9-3 静寂、花束、線香、祈り。

 午後、再び少しの仮眠を挟んでから、4人揃って外へ出た。

 蒼汰に案内をされて向かったのは、詩月が眠る墓だ。少しでも早く、詩月へ完成の報告がしたかった。


「なんか、ここに来ると実感するな」


 その霊園は都内にありながら、都会の喧噪からは切り離されていた。周りには高いビルもなく、見上げれば広大な青い空が広がっている。時折鳥の声も聞こえるほど、穏やかな時間が流れていた。

 しん、とした空間はそれだけで非日常を感じさせる。静寂には、それだけで“死”を感じさせる何かがあった。

 詩月は、本当に死んでしまったんだ。


「詩月は?」

「こっち」


 蒼汰が墓石の並ぶ区画の中を進む。少し歩くと、蒼汰はその一つの前で足を止めた。

『山口家一同之墓』と、墓石にはそう刻まれていた。誰もがその墓石の文字を見つめたまま、しばらくの間口をつぐんだ。

 ただの思い込みだ。それでも、その石の塊からは詩月を感じずにはいられなかった。


「とりあえず、花でも換えるか。両親から許可はもらってるから」

「うん。そうだね」


 蒼汰に促されて、4人で墓石の周りの整理をする。雑草を抜いて、花を換えて、落ちている枯れ葉を拾う。

 しばらくは全員が無言で、黙々と作業を続けていった。


「にしても、まさかこの4人でここに来る日がくるなんてなぁ」


 だんだんと周りも綺麗になってきた頃、蒼汰がしみじみとつぶやいた。


「あたしは、なんかまだ実感湧かないな。あのゲームの世界では、普通に話せてたのに」

「って言っても、あそこでは見た目も違ってたし、なにも現実感なかったけどな」


 詩月との別れは、梨英も彩人もまだ受け入れられていないらしい。それは智章にとっても同じだった。


「本当に、もう会えないんだよね……」


 つぶやいた途端、ストン、と胸に入ってくる何かがあった。

 詩月とは、もう二度と会うことができない。その事実を、受け入れてしまっていた。


(そっか。詩月はもう、本当にどこにもいないんだ)


「よし、そろそろ掃除も大丈夫だろ」


 梨英のその声で4人は手を合わせるための準備に移る。

 詩月が眠るこの区画も、もうすっかり綺麗になっていた。


「見てるか? 全部完成したぞ」


 蒼汰は完成させたゲームをスマートフォンで起動させると、それを墓石に向かってひらひらと見せている。

 果たして、詩月には今もこの様子が見えているんだろうか。分からないけれど、見てくれいたらいいと思う。


「けどホント分かんないよね。こんな歳になって、まさかこの5人でまたゲームを作れる日が来るなんて」


 ふと、梨英がつぶやいた。

 きっとそれは、この場の4人全員が同じ想いだったはずだ。大学の最後の半年すら、誰もが忙しくてすれ違っていたというのに。

 自然とバラバラになっていくことが大人になることだと、この歳になれば、もうみんなが理解しているはずだった。


「全部、詩月のおかげだね」


 智章が言うと、全員が賛同するようにうなずいた。


「最初はさ、ただ面倒だと思ってたんだよ。大学の時も、今回も」


 彩人は墓石を見つめながら語り出す。3人はそれを静かに聞いた。


「智章にやる気があるのは分かってたけど、正直ひとりで盛り上がってて面倒くさかったし」

「え、そんなこと思ってたの?」

「弦巻も弦巻で暑苦しいし」

「あぁ?」


 静かに聞こうとしたが、ツッコまずにはいられなかった。


「けど、それでも俺がゲーム作りを楽しめたのは、山口のおかげも大きかったなってさ」

「なんで各方面にケンカを売らないと詩月を褒められないんだよ」


 梨英が思い切り彩人を蹴り飛ばすフリをする。智章は蒼汰とそれを見て笑う。懐かしい、何気ない一幕を見た気がした。


「けど実際、詩月がいなかったら絶対に無理だっただろうな」


 勢いだけで提案してしまったゲーム制作。全員がついてきてくれるように努力もしたつもりだったが、詩月がいなければここまでこられなかっただろう。


「それくらい、詩月にとって特別だったんだよ」


 シュボッ。蒼汰がライターに火を着けて、それを線香の束に移す。燃え始めた線香を4つに分けて、それを一人ずつ手渡していった。

 配り終えて、そのまま先陣を切ったのは蒼汰だ。墓石に水をかけて、線香を供えて、膝を曲げて手を合わせる。

 蒼汰が目を閉じている間、シン、とした時間が流れた。


(蒼汰は今、なにを考えているんだろう)


