第14話
「これね、制服の歴史。まぁ、時代に則して変わってるよね。ありがとうって言うか」
あんなとんでもないことだと言うのに、よーちゃんの中では簡単に終わりにされたみたいで、全然違う話を始めた。松宮くんって、基本がああいうことをしてもおかしくはない変わり者なのかも。この様子からすると。
中庭を抜けて、新館の校舎へ。被服室は一階の西。だけどそんな東西南北の感覚な覚え方はしない方がいい。それとも方位磁石でもポケットに入れるべき? ばかかい。
廊下にはウィンドーがあって、マネキン人形が並んでいた。奥に行くに従って、新しくなっているらしい。そして、午前中だと言うのに、奥は暗い。どうして? マネキンって言っても、人型って言うのか、顔とか手とか足とかはないやつ。で、良かった。まともな人の形をしていたら、ちょっと夕方になったら怖くてこんな所にはいられない。
前の学校で被服居残り常習犯だった私は、なんかちょっと気が遠くなりそうだった。
こんなとこで想像力を豊かにしていることはないのに。何も。廊下が暗いのが悪い。よーちゃんに早くもっと続けてなんかしゃべって欲しかった。
「文句つけようと思えばつけられるけど、私はあんまり不満もないのね。葉月ちゃんみたいなセーラーもそりゃ着たかったけど」
「前は、セーラー服だったんだ」
「昔はね」
そう言って、よーちゃんは息をついた。なんかうつむいてるし。なんかどれか、私の言ったことの中に、悪いことでもあった? もしや。一言しか言ってないんだけど。ほんの一言だったんだけど、なんか刺激しちゃったとか。そんなばかな。
「そう言えば」
たぶんそんなに長くない時間だったんだけど、その後でよーちゃんがまたしゃべり出してくれた時には、本気でほっとしてた。なんでもない間なのに、私はすっかり混乱してる。レトロなデザインのセーラーなんかを前にして。
「葉月ちゃん、セーラー服だね」
?
「うん」
今度は考え込むような顔になったよーちゃんを、私はさっきみたいな混乱はなく見ていた。この状態は、どうやら私のせいではないんだと思えそう。だから、おかしいのは私ではなくてよーちゃんの方なんじゃ、いや、おかしいとか言うとちょっと違うから、自然じゃないとかにしておく。とりあえず私は別に何も言っていないんだから、きっと怯える必要はないけど、私のこの制服が関わっているわけはありそう。でもいったいどうしろと? この状況下で、私はいったいどうしたらいいんだ?
「葉月ちゃん」
大して思い切った様子でもなく、よーちゃんは顔を上げて私の名を呼んだ。自分が考え込んでたこととか、自覚なし? もしかして。なんかさっきから、突然振り回されている感じなんだけど、それは私が勝手に考え過ぎてるだけ、とも言える。おかしいのは自分だと、なんかすごい弱気だけど、なんかそんな感じもしてきた……。
「怖い話、好き?」
――はい?
「嫌いでも、ないけど」
好きでもない、特には。とは私は言えなかった。よーちゃんはすでに話し出しオッケーな状態になってしまっていたからだ。ここで食い止めたら、なんか私、感じ悪い。気温のせいだけじゃなくて、ヘンな汗が背中に感じられてきた。意識しちゃうとますます出てきちゃうソレから、なんとか意識を引き離さなくちゃ。話。よーちゃんの話に、集中だ。
「この学校がブレザーになったのには、深い訳があってね」
口調がまさしくオカルトモード。こんな昼間の陽射しを浴びているのに、ものともしてない。
かわいそうな太陽。こんなに照っているのに。廊下にもよーちゃんにも、ちっとも光は届いていない。
「昭和一ケタの頃に、めちゃめちゃ残虐な殺人事件があったのね。東京って言うか、この辺りを中心にだったんだけど、被害者は全部で十六人も出てて、足掛け二年半くらいに渡ってるすごい奴だったの。とにかく」
十、ろくにん?
