第23話
放課後にたどり着いた頃には、私はすっかり柴田サン、いやグレイトマーラー・セイジの言うことを、ほぼ全面的に信じる決心を固めていた。ほかにとるべき道はない、だって。
アナタのミのマワりにはウチュウのシンピにミチビかれたイダイなるアンコクのジョオウにヨってヨにもオソロしいサイナンがツギからツギへとサマザマなカタチでオソいかかるコトでしょう。
出来損ないの映画の字幕みたいだけど、確かにそれは当たってる。当たっていると思うと、占い師が憎たらしくなるのはなぜ? タロットのカードに舞い上がった自分が憎い。二度と、その神秘さに憧れたりはしないと、今なら誓える。
あのカードが教えてくれたのは、私に災難が向かってくると言うことだけ。回避の仕方とか、そういう役に立つことはきれーさっぱり。普通、なにか逃げ道が用意されているべきだと思うんだけど、あのグレイトな占い師、その部分こそ真っ先に修行すべきところじゃない?!
未来が予測できても、ただそれだけだなんて、まるでタイムパトロールの規制入った密航者みたい。あぁ、もう……。前途多難なんて言葉じゃなくて……。
「あれ、葉月ちゃん」
丸めた紙を何本も抱えた松宮くんの登場に、玄関にいた全員の動きが止まった。明るく大きく、弾むような声で。
――なんでこんなに、良く会うんだろう……。
「教科書、運んでくれてありがとう。重いのに、ごめんね」
「かっちゃんと半分にしたから、そんなでもなかったし。まさか全部持って帰ったりしないよね、今日」
なんだか失礼な話だけれど、私はその明るさにムッとしてしまった。やつあたりだってわかったけれど、余裕がないから修復もできない。落ち込んだ気分を持ち上げる力なんて、私の中には残っていないんだ。きっと。
「一人でお帰り? 月見ちゃんたちは?」
「バイトだって。さっきまで一緒だったんだけど」
「見分けられるようになった?」
「難しくて。そんなこと」
「努めて似せようとしてるからなぁ、あの二人は」
似せようと……。あぁ、そうなのかも。だから、私にはちっともわかんないのかも。月見ちゃんも雪見ちゃんも、同じようにきれいな子にしか見えない。似てるとかじゃなくて、同じもののような気がする。こんなのひどい発想なのかもしれないのに、だけど、そうとしか思えない。ちゃんと一人ずつに、私だって見たいよ。だけど、難しすぎて、どうやったらいいのかわかんない。
「なんか。元気ない?」
ぽんぽん、という音は丸めた紙の一本で、松宮くんが自分の肩を叩いている音。お気楽そうなその様子に、そんな言葉に、私がなんて答えられるって言うの。
「葉月ちゃん?」
「元気でいられると思う? ふつう、今の状態で元気だったらすごいヘンだと思わない?!」
ぽすん、と最後の音はかすったみたいな音だった。私は顔を上げられなくて。ってだって、どうしたらいいのか。
私が悪い。だってすごいやつあたりだ。だけど、松宮くんだって、だって松宮くん、明るすぎる。私だってこんなこと言いたくなかった。言いたくなかったけど、口から出ちゃったから仕方ない。……とは言い難いけど。
謝らなくちゃならないことは、すぐにわかった。だけど、顔も上げられない私に、言葉なんか選べないよ。とにかくここは全部、そうだ、全部、明日にしよう。
「さらなら。また明日」
――走り出したはずの私は、ちっとも前に進めなかった。右の手首を、松宮くんの手がつかんでたから。なにこれ、なんで?
