4-6 異世界チートが時代です

 円香とはしばらく駅前で立ち話をした後に、その場で解散をした。円香はJRで、智章は地下鉄だった。


(この地下鉄の駅も懐かしいな……)


 大学に通う4年間は、毎日のように通った道だ。駅の中の構造は少し変わってしまったが、見える景色は変わらない。あの頃は私服を着て歩いた道も、今はスーツを着て歩いている。変わらない景色の中で、自分だけが変わっている。

 地下鉄に繋がるビルは、いくつかのテナントが入った商業施設になっている。せっかくの直帰なのに、そのまま帰るのももったいなくて、何か用があるわけでもないが、ふらふらと歩いてみる。


「あ。この本屋まだあったんだ……」


 思わず、小さく声が出た。

 目の前には、昔から変わらない小さな書店がある。ここは、大学時代に何度も通っていた馴染みの深いお店でもあった。

 特に何か買いたいものがあったわけでもないけれど、自然と足は店内へと向かっていた。


(本当に変わらないな)


 昔から本屋は好きだ。たくさんの面白そうな本が置いてあって、いくらだって暇が潰せるから。


(なんか、知らない作品が増えたな)


 昔から本屋は嫌いだ。たくさんの才能が陳列されていて、自分の惨めさを突きつけられるから。

 何気なくライトノベルのコーナーへ移動すると、様々なカラフルな表紙が目に飛び込んでくる。その中で特に目立つのは、「異世界転生」という文字だ。これまではそのワンパターンに辟易とするだけだったが、今は思わず苦笑いが込み上げる。


(まさか、自分が転生するなんて思わなかったよなぁ)


 すっかり長いタイトルに占拠されたそのコーナーは、情報量の多さに戸惑ってしまうけれど、似たようなタイトルも多い。


「最近、こういうタイトルの本ばっか増えたよね」


 聞こえてくるのは、隣にいる2人組の男子大学生の会話。思うことは、みんな同じらしい。


「ホント、“チート”がどうとかばっかだよな。俺も『”楽単”の授業が分かるチート』とかほしいわ」


 この男子の会話の通り、実際に平積みされたライトノベルのタイトルには”チート”という単語がいくつか目に入る。

“チート”とはそもそも、『ゲームのプログラミングを改変した不正行為』を意味する言葉だ。あのゲーム世界でもチートが使えたらいいのに。なんて、隣の2人の会話を聞いて、そんな願いが頭に浮かぶ。

 だけどすぐに、待てよ?と思い直す。


「チート、使えるじゃん……!!」


 思わず声に出してしまって、とっさに口を塞いだ。

 あのゲームの世界では、設定したものがそのまま形になっている。だからこそ、当時設置した隠しアイテムはそのまま残っていて、ゲームの製作者ならではの恩恵を受けて旅を進められてきたはずだった。

 それならば、道中に設置した隠しアイテムが、もしチート級の最強アイテムだったら?


(いける……!!)


 智章は急いで本屋を後にして、地下鉄につながる階段を駆け降りた。

 改札を抜けて、ちょうど来ている有楽町線に乗る。乗り換えが楽な号車も把握済み。大学の4年間で、体に染みついた動作だ。

 今朝は転生しなかったが、今夜も平和に夜が明けるという保証はどこにもない。ノインの残機が4つまで減ってしまった今、まずはあのゲームの世界をクリアできるだけの戦力を確保しておきたかった。

 それから30分ほどかけて家に帰ると、PCを立ち上げて久しぶりにゲームのデータを少しいじった。

 基本的にデータ周りは全て蒼汰が管理していたが、多少の仕組みは分かっている。智章は、攻撃力を”999”まで高めた最強の剣を用意すると、それを道中で拾えるように設定をした。


「本当のチートだな」


 チート、つまりはズルだ。

 こんな中盤で最強のアイテムが拾えてしまうなんて、ゲーム性は最悪だ。そんなものを用意するなんて、ゲーム制作者として失格だとしか言いようがない。

 それでも、智章はひとり自分に言い訳をする。


 だってしょうがないじゃないか。

 仕事も忙しくなっているのに、ゲームをクリアできるかどうかなんて、そんなことに気を揉んでいる暇はないんだから。

 今夜、ついに夢の中で「リゲイン メモリー クエスト」をクリアできる。ほんのわずかな興奮を抱えながら、智章は眠りに落ちた。



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小説の続き(ゲーム世界の物語)は、こちらをプレイしてご確認ください。

5日目の物語は、再びゲーム世界から目を覚ました後にご覧ただくことを推奨します。

https://amano-holiday.com/novelproject/index.html

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