第16話

 叫ばれた通りに床に伏せながら、よーちゃんのそんな声を聞いた。なに。なんで被服室で伏せたり?! それともここは体育館?! それでこれから体育な時間?!


 頭の上の方向で、大きな音がしたのがわかった。がっしゃん、それとも、どーん、か二つとも。目を開けると、すぐ横に伏せてたよーちゃんは、ぴょこたんっと身を起こし、


「無事? 葉月ちゃん」


「私は、たぶん無事だけど、……ひらさか、」


「ためらわずによーちゃんって呼んでちょうだい。私の名字、変だから。平なんだか坂なんだか、でしょ、だって」


「……ほんとだ」


「私も言われなきゃ気付かなかったんだけどさ」


 こんな時にしてる話じゃないと思ってる間に、よーちゃんはすくっと立ち上がった。急いで立った私と、自分の姿を点検して、


「はぁ、ヨシ。怪我はないと」


 と息をつくと、くるりと教室の真ん中に向き直った。


「しかし、なきゃいいってもんじゃないぞ」


 人、がたくさんいて、そんなことに私は驚いた。廊下にいる時は、この教室は空っぽだと思っていたのに、ほとんどクラスの女子全員くらいはそろっているんじゃないかって人数だ。


 輪、を作ってるわけじゃない。そんなものはできない、らしい。私は目を疑いたかったけど、目の前は現実だった。白昼夢かもしれない、その方が現実っぽいかもしれない。だって。


 よーちゃんと私が伏せなきゃならなかったのはどうしてかって、ミシンが倒れかかって来たからだ。そこに倒れてる。すぐそこに。大きな音の原因はこれ。誰かに叫ばれて伏せたわけだけど、あまり伏せる意味はなかったんじゃないだろうか。なんて変に冷静に考える。横に避けた方が、むしろ安全だった気がする。


 教室中が、すごい音であふれていた。音。ミシンの走る音と、みんなの叫ぶ声が渦巻きみたいになっている。ここ、防音なんだろうか。廊下に音が漏れないしくみの。


 被服室なんだから、ミシンがあるのは当たり前だけど、普通それは倒れない。もっと言うと、こんな年代物のおばあちゃんがむかーし使ってたと話に聞く足踏みミシンは置いていない。


 実際縫えるのか知らないけど、そんに古いミシンは全部が床に倒れていた。将棋倒しにでもあったみたいに。


 そして実際にはこっちを使ってると思うんだけど、各テーブルに置かれた近代的な機械の方は、ただひたすらに動き続けていた。なにかを縫ってるわけじゃない。ただ上下に動いているだけだ。ただただただ、その運動を。自動で。


 三十台くらいがいっぺんに動いているから、工事現場みたいな騒音になってる。それに女の子たちの声が加わるんだからもう。騒いでいる原因はミシンだけじゃない。これがここのすべてじゃなくて、私の見ているものが本物なのだとしたら、


――火事。なのかもしれない、ここは。


「なにしてんの? いったいなんでこんなことになってんの」


 騒ぎの声に負けない意外なくらいとおる声を、よーちゃんは張り上げた。ずんずんと騒ぎの中心を目指して進んでいく背中が、煙の向こうに見えた。煙、もくもく、灰色の。それがあることに今気がついて、それから苦しくなってきた、息が。


 煙は教室の後ろの方から流れてきているらしい。今やっとわかった。なんで全体が見えにくくて、なにが起きてるのかわかりにくかったのか。


「なんでなんて、そんなことわかんないよ。もー、なにがなんだかちっともー」


「とにかく動いてるの止めないと。ストップボタン押して。ストップ」


「押したけど止まんないのもあるの。これとかほら。ね?」


「なんで? あれぇ?」


「わーっ」


「今度はなにっ」


「アイロンが火を噴いたーっ」


「そんな年代物つなぐからだよっ。だいたいなんでアイロン。使わないじゃんっ」


「知らないよぅっ。私たちが来たらもうこんなだったもん。水っ、水汲んでーっ。火事になっちゃう、火事っ」


「もうなってるんだよ」


「ローカに消火器あったじゃん。アレ取ってくる、私っ」


「やめなよ、きよちゃん。消火器なんていらないよ。水で消えるって」


「絶対あいつ、やってみたいだけだって。防火訓練の時、すっげ楽しそうだったもん」


「だけどこれ、カーテンとかに燃え移ったら、ちゃんと火事になっちゃうよね? どーしよー、校舎が燃えたりしたら」


「みかこ、声おっきすぎ。大丈夫だよ、ならないってそんなん。あぁもうっ、なんでミシン止まらないかなっ。コンセントどこ? 元のおっきなやつっ。ブレーカーとかないわけ?」


「もう端から抜いていけばいいんだよ。電気さえ行かなきゃ止まるんだから。本体充電とかまさかないよね。学習教材ミシンにそんなの」


「だってゆきちゃん、学習教材言ったって、ようはふつーのミシンでしょ。あ、止まった。あ。倒れた」


「あー……」


「あっ、そだっ、カーテン切っちゃう? 燃えるものなければ燃えないって訓練の時消防のお兄ちゃんが言ってたじゃん」


「言ってた言ってた。はさみ、おっきなやつ。どこの引き出しだった? あれ? これ何? ボビン?」


「それケースだよ。ボビンケース。こっちだよ、こっち。確かこの辺にー、確か新しいの入ってたと思う」


「あ、あったあったおっきいの。ここだったここ」


「ありゃ、私大嘘つきだった、今。そこかぁ」


「じゃじゃーんっ。消火器とうじょーうっ」


「バカやめなさいって。水でこんなに消えてるんだから、必要ないーっ、そんなのっ」


「うっわー。きよに殺されるーっ」


 この騒ぎの間、私はただぽかんと突っ立って見ていたんだと思う。だって、手が出せるわけもない。


 あまり考えたくないことだけど考えてしまっていたのは、私、死ぬかもしれない、って。この新しいクラスメイトな女の子たちと一緒に、焼け死ぬんじゃないかな。本気で。


――あ。ちょっと待って。これこそ立派に災難なんじゃないの? 水難なんかと同じ感じで、火難とか言うの、あるのかなんて知らないけど、こんなところで冷静にそんなの考えてるのもなんだけど。


 これがあの占いに出てた災難なんだとしたら、私の災難ってことになる。このありさまが、私のせい? 当たってる。当たってるんだ、あの占い。忘れろったって忘れられないよ、そんなの無理だよ、松宮くん。

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