第27話

「城くん」


「はい?」


「城くんは、どうやって二人を見分けてるの? 実は何かコツとかあるの?」


「月見さんと雪見さんですかー?」


「うん」


「後ろ姿なんかだと時々間違えてどつかれますよ、今でも。絵とか描いててくれてるとカンタンです。月見さんは抽象で、雪見さんが印象だから。性格的には、ストレートにきついのが月見さんで、じんわりときついのが雪見さんですよね。見た目にコツはないんじゃないのかなぁ。良くほら、双子だとほくろが逆とかありますよね。そういうのはないし」


「じゃあ、みんな、雰囲気で見分けてるってこと?」


「うーん。実際、見分けてるのかな、と言うのもあるけど」


え?


「わからないまま話している人もいるんじゃないかーと思うんですよ。それで、お二人はいつも一緒にいるんじゃないかって。見分ける必要をなくす為と言いますか。まぁ、これは僕の勝手な想像で、他人に話すなと松宮先輩から厳しく言われてるんですが」


「それを話しちゃっていいのか? おまえ」


「葉月さんはいいでしょーと思いまして」


「基準はどこなんだ、その基準は」


「感覚です、感覚。松宮先輩も、最後は感覚だと言ってました」


「頭っから感覚のみで動いている奴のセリフかよ」


 柴田先輩にかかると松宮くんはめちゃめちゃだ。と言うよりも、実は城くん以外にはずたぼろだと言うべきなのかも。


 あー、でも、松宮くんって、……立派なだけじゃないもんね。少なくとも。私が知っているだけでも。ためになる助言はしてくれるけど。月見ちゃんたちのことについては、まだためになってるかどうかわかんないけど。


「松宮くんは、長く一緒にいれば見分けられるようになるって言ってたけど、私、全然無理な気がする。だって、見れば見るほどそっくりなのに」


「あんまりマジになるなよ、はっつぁん」


 ……。


「それ、私のことですか」


「そんなカンタンに時間超えられちゃったら、未来デパートの商品開発部がかわいそうじゃないか」


 未来デパート?


 ……あぁ。


 長いことゆっくり考えて、私は柴田先輩の言葉を飲み込んだ。時間は超えられない。その通り。そんなものには逆らおうとしたって、効果が出るわけでもないんだ。


 ふしぎなことに私は、こんなところで非常に落ち着いてしまっていた。同じ学年じゃないからなのか、柴田先輩も城くんも、とっても話やすかった。あんなに親切にしてもらっていて失礼だけど、松宮くんとかよーちゃんとかとは全然違う安心感がある。こんなほっとした気持ちで、コーヒーを飲んだりできるなんて。この校舎の中で。


 変だな。なんかすっきりしたみたいな気がする。うまく片付けられたみたいな感じだ。何がどう動いたってわけじゃないのに、どうしてだかわからないけど、片付いちゃった。あれ。いいことだと思うんだけど、なんか変。いいんだけど、なんだか簡単すぎて変だ。いいんだから、いいんだけど、いい、よね? これ。


「葉月チャン」


「は。はい」


「一時間目、化学。出るんでしょ」


「あ」


「案内するわ。行こ行こ」


 すごい私。忘れてた。なにしてるんだ、学校に来て。信じられない。ぼーっとしてる私の前の空のお皿とカップを、城くんがさらってく。あ。


「いいいい。片付けはあいつの仕事。好きでやってんだから、やらせたり。進級できる程度には、授業に出ろよ、城」


「計算してます。だいじょうぶですよう」


 中学生のうちからそんな態度でいーんだろうかなんて思うんだけど、城くん。ギムキョウイクなんだから。だけど、雪見ちゃんたちにあんな風に鍛えられてたら、きっと世渡りはうまくなる。うん。松宮くんのことも見習っているわけだし。柴田先輩もこんな調子なんだから、美術部にはきっとまだほかにもたくさんいろんなのがいるに決まってる。


 と思うと、美術部に限らなくても、この学校は全体的にどこかが狂っている、ような、気持ちになるのは悪いこと、かも。いや、かもじゃなくて、すごい悪いって、狂うなんて表現。


