第26話
素の状態なら、柴田先輩。そして部長。今初めて見る気がしてしまうのは、ちゃんと明りが入っているところで見るのは本当に初めてだからだ。
髪が、光の加減の問題でもなく赤く見える。染めたにしてはむらもなく。マーラーの時はジプシーのおばさんみたいな被り物をしていたから、わからなかったんだけど。それを抜かせば普通な人だと思えないこともない。かも。意外と。普通のただの、美術部の部長さん。例え、月見ちゃんたちの言うように、変人ぞろいなんだとしたって。
変人ぞろい……。でも、この人達のほかのメンバーって見たことないし、ちゃんと活動しているのかも不明だ。あ、でも、これだけ描きかけのキャンバスが並べられているんだから、一応その数だけの部員はいるはずだよね。少なくたって、十人くらい。城くんがいるってことは、中学生も一緒に活動してるんだ。
若きコック長は(部下はいないとしても)、早業で『朝ごはん』を運んできてくれた。クロワッサンに卵サラダ、そしてフレッシュ野菜のサンドウィッチ。お見事。
「おいしくないですか?」
「え、うぅん。すごくおいしいよ」
「そのはずです。当然です」
そんなことを聞かれてしまうってことは、私はおいしくもなさそうな顔をして食べてたってことになる。うちで朝ごはんを食べてきても、まだ食べられるくらいおいしいものを食べさせていただいているくせに、なんてことを。まぁ、……お昼が食べられないような気はする。今度は。
柴田先輩が入れてくれたカフェオレも絶妙なブレンドで、ふだんはミルクなんていれない私にもおいしかった。やってみると、これもなかなかいける。これから時々は、こうして飲んでみよう。
「そうそう、葉月さんね、噂聞きましたよー」
「噂?」
「松宮先輩と一緒に帰ったでしょ。うちの学年エリアは、超活気づいてました。放課後早い時間でしたし、まだかなり残っていたんですね」
「だって、そんなっ。一緒に帰っただけなのに」
やっと意味を理解して叫んだ私に、城くんはめちゃめちゃ楽しそうに笑って続けた。ど。どうしてそんなことに。あんな静かに、ただ同じ方向だから一緒に帰っただけじゃない。しかも、バス停までじゃない。ほんの数百メートルだけのことを、なんでそんな風に言われちゃうはずがない。でしょ?!
「制服が違うから。みんな、校外の彼女が会いに来たのかと思ったみたいなんですね。僕はすぐ葉月さんだなってわかったんですけど、おもしろいからそのままにしときました。これでしばらく一騒ぎですね」
城くんはほんとにおもしろそうに、くくくと笑う。私は怒ろうとして立ち上がりかけて、そのままおとなしく椅子に戻った。怒る言葉が見つからない。だって、城くんは別にそんなに悪くない。そんなに、だけど。
そんな噂は消し止めてくれても良かったとは思うけど、それだって絶対やらなきゃならないわけじゃないんだから。
落としてしまったクロワッサンをお皿から救出する。これを食べてる以上、コック長にくってかかるわけにはいかない気もする。もちろん、思い止まった理由の中に、それがあったんじゃなくて、今思いついただけだけど。
だけど。なにをどう見たら、校外の彼女? 私が、松宮くんの? どうそれ? ふつうな考え方? だって。
「松宮くんって、人気あるんだ……」
「そりゃもう。半端じゃないですよう。あんな外見であんな口で、それで気が回るでしょ。細かいこと気付くけど、嫌味じゃないし、全部いい方に解釈されるんですよね。お得ですよ、先輩は」
全部いい方、には、解釈できない部分もある気がしたけど、どうやら城くんには理想であるところの松宮くんのイメージに逆らうのは悪い気がした。小林君の前で、明智先生の否定はできない。尊敬してるんだろうな、きっと。城くんは、あの先輩を。
確かに松宮くんは、まぁ、そういうタイプの人のようにも思える。もう少し前の私だったら、もっとずっと素直にうなずくことができたと思うんだけど、なんだかいろいろ、そんな風じゃないような姿を見せられてしまうと。いやだけど、そういうところもいいのかな? もっと言うと、そこがいいとか。……うー。
「あいつは友達にしといてベストなんだよなー。少なくとも、自分から向かってくもんじゃないって。隆一朗はさ、自分で惚れなきゃ、自分だってどーにもならんのよ」
「どんな女の人に惚れんでしょーか」
「城。マジでそれに近付こうとしてるんだったら、金払え。オレの神託は有料だ」
「神託って、部長、バチ当たりますよ、そんなん言ったら」
「バチ結構結構。三倍にして返してやる。ふはははは」
「部長はグレイトマーラーだろうが素だろうが、大して変わらないですよね」
「そんなこたない。ありゃ別人格だぞ」
なんて言ってる多重人格な先輩は、私のためのカップにさらにコーヒー、ミルク、砂糖を足してくれている。
「お金は払わないけど、お昼はごちそうします。神託下さい」
城くんは身を乗り出したままそう言って、話を元のルートに戻す。私はお金も払わないし、ごちそうもしないんだけど、城くんほどじゃないけど興味はある。だけど同時に、あの人のカノジョなんて疲れそうだ、なんてこと考えてた。友達にしといてベスト、ってそういうことなんじゃないの?
お昼ごはんな条件に納得したのか、柴田先輩は椅子に戻って口を開いた。もったいぶった割には楽しそうだ。
「隆一朗に相手にされたいんだったら、学校やめるんだなー。まず」
「ってことは、ほんとなんですか? 松宮先輩の校外活動」
校外、活動?
私のワカラナイ視線に気が付いたのか、城くんが振り向いて説明を加えてくれた。ちっとも劣らず楽しそうに。
「先輩って、絶対、うちの学校の子とは付き合わないって話なんですよ。後引くとめんどくさいからって」
「往生際が悪いんだよ、あいつは」
柴田先輩の言ってることは良くわからないけれど(往生際って、どんな時に使う言葉だっけ?)、城くんの方は納得がいった。それは、あの人なら考えそうなことに思えた。トラブルを避けるために、そんな選び方をするだろうな。なんかこう、みんな仲良く、がモットーみたいな人だから。
月見ちゃん雪見ちゃんは、完全に松宮くんのことは子供扱いだし、あの様子からすると、同じ学年の女の子たちは、実はだいたいがそんな態度だとか。よーちゃんは借りばっかりだとか言ってるけど、やっぱり強気だったし、さえこちゃんは雪見ちゃんたちに近いかも。名前はともかく通り過ぎてく子たちも、こう松宮くんの肩を叩いて、りゅういちろーって感じだったし。
うん。……仲良くやってるんだわ。
悪く言うと八方美人かもだけど、みんなに親切なんだから、別にいい。誰も損してないんだし。だとか、ほんの数日な私が語っていいことじゃないか。もうやめよう。大きなお世話だよ、これって。
だいたい。松宮くんのそんな方面よりも、私には重要なことがあるんだから。
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