えることだ」


 学園ではちょうど新学期が始まったタイミングであり、ファルケは基礎的な授業を受けていた生徒達に自分の役割を説明する。


「まず、魔法があれば剣を持った者は怖くないという思いがあれば捨てなさい。もし誰かに剣など恐れるに値しないと言われていても、君達が漸進層や深層位の魔法使いになってもだ」


 ファルケは学園外の魔法使いの下である程度修行してから生徒になった者達を見ながら、剣への油断と慢心があるなら捨てろと言った。


「質問があります」


「どうぞ」


「先生の位階を知りたいです」


「深層位になる」


「え……?」


 挙手した男子生徒がファルケに魔法の位階について尋ねたが、深層位の魔法使いであるという答えに彼を知らない生徒達がざわりとどよめく。


 歴史上数人しかいない超深層という例外中の例外を除いて、深層位の魔法使いは事実上頂点と認識されており、グリア学術都市の頂点である魔法評議会の議員も多くが深層位だ。


 生徒達は目の前にいるファルケが超一流ということへの困惑と、そんな魔法使いが剣への侮りを捨てろと言ったことへの戸惑いが同時に起こったのだ。


「剣も攻撃魔法もなにかを殺す手段だ。手段に過ぎないものに対し、単に魔法が優れているから絶対な力関係があると思い込むのは危険だ」


「意見があります」


「どうぞ」


 ファルケの教えに対し、少々顔を顰めている女子生徒が挙手した。


「私の師は魔法障壁を破れない剣士が魔法使いに勝つことなど無理だと思っています」


 女子生徒は大戦後に生まれた幾人かの高位魔法使いが思っていることを代弁した。


 完全に間違っている訳ではなく、魔法使いが張った障壁は単なる剣士では突破できず、剣士は一方的に殺されるだろう。


 だがそれは限られた状況下での話であり、頭でっかちな魔法至上主義の妄念でもある。


「排泄、食事、水浴び。なにかを取り込む、または外に出す必要がない存在が常に魔法障壁を張ることができるならばな。それと寝ている最中に殺されることも想定していない。開けた場所で名乗りながら真っ正面からやってくる奴は物語の騎士だけだ」


 ファルケの言葉に女子生徒は詰まる。


 研究者気質の中で更に一部の高位魔法使いは、縁がない実戦の想定が空想になりやすく都合のいい考えをしてしまう。


 魔法使いにとって有利な想定してしまうのはその最たるもので、不意打ちや汚い手段を排除してしまうのだ。


「それに魔法障壁も剣に対する究極の防御手段ではない」


 物理的な手段ではほぼ突破不可能なはずの魔法障壁をファルケは不完全なものだと断ずる。


「言えてるね」


 ララは息子の言葉に頷きながら隣にいる夫をちらりと見る。


「クローヴィス流派を筆頭に高位の剣士は魔法障壁を切り裂ける。絶対のものではないのだ」


「実際に見ないとなんとも言えません」


「では実演しよう。魔法障壁は張れるか」


「は、はい」


 ファルケの説明に食い下がる女子生徒だが、実演すると言われて戸惑いながら指を輝かせ光の壁を周囲に展開する。


 障壁は対魔法においてなら術者の腕に左右されるが、物理的な物に対しては誰が使っても一定の強度が保証されている。と思う者が多い。


 ただファルケや兄弟分のクローヴィスは違うと断言する。


むら、ほつれと言ったものがある」


「えっ!?」


「げっ!?」


 ファルケが魔法障壁の脆弱な部分を見つけ出して単なる木剣を無造作に振るうと、障壁は消え去り幾人の生徒が悲鳴を上げる。


 サザキの一門にしてみれば魔法障壁の弱い部分を突くのは当然で、そのために斬りやすい部分と斬りにくい部分を把握するための技術を磨いていた。


(やっぱりあそこだったかあ)


 それは末のコニーもそうで、彼は曽祖父と同じ視線で魔法障壁の脆弱な部分を見つけ出す天才だった。


「これは私だけの技術ではない。先ほども言ったがクローヴィス流派を筆頭に、複数の剣士が修めている技術だ」


 ファルケに驚愕する生徒から視線を外したララは、再びちらりと隣のサザキを見る。


 七十年ほど前に人類史上最高の天才魔法使いララを見て、面倒だが斬れるなという表現で終わらした男を。




独り言のあとがき。


自分の作品を見てくださっている方への先回り。


先々代アーサー、と言う。

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