第15話
「おう」
そんな応えを返したのは、そんなんだけど、さっきの美人だった。教室を出るときにあとでって言ってた彼女。背が高いから、よーちゃんと並ぶとなんか、うーん、……表現は姉妹にしておくけど。よーちゃんにはお世話になってるし。さっきあんなに怖がらせられたけど。
「あ、そうだ、葉月ちゃんを囮にして、さえっちに見させるのはどうだろう。こんなチャンスはなかなかないし、次に転入生があっても、セーラーだとは限らないし」
「あんたが転入生ってたすき掛けて突っ立ってるって言うんだったら、付き合ってやるけどね」
「さえっちが自分でたすき掛けて服借りて待ってるのが一番いいぞ。どう? これ」
「ぜってぇヤダ。バカな話してんじゃないよ、副委員長」
「ほんとのことじゃん。葉月ちゃん、この人さえっち」
「さえっちでーす」
「バカじゃないの、私がこう紹介したら、さえこはちゃんと名前言うでしょ、普通」
「私に普通を求めてるな」
「たまにはねぇ」
いつもみたいに名札に教えてもらおうとして、それは失敗に終わっていた。さえこちゃんの制服のどこにも、名札の姿はない。確か松宮くんに決まりだって聞いた気がするけど、とにかくないのだった。あれ。
「さえっちは神社のムスメでさ、いろんなのが見えるんだって。旅行とか一緒の部屋だと怖いって大評判」
「私が招き寄せてるみたいに言われると困るんだけどさぁ。人気者はつらいわー」
「修学旅行なんて、キャンセル待ち出してるもんね、あんた」
「けっこ途中で気を変えるのがいるんだな。やっぱり怖いからやめますーってさ」
それはとっても良くわかる。良くわかるから、いいかげん、そのネタから離れよう。ほかに行こう、ぜひ。
お願い、とよーちゃんよりは可能性のあるような気がするさえこちゃんの方を見ると、視線を一ヶ所に固定して止まっていた。不自然な感じで、私でなくて私の後ろを見ている。
「なに?」
気がついたよーちゃんが声をかけた。目を開けたまま寝てたのかと思うくらい、さえこちゃんはそれに驚いて体を引いて、――首を振る。なにかを振り払うみたいに。
「……悪い、よーちゃん。昼に会おう」
「なんだよ、さえこ。なに? さぼり?」
「ちょっと進めない、この廊下。なんとか言ってごまかしといて」
ふらふらーと逆の方向に進み出したさえこちゃんを、私たちはそこで動かないで見ていた。だって。具合でも悪い? 私だけじゃなくて、よーちゃんも驚いた様子ってことは、これがさえこちゃんのいつもじゃないわけでしょ?
私がなんか言うのも図々しい気がするから、よーちゃんがなにか、と思った時に、五メートルほど向こうで、さえこちゃんは振り向いた。
「葉月」
「え?」
私?
「制服できるのっていつ? 来週は平気?」
「水曜日には届く、けど」
「水曜には着てこれるってことだね?」
「たぶん……」
「ウン、期待してる。来週は出れる。じゃ、そゆことで」
そう言い残して、さえこちゃんは危なげな足取りで去って行った。
「なんだかなー。変なやつ」
すっかり姿が見えなくなったとこで、よーちゃんが言う。そんな一言で済んじゃっていいんだろうか。それくらいには、いつもな状態だったんだろうか、もしかして。わかんないな、さえこちゃんもよーちゃんも。
「あ」
あ?
「もしかして、さえっちには見えちゃったのかも。お化け」
「お化け?」
う。
「廊下進めないって、それっぽくない? まー、さえっちの事だから、ヘンな言い訳ってこともあるけどね」
よーちゃんは明るく続けたけど、そんな事で打ち消したりはできないくらい、私の頭の中はお化けで充満してた、その時には。お化けって言うとなんかかわいい感じだけど、この廊下で出現するものだとしたら、全然ちっともかわいくなんてない。
確かに。廊下進めない理由としては、なんて最適なんだろう。あまりにもぴたりとはまり過ぎてて、なんか泣けてきそう。
マーラーさんのカードが頭に浮かんで消えた。どれだか忘れたけど、そんなようなことも言われたみたいな気がしてる。お化けなんて言葉は出なかったと思うけど、もう全然ちゃんと思い出せないのは、忘れたい忘れたいって思っちゃったからだ。
完全に忘れられないんだったら、覚えてた方が良かったのかも。だって、なんか怖いだけではっきりしないんだもん。それってますます怖い気がするんだよね……。
「あれ。開いてるぞ」
ぶつぶつと陰気な私は(陰気なんて言葉も、もしかして言われた?)、よーちゃんのそのつぶやきではっとして上を見た。
被服室の表示がある。普通のアパートみたいなドアで、廊下側には窓がないから、中はちっとも見えない。
コツが必要そうにそのドアを押して、よーちゃんはまた楽しそうな声を出した。
「はいどうぞー、被服室―」
ふーん、ここが被服室――
「危ないっ、伏せてっ」
は?!
「ぅぎゃっ?! なに?!」
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