新たな世代と過去の遺物2

「ここが魔法学院かあ」


 奇妙な継ぎ接ぎだらけの魔法学院を見上げるフェアドは、寒村の末っ子だったため学が殆どない。


 最前線で戦っていた当時に至っては字の読み書きもできず、軍や王国の行動も口頭で伝えてもらわないと理解できなかった。そのせいで活躍し始めた時期は貴族や軍の高官から随分と侮られたものだ。


 それは他の人間もそうで、読み書きもできない小僧が青空を取り戻すと言ってなにになると思われていた。


 力こそが至高だった時代で片腹痛いが、人間とは他人の劣っている部分を探さなければ気が済まない生き物なのである。


 結局その読み書きもできない男は世界を救って見せ、戦後になってエルリカから勉強を教えてもらっていた。


「立派なところですねえ」


 尤もフェアドと共に魔道学院を見上げるエルリカも色々と怪しい。


 大魔神王を殺すためだけの兵器として育てられたエルリカに識字能力があるのは、作戦行動を円滑に進めるための一環として教えられただけで、断じてエルリカの将来を思ってのことではない。


 他に受けた教育も薬や毒、傷の手当てや殺し方であることを考えるとやはり殺戮兵器として作られたことが分かる。


「き、筋肉と自然が服に遮られて力が出ない……」


「はいはい」


 流石に学び舎に半裸で行くのは止めろと仲間に言われて布を巻き付けているシュタインと、彼の言葉に取り合わないマックスは逆にちゃんとした教育を受けている。


 れっきとした聖職者でもあるシュタインは仲間と共に勉学にも励んでいたし、マックスは心を病む前の父の方針で、存在しない王族なのに教師を付けられていたのだ。


「もうずっとそれでいろよ。威厳ってのがあるぞ」


「断固拒否する」


 マックスが本気でシュタインにそのままの姿でいてくれと頼み込んだが、即座に拒否された。


 布を体に巻き付けているシュタインは、自然と調和した気の持ち主であるが故に半裸の不自然さがなくなると徳の高い聖職者といった雰囲気に仕上がっていた。


「さて、倅と玄孫の授業参観といこうか」


「そうだね」


 なおニヤリと笑っている似たもの夫婦のサザキは息子や孫はともかく俺は剣だけ振れればいいという感性で、ララは説明の必要がない賢者だった。


「思えば若者達がこんなにいる場所へ来たのは初めてかもしれん」


「そうですねえ」


 よちよちと歩きながら学園の敷地に足を踏み入れたフェアドの言葉にエルリカも同意する。


 流石に大戦中でも若年兵だけの軍というものは存在しなかったため、大勢の若者が一つの場所で暮らしている場所はフェアドもエルリカも未体験だった。


 かつてはあと一歩でその若年兵だけの軍が成立しそうな時代だったが……。


「すまんちょっと待っててくれ! 忘れ物した!」


「はーい」


「あの二人付き合ってる気がする」


「あ、俺もそう思う」


「ヤバい遅刻する!」


 勇者パーティーは鋭敏な感覚で騒がしい生徒達の声を認識する。


「ほっほっほっ」


「ほほほほ」


 思わずフェアドとエルリカから笑い声が発せられた。


 若者達が若者らしくしている。それは当たり前ではなかった尊いものだった。


(平和だねえ)


 何度目になるか分からない感想をマックスは抱く。


 少なくとも家族に形見を渡すことを忘れたのではない。恋人と今生の別れをするのではない。逃避行に間に合わず置いて行かれた訳でもない。かつての当たり前ではなく、今の当たり前が学園では広がっていた。


 誰も彼もが命を懸けたからだ。


「これは……慰霊碑か」


「ああ。大戦で戦死した生徒や職員。用務員、食堂の調理員。出入りしていた商人に至るまでのね」


「そうか……」


 門から校舎へ向かう道のど真ん中。来校者が絶対に相対しなければならない位置にある、磨かれた大きな白石に刻まれた名前を見たフェアドはララから詳細を教えてもらう。


 軽く百を超える名前は確かに誰かの親であり、誰かの子であった者達だ。


 踏み潰され、燃やされ、食われた。体の半分が残っていればいい方で、中には腕しか見つからなかった者だっている、生きるために戦い果てた者達の名前。


 だが最早歴史の一部。慰霊碑も生徒達の生活にあるいつもの光景の一つでしかない。


 汚れはなく丁寧に清掃されているが、長命種を除いて大戦の当事者であった世代はほぼ亡くなっているのだから仕方ない話だ。フェアド達とそのすぐ後の世代が死ねば、通常の人間にとって大戦は完全に過去のものと化すだろう。


 この名前に対してフェアド達は救えなかったと傲慢な考えは抱かない。そんなことをするのは神だ。尤も雑多な神々の多くは、大戦最初期に大魔神王が仕掛けた一斉攻撃に耐えられず消滅していた。


 そしてじっと慰霊碑を見ているフェアド達の心境を他人が察することは出来ない。当事者ではない学園の生徒なら猶更だ。


「行こうかの」


「はい」


 確かに存在していた人の名前に見送られて、フェアドとエリルカは校舎に歩を進める。


 彼ら自身もいつか慰霊碑と同じく単なる過去に、歴史に、伝説に、おとぎ話に、そして忘却されるかもしれない。


 尤も英雄や勇者なんてものが必要とされない世の中こそが、彼らの望んだものだろう。

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