冠する二つ名は

 切って斬ってただひたすら切った。斬れた。


 ◆


「ちょっと門で時間が掛かっておるみたいだの」


「そのうち順番がくるでしょう」


「うむ」


 行列からひょっこりと頭を出して前を確認したフェアドは、エルリカの言う通りだと頷く。


 馬車に乗りリアナルドの街の外まで到着したフェアドとエルリカだが、街を囲む壁の門に並ぶ人々の手続きが中々処理されないようで、人だかりができていた。


 しかし御年九十ほどの老夫婦が今更その程度で苛つくはずもなく、石や木のように佇んでいる。もし立っていなかったら死んでると思われただろう。


「次、うん? 爺さん婆さん、連れはどこで何人だ?」


「儂と婆さんだけですじゃ」


 それから暫く。フェアドとエルリカの番となったものの、年老いた二人だけが一歩だけ前に進んだことを疑問に思った門番は、連れがいないかと尋ねた。


「お迎え迄の間に知人の顔を見ようと思いましてな。馬車に乗って来ました」


「なるほどな」


 フェアドによるまさに魔法の言葉。お迎えが近いから知人に会いに来たと伝えれば、大勢の人間が納得してくれる。


「通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 門番からしてもフェアドとエルリカはどう見てもヨボヨボの夫婦だったため、特に問題ないだろうとほぼ素通りさせた。


「これはまた変わりましたねえお爺さん。いえ、元に戻ったんでしょう……」


「そうだのう婆さんや……」


 酒の街リアナルドに足を踏み入れたエルリカとフェアドは街中で呆然とする。


 かつての大戦前から酒で有名だったこの街だが、戦時中は薬品や錬金術の品々が作り出される軍の一大生産拠点と化し、怪しげな服装を着ていた者や職人が切羽詰まった表情で忙しなく動き回っていた。


「月無し酒が入荷したのは本当か?」


「樽ごとくれ!」


「早く酒を運び出せー!」


 それが大戦前と同じ光景。酒に関わる商人や職人達があちこちで声を上げ、商売繁盛という言葉通りの賑やかさである。


 フェアドとエルリカが知っているのは、戦時中の殺伐さと終戦後すぐに再び酒の街として活動しかけていたリアナルドの街だ。それ故に今と昔がかけ離れているため呆然としていたのだ。


 だがその様子は誰がどう見ても、子供を頼って田舎からでてきた老夫婦に他ならず、完全なお上りさんであった。


(まあこれはこれでいいのだろう。酒の良さはさっぱり分からんが、寿命をごっそり削って一時の力を得るような薬が作られるよりはよっぽど)


 フェアドはかつてリアナルドで作られていた劇薬の類を思い出し、よちよち歩きをしながら街を見渡す。


 一進一退だったかつての大戦中、魔の軍勢に家族が殺された者が求めたのは、手っ取り早く自分を強化して、家族の敵を討つための手段だった。その需要に応えるため、変わり者が多い錬金術師達が生み出した強化薬が一時期生産されたものの、副作用も強力過ぎてその変わり者達が自ら封印した曰く付きである。


 だがそれもかつての話だ。


 今現在のリアナルドは単なる酒の街であり、怨念と執念が形作られるような場所ではない。


「さてどこにおるかのう」


「まあ任せてください。もし、そこの方。酒瓶片手に寝っ転がってる年寄りを見かけませんでしたか?」


 目的の人物がどこにいるのかと顎を擦っていたフェアドは、通りすがりの男へ声をかけたエルリカのとんでも発言に、思わず顎から口に手をやった。


 それは妻の説明があんまりだと思ったからか。


「ああ、あの酔っ払い爺さんの知り合いか? 向こうの路地裏で倒れてるぞ」


 はたまた通じてしまったことに吹き出しそうになったからか。


 ◆


「やーっぱり飲んだくれとるわい」


「相変わらすというかなんというか」


 路地裏で想像通りと言わんばかりのフェアドとエルリカの視線は随分下、人への目線ではなく地面である。


「ひっく。幻聴が聞こえるくらい飲んじまったかあ。フェアドのアホとエルリカの声が聞こえちまった」


 両手に酒瓶を握りしめ、路地裏で大の字となり酔っぱらっている、フェアドやエルリカと同年代の老人。長い白い髪を結び、擦り切れた粗末な服からだけではなく、肌からも酒の臭いをプンつかせている様は浮浪者同然である。


 しかし、腰に差している得物が奇妙だ。東方諸国から流れ着いた刀と呼ばれる特殊な武器は、浮浪者が持つには相応しくない。


「儂がアホならお前は酒馬鹿じゃい!」


 フェアドは自身と比べてそれほど背は縮んでいない浮浪者の耳元に顔を寄せ、アホ呼ばわりしてくれた酒馬鹿に怒鳴った。


「ぐえ!? フェアドぉ!?」


「私もいますよ」


「エルリカもだぁ!?」


 水をぶっかけられたわけでもないのに、フェアドの大声に驚いた浮浪者が地面から飛び起きる。


「山から下りてきたのか!」


「本当に変わらんのう……」


 ジジババ夫婦と同じしわくちゃな顔で笑みを浮かべる浮浪者に、フェアドは呆れたような懐かしむような奇妙な表情となる。


「まあいいか。久しぶりだのうサザキ」


 フェアドが眼差しを向ける浮浪者こそ目的の人物。サザキという名の老人であった。


 冠する二つ名の名は……。

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