新たな世代と過去の遺物

 朝日が眩しく照らしているグリア学術都市を十代の少年、もしくは青年になりかけているとも表現できる人物が歩いている。


 この赤い瞳と金の髪を持ち、年齢相応に年若い顔を持つコニーは魔法学院の生徒だ。両親は用があって街を一旦離れているが、曽祖父と曾祖母がいる。しかし学園で集団生活をしなさいと言われ寮で暮らしていた。


 そんな彼が午前の休講を利用して曽祖父達の家に向かっているのは、高祖父と高祖母がやってきたので顔を見せに来なさいと連絡を受けたからだ。


(えーっと、最後に会ったのいつだったかなあ?)


 コニーはのんびりとした思考をしながら街を歩く。


 一見すると柔和。悪い言い方をすれば覇気がなくどんくさく見えるコニーだが、天才奇才に鬼才の学生が多い学園において変わった友人が多く……コニーもその一人だった。


「おはようひいお婆ちゃん」


「おはようコニー」


 そろそろコニーが来るだろうと待っていた彼の曾祖母が温かく迎える。


 コニーはいつも微笑んでいる優しい曾祖母が好きだったが、猫を被っていることまでは知らなかった。


「さあさあこっちへ」


「うん」


 曾祖母、アニエスに案内されたコニーが案内されたのは高祖父と高祖母のいるリビング。


 もっと言えば勇者パーティーが集結している場だった。


「お久しぶりですひいひいお婆ちゃん。ひいひいお爺ちゃん」


「来たかい」


 玄孫が来てもニヤリと笑うだけのララに、まあ大きくなってと感涙を流すことなど期待するだけ無駄である。


「おお、デカくなったな! だっはっはっ!」


「ちょっ!?」


 その代わりサザキが驚くコニーの体を掴んで持ち上げて喜色を浮かべる。


(誰だこいつ?)


 大戦終結後はサザキ達とも交流が少なかったマックスは内心で困惑する。


「孫とかひ孫にもあんな感じだったのか?」


「私の知る限りで、子供の時期はそうだな」


「マジか……」


 思わずマックスは隣にいたシュタインに小声で尋ねたが、返ってきた返答は肯定だった。


 ファルケに対するサザキの態度は間違いなくマックスの知る彼だったが、今の剣聖は玄孫に会えて喜ぶ爺にしか見えなかった。


 尤も疲れ果てて寝ているファルケがいればその優しさを俺にも分けろと文句を言うだろうが、彼が幼い時のサザキもこのような感じだった。


「今から一緒にどっか遊びに行くか?」


「あーっと、午後からは授業があって……」


「そうか……」


(人間って色々あるなあ……)


 玄孫を遊びに誘ったが断わられて残念そうにするというサザキの一面を見たマックスは、人生そのものを偽っているくせに、仲間の知らなかった面にある意味感心する。


(結構弟子も多いからな)


 一方でマックスとは違ってシュタインの方は、サザキがかなりの弟子を育ててることを知っているので、まあこういう人間なんだろうと思っていた。


 特に大戦直後のサザキの弟子達は何人かが戦災孤児で、彼は親代わりとしてなんだかんだとやっていた。


 皮肉屋で酒飲みの剣聖にも色々と一面があるのだ。


「お久しぶりですフェアドさん、エルリカさん」


「また会えて本当に嬉しいのう。元気そうで何よりじゃ」


「ええ、ええ。本当に大きくなって」


 フェアドとエルリカには数回しか会ったことがないコニーが挨拶をすると、ジジババ夫婦はララよりよっぽど感動しているようで感涙しそうになっている。


「初めましてコニーです」


「シュタインだ。会えて嬉しい」


「マックスってんだ。よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いします」

(うわあ。勇者パーティーの皆さんが揃ってるんだ)


 続いてコニーはシュタインとマックスに挨拶をする。


 コニーはフェアド達が勇者パーティーであることを教えられていたが、アルドリックなどに比べたら感動は小さい。


 元々コニーが年齢不相応の落ち着きを持っていることもそうだが、七十年近く前に活躍していた人物は今の若い世代にとって最早完全に別世界のことなのだ。


 それは学園の生徒達も変わらず、世界が赤く染まっていたのも。学園にある慰霊碑も。この街の壁が金色に輝いている理由も。全てが歴史で勉強した遠い過去の出来事なのである。


「学園は楽しいかのう?」


「はい」


 その古ぼけた伝説であるフェアドの問いにコニーは素直に答えた。


 奇人変人が集まりやすい学び舎であるが、コニーには間違いなく楽しいと断言できるものだ。


「それはよかった」


 若者が学び舎で楽しく暮らしていることに、フェアドは眩しいものを見るかのように目を細める。


 それはかつて存在しなかったものなのだから。


「ところでなんじゃが魔法学院はいつでも見学ができると聞いての。儂らも行ってみようという話になったんじゃよ。ひょっとするとコニー君の授業風景をちらりと見るかもしれん」


(これは大変なことになるかもしれないし……ならないかもしれない)


 フェアド達の予定についてコニーはのんびりと思考ながら、流れに身を任せることにした。恐らく既に明鏡止水の心を持っている武の天才なのだろう。恐らく。


 そして。


「おお。大きい学び舎じゃのう」


「そうですねえ」


「酒は流石に置いてきて正解か」


「明日は雨だね」


「ふくらはぎの筋肉栄養学の講義は……」


「そんな限定的な講義なんてある訳ねえだろ」


 色々と騒がしいジジババ達が学び舎にやってきた。

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