第18話
「おっ。ジャック・ザ・パンプキンヘッド。良くできてるじゃん」
呆然とそれを見下ろしているさえこちゃんとよーちゃんの肩に手をかけて、間からにょきっと松宮くんが現れた。
「よーちゃん、なんか煤臭いね」
「ちょっと火事があったもんだから」
「あ、そうか。ご無事でなにより」
「後でね、隆一朗」
「ハイ。もちろん」
よーちゃんのきつい声に、松宮くんは降参って感じで両手を上げている。後で、なんだろう。なんかケンアクそう。その二人の間にさえこちゃんがすっと紙を差し出した。
「隆一朗、コレ。一緒についてた紙」
「天誅? スイカにどんな罰が下せるつもりなんだ? わかんないなー」
その半紙をポケットにしまって、そしてとうとうスイカを拾い上げる。すごく楽しそうに見えるんだけど、それ、なんか間違ってない? なにかが起こると思ってたわけじゃないけど、なにごとも起こらないまま、スイカは松宮くんと顔を見合わせた。
変な光景。
「あっ、ロウソク。ってことは、これはジャック・ザ・ランタンだったのか。いる? さえっち」
「いらないよ、そんなん。なんで私に聞くの」
「たいていのみょーなものなら歓迎してくれそうだなとか」
「そりゃあんただろう」
「まー、うん、そうかも」
さえこちゃんとよーちゃんは、二人してあきれきった感じで、そろえて首を振って見せている。私も、そんな気持ちになった。だいたい拾えちゃうところが間違ってるんだ。なんて怖いもの知らずに動いちゃうんだ、この人は。
「じゃあ、オレがもらおーかな。いいよね」
「いいけど」
「そんなんどうすんの?」
「飾るしかないでしょ。やっぱ」
「変なモノ持ってくんなよ、隆一朗」
「だって捨てるのに忍びないくらい、いい出来なんだよ。スイカのこんなん、実物見れないよ、ホラホラ」
スイカのジャックを、朝、カバンを持たせてたお友達に押しつけて、ひじょーに嫌がられながら、松宮くんは人ごみの向こうに消えて行った。ほんとにあんなモノ、何に使うって、飾るしかない。
作った人は大変だったんだと思うんだけど、いったいなんの目的であんな物を作ったりするんだろう。きもだめしには遅くて、ハロウィンにはかなり早い。だいたい、ハロウィンなら、かぼちゃだよね、普通は。
そうだよ。ジャックってかぼちゃくんだったよ。松宮くんだって、さっきそう言ってた。『ジャック・ザ・パンプキンヘッド』って。なんなんだ……、いったい。
「とにかく。ごはん食べようか」
「そだね。考えてたってしゃーないわ」
うん。それはずっと、そうなんだけど。
「葉月ちゃん。早く食べないと、冷めるよ。うどん」
あ。
「……折れたね」
「うん……」
それはとても不吉に思えて、私以外の二人も、きっとそんな風に考えたんだと思う。私たちの間だけがしーんとして、食堂の賑やかさが、遠いような近いような。
例え箸が折れたとしても、こんなにはならない。今がもう少しいい状態だったら。私は当然、それによーちゃんもさえこちゃんも口に出そうとしないけど、あの幽霊の話と進めない廊下の事って、簡単に放ったらかされる事じゃないもの、だって。
さえこちゃんがどうして家庭科を急にサボることに決めたのか。それはよーちゃんだって聞きたいはずだし、さえこちゃんは聞かれるんじゃないかって気にしてる。と言うわけで、私たちはしばらくは黙って食事を続けてた。前と横に座る二人が、本当はなにを考えていたのかは知らないけれど、だいたい外れてはいないと思う。うん。
「そうだ、葉月」
「え」
「教科書揃うから取りに来いって、伝えろって言われていたの忘れてた。図書室だって」
「毎朝、必要な教科書だけ順番に取りに行くっていうの、どう? いっぺんだと重いから」
「バカだね、いっぺんに済ませた方が楽に決まってんじゃん」
「そうだけどー。よく考えるんだけどね、冬とか寒いときにさ、すっごい急いで自転車こぐのと、ゆっくり風を切らないようにして走るのと、どっちがいいかなって」
「そんなん早く帰った方が寒くなくない?」
「でも、風切るのは冷たくてやなんだな」
「好きにしな」
その後は、特に内容を思い返せないような話を続けて続けて、食事終了。結局最後まで、話題が被服室に――正しくは、その前の廊下に、戻ることはなかった。戻さなかった、って言うべきかもしれないけど。
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