第24話


「おまたせ」


(たぶん)入ったのと同じドアから、松宮くんが出てきた。あの、ぽんぽん言う紙を置いてきたんだっけ。それで代わりにかばんを持ってる。今朝、持ち主と一緒に空を飛んだかばんだ。


 かわいそうに……。


「家に帰って、いっつも何してるの?」


「何って……」


「基本的にテレビとか、ゲームとか。放課後、長いでしょ。部活とかやってた? 転校してくる前は」


「やってた、けど、週一だったから。ない日は友達とどっか寄ったりしてたけど」


 応えながら、やたらと悲しい気持ちが押し寄せて来ているのを感じてた。今の私とは違いすぎる、楽しかった毎日のことを思い出してしまいそうになってる。部活なんて言うほどのものでもないお料理クラブでおやつを作って楽しく食べて。ほかの日はだらだらと帰りながら……。


 思い出さない方がいいに決まってるから、考えないようにしてたのに、とうとう思い出してしまった。なんでもなかったあんな時間が、すごくすごく懐かしくて、すごく、悲しくなった。


 続くとか続かないとか、そんなことを考えたこともなかった。とぎれるはずのない毎日だった。


 それがどうしてこんなことになっちゃったんだ。


 お父さんのせいとか、お母さんだとか、……運命だとか? なにが原因なんだとしても、返せ戻せって気がする。誰でもいいから、責任取れって。


「どっか寄ってく? 葉月ちゃん。雪見ちゃんたちのバイト先とか。変な店だけど、笑えるよ」


――えぇと。悪いんだけど、松宮くん。それをありがとうとは思うけど、今の私にはそんな誘いは全然無理だよ。


「……今日は、私は、」


「疲れたから、早くゆっくりしたい?」


「うん……、そう」


 早く帰って、寝よう。眠っちゃえば、こんなことを思い出したのも忘れる。寝てる間は、嫌なことを考えない。考えてても寝てるから、私は知らないんだもん。だから。もう寝るしかない。


「だけど、葉月ちゃん」


 それが重たく聞こえたから、私は声のした方を見てしまっていた。私よりも少し後ろ。ゆっくり歩いてた松宮くんは、包帯を巻いた方の手で、かばんをもっていた。なんでそんなこと。大した怪我じゃなくたって、そんなことしなくたって。


「寝たらすぐに、また朝なんだよ」


 ……そんなことくらい、わかってる……。


 言い返そうとした私は、その目に黙らされた。そこにはいつもの調子はまったくなく、本当に、真剣な。それで私は、自分が言おうとしていた言葉のくだらなさに気付く。くだらなくて、意味がなくて、自分の気持ちですらない。その場しのぎのそれっぽい、やっぱり嘘だ。


 顔を上げたりしなければなにかは言えたかもしれないけど、だから、……上げて良かったんだ。いろんなことがわかかなくなったって、自分と違うことは言いたくない。


 松宮くんの言うことは理解できる。それが本当だってわかっちゃうんだ。だけど、もう充分努力はしてる。私にほかにどんな風に過ごせって言うの。これ以上いったいどうするのがいいの? こんなにちゃんと、毎日がんばってるつもりなのに。


 一日が終わって、家に帰って、眠る。そして次の朝――、学校に。


 そのままほとんどなにも話さないで、私は松宮くんと別れてバスに乗った。また明日? そんなことできるのかわかんない。眠ったままずっと、目が覚めなければいいんだ。ずっとそのまま、楽しい夢をみたまま。

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