「被害者の共通点は、女学校の生徒だってこと。襲われるのは登下校の際で、全員が見事に、セーラー服を着用していたのよう。うちの学校、その頃は男子部と女子部にきっちり分かれてて、名門の誉れも高くてお嬢様だらけだったとかでね、十六人のうと八人はうちの学校の生徒だったんだよ、葉月ちゃんー」
松宮くんの離していた学校の歴史みたいのを思い出した。確か華族がどうって言ってなかったっけ。だからそれはそれはお嬢様だらけで、めちゃめちゃ残虐っていったいどんな? 私は、前を見れなくなった。その時代の制服が見れない、怖くて。廊下は薄暗くて、よーちゃんの声は低い。効果としては上出来だ。
「だいたい二年くらい後に犯人は一応捕まってね。冤罪とかも言われたりして、それもずっと後を引くんだけど。八人の女生徒を失った学校は、偉い人が集まって協議した結果、制服のデザインをすっかり変えることに決めたの。気分一新と言うか、古い過去に封印って言うか、そんなんだったらしいけど。それでまぁブレザーなんだけど、本当に怖いのはここから」
ここ? ですか? もうすでに結構怖くって、私、本気でびくついてるみたいなんですが。
「出たの」
「出た?」
なんのことだか、すぐにわかった。だって初めからその方向に進めるように話していた。怖い話、と言ったら当然それなんだから、……だけど寒い。確かに暑くて汗をかいてるのに、ほんとに寒い。気がする。だって。
「殺された八人の少女たちは、霊体となってからはこの学校に集っていたのね。それが、制服が変わってしまって、とても寂しい思いをしていたわけよ。自分たちの頃とは、根本から変わってしまった気がしたんだよね。それでっ」
――。
「前の学校のセーラー服を着た転入生が現れたとき、八人は彼女の前に姿を現したんだって。目的はもちろん、彼女の命。一人でも多く仲間をって」
すーっと、世界全部が白くなった気がして、だけど気のせいだった。今までの話、まとめて最初に戻されている。私の制服がセーラー服だってこと、それで怖い話は好きかって。
だけどよーちゃん! 好きにも限度があるでしょ?! 好きだとしたって、それが自分にふりかかってもいいかどうかは、別のとこじゃないの? そういう聞き方してくれたら、絶対聞きたくないって断ったのに、私。
仲間。仲間って何? どういう意味? そりゃお化けがそんな発言なんて、目的は一つって決まってるけど。どうしてよーちゃんは続きを話そうとしてくれないんだ。ちょっとーっ。
「それで、……その子はどうなったの?」
「幸い、命は無事だったって話だけど」
「命は……?」
「私が聞いた話では、そういうことになってるよ。まー、良くある学校の七不思議ってやつだけど、元ネタの事件は実際に記録に残ってるし。ほんとっぽいでしょ」
っぽい?
「放課後とか、一人歩きは避けた方がいいかも。八人は今もさまよってて、九人目の仲間を求めてるんだって言うし」
命は無事だったその子は、いったいどんな目に合わされたって言うんだろう。命は……、ってことは、命だけはってことになる。命だけということは。……やだな。それすごいやだよ。セーラー服ってだって、だって私、これ着てくるしかないんだよ? ほかにどうしろって言うんだ、今の私に。
ここの制服ができるまでは、これしか着れないでしょー? まさか私服で来るわけにいかないし。もともと私服校だったんですって言うには、もう遅いし、だいたい先生に回ってる書類の写真が制服なんだから、騙されないよ、初めにそう言ってたって。セーラー服の人間なんて、そうそう現れるものじゃない。だから、たまに現れた私みたいな人間を攻撃してくる、とか? だってチャンスなんだもん。めったにないチャンスなんだもん、これ。この機会を逃すようなことってしないよ、ふつう。
「なーんて、早くつっこんでよ、葉月ちゃん。誰がその八人のお化けを見たんかい、とか、セーラーならなんでもいいんかい、とか」
……明るく笑うよーちゃんを、本気で私は恨めしく思っていた。こんなネタふっといて、そんなに明るい顔をするなんて、結構よーしゃなくない? その仕打ちって。
「私的には、セーラー服を着ている女の子に危険だって注意しに現れたんだって解釈の方が気に入ってるんだ。優しい幽霊って説。いろんなパターンがあるんだけど、どれも確証に欠けてるの」
最後のマネキンに今のベストを着せて、人形展示は終わっていた。なんで女子の制服だけなんだ。被服室の前だから?
きゃらきゃらと笑うよーちゃんを見てて、一つ都合のいいこと、思い付いた。こんな風に笑うってことは、きっと今までの話は全部冗談に決まってる。だいたい、そうだよね、ただのよくある怪談なんだから、そんな本気で怯えることなんてないんだ。そんなの学校にはツキモノだもん。ない方が変だもん。
「あ」
弾むように歩くよーちゃんが、弾むみたいな声を出した。廊下の隅に女の子が立ってる。なんで、隅に。
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