――でも、昨日からの騒ぎに対するここの人達の態度とかって、……やっぱり反応が一味違うみたいな気持ちになる……、よね。


 思うだけなら誰にもわかんないんだから、私だけ勝手に思っておこう。ウン。


「かばん持って一時間目の移動教室って、ちょっと変ですよね」


「安心しなさい。オレなんか教室行くのにかばん持ってないから」


 ホントだった。つまり、手ぶらで学校だ、この人は。


「おぉぉ?!」


 廊下のそう曲がるしかない角を曲がったはずの柴田先輩は、妙な声と共に戻ってきた。ななめうしろを歩いていた私は足を止めて、原因を確認する。飛び出し危険。そこには、もう一人人間が現れていた。誰かが走ってきてたとこで、ぶつかったらしい。


「なんだよ、前見て走れよなっ、っておまえかよ、隆一朗」


「げ。シバさん。スイマセン、すげー急いでたんで。そいで引き続き急いでるんで、しつれーします」


 ぺこりと正しいけれどすごい勢いのついたおじぎを残して、松宮くんはダッシュで消えていた。急いでいる……、確かに。いつも忙しそうな人だ。ホント。


「おはようっ、葉月ちゃんっ」


 一つ階段を降りた下の踊り場から、松宮くんは元気すぎる大きな声でそう言って、私が目を向けたとわかると、笑った。


 あ、私、謝らなくちゃって、そう思ってたのに。だいたい思い出したときには手遅れなんだ、こういうの。もう足音も聞こえない。


 追いかける? 無駄だとは思うけど。


 だけど私は足を前に出せなかった。横にいたはずの柴田先輩が小さく沈んでいることに気付いたからだ。小さく沈む。……うずくまるに近い状態。なんでまた。


「柴田先輩? あの、大丈夫ですか? 先輩」


「ダーメー。オレ、もうダメだー。ツボ、ツボ入った。おっもしれぇぇ」


 一番に考えた、具合でも悪いのかって結論は、その答えと見てるものによって見事に大破。先輩はおなか抱えて笑っているところだった。立ってられないほどおかしいこと。そんなの今……、なにが、ツボ?


 いろいろと思い出してみたりしたけど、柴田先輩がこんなに笑い転げるような出来事を見つけることはできなかった。もうまるで発作みたいに笑ってる。実はこれ、先輩の持病だとかだったり。笑い病。あ、キノコ、とか。城くんの仕業? 朝ごはんにこっそりとか。まさかそんな、また有り得ないことだ。これ。


「化学室、三階の右。一人で行けるよ、めちゃめちゃカンタンだし、わかんなくなったら、その辺から出てきた奴に聞くといい」


 笑いすぎて苦しそうな道案内を、私は頭に覚えさせるために口の中で繰り返した。三階の右。この階段を、


「葉月チャン、葉月チャン」


 階段を見上げていた私は手招きに応えて、小さくなったままの柴田先輩に合わせてしゃがみこんだ。なにをやってるんだ、この人は。


「改正する。独断と偏見で、改正しちゃおう。君についての、マーラーの語りの一部分」


 改正?


「どこを、ですか?」


「そんなひどくはないんじゃない?」


 行って行ってと先輩が手を振るから、私は階段を降り始めた。まだ笑ってると思う、あの人。


 改正って。私の運勢が変化したってことだよね? はっきりしてない改め方で、なんかさっぱりわからない。あの時に語ったことよりも、少しはマシってこと? 『そんなにひどくはない』って。


 マーラーがそう言うなら、それは本当のことかもしれない。そういう方向に動くのかも。お星様だかなんだかしらないけど。この辺りに漂うシンピななんとかが、ちょっとは私に同情して下されて傾いてくれたのかも。


 占いなんかって思ってたのに、いいこと言われちゃうと信じたくなっちゃってる。私ってやつは。


 月見ちゃんだったか雪見ちゃんだったか二人ともだったか忘れたけど、そう言ってたっけ。いいことだけ信じろって。


 ……うん。今ならそれはできそうなことみたいに思える。いいことだけいいことだけ。しょせん占いなんだから。そうだよね。そんなに当たるわけがないんだよね。タロットには多面性。うん。そんなに難しいことじゃないみたい。

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