「ちょっと、こっち」
ずるずると、私は校舎の中に引き戻された。自分の身に何が起きているのかわからないこんな時でも、周りにはたくさんの人がいる、なんてことを考えてる。人。帰る人たち。私だって帰りたい。家に帰りたいのに。
「なに、どこ行くの?」
「かばん、持ってくる。オレも一緒に帰るから」
「だったらなにもっ、私が一緒に行かなくてもいいじゃない。ここで待ってる、それでいいでしょ」
「あんまり」
なにを言ったってムダみたいで、足は止まらないままだった。だいたい、手が離れない。なんでよ。
「あんまり良くないな、それ。葉月ちゃん、オレのこと捨てて帰りそうだし」
「そんなことしない」
「四階。エレベーター使うからすぐだって」
規則違反だと説明したそのボタンに、彼はなんでもない事のように手を伸ばした。使われるはずのないものだから、待つ必要もない。ちゃんと箱は一階にある。
「仕事中だから、理由はあるからね」
中身はなんなんだかわからないけど、その紙は生徒会の義務だということらしかた。これは特権なんだろう。エレベーター使用許可。
箱を持ち上げる機械の音が、床ばかり見ている私の頭に静かに浸透して、こんなことで私は落ち着いてきた。閉ざされた空間に、ほっとしていた。誰もいない。ここには。
「ごめんね。松宮くん」
嘘をついて。そんなことしないなんて言ったけど、置いて帰ったはずだ、私は。あんなの、とっさに口から出た、まさしくウソ。
「なんかいろんなことがごちゃごちゃと起こって、私、すごいやつあたりだった。さっき」
「実際、何を言われたわけでもないし。気にしてないよ、オレは」
そう言う松宮くんは、たぶん笑っているんだろう、なんて考えた。私はそれを見るなんてことはできない。できないと言うよりも、したくないが近い。その後、きっと私がどんな顔をしたらいいのか、わからなくなるから。
落とした視線は、松宮くんの手で止まった。包帯。あぁ……、そうだ、この人は。……やっぱり。
「やっぱり、一緒に帰らないほうがいいんじゃないかと、思うんだけど。うぅん、私と一緒にいない方がいいよ、松宮くん。またなにか変なことが起きるかもしれない。なにかが落ちてきたり、爆発したり。だって、ありとあらゆる災難だって言うんだったら、これで終わるはずないもん」
自分のせいで誰かが怪我をするなんて、見るのはもう嫌だった。私に災難だって言うんだったら、私だけにぶつかってくればいいのに、どうして周りまで巻き込むんだろう。なにが起きたって、一人でいれば一人で受けられるかもしれない。もう私の側には、だれも来ない方がいいのかもしれない。
「葉月ちゃんは、ちょっと振り回されすぎてる。言ったよね、忘れなさいって。ふだんだったらなんでもないことを、ただ気にしてるだけだよ。調理室のオーブンも、図書室の棚も、ただ起こっているだけの出来事で、葉月ちゃんは目撃者の一人に過ぎないわけでしょ、普通に考えれば」
普通になんて考えられるわけないのに。私は下ばかり向いていて、もう一生顔を上げることなんてできないなんて思ってた。視界の一番上に、松宮くんの靴の先が見える。校舎の中なのに、外と同じ革靴を。ずっと履いてるんだから痛むよ。当たり前だよね。こんな話はいつしたんだろう、私たち。初めの日?
「被服室の火事だって、聞いてみれば人災じゃん。仕方ないんだよ、あれは。きよしとかみかこちゃんとか、物事を騒ぎの方向に運んでっちゃう人材が揃いすぎてるんだから。葉月ちゃんの災難じゃない。オレの手にはオレ自身がじゅーぶん責任あるわけだし」
みんなで? それでいい? そう思うのってずるいんじゃなくて、別におかしくもない普通のこと? だってありとあらゆるって言われたのは私なんだもん。私が占いでそう言われてから、そんなことばっかり起こってる。だからそれは、みんな私に向かってくるもの。私だけが、私一人だけが受けるはずのもの。そう考えなくても、いい? 占いの結果だって思わなくても?
エレベーターは少しも揺れないまま止まって、ドアもとても静かに開いた。廊下には誰もいない。一階とは大違い。。
「世の中そんなに占いで見えるものじゃないと思っていいと思うよ。災難なんて、こんな風にはやってこないって」
箱を後にしながら、松宮くんはとても静かにそう言った。丸めた模造紙でまた肩を叩いている。背中になってしまっていることに安心して、私はやっと顔を上げた。ぽんぽんと軽い音が廊下に響いている。あと足音と。後ろでエレベーターの扉が閉じた。
……「災難なんて、とっくに私には災難なのに、ここにいることが、もう私にはじゅうぶん災難なの。なのにどうしてもっととか言われるのかわかんない。これで立派に、ありとあらゆる災難なのに」
「だから、それで終わりでいいんじゃない」
それが当然な事実だというように、松宮くんは言い切った・
「占いなんてただの占いなんだし、シバさんのレベルのほどはあの程度なわけだ。そりゃ当たるときもあるだろうけど、完全に当たったらそれは予言になる。あくまでもあれは占いで、方法がタロットだった以上、物事の多面性を考え合わせるべきだしね」
多面性?
「気にしても意味ないってこと」
良く考えろみたいなこと言ったり、考えても仕方ないみたいなこと言ったり。松宮くんの言ってること、そのままそうできたらいいって思うのに、どうしてもつっかかるようなことを考えてしまっている。
なんで自分でどんどんこんがらがらせちゃうんだろう。なんでもっと簡単に考えられないんだろう。いっそのこと、なにも考えないでいられればいいのに。そしたら。
「ここで待っててね。コレ置いてくるから」
誰もいない廊下に、また安心してる。だけど今だったら、もしかしたら人が大勢いても同じかも。人って、こういう時におかしくなっちゃうんじゃないの? もしかして。いよいよ私、やっとおかしくなれる? そしたら前の学校に戻れ――、バカだな。学校どころじゃないでしょーが。
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