 単純ではない詩月への想いが、蒼汰にはある。だけどどうか、少しでもそれが前向きな想いに変わっていたらいい。

 蒼汰がお参りを終えると、次は梨英に。それから、彩人へと続いていった。梨英も彩人も、きっと少なくない詩月への想いがあるはずだった。


「最後、桶の水全部使って」


 そんな風に彩人から最後のパスを受けて、ようやく智章の番になった。

 風が吹いて、線香の煙の香りが鼻をくすぐった。


「うん」


 前の3人と同じような所作の後、智章も手を合わせて、それから静かに目を閉じた。

 返答が来ることはない。これが届くかも分からない。ただそれでも、智章は心の中で詩月へ語りかけた。


 詩月。

 ゲーム、作りたいって思ってくれてありがとう。

 正直、俺も最初は飲み会のテンションもあったから、みんな本当に賛同してくれるか不安だったんだ。

 だけど、俺が書いた企画書を見て詩月が喜んでくれたから、間違いじゃないって信じられた。

 考えてみれば、いつも詩月に助けられてばっかりだよね。

 大学の頃もそうだし、詩月が背中を押してくれなかったら、ずっと創作からも離れたままだったかなって。

 だからさ、これで終わりにしない。

 これからも創作は続けるよ。

 しばらくは燃え尽きてるかもしれないけど、きっとまた始めるよ。ひとりでも。なにかを創ることは、絶対にやめない。


(絶対に、約束する)


 じゃあね。

 最後にみんなでゲームの世界を冒険できて楽しかったよ。


 それから智章は、ゆっくりと目を開いた。

 伝えたいことは、ほとんど伝えられたはずだ。創作を続けたいのは、詩月がそれを願ったからじゃない。

 消えてしまったと思っていた炎が、再び胸の中で燃えているのを感じていた。


「なんていうか、青春だったよな」


 梨英が感慨深げにつぶやいた。


「あんな毎日は、きっともうこないんだよな」

「当たり前だろ。もう俺たちもいい歳なんだから」


 蒼汰がそれに同意し、彩人が続いた。

 だが智章は、それを否定してみたくなった。


「案外分からないよ? 今回だって、またこんな日が来るなんて誰も想像してなかったし」

 

 あるいは、なにか奇跡でも起きれば、もう一度こんな機会も訪れるのかもしれない。実際に、この1週間ほどの日々は、まさに奇跡と言うほかになかったと思う。

 ただ、奇跡というものがそう何度も起こらないことも、智章は分かっていた。


 これから蒼汰には子どもが生まれて、彩人も梨英も大きな人生の岐路に立っている。智章自身も、これからどうなるのかなんて分かっていない。

 良い出会いがあれば結婚をしたい願望もあれば、そうなれば子どもも生まれてくるかもしれない。


(だけど、どれだけ時間がかかってもいい。老後になったっていい。いつかまた、みんなで青春を過ごせたらいいな)


「確かに、人生なにがあるか本当に分からないしな」


 蒼汰が言った。

 そのひとことで、なんとなくこの場が締められたような空気があった。

 全員が詩月との時間を過ごして、もうここに残る理由もない。


「よし! じゃあ行くか」


 梨英が先陣を切って歩き出す。

 梨英の言葉は”帰るか”、ではなかった。


「えっと、行くってどこに?」

「決まってんだろ、祝杯だよ! せっかくゲームが完成したんだから、打ち上げは必須だろ?」

「もう疲れたんだけど」


 と、彩人。それを梨英は一蹴する。


「いいから行くんだよ! ライブなんてのは、打ち上げのためにやってるようなもんなんだからな?」

「いや、俺たちゲームを作ってただけで、ライブなんてしてねえんだけど……」


 そんなやり取りをしながら、4人で最寄りの駅に向かって歩く。

 全員体力は限界のはずだったが、やはり打ち上げはチーム作業の醍醐味だ。嫌々と言っていた彩人も含めて、結局そのまま近くの居酒屋へと消えていった。


 ゲームを完成させてから飲むお酒は、社会人になってから飲んできたどんなお酒よりも美味しかった。

 徹夜明けで4人とも最悪のコンディションだったが、明日から1週間が始まることも忘れて、誰もが酔い潰れるその時まで打ち上げは続いていった。

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