第17話


「あなたたち。これはいったいどういう騒ぎなの?」


 そんなこと言われても、それを先生にうまいこと説明できるはずもなくて、みんなで話せば話すほど、わけがわからない出来事になっていった。


 ミシンとアイロンの暴走らしいんだけど、損害はそれだけとは絶対に言えない。被服室半分以上が無事じゃない。燃えたりこげたり破れたり、あと消火器の被害も。被服二時間のうち一時間は後片付け、一時間は反省会で終了する。


 先生は出席取るのも忘れてて、よーちゃんはしみじみとさえこちゃんの運の良さを解説してくれた。さえっちは理由は不明だけど、こんな感じで運がいいんだ、と、この先もそういうのを見ることがあると思うけど、珍しくないから理由とかも探さない方がいい。それはさんざん長い付き合いの中で自分がやってみたんだけど、見つからなかったものだから、って。


「よーっ、葉月ーっ、こっちこっちだよーっ」


 そのさえこちゃんは食堂にいた。日当たりのいい窓側の席から立ち上がって、充分以上の大きな声を上げる。お昼なんだから、当然学校中が昼休みで、食堂は人でいっぱいだった。こんなとこで、そんなところで目立たなくたって。


「なんだなんだー? すごい疲れた顔して。どんな被服だ?」


「さえっちの想像もできないみたいなすごい被服だったよ。もうね、絵本な世界。電気の国の大反乱」


 よーちゃんは疲れきった声でめんどくさそうに、すごくおおざっぱに説明をした。さえこちゃんはキョーミ深げにうなずいていたけど、一通りの事情を聞くと、


「えー。それは見たかったんじゃない? 私。もったいないことしたな」


「違うだろう、さえっち」


 ぱしりとツッコミを入れて、よーちゃんはふかぁく息をつくのだった。副委員長さんとして、後で先生から怒られたりするんだろうか。まさかそんなことないか。だってよーちゃんに責任なんてないのに。


 あると言えば、私の方があるのかもしれない。あるって言えるのかもしれない。災難は、私を狙っているって話なんだから。でもそれもまさか……。


「あ、そだ。あんたいないのばれてないよ。そんな状態だったから、一人や三人いなくたってね。雪見たち、見かけた?」


「図書室で花札制作に励んでたね」


「今度は花札か」


「ルールの再確認をしとかなくちゃな」


 言われてみれば、月見ちゃんたちの姿は見なかったような気がする。だけどこの学校って、もしかしてすごく野放しなところなのかも。朝ごはんの食べられる食堂とか、は直接関係ないけど(でも変だけど)部室のあのお茶会とか、当然授業なはずの時間に図書室にいることとか、前の学校では考えられない。


 私立の学校なのに、変わってる。みんなの髪とか見てても、そっち方面も厳しくないみたいだし。もらった生徒手帳、読んでないんだけど、東京の私立って、もっとカタいと思ってたのに。

 ちっとも授業はなかったものの、一応配られた被服のプリントで席を確保すると、よーちゃんはさいふ片手に歩き出しながら、


「葉月ちゃん、なに食べたい? お得なのはランチセットなんだけどね」


「ごはんは大盛りにした方がいいよ。足りないっつの、そんなんじゃ」


「さえっちは大食いなんだよ。あれだけ食っててその細さ、納得いかない」


「私のせいでもないことをこんな風に罵られて。さえちゃん泣いちゃう」


「泣いてなさい」


 私を間に挟んで、二人はそんなことを言い合っている。よーちゃんは肩までの柔らかそうなストレートの黒髪。さえこちゃんは背中にかかるロングで、ちょっと赤いくらいの茶色でさらさら。少しの風でも舞い上がるくらい軽い。


