第7話

 今までの体育祭の話とかも、わかんないとこなんてたくさんあったけれど、これはなぜだかわかんないことが、ひっかかった。だって、繋がってないとこがなくない?

 そうは思ったものの、私にはわからなくなっていた。いろんな人が次々に口を開くから、誰が何を言ったのかからわからなくなるんだ。だけどこんなこと、どうやって質問に直したらいいかわからないし、だいたい、聞いてどうするんだ、そんなことを。


 がたがたん、と音を立てて突然二人が立ち上がったので、私は身を引いてしまった。松宮くんの退場と一緒に、この会も終了かな、なんてちらっと思った。帰れるかな、とも、失礼なことに。


 楽しくないわけじゃないんだけど、私は疲れてることを忘れきっているわけでもなくて。


 だけど、月見ちゃんたちはかばんに近付かなかった。どちらかと言えば逆の方向に行ってる、二人して。


「さて。それじゃショータイムだね」


 は?


「城くん、照明落として。部長、準備できたよねぇ?」


 照明という言葉を私が聞いたとたんに、教室中の電気がいっぺんに消えた。驚いて振り向くと、城くんが教室の入り口でスイッチに手をかけてる。


 別に真っ暗になったわけじゃないんだから、そんなに驚かなくてもいいのに、私はそれくらい驚いていた。こんなことにいちいちこんなにびくびくしてたら、すぐに心臓に負担がかかり過ぎて死んでしまう、きっと。いいかげんにしないと、もう。


 世界はまだ昼間。時間としては二時を過ぎたばかり。夜になるには地球を回らなくちゃ、こっちが。


 落ち着け落ち着け、なんて言い聞かせて顔を上げると、美術室には人が一人増えていた。人、だと思っていいと思うんだけど、もしかしたら違うかもと思ってしまうくらい、変わった格好の人だった。


 雪見ちゃんと月見ちゃんが、両側から説明に入る。とっても楽しそうな、弾んだ声で。


「こちら、うちの部長。今はちょっと遠いセカイに行っちゃってるけど」

「ほんとは三年の柴田サン。よろしく相手してやってね。葉月ちゃん」


「相手?」


「タロット占いよ。これが意外と当たるのよう。オホーツクの流氷から、芝桜の開花日までピタリ賞なんだから」


 なんだそれは。


「シバさんには特殊な才能が備わっているの。タロット占いに重要なことって知ってる? 葉月」


「ぜんぜん……」


「カードのメッセージを正しく読み取る受容の心。それを言葉に表す、能動のセンス。ふたつを見事に備えているのは、うちの部長をおいてはないの。見てもらって損はないわよ。化学の桑原だって、子供の夜泣きの対処法やってもらって睡眠不足解消なのよぉ」


 あげられる例を聞いてると、それが私に役に立つとはとても思えない。だがしかし、ここで私にそんなことは言えない。二人を手伝って、城くんは机の上をきれいにさらっていった。小さいのに、すごい力持ちだなんて、感心している場合じゃないって、だから。


「じゃ、雰囲気出すために、私たちは隣に移動するからね」

「終わったら一緒に帰りましょーね」


 帰りましょー……って。


 そんなことを言い残して消えてしまった二人のいる準備室を、いつまでも眺めていても仕方がない。


 私はしぶしぶ、柴田先輩と机を挟んで座ってみた。だってほかにどうにも動けない。


 断るのってなんか失礼だし、もうタイミングをしっかり逃してるし、それに、実は少し、楽しそうなような。


 先輩の右手にあるカードの束。実物見るのも初めてなんだ、私は。タロットネタの殺人事件とか、マンガとかで多少意味を知っているだけで。あ、あとはゲームセンターの、ヘンな人形が動くコンピューター占い。その機械仕掛けの人形とほとんど変わりはしない、いかにもといった黒ずくめの衣装に身を包み、先輩は低い声を響かせた。


「お名前をどうぞ」


「は、はい。桜田葉月です」


 まさしく、地を這わせたいようなお声は、モーツァルトの死神みたい。心臓がどきどきしてきた。


 本物のタロットカードと、本物の占い師。あ、占い師の方は本物かどうかよくわかんないけど、とにかくコレを知ってるんだから、すごいには違いない。


 怪しすぎるくらい、怪しいけど。


「カードはあなたが混ぜて下さい。これからはあなたと私とで、カードに向かい合うのです。心は穏やかに。清く正しく美しく」


 それ、いったいどうしたらできるんだろう。穏やかにって言われたって、何をどうしてあげたらいいんだか。


 そんなことをあたふたと考えちゃってるのって、ちっとも穏やかじゃない気がするんだけど、そこのところはごまかしておくことにして、私はカードを両手で混ぜた。このカード自体が、なんか呪われてそうで、触るのが怖い。


 でも触るけど。そうしろって言ってるし。


「桜田葉月。十六歳。間違いないですね」


「はい」


 そう改まって聞かれると、いろんな事に自信がなくなってしまうけど、年くらいはきっぱり返事ができるはずだ。それに、残念ながら間違いようもなく、私はどっから見ても十六歳な珍しい十六歳だった。うちの母親が語るところでは、で定義が不明なのは、なんかムカついて聞きゃしなかったから。だって。どうせ、ろくな意味じゃない。


 占い師は続いて生年月日なんかを尋ねて、それから黙り込んだり、カードを法則なんてないみたいに積み重ねたり崩したり。


 それじゃあ、さっき私が清く正しくかき混ぜたのなんて、意味がないみたいに思えるんだけど、きっとまぁ、それなりの理由があるんだろう、なぁ。


「さぁっ」


 はいっ。


「カードを選びましょう。あなたのお好きなカードを十枚、私の手の上に重ねて下さい。十枚ですよ。そしてそれを選ぶ間、知りたいことがあるのならば、そのことだけを考え続けているのです。いいですね。できますね」


 知りたいこと、と言えば、私の運命。私がこの新しい学校で、果たしてうまく渡っていけるのかと言う事だけど、それを考え続けるのは難しかった。だってカードを十枚数えなくちゃならないのに、なんでそれだけ考えていられるの? うー。私の頭が弱いのか、それとも課題が無茶なのか。


 そりゃやっぱり、私が弱いんだろうけど。


 つまり私は占い師の第二の注文にも応えられないまま、彼の術は(術?!)進んで行った。数ばかり数えながら積んだそのカード十枚を、ゆっくりと表に返す。知識のある人だったら、いちいち反応したりできるだろうけど、さっぱりわかんないから、何もわからない。


 えーと、輪。って、いい意味だっけ、悪いんだっけ? あ、でも、向いてる方向とかでなんかあるんだよね。じゃやっぱり考えてもムダか。


 ただ並べるんじゃなくて、きっと法則に従ってる。不思議な絵柄を見つめるよりも、占い師の表情の方が、わかることがあるかもしれない。そんなことを思い付いてみたけど、占い師だからこそ、ポーカーフェイスだった。当然か。


 だからってカードに戻ったとこで、それがなんてカードなのかとかもわかんなかったり。むー?


 十枚並べ終わって、占い師は動きを止めた。もしかして蝋人形なんじゃ、と思うくらいに動かない。


 ……変な気持ちになる。薄暗い教室、古臭いタロットカード、得体の知れないものが描かれたキャンバス。なんかこう、学校の怖い話なセットに座らされているような。準備室には雪見ちゃんたちがいるはずなのに、人が三人もいるのに、ことりとも音がしない。何してるんだろう。まさか帰っちゃったとか。私一人をコレと残して? そんな。

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