第6話
「城くん、準備の方、どんな感じ?」
「もう少しだと思いますけど。僕のにらんだとこ」
「大丈夫でしょうね」
「へーきですよぉ。期待通りですって」
甘いけど、これはおいしかった。ココアにしては後味が濃くなくて、すっきりしてる。私の入れるココアがいつも粉っぽくてざらざらなのは、私の責任なんだろな、きっと。
ここはなんだか空気が落ち着いていて、月見ちゃんたちの雰囲気に飲まれちゃって、私もすごくゆったりとした気持ちになれそうだった。
ところで。今、準備とか言ったけど、これからなにか始めようとしてる? 私なんかもう、このままお茶会でいいんだけど。なんて勝手に思ってたら、雪見ちゃんがこっちを見た。
「葉月、タロットとかやる?」
タロット、カード?
「え、うぅん。全然、知らない。本とかで見るくらいで」
「それはそれは」
「好都合」
好都合?
うふふなんて、雪見ちゃんと月見ちゃんは、二人で顔を見合わせる。それは、鏡を見るのとはいったい何が違うんだろうなんて、私の頭に浮かんできた。当然、そんなの違うに決まってるけど、二人はお互いに自分たちがどこが違うかを知っているんだろうかなんてことも思ったり。
だって、こんなにこんなに似てるんだもん。似てるって言うよりも、同一物体のようだ。この考え方は、きっととっても失礼なんだ。だけど。
うーむ。
――む。
「お茶会、やってんでしょー」
扉の引かれる音と声に、私は驚いて固まってしまった。先生だったらどうしようって、そう思ったからだ。転入早々、問題行動だなんて、そんなのまだ早すぎる。いや、早いとかじゃなくて。別にそんな事するつもりなわけじゃないんだから、これ違ってる。それにもしかしたら、この学校はちっともこんなの悪い事じゃない所なのかもしれないし。
とか考えていたら、入ってきた人はどう見ても先生じゃなかったから、これについては確かめられなかった。入ってきた人と言うのは。
「現れたわね、隆一朗。今日は来ると思ってた」
「城くん、お茶入れてあげて。まったくいつもいつも、どうして嗅ぎつけてくるのやら」
「三日にいっぺんはこんな事してるくせに、よく言うよ」
その声を聞いた途端に、私は思い出していた。さっき、城くんに思った事って、そのままこの人の印象なんだった。めちゃめちゃアタマ良さそうで、なんだかとんでもないことを知っていそうで、いろんなこと全部覚えてそうな人。
「松宮先輩に、母から茶葉を預かってきてますよ。ぜひお試し、って」
「なにそれ」
「カフェイン無限大、眠りたくないあなたに。ってラベルでしたよ。母の手製だったけど」
「いいなー、しのさん、最高だなー。オレを殺す気満々だな」
「どうします?」
「今は普通のお茶でもいい? ホットで」
小林君がふたり。大小林君と小小林君だ。ぶ。ヘンだ。だけど、明智先生の役は無理があるもの、あげられない。百歩ほど譲れば、なんとか可能かも知れないけど、譲りたくないなぁ、なんとなく。
「や、葉月ちゃん」
大小林君。松宮くんは、ズルズルと椅子を引っ張ってきて、私たちの輪に収まった。
昨日よりも気温はきっと上がっているのに、この人はなんでだか涼しそうだ。なんでだろう。私は笑顔らしくない笑顔を、挨拶の代わりに出してみた。別に意識してそうしたわけじゃなくて、それしか対応のしようがなかったからだ。
松宮くんは犬に似ている。ちょっとだけ知っている人に飼われている、大きな犬。私はその犬を怖がるわけにもいかなくて、だけどどこまで愛想良くするのが普通なのかも判断できない。怖がったりしたら、急に歯向かわれるような気もするし、同じように馴れ馴れしくしたら、肩透かしをくらうかもしれないからだ。
別に犬に例える必要はないかも。別にそのまま、人間関係でいいんだ。つまり私は、戸惑っているということ。私に向けられる、思いっきりの笑顔に。
「けっこう、変でしょ、ここ。校内で一番変なとこだよ。保証つき」
「変なのは自信あるのよー、あたしたちはね。古今東西、美術部には変な人が集まるって決まってるの」
「全国の美術部員からとんでもないクレームが届きそうな発言だ。それ、なんのパイ?」
「クルミとレーズン。お茶入りましたよ、松宮先輩。この暑いのに熱いお茶とは。オレンジならパウンドケーキになってます。どうぞ」
「さんきゅ。部長たちはいないの?」
「部長は準備中、ほかは遠征中」
「どっかとんでもないとこでとんでもない事をしてるってことか」
「そ。楽しみにしてて」
「隆一朗好みだよ」
まるで同じ様に首を傾けて微笑む二人の顔を順番に見ると、松宮くんは息をついて握っていたフォークを皿に投げ出し、椅子の背もたれに片腕をかけてふんぞりかえった。
そして、そんな顔もできるのかってくらい、心底嫌そうに。
「すっごい嫌な感じがするな。だいたいこういう時にはろくなことがないんだよ」
「そう感じるのも、すべてそっちの受け取り方次第。立ち位置を変えてみなさいよ。素晴らしき人生かなよ」
「どんな贈り物だか予想もしないでおこう。恐ろしいほど、自信満々なんだもんな、ふたりとも」
「当然じゃない。夏休み捧げたのよ」
「後半ほとんど割いたんだから、力作もいいとこ。美術部らしく、結構アートになってるし」
「また新しいお遊びですね。いいなー、早く僕も高等部に上がりたいなー」
「まぁまぁ。城くんには運動会のスペシャルメニューっていうお楽しみがあるじゃないの」
「部費稼ぐチャンスなんだから、頑張ってもらわないとね」
「メニューの提出、来週いっぱいだよ。忘れちゃないだろうけど」
「そんなん提出するまでもなく、隆一朗はこっちの味方よ。ねぇ」
「脅迫な顔と、お願いな口調を組み合わせるの、やめてくれる? 月見ちゃん」
「イヤ」
『月は月、雪は雪だよ』。
うん。松宮くんは、その言葉の通り、きちんと二人を見分けてる。名札なんて必要じゃない。『長く一緒に』って、いったいどれくらいの時間のことを言っているんだろう。
この人たちみんな、小学校からの人たち、なのかな。だとしたら、もう十年になるんだよね。積み重ね……、というのがあって、それはすごく大きいものだ。だからそれに向かって行こうなんて、私は思うべきじゃないんだよね。無茶なんだから。今から十年って言うと、私たち、二十六になった頃……、って、遠すぎる……。
無茶だとわかっていても、それはできるようになりたいことだった。なにをこんなにムキになってるんだろ、私。雪見ちゃんたちに失礼だと思ってるってことかもしれないけど、よくわかんない。どうしてだかなんて。
「さてと、それじゃ戻りますかね」
「また抜け出して来てたんですね。そろそろ会長からガツンとやられる頃じゃないですか?」
「だいじょうぶ。重大任務中だから」
「じゅーだいにんむ?」
「極秘。ごちそーさまでした。しのさんのお茶、またいただきに来るよ」
城くんと比べるからか、その時の松宮くんは、ちょっと明智先生に寄って見えた。お兄ちゃんな感じかも。それとも極秘とか任務とかって言葉に、私がはめられてるだけかもしれない。
「来週ですか?」
「希望としては、木曜までには」
「木曜だって」
「ってことは水曜ね」
そう言う二人にうなずいて見せて、松宮くんは出て行った。
来週、――お茶を取りに来るって言ってて、それで木曜までに、で水曜……?
あれ?
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