第8話
「お嬢さん」
「ハイ……?」
「困りましたね」
占い師は人形ではなかったらしく、再び活動を開始したけど。
なに? 困ったことって言った?
「困ったことになってしまいました。こんなことは滅多に起こるものではないのですが、そのような事態を迎えてしまいました。いよいよ世紀末。悲劇の始まりとでも申せましょうか。おぉぉぉ、このようなこのような」
その、……あまりにもお芝居みたいな動きと言葉に、私はカードを見つめ直した。なにがそんなに世紀末なのかわかるわけもない。悪いことだから聞かない方がいいのかもしれないけど、だからこそ聞いておいた方がいいのかも。悲劇……、と言われても、どの絵もそう思って見てるから、すごく不気味に見えてくる。
「災難です災難です。一つ一つのカードの意味もさることながら、並び方の恐ろしさときたら。宇宙の神秘。このような運命があろうとは。神秘の導きに相違ない。ありとあらゆる災難が、様々な形で迫るのです」
宇宙の神秘?
「まずこの一枚。これはあなたの今立つ位置です。紛れもない危険時期の最高頂点。それが現在のあなたの位置となります」
「キケン、ですか……?」
「そしてここにマジシャン。詐欺です。あなたを取り巻いて策が弄されています。相当の意志力で向かってくるものです」
「詐欺」
「その目的は達成される。このカードはそういう意味を持ちここに現れました。あなたの未来です」
「……」
「続く三枚はこちらから順に、敗北、後退、放棄。その隣に輪が出ました。これは今までに語った運命を確定付けるカードです」
「三枚とも、そんな意味なんですか」
「残念ながら、そうとしか言えないのです。カードは常に真実を語ります。そしてそれを曇らすことは私にはできません。カードと私の間には信頼あるのみ。偽りの入る余地などないのです!」
「そう、ですか……」
「さらにこの位置の塔。終局です」
「しゅうきょく?」
「すべての結末。結末が訪れますね。おそらく、そう遠くはないでしょう」
「結末……」
「最後に弁解、秘密が並びました。どんなことにも審判は下される。特にこの場合は、そうでなくてはならないとても重要なジャッジとなるでしょう。秘密は露見され、すべては白日の元に」
「はくじつ?」
「さぁ、みなさん、終焉の鐘です。鐘が鳴ります。高らかな響きでみなのこころを打つあの鐘の音を聴きなさい。耳でなく心で聴きなさい。あなたの心に響かせなさい。すべてに終わりを告げる鐘の音を……!」
鐘、……を。
それきり、占い師は動かなくなった。右手を中途半端に持ち上げて、左手は心臓に堅く当てて、目は閉じてしまい。
鐘? 終焉? 心で聴く?
それ、いったいどうしたらいいこと?
十枚並んだカードはすべて不吉な意味を抱えて、じっと私を見ているみたいに思えてくる。何枚かは、絵の中に人が描かれている。タロットなんて、やるものじゃない。こんなに嫌な気持ちになるんだったら、未来なんて見えなくていい。
一枚。真ん中で、呪われたような色で塗られたカードは、私でもわかる英語の単語だ。『悪魔』。
「終わります」
その向こうで、真っ黒な占い師は頭をさげてそう言った。とびあがるくらい驚いた私は、こめかみの脈をがんがん意識しながら、重たい頭を下げ返す。
ひどい結果。ひどい未来。
なんて悲惨な、……かわいそうな私の未来……。
準備室で三人は絵を描いていた。それで静かだったのかと納得したけど、絵の内容的には……、コメントのしようが……。だいたい三人で描いてるんだから、そもそも。
正面の椅子に座っているのは、月見ちゃんの方だ。
「どー? 葉月」
「……うん」
「何言われた? なんかいい事あった?」
どうとも答えられない私を、雪見ちゃんが振り向いた。城くんも筆を止めて、うきうきしてるみたいな顔で見上げている。
あー……。
「いいこともあったけど、……どっちかって言うと、かなり悪いことなんじゃないかと」
「あらま」
「あららら」
いいことなんてどこを指して言ってるんだってくらい悪いことでいっぱいな結果だったけど、それって口にしたらほんとにその通りになるような気がする。悪い夢は誰かに話せって言うけど、でも言葉出したら、ちゃんと記憶しちゃいそうで、私は言えなかった。できたら忘れたい。全部すっきりさっぱりと。
「まー、おみくじの大凶みたいなもんだから、気にしても仕方ないって。いい事だけ信じるの、占いってもんは」
「そぉぉよ、それが基本姿勢よー。城くん、お茶お茶。オーダーいける?」
「はいはい、入ってますよ。今度は特製ハーブティ。春から丹精込めた結果です」
おみくじ、大凶だったら、充分気にする。私は。だけどせっかく盛り上げてくれてる三人に悪いから、私はため息をつかないように、変な色で変な匂いのお茶と一緒に飲み込んでみた。……味も変。なんだこりゃ。これが、なんか体にいいのだろーか。残すわけにはいかないから、まぁ、……飲むけど。まずいけど。
「葉月、制服いつできるの?」
「え?」
「制服。いつから着れるのって」
「あ、制服はてな たぶん、一週間くらい。一週間で届くって言ってた。とりうえず、夏服だけだけど」
「一週間か」
「水曜ね。いいじゃない」
そう言って微笑む二人と、一緒に私も笑っていた。何がいいんだかはとにかく、相手が笑っているなら。笑っておかなきゃ。
と言う事に、後から気付くのって変じゃない? 変だよね?
なんでこんな自分の気持ちを振り返ったりしちゃうんだろう。気にし過ぎだよ、私。
もっと何も考えないで過ごしたい。どうやってたのかちっともわからないけれど、転校する前に、自然に私がそうしていたみたいに。
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