悪友

本日連続投稿3話目です。ご注意ください。



「しかしまあ、お前らが山から下りてくるとはな。そんなに俺の顔が見たかったとは嬉しいじゃねえか」


「お前だけの顔を見るために下りて来たんじゃないわい」


「全くです」


 宿屋で一泊したサザキが街を歩きながら、思い出したように友達甲斐があるなとフェアドとエルリカに笑いかけるが、その友達二人は少々雑な対応だ。


「分かってる分かってる。ひ孫の次くらいに俺に会いたかったんだろ。二番目で十分だ」


 尤もサザキの方も全く気にした様子がなく、手に持った酒瓶を揺らしている。


「お前が一番会いたいのはララだな」


「ああああああああ……本当に参ったな……どんな顔したらいいんだ。マジで気恥ずかしい」


 だがフェアドの返しに、笑っていたサザキはしゃがみ込みそうになる。


「そもそもなんで遺産がどうのこうのの話になったんです?」


「一生の不覚だ。弟子に俺の遺産やら何やらを書いた遺書を託したはいいが、遺書って肝心な部分をすっかり伝え忘れてた。そのせいで手紙としてララのところまで直通したんだ。ララから魔法メッセージが送られて、遺書は死んだ後に出すもんだろうがと言われたよ。分かるか俺のその時の気持ち? 飲んでた酒を吹き出すとかちょっと記憶にないぞ」


(内容は遺産だけじゃないぞこりゃ)


(きっと愛しているとか書いていましたね)


 エルリカの疑問に心底弱り果て表情のサザキが答える。


 だが単に遺書を書いただけでここまでサザキが取り乱すとは思えなかったフェアドとエルリカは、互いに視線だけで会話して正解を導き出した。


 ララという名の老婆とサザキは中々奇妙な夫婦関係で、付かず離れずをずっと続け、今現在は住んでいる街だって違う。しかし確かな愛情を持っており、それこそサザキは遺書に愛しているという言葉を添えていたほどだ。


 だがサザキにしてみれば、そんな気恥しい遺書が読まれようと、その時にはくたばっていると思っていたからこそ書いたのだ。それを読まれてしまったなら、ただただ恥ずかしいとしか言いようがない。


(サザキにも羞恥心があったか)


 フェアドは珍しく悶えている友人を見て少し新鮮な気持ちになる。それだけサザキにとって人生最大のやらかしだった。


「夫婦仲がよろしいのはいいことですねえお爺さん」


「そうだのう婆さんや」


「ほほほ」


「ほっほっほっ」


「好き勝手言いやがる……!」


 上品に笑うエルリカと朗らかに笑うフェアドだが、サザキだけは仏頂面だった。


 ◆


「おう俺だ。乗せてってくれ」


 街を出たサザキは、偶に妻に会うため利用している街を結ぶ馬車に近づき声をかけた。


「うん? 爺さん久しぶりだな。死んだかと思ってたぞ」


「ふん。そうそうくたばるか。ああ、それとダチも乗せてくれ」


「ダチがいたのか?」


「くたばり損ない仲間のな」


「なるほどな」


「お邪魔させてもらいますぞ」


「よろしくお願いします」


「はいよいらっしゃい」


 馴染みの御者と軽口を叩き合うサザキと共に、フェアドとエルリカも馬車に乗る。


 そしてフェアドはこの馬車の馬もゴーレムであることに気が付いた。


「この馬車もゴーレム馬というやつだのう」


「なんだ知ってたのか。いや、馬車でここまで来たって言ってたな」


「うむ。やはりいい時代になったものじゃ。そう思わんかサザキ」


「……なあフェアド。思ったことを言っていいか?」


「うん?」


「爺口調の違和感が凄い。それはもうヤバイくらいに」


「ほっとけ。寧ろ出会った頃から殆ど変わらんお前がおかしい」


「こ」


「心が若いんじゃなく成長しとらんだけだ」


「こ、しか言ってねえだろ」


「分からいでか。それだけ分かりやすいということは、やはり成長しておらんな」


「なら俺も言っておこう。ほっとけ」


 あまりにも他愛ないフェアドとサザキの軽口。


 親友であり戦友である彼ら二人は暗黒の時代を切り抜け、そしてを切り裂き今に至るが、まるで当時と同じようなやり取りだ。


「ほほほほほほ。変わりませんねえ」


 しわくちゃ爺に成り果てようと全く変わらないフェアドとサザキに対し、悪ガキだった頃の彼らと出会ったエルリカは、当時を思い出しながら上品に笑う。


『まあ見てろエルリカ! 青空ってやつを取り戻して見せる! そうだろサザキ!』


『俺は酒職人様の皆様が働ける世の中にしないといけないから』


『お前まさかまた酒飲んでたのか!?』


『記憶にございませんな』


「ほほほほほ」


 青臭くただただ駆け抜けた若き日を思い出して。


「それじゃあ出発するぞー」


 爺二人がじゃれ合っている最中も客は馬車に乗り、予定の時刻となったためゴーレム馬車が歩みを始める。


 一行が向かうは魔法都市マルガード。


 ゴーレム馬車が生み出された都市でもあり、最先端の魔法技術が研究されている学術都市でもある。







 ◆


 おまけ


 “剣人”クローヴィス

 ‐完成した“個”か、技術を継承する“流れ”か。武人によってそのどちらが正しいかの答えは違うだろう。だが少なくとも、彼の兄弟弟子でクローヴィスを侮る者は一人もいない‐


 “可能性”のカール

 ‐未来。可能性。ああ、なんと素晴らしい言葉だ。そしてなんと凄まじい-


 “神速の剣聖”サザキ

 ‐幼少のサザキは空の酒瓶を振り回し、まさに子供の仮説を考えた。誰よりも速く剣を振るえるのならば、それは最強の一つなのではないか、と。

 正しかった‐

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