現実世界~9日目~ 「スタートオーバー!」
9-1 記録
ゆっくりと目を開く。
不思議と、その瞬間から意識ははっきりとしていた。せっかくの土曜日の朝、本来ならまだもう少し寝ていたい。
だが、今日は違う。
(ゲームはクリアできたのかな)
突然モブの兵士に転生し、ノインとフィーアの2人についていくことになって始まった物語。
ファブリックに根付く諦めをメイと共に解消し、牧場ではクラウスとアインスの物語を見届けて、そして、最後には国王でありゲゼルシャフトのトップでもあったアインリヒを倒し、世界を恐怖から開放できた。
壮大な旅は、ハッピーエンドで幕を閉じたのだ。
智章はゆっくりとベッドから起き上がる。
「なんか、終わってみると寂しいな」
ずっと、どうやってこのゲームをクリアするかばかりを考えていた。けれど、今は喪失感にも似た想いがある。
その喪失感はそう、お気に入りのゲームをクリアした時とよく似ている。
(そうだ)
ふと思い出して、本棚の上に飾ったガラス細工の人形を見る。剣を掲げたノインに似た彼の足元の台座には、星の形をした飾りがはめられている。昨日は残り1つまで減ってしまっていたそれが、今は7つすべてが元通りに戻っていた。
もしかして、長い夢でも見ていたのかな。実はこの10日程度の時間が全部夢だったりして。
一瞬、そんな考えが頭に浮かんで不安になった。
それを確かめようとして、智章はパソコンを起動した。それから開くのは、ゲームのデータが保存されたドライブだ。あの夢の中の出来事は、すべてデータとして記録されている。
あの世界で話したセリフ、敵のステータスや行動、NPCの動き。すべてが、あの夢の世界で起こったままに残されていた。
まるで、あの世界で過ごした時間がそこに存在しているように。
「良かった……。やっぱり夢じゃない」
これはきっと、すべて詩月が残してくれたものだろう。
『ノイン:めちゃくちゃにされたオレたちの人生、取り戻しに行こうぜ』
『フィーア:うわー! すごい、人がいっぱいいる!』
『メイ:みんな、いつまでも支配されたままでいいのかよ!』
『アインス:これがあなたに仕えて、あなたをお慕いしていたアインスです』
ああ――。
ゲーム制作のソフトでは、入力したデータをテストプレイで確認できる。それは、あの夢の世界で自動的に記録されたデータでも同じだ。
智章がテストプレイのモードを立ち上げると、夢の中で経験した出来事がそのまま画面に表示された。
『トモアキ:なんだここ。俺、さっきまでなにして……』
『トモアキ:え、ちょっと待って。本当にどこ……?』
『トモアキ:えーと、いったん冷静になろう』
そこで体験したすべてが、ゲームの形で画面上に出力されている。智章はそのテストゲームを進めていき、テキストや動作の一つ一つを確認していった。
『フィーア:ゲゼルシャフトの兵士さんってことは、私のことを捕まえに来たんだね』
『ノイン:覚悟しろよ。ゲゼルシャフトの犬め』
『トモアキ:ノイン! 一瞬だけ隙を作って!』
(ああ、本当に全部そのままだ……)
あの時間は本当だったんだ。ただの夢の中の話じゃない。あそこは確かに、一つの世界として実際に存在していたんだ。
俺たちはあのゲームの世界を旅していて、その冒険の物語を5人全員で完成させたんだ。
智章の頭の中には、この10日間ほどの転生の記憶がハッキリとよみがえっていた。
(次は、これを形にする番だ)
智章はそれから、すぐ作業に取り掛かった。詩月のおかげでゲームとして形になってはいるが、トモアキ自身を始め、転生した存在が物語に入り込んでしまっている。
モブ兵士のトモアキは、ゲゼルシャフトを裏切った兵士に設定を変えることに決めた。テキストの一つ一つを確認し、整合性が取れるように、そして、少しでも面白いと思える内容になるように、黙々と修正作業を進めていく。
自分でも驚くほどに、あっという間に集中のスイッチは入った。
カチカチ、カタカタ。部屋にそんな音だけが響く。しばらくして、起きてからなにも摂取していないことに気づいて、コーヒーとパンをお供にしてまた作業を続けた。
それからどれくらいの時間が経っただろう。不意に、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。こんな朝から荷物だろうか。
疑問に思いながらも「はい」と応答してドアを開ける。
すると、ドアの向こうに立っていたのは制服姿の配達員ではなく、爽やかな私服姿の蒼汰だった。
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