 気にし始めると、周りの人達に目がいっちゃう。厳しくないとか言ったって、それはどっかに線はあるんだろな。さえこちゃんほど茶色い子はほかにはちょっといない。だけどこれって、脱色してる感じじゃなくきれーに茶色いんだけど、まさか天然とか? さえこちゃんって、ハーフ、とかの人? ハーフな神社の娘って、あり? いや別に悪くないか。悪かないよね。


 そう考えると、この日本人離れした顔立ちの説明もついてしまうような。


 光が当たって、きらきらと透ける髪。どうにもまとまらない自分の髪を思って、羨ましがりつつ、そればかりを見ていた私は、持ち主が立ち止まったことに気がつかないで、マトモに背中に鼻をぶつけた。


う。


「ごめんなさ」


 そんなとこで言葉切ったのは、さえこちゃんがちっとも私を見てなかったから。同じく立ち止まっているよーちゃんも、右を見ている。右――。そこにいる人達、大勢の昼食中の全員が、そろってそっちを見つめていた。


 食堂の右側は前面ガラス張り。ちょうど、私たちのすぐ前に、ドアがひとつ。左に行って、階段の向こうには駐輪場が見える。右にも一人ずつしか通れないくらいの細い階段があって、その階段を、


 ……人ではなく、スイカが降りてきていた。


 眩しいくらいの太陽の下で幻を見るなんて、ちょっと納得できない。どんな天気だったらいいんだと言われても困るけど、せめて夜ならもう少し簡単にうなずけたかも。


 だってスイカには顔があるんだ。顔を持つスイカ。てんてんとん、と楽しげに階段を跳ねて跳ねて跳ねる、大きな口大きな目。ころころりん、と転がって、ドアをきちんとくぐり抜け、計算されてたみたいに私たちの足元までたどり着いて止まる。ゆらゆらと少し揺れて、ちゃんと正面を向いて止まった。こっちを向いて、にたりと笑って見せてる状態で。


「スイカだ」


「うん。……スイカだね」


 さえこちゃんはとぼけたみたいにつぶやいて、よーちゃんがしみじみとうなずいた。


 それっきり、私たちは誰もなにも言わなくて、賑やかなはずの食堂なのに、今ではとっても静かになっていた。


 そうだ、ここは食堂なんだ、学校の。絶対言えるけど、砂浜とかじない。だから、変なんだって、スイカなんて転がってるの。なにしてるの。なんで。どこから?


 そうだ、どこから、だよ。これを誰が。転がした人がいるはず、誰か。


 やっとそう思い付いて階段の上を見てみたけれど、人間の姿どころか気配もない。私は、……私たちがスイカに見とれている間にどっかに逃げたって考えるのが普通だってちゃんとわかってたけど、もっと強くスイカ忽然と出現説なんかを考えてしまってた。だって。スイカ召喚魔法。魔術でもいいし。なんならそれでも。


 階段を、まるで自分で跳ねているみたいに見えたから、このスイカ。そんなこと絶対ないのに、とっても楽しそうにぱうんぱうんぱうんって、……楽しそうに。


 さえこちゃんがかがみこんで、スイカの口からなにかを取り出した。白い紙は、そんなに小さくもない大きさで、半紙だ、それ。なにか書いて――。


『天誅』


 うそ、とつぶやいて嘘になるならいいけどなるわけもない。天誅、って、なにそれ?! だってスイカ……、スイカ、だよ? これは。……スイカだよね……?


 普通あるはずのないものが、こんなところで普通ではないことをしている。災難。これも、私のせい? 私のせいで、スイカが階段転がってくるの? しかも、目と鼻と口をくりぬかれた状態で。


 事故だ、こんなのは。そう考えるのが自然に決まってる。


 事故? それで説明がつく? 誰かの手が加わっているのに、事故って……。だけど、『アリトアラユル災難』としてもどう? 災難って言うの? こういうのも。私、もう一度お告げを受けにマーラーの元に行くべきなのでは。でも、昔、子供用トランプ占いの本で、毎日占ってはいけませんって読んだような気がする

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