第4話
それにしても。
鏡を見ているみたいって、本当だ。だってほんとに、二人の差がわからない。制服だし、髪型も同じなんだもん。見分けられたくないとしか思えない、これって。それで自分で美とか言っちゃっても許されちゃうくらい、二人とも(当然だ……)キレイだ。長い髪もきちんとさらさら、大きな目で色が白くて。
「三月生まれなんだよね、あいつ」
「え?」
「隆一朗くんは三月三十日生まれ。今でこそあんな身長を手に入れたが、その成長は遅々としてまったりとしか進まないものであった」
「そのイメージがどうしても抜けないことを思い知らせるために、時々坊ちゃん扱いしてやるの。ただの思考機械にならないための、愛のムチなのよ」
「才能に思い上がると、あの手のタイプは孤独一直線だから、常に俗世にまみれさせてやらないと」
俗世。
そんなことを言い出した二人は、本当に松宮くんのお姉さんでもおかしくないくらい、大人っぽい顔立ちをしている。二人が二人とも。だけど私と同じ年なはず。同じクラスなんだったら、間違いなく。
私は双子にしつこくこだわっているみたいだけど、だって見るのは初めてなんだ。テレビとかだったら会うけど、生ではこれがきっと初めてだった。ふしぎだ、しみじみと。
「葉月の潜在能力も期待してるわ、私たち。新風ってのは無条件でいーものなんだから。放課後、なんか用事ある?」
放課後――。あ、放課後。
しっかりしないと、私、すごく接触が悪くなってる。言われた言葉の意味をつかむまでに時間かかり過ぎ。いくら双子さんだからって驚き過ぎだし。
「ない、けど……」
「ご招待、受けて。損はさせないわよ、私たち」
「おなか空かせて家路を辿るよりは、ずっとましなはずだわよ」
招待ってなんのことなのか、二人は説明しなかった。私は後について階段をのぼりながら――螺旋の階段じゃなくて屋内の――、また制服のことに戻っていた。
グレーのスカートにベストにリボン。
私は今も引き続いて着ている前の、……前の学校の制服も気に入っているけど、これも、かわいいとは思ってる。それだけでも良かったって思えるんだから、まだ良かったって言えるかもしれない。
気に入っている、と言ったら、それだけじゃなくて、この古い匂いのする校舎もなかなかいいもの、かも。学校じゃないみたいな石の階段もすごいかっこいいし、落ちたら痛そうだけど、落ちなきゃいいことだし。靴のまま校舎に入れるのも楽だし、廊下の窓、ちゃんと開いてて風が通ってるし。
いいことばかり考えてたらいいんだ。悪いことには目を向けないことにしよう、できるだけ。マイナスの部分については、夏中考え尽くしたんだから、もうじゅうぶんということにして、少しその方向でがんばってみよう。
教室への廊下の途中で、二人は名札を付けてくれた。ベストの胸ポケットに、小さいけれどフルネームだ。二人の名字は河村。
ありがたいけれど、これを頼りにしてしまっていたら、どんなに長く一緒にいても、見分けられるようにはならないかもしれない。さっきの月見ちゃんの、『努めて一緒にいよう』に甘えさせてもらってこんなことを考えちゃうんだけど。
いずれいつだかそのうち、そこに目をやらなくても二人の名前をそれぞれ呼べるようになるんだろうかなんて、すごく無理なんじゃないのって気がする。
それともそういうの、時間が助けてくれるもの? 大丈夫なの?
「よーちゃーん、おハヨウ。連れて来たよ、葉月ちゃん」
「早いね、今日は。心入れ替えたってやつ? 新学期にあたって」
「違うよ、必死で早起きしたんだよ。きのー、担任から電話あって、転入生ならお迎えしなきゃと思って」
「おぉ。立派立派」
「とーぜんでしょう。こっからずっと見てた。隆一朗が待ち伏せしてるから、ま、下はいいかって。そしたら二人が現れたから、はらはらしちゃったよ」
教室に入る瞬間はどきどきするだろうとか想像してたけど、その余裕はなかった。余裕、なんて言うのは変だけど、雪見ちゃんたちのことを考えてたら、いつの間にか入ってた。
それで二人の呼びかけに応えて窓の側を離れた女の子は、名札を見ると『平坂依子』。月見ちゃんが横から解説を入れる。よりこ、で安易によーちゃん、なんだって。
私しばらく、こうやって人の名札を求める動きをしてしまうんだと思う。なんか情けないけど。
「よろしく、桜田さん。葉月ちゃんだよね」
私の立場で言うのもなんだけど、平坂さんは、少しはにかむような笑い方で、そう挨拶をしてくれて、それで私はなんとなく、やっと。
ほっと息がつけたような気持ちになった。
「しっかし、言うねぇ、よーちゃん」
「私たちのなーにが不満なのよー」
「不安でしょー、普通。どんな短い時間だって、なんか悪いコト吹き込まれそうだもん」
そのやりとりの中で、だんだん、気持ちが楽になっていくのが、自分で良くわかった。ほぐれていくとか、溶けていくとか、そういう風に、いいように。
今やっと、体の奥まで空気が入っていった感じがする。松宮くんの言ってたことを、思い出していた。
問題の起きようはずもない。
あの時はなかなか脳天気な他人事で傍観者の言葉だと思ってもいたんだけど、それは私の楽観や希望に消えるものでもなくて、信じてみてもいいものなのかも。早く私の存在が、私にとってもみんなにも、当たり前なものになるように、私は、ここ何年こんなことはなかったくらい真剣に祈っていた。
広くて明るくて、前の学校より古いけど、立派な教室。転校もそんなに悪いものじゃないって、そう思える日も来るかもしれない。そういうこともあるかもしれないじゃない、もしかしたら。
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