9-2 Re:make

「お前、起きてるなら返事くらいしろよ」


 蒼汰は玄関で靴を脱ぎながら、不満げにそんなことを言った。

 いきなりのお小言に、智章の頭には疑問符だけが浮かぶ。


「え、返事?」

「連絡。朝からずっと入れてたんだけど」


 とっさにスマートフォンを確認すると、確かに蒼汰からの連絡が何度か入っていた。そして、届いている連絡は、蒼汰の他にも梨英と彩人からのものもあった。


「やば……」


 3人とも、朝まで同じ夢の中にいたのだ。考えてみれば、なにか連絡が入ることも容易に想定できることだった。

 もはや慣れた様子で蒼汰は奥の部屋に向かっていく。


「ごめん、ちょっと集中してた」

「さすがの集中力だな。やっぱオレにはマネできないわ」


 蒼汰はそう皮肉っぽく笑った。打ち明けられた劣等感は、完全に消えきったわけではなさそうだ。


「ゲーム作ってるんだろ? システムはオレしか分からないんだから、手伝わせろよ」


 蒼汰は近くのクッションに座ると、カバンからノートPCを取り出して、おもむろに起動し始めた。どうやら、本当にゲーム制作を手伝うために来てくれたらしい。


「ありがとう。本当に助かる」


 智章がゲームの現状について伝え終えると、2人でシステムとシナリオの両面から調整を進めていく。しばらくの間、お互いに無言でひたすらに作業を続けていった。

 それが2時間ほど続いた頃、また家のインターホンが鳴った。ドアを開けると、今度は梨英と彩人の2人がそこにいた。

 どうしてか、梨英も彩人もムスッとした表情で立っていた。


「ゲーム、作ってるんでしょ? あたしに手伝えることある?」

「ありがとう。いくらでもあるよ」


 音楽もイラストも最低限必要な素材は揃っているが、今はとにかく人手は必要だ。

 梨英と彩人を家に上げる。彩人は靴を脱いで中に入るなり、蒼汰のいる奥の部屋を見て顔をしかめた。


「部屋、せま……」


 蒼汰がパソコンから顔を上げる。


「お前、家に上がって第一声がそれかよ」


 実際、一人暮らしのワンルームに4人も大人が入るとかなりの窮屈さだ。蒼汰はクッションの上に膝を畳んで座っているが、さらに2人も増えると座る場所は限られている。

 入り口にあるキッチンを除けば四畳ほどのこの部屋で、4人の大人がひしめき合う構図になっていた。

 その光景を見て、ふと大学時代のことを思い出す。


「けど、昔は5人で入ったこともなかった?」


 あまり誰かの家に集まることもなかったけれど、ただ一度、5人全員で智章の家に集まったことがあった。その時も全員床に座って、お酒を片手に語らった記憶がある。

 一人が使える面積はとても狭かったけれど、あの時の5人には十分過ぎるスペースだった。


「あれは無理やり詰め込んだだけだろ」


 彩人が言った。


「けど、5人入ったってことは、4人くらい余裕で入るってことでしょ?」

「だな。座れるスペースだけあれば十分だ」


 梨英と蒼汰がフォローをする。

 そうなると、彩人はバツが悪そうに眉をひそめる。


「別に嫌だとは言ってないだろ」


 彩人が素直じゃないのはいつものことだ。


「ちょっと狭いけど頑張ろう。ゲーム作りに広さなんて必要ないし」

「智章もすっかり調子が戻ったな」


 どこか嬉しそうにそう言うのは梨英だ。梨英からも、早く作りたいという気持ちが伝わってくる。智章が部屋の中の邪魔なものをいくつか退かすと、梨英も彩人も無事にそれぞれの場所を確保することができた。


「さあ、それじゃあ作業を開始しようか」


 智章のひとことで、全員にスイッチが入った。

 5人で作った物語を、本当の意味でゲームとして完成させるんだ。

 きっと4人の頭の中には、そんな一つの想いが共有されているはずだった。


 そうして、一気に修正作業が始まった。

 梨英と彩人がテスターとなっておかしな会話や挙動をチェックして、蒼汰はシステム面の改修作業を、そして、シナリオの不整合は智章が修正をしていく分担になった。

 詩月のおかげでもともと形になっていたとはいえ、修正が必要な箇所は少なくない。お互いに声を掛け合いながら、一つ一つ修正箇所を潰していく。


「あ、これあたしが転生した時だ」


 梨英も彩人も、初めてあの世界に転生してきた時は困惑してしまっていた。その時の会話もしっかり記録されているが、まさか実際のゲームの中に残すわけにはいかない。


「直そうか?」

「いや、これくらいあたしで考える。メイはあたしみたいなもんだし」


 嬉しいような、自分の仕事が取られてしまったような、不思議な気分だった。そんな話をしながらゲーム作りを進めていく。


「なあ。この武器強すぎじゃねえ?」

「やべ、ハンスのセリフが全部俺の口調になってるし……」

「あたしの歌が所長戦で流れるのアツすぎな」

「そもそもだけど、兵士の名前が”トモアキ”は世界観に合ってなさすぎだよなぁ」


 会話だったり、独り言だったり、そんな言葉が飛び交いながら作業は進む。誰もが時間を忘れて、ひたすら目の前の作業に集中をしていた。

 ふと、部屋の中が暗くなっていることに気づいて顔を上げると、すっかり陽が沈む時間になっていた。

 いつの間にか、どうやら夜になってしまっていたようだ。

 その時、おもむろに彩人が立ち上がった。


「俺、ちょっと飯買ってくる。なんか買ってきて欲しいヤツいる?」

「めっちゃ腹減った! 助かる!」


 蒼汰はバンザイをするように、大きく両手を上げながら喜んだ。それから3人で次々に食べたいものを言っていくと、「そんな一斉に言われても分かんねえよ」と彩人が悪態をついた。

 そんな光景を見て、不意に胸の辺りをギュッと掴まれた感覚になった。


 まるであの頃の会議室の会話だ。会議室にしては狭いけれど、この空気はあの頃からなにも変わっていない。

 やがてコンビニから戻ってきた彩人からお弁当を受け取って、すっかり空っぽになったお腹にエネルギーを投下する。それだけで、また何時間も頑張れそうだ。

 そして、夜が更ける。結局、家に帰った人は一人もいなかった。3人とも智章の家に残って、寝ることも忘れて作業に打ち込む。

 その頃にはテキストの修正も終わっていて、そこからはひたすらデバッグ作業を繰り返した。


 はじまりの街、ファブリック、“牧場”、そして王都。それぞれ4人で分担をしてテストプレイを行っていく。若干の仮眠を挟みながら作業を進めて、ついに“その時”がきたのは日曜日の昼頃のことだった。

 全員が分担した範囲のデバッグを終えたことを確認すると、それから同時に大きく声を上げた。


「「「「「できたー!!」」」」」


 智章が企画書を書き上げて4人に見せたのが大学3年生の時の春。そして今、それから7年の歳月が過ぎた。

 5人で作る「リゲイン メモリー クエスト」は、この時ついに完成をした。

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