弟子 裏

本日投稿二話目になります。ひょっとしたら夜にもう一話上げるかもしれません。


思ったよりも皆様から評価していただけたので急遽投稿。皆様ありがとうございまあああす!



「おおおおおお!」


「ぜああああああああ!」


 木剣を持った男達の裂帛の気合がクローヴィス流派の道場の中で轟く。


 クローヴィス流派の道場は、木造の建物の中も外も訓練場として機能するほど広い敷地を持っており、それだけで領主から特別扱いされていることが窺える。


 その奥に座る偉丈夫。六十を過ぎている筈なのに筋骨隆々の男こそが道場で汗を流す男達の師。


 斬って斬って斬り続け、ついには頂点種である筈のドラゴンすら斬り捨ててしまった男。


 それこそが“剣人”クローヴィスであった。


 そんなクローヴィスはここ数日忙しかったようで、道場は高弟達に任せて領主の館に足を運んでいた。噂では犯罪者を捕まえたとか切り捨てたとか言われており、流石はクローヴィスだと称えられている。


(やっぱヤベエわ。これで師匠や兄弟子達には劣るとか言ってるけど、絶対謙遜だろ)


 青年の割には中々の使い手である門弟の一人が、ただ座っているだけなのに凄まじい“威”を放つクローヴィスに慄く。


 このクローヴィスには謎が多く、師匠や兄弟子達には劣ると謙遜していることが多い割に、その師匠達のことを誰も知らないため、殆どの者は彼の謙遜だろうと思っていた。


 ただこれは事実だ。


 クローヴィスは兄弟子達や師には届いておらず、幾人かの弟弟子にも劣っていた。


 しかし、世間では彼らの中で最も成功している。


「集中せい」


「は、はい!」


 稽古中に別のことに意識を向けてしまった青年をクローヴィスが叱る。


 世界中で多くの弟子を抱え、数十人が激しく稽古している最中でも集中力が乱れた者を見つけるクローヴィスは、指導力と人間観察力に優れ、きちんと技術を継承できている


 師から独立して独自の流派を生み出したものの、後継者への技術継承で困っている兄弟弟子がいることを考えると、クローヴィスの力は得難い素質なのだろう。


 そんなクローヴィスを育て上げた師匠は、さぞ立派なの人物なのだろうと多くの者が思っていたが……。


 もうお分かりだろう。浮浪者にして剣聖サザキがクローヴィスの師匠であり、新たな弟弟子ともいえるカールの件や、強化薬を求めてサザキに打ち倒された者の後処理でここ数日忙しかったのだ。


 ◆


 夜のクローヴィス道場。


(ヤ、ヤベエよヤベエよ……)


 偉人であり、もういい年のクローヴィスが若造だった時のような口調で内心呟く。


「すみません。突然お邪魔させてもらって」


「い、いえいえ! どうかご遠慮なく!」


 王城で剣術指南を勤めていた時ですら緊張したことのないクローヴィスが、ガチガチに固まっている原因。それは申し訳ないと頭を下げている翁と老婆の二人だ。


(師匠のダチとかかなり限られるじゃん!)


 サザキから、ダチと旅に出るから預けてる細々とした物を出してくれと押しかけられたクローヴィスは、一見すると浮浪者にしか見えないサザキが勇者パーティーに所属していたことも知っている。だからこそ、サザキが二人をダチだと紹介した時、クローヴィスの脳内ではある肩書が閃いた。


「俺とは随分態度が違うなあ、おい」


「客観的に考えてみろ。路地裏で酒瓶持って寝っ転がってる奴に遠慮が必要と思うか?」


「そいつは酒の道理ってのが分かってるから尊敬されるべきだ」


「酒馬鹿の道理だろうが」


(あわわわわわ。師匠に酒馬鹿とか言っちゃってるよ。実際そうだけど)


 サザキが緊張しきっている弟子のクローヴィスを揶揄うと、即座にフェアドから突っ込みが入った。それに慄くクローヴィスもかなり遠慮がないことを思っていたが。


「それにしても東衣ひがしころもか。久方ぶりに見るな」


「そうだろう、なんせ俺も久しぶりだ」


 軽口を止めたフェアドが目を細めてサザキの服装を懐かしむ。


 サザキの着る東方諸国の東衣は少々独特な衣装であり、合羽、手甲、股引、脚絆、足袋に草鞋と呼ばれる物を身に着けていた。


 この一帯で珍しいは珍しいが、サザキ達が若い頃に比べ現在は東方諸国との交流が活発であり、かつての奇抜な衣装は時折見かける異国の服程度の認識になっている。


 いずれもクローヴィスがサザキから預かっていた物だが、全てが完全に特別製であり、最上位の物理・魔法両面に対する防御性を誇っている。これに彼の腰にある妖刀を加えると、城が建設できるほどの価値があるだろう。


「折角道場にいるんだ。懐かしいついでにやるか?」


(み、み、見てええええええええええ! え!? 俺だけが見ていいの!? 兄弟子達に知られたらなんで教えねえんだって、マジ顔で襲撃してくるんだけど!)


 サザキがニヤリと笑いながら腰に差した刀を揺らしフェアドを見ると、クローヴィスは思わず手で口を塞ぎ子供のような絶叫を我慢する。


 伝説の剣聖と、クローヴィスの推測が正しければこれまた伝説の人物の立ち合いなど、全世界にいる強者が見物席を巡って殺し合う程の一大事だ。


 ただし一点だけ問題がある。


「この辺りが全部吹き飛ぶだろうが」


「まあそうだな」


「あ、それは……」


 呆れたようなフェアドの言葉に、自分の道場が吹き飛ぶのは勘弁してほしいクローヴィスが急に冷静になった。サザキの異常な剣の間合いを知っているクローヴィスは、それが現実的に起こり得ることを知っている。


「よし。じゃあ世話になったなクローヴィス。夜はこいつらが泊ってる宿屋で過ごすから、また数年後に会おう。カールの洟垂れを頼んだ」


「はい師匠」


 預けていた物を全て身に着けたサザキは、指導力のあるクローヴィスにここ数年面倒を見ていたカールを託す。サザキもできるならカールを最後まで指導してやりたかったが、残された時間を考えると確実に中途半端な物になるため、信頼している弟子に任せるしかなかった。


「旅の天気がいいことを願っています」


「分かってるじゃねえか」


 クローヴィスは最後に旅の無事を祈るのではなく天気がいいことを願い、サザキはニヤリと笑う。


 かつての勇者、聖女、剣聖が揃った旅なのだ。


 平穏とは程遠く……。


 そして旅の無事を害せる者がいる筈ない。

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